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第3話 ハロー・ワールド

 異世界で目覚めてからちょうど6ヶ月。


 なんでもう6ヶ月なのかって? 飛ばし過ぎじゃないのかって? 1日毎に刻めよって?

 ……待ってくれ、話を聞いてほしい。


 ……いいか? 僕だって、初日から刺激的な異世界生活があると思ってたんだよ。

 誰でも異世界ドリームを夢見たりするだろう?

 ただ、フツーだったんだよ! 日常生活すぎたんだ!←逆ギレ

 曲がり角でトースト咥えた美少女とぶつかる、キャッキャッウフフイベントなんてものは空想上の産物でしかなかったんだ!

 ホントにあると信じていた僕は裏切られた気分だ!


 …………ゴメン。取り乱した。

 とにかく、この世界ーーエル・ド・ラドの生活に慣れるのに必死だった。

 今まで読んだ転生モノ小説のように、使命のある勇者として転移することで国から世界の事情を教えてもらったり、生まれたての赤ん坊に転生することで学校の教育で教わったり、なんてものはない。

 鑑定スキルのような便利な情報源があるような世界でもない。

 自力で情報収集しなきゃならない。

 情報収集の仕方? 近所のオバチャンとの井戸端会議だよ。”人の口に戸は立てられぬ”っていうじゃない?

 日本名物、引越し蕎麦ーーーー蕎麦なんてないから手頃な手土産ーーーーで挨拶に伺ったのが効いたのか、突然近所に引っ越してきた僕でも色々教えてくれたよ。


 幸いにも言葉が通じたのは非常に助かった。何故か日本語だけでなくエル・ド・ラドで使われている言葉の読み書きもできた。

 脳内では日本語を使っているけど、いざ口や文字に出そうとすると、スラスラとエル・ド・ラド語が出てくる。


 他にも、異世界転生した僕は賃貸アパートみたいな場所に住んでいた。

 僕自身は賃貸契約した覚えはないし、近所の人たちもいつ引っ越してきたか分かっていなかった。

 まぁ、野宿なんてできないし家があるのは嬉しいことだけども。


 よく分からない”何か”が働いていることを不思議に思いながらも、飛空船に乗るための方法を探した結果ーー僕はギルドの存在を知って、登録を行なったんだ。

 ギルドの登録? とてもシンプルだったよ。

 名前と住所、簡単な質疑応答を受けて終了。

 特にこれといったイベントーーーー強面による新人イビリやベテランによる実力試しなどのテンプレーーーーが起こることもなかった。


 大きなトラブルに巻き込まれていないのはいいことなのだが……朝に起きて、昼に働いて、夜に寝る……とても健康的な生活を繰り返す。

 ……うーん、何か違うんだよなぁ。

 そんな漠然とした不安と期待を抱えながらギルドで働く僕の1日を話すよーー。



 ◇



 ーーエルマー国:とある路地裏ーー


「ハァ、ハァ……」


 僕は大通りに面していない細い路地を駆けていた。

 人があまり通らない建物と建物の間ゆえか、見た目的にも実用的にもデカくて邪魔になるものが追いやられていた。 


 自分の頭の位置に延びる金属製のパイプを潜り、服でも巻き込まれたらそのまますり潰されそうな歯車を避けながら、細くて入り組んだ路地を進む。


 なぜ薄暗くて埃っぽい所を走っているかというと、あるものを追っているからだ。

 それは、僕の目の前を常に走っている。

 相手は僕の脛ぐらいの高さしかないため障害物の影響を受けにくく、追うのが大変だ。


 しなやかな4足の身体、キュッと上がった目尻とクリリと大きな瞳、憎たらしいほど可愛い肉球ーーそう、猫である。別に魚を咥えたドラ猫ではないよ。


 ギルドから出された依頼は”飼い猫を捕まえて”だった。それは仕事なのか? と思うかもしれないけど、ギルドが受理すれば立派な仕事なのだ。

 何やら有名な商会の娘さんが飼っている猫で、それだけなら本当は依頼として成立されない。

 けど、その猫の種類がとても貴重なものらしく、商会としても客寄せパンダならぬリアル招き猫としての効果が実績としてあるので、ぜひ捕まえて欲しいと商会からの圧力があったそう。

 建前の中に親バカの本音が混ざっているのが実に丸見えだったが、ギルドとしても取引相手の信頼を損ねたく無いので、依頼を発行。

 そして、ちょうどギルドに来た僕に頼んだ、と。


 最初は内容の割に報酬が良くてラッキーな依頼だと思ったのが間違いだった。


 対象の猫の好物を置いて食べに来た所を捕まえる、オーソドックスな罠による攻略方法に決めた数十分後ーー複数箇所に設置していた内のひとつに対象を発見。

 できるだけ無音で近づくが、途中で気付かれてしまい慌てて逃げる猫。

 だが、こちらとてそれは想定内。逃げ込んだ先は行き止まりだ。

 餌で油断している所を驚かし、且つ猫の逃げるルートを絞って、こちらの有利な状況に追い詰める。この戦術に隙は無い!


 脚力で負けても頭脳で負けるはずがない。さぁ、年貢の納め時だ!


 地球にいた物と変わらない姿をした猫の後を追い、網を構えて角を曲がるとーーそこは何者もいなかった。

 さらに細い路地を使ったのか? いや、他に使える路地はない。

 ジャンプして塀を乗り越えたのか? いや、ジャンプして超えられる高さではない。

 原因が分からぬまま対象を見失ってしまった。


 再び来るのを待ち、見つけては途中で見失うーーそんな流れを繰り返して数回、流石におかしいと思った。


 漠然と空を見上げると、僕は見つけてしまった。


「んな、バカな……」


 猫が空を飛んでいた。

 胴体を有名な豚の貯金箱みたいに膨らませて、宙に浮いていた。

 日本では、猫がバスになる空想はあるけれど、飛ぶなんて聞いたことない……しかも現実で。


 これが異世界。改めて、前世の常識が通じるようで通じない世界。ワンダフル。


 一体どういう原理で前に進むかは検討もつかないが、飛ぶ時間に制限があるらしく、必死に走って、萎みながら降りてきた所を捕獲。


 無事に依頼人の所へ届けて依頼は終了。

 女の子には感謝されて、そのお父さんーーーー恐らく社長ーーーーからは報酬をもらった僕は、無事に終えたことを報告しに総合ギルドへ僕は向かった。 



 ◇



 ーーエルマー国:総合ギルドーー


 エルマー国は円形都市である。

 中心に城はないが、行政や経済を担う需要な機関や建物が集中している。

 いわゆる中心街にギルドはある。

 

 自分の身長の倍もある大きな扉をくぐると、ギルドの中は多くの人で賑わっていた。

 これから仕事を受ける人、仕事を終えて報告する人、内で働く人など様々だ。

 仕事の受付以外にも奥には酒場があり、昼から酒を傾けている人もいれば、打ち合わせや待ち合わせに使っている人もいた。

 色んな人がそれぞれの目的を持って忙しく動いていたり、のんびりしていたり、楽しそうにしていたり、実に雑多な空気が中を満たしていた。


 やはりと言うか、ここでも木材による建築物の中で金属製の機器があちこちで稼働している。

 レールに沿って流れるクレーンらしきものは二階に物を運ぶ役割をしているし、空気を循環させるであろう5枚羽根のファンが何機も頭上で回っている。

 他にも良く分からない計器やら管やらレバーがあって、たまに蒸気を噴いたりするが、中にいる人はそんなことを気にせずに動き回っていた。


 内装は年季が入っているのか正直言ってボロい。だが机や椅子など、ちゃんと磨かれて光沢が出ていることから、ちゃんと大事に使われていることが分かる。

 

 漂う匂いも独特なもの。人の汗と酒場の酒と肉の油などなど、それらは決して気持ちがいいものではないけれど癖になる、そんな様々な匂いが鼻をくすぐる。


 依頼を頼む人や依頼を受注する人、雑談をしている人などでごった返している所を合間縫って僕は受付カウンターへ進む。


「お疲れ様です。ケイリイさん」

「あら、ソータくん? 依頼は終了したのかしら?」

 

 膨大な資料を捌きながら、ウサ耳をピコピコさせた女性が聞いてきた。

 そう、ウサ耳である。作り物感が全くない本物である。

 耳に加えて真っ白い肌に赤みがかった眼に、まん丸の尻尾ーーウサギの要素が入った女性だ。この世界では獣人種(ワービースト)という種族らしい。


 見た目は20歳ぐらい。白髪のボブカットの髪型に紺と白を基調としたメイド服に似ている給仕服を着ている。胴をコルセットでキュッと締めているあたりが実にスチームパンクっぽい。

 

 リアルバニーガールのケイリイさんはギルドの登録からお世話になっている人だ。


「はい。こちらが証明書です」


 依頼主である社長さんのサインが入った書類を渡す。

 報酬といった依頼に関することは依頼主と直接やりとりするけど、仲介にギルドが入っているので、ギルドにも成功可否を報告しないといけない。それを証明するための書類だ。


「ーーうん、確かに終えたみたいね、お疲れ様。今日はまだ依頼を受けるのかしら?」

「そうですね……それなら航空ギルドの仕事はありますか?」


 航空ギルド。これが飛空船を取り扱っているギルド名だ。

 ギルドと一言いっても、それは様々なギルドの集合体だ。僕の目指す航空ギルドや飛空船を造る造船ギルド、料理人をが所属する料理ギルドなどがあって、それらをまとめて管理しているのが総合ギルドとなっている。


 航空ギルドの仕事は前世の海運商に近くて、物資の輸送を行うために世界を股に掛ける国際的でスケールの大きい業種で、飛空船に乗る船員のことを”飛空船乗り”もしくは”探空士”と呼ばれるそうだ。うんうん、いい響きだよね。

 貿易としての運び屋だけではなくて、未知の場所へ調査に向かうことも仕事としてある。

 荒れ狂う空をものともせず、人の生活を支え、時には新天地で冒険! まさしくロマンだ!


 僕はその仕事をーー


「ダーメ! まだソータくんは研修期間でしょ? 研修中は航空ギルドの依頼を行わないことに決まっているわ」


 ーーまだ、できていなかった。


 ”ギルド”ブランドとしては信頼できるギルド員に仕事をしてもらいたい。けれど人員には限りがある。なら、増やせばいいのだけれど、必ずしも新人が役立つかは分からない。

 そこで人格や実力を見極める”試用期間”が新人に与えられている。

 新人は総合ギルドの預かりとして、様々な仕事ーー誰もやらずに溜まった雑用の解消を手伝わされている。


 特に航空ギルドのような国の経済を左右させるような大きなギルドの仕事はなかなか紹介してもらえない。


「ぐっ……そこをなんとかお願いできませんか?」

「確かにソータくんの仕事ぶりは評価されているわよ。どんな依頼も嫌な顔をしない人当たりの良さや最後までやり遂げる行動力は、新人なのに指名が入るほどよ」

「な、なら……!」

「でも、ダメなものはダメ。ちゃんと守らないいけないルールがあるんだから」


 流石、世界最大級の組織。キッチリ教育が行き届いている……。


「他にやってもらいたいのは……これねーー”東の田畑区画に魔力供給”」

「えぇ……今度は東ですか?」

「文句言わないの。せっかくの”魔力持ち”なんだから、才能を活かさないと勿体ないわよ」

「造船ギルドでの資材運びとかでもいいので飛空船ドックに行ける依頼はありません?」

「君の飛空船への想いは理解しているわ。でもまずは目の前の依頼を解決することが信用への第一歩よ!」


 素敵な女性に笑顔とガッツポーズで応戦されるのは嬉しいけれど……目の前に食べられそうで食べられないニンジン(ご褒美)を下げられて、ひたすら馬車馬のごとく働かされているだけなんだよなぁ。


「ワハハ! ソウ坊! オメェ、まだ航空ギルド諦めてなかったのか?」

「ヒック、諦めが悪いねぇ」


 僕とケイリイさんの会話に入ってきた2人の小太りのおっさんと酒臭いおっさん。


「……昼間から呑んだくれているおっさんたちに言われたくない」

「ワハハ! 実績もコネもないのに、航空ギルドに入れる訳がないなぁ!」

「おいちゃんのように有能じゃないとねぇ」


 実はこの2人、航空ギルドに所属している者たちだ。

 酒に溺れる酔っ払いだし、言うほど実力や実績がある有名人ではないが、それでも航空ギルドに所属を認められている一端の飛空船乗りだ。


 以前、飛空船を修理するためのパーツを運ぶ仕事で一緒になったことがあり、その際に僕の空への熱意を語ったら、何故かこうやって絡んでくる。

 自分よりも下にいる人間をからかう底辺な趣味をしているのか、それとも実はエージェント的な存在で新人のメンタルを試す試験的なものをされているのだろうか。

 ……いや、それはないな。試験にしては嫌がらせの程度が低すぎる。

 それでも毎日のようにやられるのはムカつく。


「チビなソウ坊にはまだ早いかもなぁ!」

「飛空船に乗るのに背丈は関係ないでしょ!」


 小太りのおっさんーーターボが僕のコンプレックスを突いてくる。

 今の僕の姿は18歳男性にしては低い身長(160cmぐらい)、癖の強い黒髪、日本人らしい彫りが深くない顔……そのくせ眉やまつ毛とかは割とハッキリしている。

 東洋人特有の童顔のくせに大人びた顔のパーツのせいで”生意気なガキ”とよく思われる、あんまり好きじゃない前世とそのまんまだ。

 飛空船に乗るのに規則がある訳でもないし、何かトラウマがある訳じゃないけど、平均よりも身長が低いとなにかと子供扱いされてどうしても劣等感を抱いてしまう。

 そんなイラつく僕に酒臭いおっさんーーザールが気安く肩を組んでくる。


「落ち込むソウ坊のために、おいちゃんが酒を奢ってやろうか?」

「落ち込んでない! あとソウ坊って呼ぶな!」

「毎日ケイリイちゃんにアピールしてフラれるソウ坊は見ていて飽きないな!」

「ヒック、いい肴になるねぇ」

「いつ航空ギルドに入れるか賭けてみるか?」

「入れる訳ないから賭けの意味がないねぇ」

「「ワハハ!」」


 一通り僕をイジったことに満足したのか2人はさっさと離れていった。


「はぁ、毎日のように嫌味を言ってくる暇人がなんで航空ギルドにいるんだよ」

「そんな人たちとも仕事をしないといけないのよ? できないのかしら?」


 目の前で新人がからかわれているのを止めて欲しいと思わなくもないが、ケイリイさんの言うことはごもっともだ。


「い、いや、あんなの屁でもないですよ! むしろ僕のコミュニケーション能力ならすぐに仲良くできますから。だから航空ギルドの依頼をですねーー」

「ダーメ♡」


 粋がってみたがケイリイさんの営業スマイルの前では、僕は無力だった……。



 ◇



 ーーエルマー国:中心街の道路ーー


 その後も粘って交渉を続けてみたが、何の成果も得られなかった……。


 半ば追い出されるようにギルドに出た僕は、心の中で叫んだ。


 な ぜ 空 を 飛 べ な い ?


 猫ですら空を飛んでいるのに、僕は何もできていない。

 ず~っと、こんな感じなんだよ。


 思っていた異世界生活と全然違かった。

 6ヶ月も異世界で生活していて何のイベントもないのはおかしい……!


 こう……色々、期待をしていたんだよーーギルドの登録の際に”この力は、一体何!?”って驚かれて、配属先がちょっとワケアリな試験型飛行船な感じで、クセの強い先輩船員に”オメェなんかにこの船に乗る資格なんてねぇよ”なんて絡まれて、そこを腕っぷしで”へっ、中々やるじゃなぇか”と認められて絆を深めていく、みたいな妄想をしていたんだよ。


 やっているのは仕事はただの雑用。

 街の清掃、荷物運び、迷子探し……などなど。

 別に仕事がつまらない訳ではない。

 たとえ小さなことでも社会に貢献して人々に感謝されるのはとても嬉しいし、やりがいがある。前世では体験できなかったことだ。


 そして期待されている以上、やらなきゃいけないことはキチンとやりきらないと後味が悪い……現に僕の足は次の仕事先に向かっているからな。

 この変に生真面目な所が日本人としての性格が出ているよ。


 だけど、やりたいのは飛空船に乗って空を飛ぶことだ。


 こんなにも熱望しているの何も起こらない。

 ……もしかして転生したらチート無双できるというのは、たった一部に許された特権、もしくは幻想みたいなものなのだろうか?


 ああ……死んで転生した後でも格差ってあるのか。

 やはり空想は空想なのか……現実は厳しい。


 ……他に飛空船に乗る方法ってないかなぁ。

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