第二十話 古い宝石箱、改めーー?
前回はちょっとだけ化学のお話をしたけど、勉強になったかな?
ん? 雷に対応できたのが不思議?
あー、光って確か秒速30万kmぐらいだっけ。見てからじゃ絶対に反応できないよね。
正直言って、めっちゃ怖かったよ。まばたきした瞬間には既に雷が目の前にあるんだから。
しかもジグザクに飛んでくるせいで、どこからくるか分かったもんじゃない。
僕の場合はバラウールが雷魔法を発動する前に”空気集中”を展開していたから、実質”全身バリアー!”状態で防いだようなもんだよ。
防ぐことができたのもたまたま相性が良かっただけさ。
ただ、テラリスは雷を斬り払っていたんだよなぁ……。
僕みたいに受け止めることが前提の防御技じゃなくて、やってくる雷に剣を振って合わせていたんだよね。
何でそんなことができたの? って聞いたことがあるけど、そうしたらーー。
「何って……魔法の気配を読み取っただけよ。いつくるか分かっているなら、どんなに速くてもなんとか対処できるわ」
……だってさ。
魔法の気配とはなんぞや? って疑問が増えただけだよね。
テラリス曰く、魔法の全ては発動者の意思によって制御されているから、魔法そのものではなく発動者の殺意が一際強くなった瞬間が攻撃のくる合図だってさ。
…………。
そんなことができる魔法の奥が深いのか、それともテラリスの技術がズバ抜けているだけなのか……聞いた時の僕はどっちか分からなかったね。
少なくとも、僕だけではバラウールは倒せなかったんだろうな、としみじみ感じた瞬間だったよ。
バラウールを倒した後はどうなったのかって? それをこれから話していくよ。
今回の話でエルマー国防衛戦は終了となるねーー。
◇
ーーエルマー国:領空 アルファンド号:ブリッジーー
「ソータさーー」
「ソ~タちゃ~ん!」
ブリッジへ戻ってきた僕に、アイリスちゃんが笑顔で駆け寄ってきた。
疲れが吹っ飛ぶほどの可愛い笑顔に、僕は両手を広げて待っているとーーカトリーヌさんが横から僕を掻っ攫っていった。
「うごっ!?」
強烈なハグに思わず変な声が出た。
「初陣なのに、ワイバーンだけでなく竜種も倒しちゃうなんて……おねーさん感動しちゃったわ~!」
喜んでくれるのは嬉しいですけど……バラウールはテラリスがいなきゃ倒せなかったから……というか、ぬいぐるみみたいにギュウギュウ締めてブンブン振り回さないでほしいんですが。
身長の関係から、ちょうど首に腕を回される形になっていて顔が固い胸に包まれて……胸板は厚いし、締め付けが圧いし、体温も熱い……あ、あつ苦しすぎる……!
やばい、息も苦しくなってきた……。
汗臭くないことだけが唯一の幸いだが、パンパンと腕を叩いても気付いてくれない……!
「カトリーヌ。まだソータ殿には仕事が残っておる。そろそろ離してやらんか」
「あら、そうだったの? イヤだわ~ワタシったら早とちり!」
モルドー副船長からの言葉を受けて、ようやくカトリーヌさんが僕を離した。ありがとう副船長! 危うく意識が飛びそうだったよ……!
モルドー副船長は仕事が残ってるって言っていたけど、まだ他にすることがあるのかな?
戦いと呼べるものは終わって、空撃士としての僕の仕事は終わったはずーー。
バラウールは首を斬られたことで、その生命活動を完全に終えた。
分かれた頭の部分はアルファンド号が回収して、身体の部分はそのまま雲海へと沈んでいった。
流石にアルファンド号といえども、自身より大きなものを運ぶことはできないそうだ。
残るはワイバーンだけなのだが、バラウールが倒されたと同時に蜘蛛の子を散らしたかのように逃げ出していった。
目標はエルマー国を守ることなので逃げるワイバーンをわざわざ追う必要はなく、中には船隊に立ち向かう個体やエルマー国を通ろうとする個体もいたが、数が大して多くなかったから、すぐに鎮圧は完了。
バラウールの印象が強すぎて、特に話すことがないぐらい呆気なく終わってしまったよ。
今は警戒と戦後処理? っていうのかな……ワイバーンの討ち漏らしがないかを見ながら、被害と戦果の確認が各船で行われていると思う。
テラリスも倉庫に積まれているワイバーンとバラウールの解体作業をやるそうだ。
血抜きとか適切に処理しないと売る前に素材としてダメになるらしいけど……内臓とか引っ張り出すとか生理的に無理なので、僕だけブリッジへ戻ってきた訳だ。
殺すことはできても解体はできないのかって? 無理なものは無理なのです。
「でも今日はお祝いね~! 腕によりをかけてご馳走を作っちゃうわよ~!」
ブンブンと文字通り腕を鳴らすカトリーヌさんだけど……そもそも何でここにがいるんですかね?
……戦闘が終わったから自分の本来の仕事へ戻るついでに、僕を労いたかったと?
その気持ちは嬉しいですけど……いや、あの、だから、キッスはやめてください。
「ウフン、そういう所が可愛いんだからん♡」
やけに上機嫌なカトリーヌさんは、ドスドスと音を立てながらスキップしてブリッジを出ていった。
「カトリーヌさんに悪気はないのです」
「うん……それは分かっているよ」
アイリスちゃんがそっとフォローをしにきた。
いい人なのは分かっている。まだ会ったばかりの僕のことをこんなにも気にかけてくれるなんて、嬉しいに決まっているじゃないか。
自分のやったことを褒めてくれる大人なんて、前世の記憶にはほとんどない。
僕の今世は優しい大人にも出会えて良かったと本当に思ってる。
でも、見た目のインパクトが強すぎて……感謝が追いつかないことがたまにあるだけで……。
「それなら良かったのです。改めてーーお疲れ様なのです、ソータさん。お怪我はありませんです?」
「僕は大丈夫さ。アイリスちゃんこそ、怪我はない?」
「わたしも大丈夫なのです。わたしなんて、ここで見ていることしかできないですから……」
「何を言っているの? 観測だって立派な仕事じゃないか」
少しの間だけだけど、周りの状況を見て正確に伝えていたアイリスちゃんの姿は鮮明に覚えている。
頑張っている姿がカッコ良かったってことを伝えると……照れ気味に”ありがとうなのです”と言われた。
うん、可愛い……!
「アイリスちゃんはこれからどうするの?」
「お姉ちゃんのお手伝いに行くのです!」
癒されながら、予定を聞いてみると……まさかの解体作業。
ガッツポーズしてやる気を見せてくれたアイリスちゃんがブリッジを出て行く姿を見送りながら、軽くショックを受ける。
少しでも皆の役に立とうとする健気な姿勢はいいけどさ……幼い女の子であるアイリスちゃんも解体作業するのかぁ……。
僕も出来た方がいいかなぁ。
褒めた手前、グロいって理由で逃げた僕が余計に情けなく思うよ……。
そんな時、ノア船長から声がかかった。
「ソータ、バラウールとの戦いで疲れている所すまないが、最後の仕事を頼めるか?」
「あ、はい。了解です」
ノア船長が自分の座っている船長席の隣にある無骨な機械を指し示す。
どうやら魔力供給を頼みたいらしい。
ここにきて魔力供給か……いや、別にいいんだけどね。
ノア船長は”最後”と言った……つまり、この仕事が終わればアルファンド号の面々とは別れることを意味する。
この仕事が終わったら、どうしようかなぁ。
念願だった飛空船にも乗れただけでなく、空撃士として空も飛べた。
でもエルマー国じゃ空撃士は禁止されている……あの感覚を味わっちゃうと、飛空船だけじゃ絶対に満足できない。
というか僕はまだギルドの見習いだ。空撃士どころか飛空船に乗って空を飛べるのが、いつになるか分からず不安しかない。
そして、この愉快な乗組員たちと離れるのも辛い。
旅人って言っていたし、バラウールの素材をどこで売りにどこかへ行ってしまうかも知れないけど……しばらくエルマー国で滞在してくれないかなぁ。
仕事が終わり次第、聞いてみよ。
「これは何の魔法道具です?」
「対となる道具に音を与えると、魔力で増大させて遠くまで聞こえさせる装置だ」
寂しい気持ちを抱えながらも、仕事に取り組む。
どうやら説明を聞く限り、拡声器みたいなものっぽい。
「そんな便利なものがあるのに、何で今まで使わなかったのですか?」
飛空船同士でのやり取りが容易となって、連携も取りやすいだろうに。
「各船が思い思いに使っていたら、うるさすぎて聞き取れなくなる。かと言って指揮官船のみに搭載していたら、頭であることを自らバラしているようなものだ。それにーー光で意思疎通ができるのなら、こんなことで魔法使い1人を使うのはもったいない」
他にも、空で使う前提であるため音量調節ができないため、閉鎖空間で使うと凄惨なことになるためドックなどでは使用できない……といった不便さがあるらしい。
音量調節、欲を言えば携帯電話みたいに端末毎で通話ができる魔法道具を作れば大儲けできるんじゃないか? ……なんて、魔法道具を作ったこともないくせに、誰もが思いつきそうな素人考えを浮かべながら、指示された魔法道具に手をかざして魔力を込める。
「気のせいならいいんですけど、他の飛空船たちがこっちを向いていません?」
残り魔力でなんとか間に合いそうだな、と思いながら魔力を注入していると……視線っぽいものを感じて、ブリッジの向こう側を見た。
バラウールが倒されたことで暗雲は晴れ、気持ちの良い青空が広がっている中ーー損傷を受けて帰還している船以外の全てがアルファンド号に対して、船首または砲塔を向けているような……?
一定の距離を保ち、こちらを囲い込んでいるようにも見える……気がするのだ。
今になって気付く……何で不便な拡声器型魔法道具をわざわざ使用するのか?
使いづらい拡声器を使う理由ーー光信号では面倒になる長い言葉、もしくは表現できない難しい内容をやり取りする場合が考えられる。
パッと思いつくのは……交渉。
ではなぜ交渉をするのか。向こうの船に無くて、アルファンド号にあるもの……バラウールの頭ーーいや、素材か。
もしかして想定外の出現だったバラウールの素材についての交渉をしにきたのか?
緊急依頼で買取額が増えるのはワイバーンだけとはいえ、より上位の存在である竜種の素材となれば、かなりの価値になるのは分かる。
でもバラウールに関しては、ほぼアルファンド号の船員たちで倒したものだから独占して問題ないと僕は思うけど……。
あ、一応ギルドに所属している僕も戦ったから、2~3割ぐらい寄越せとねだりにきたとか?
もしそうだとしたら、かなり図々しいんじゃないかな。飛空船を集めて、やたらと威圧的にしているなんて……取り巻きを引き連れたイジメっ子かよ。
胴体は雲海に落ちてしまったし、入手した頭を巡って争いとか起きたりしないだろうか……?
ノア船長は僕の質問には答えないで、マイク(のようなもの)に話しかける。
「こちらアルファンド号の船長のノアだ。当船に何か用か?」
へりくだることなく堂々と言い放ったノア船長の言葉は、ほぼタイムラグなしで、特徴的なくぐもった声で空に響き渡る。
しばらくすると、船隊の中から1隻の大型船が前に出てきた。最後まで後方にいた飛空船だな。
距離が離れているとはいえ、周囲の船と比べて一際大きい大型船からプレッシャーを感じる。
『今作戦の司令を務めている、航空ギルドサブマスターのジャスワントである』
同じ拡声機型魔法道具を使っているのか、船内にいるのに渋いおっさんの声がよく聞こえる。
航空ギルドのサブマスターはジャスワントさんって言うのか……覚えとこ。
『まずは緊急依頼に参加していただいたこと、感謝の意を表したい』
「こちらにも利があっただけのことだ。気にする必要はない」
『それだけでなく……竜種についてもだ。あそこでお前の船が戦っていなかったら国に甚大な被害が出ただろう。それこそ浮遊島そのものの危機であったかも知れぬ。まさに英雄とも呼べる働きであった……しかし、我らも自身の役割を果たしたと自負している。周囲のワイバーンの掃討をすることで、貴船が竜種に集中できるよう図ったことを忘れないでいただきたい。つまり竜種の討伐は、貴船だけではなくーー』
あー、褒めておきながら自分たちの主張も忘れない、と。
高い地位にいる大人は素直に言えなくて大変だなぁ。
内容が頭に入らないぐらい一気に話し立てるジャスワントさんに、ノア船長の方はどう思っているのだろうかと見てみるとーー表情とかは分からないけど、頬杖をついて何となく呆れているような気がする。
「バラウールの素材ならば、落ちた胴体で良ければ差し上げよう。竜種の身体ならば雲海の魔力にも多少耐えられる代物だ。溶かされる前に引き上げることを勧める」
『う、うむ。心遣い感謝する』
ノア船長が竜種の身体の所有権をあっさり放棄。
あまりにも軽い引き渡しにジャスワントさんも困惑気味。
だけど懸念していたことが起きることはなさそうだ。良かった良かった。
これで終わりかと思いきや、ノア船長が言葉で詰め寄った。
「己らだけでは持ち帰れないからなーーだが、用件はそれだけではないだろう? はっきり言ったらどうだ?」
特に後半の語気を強めたノア船長に、ジャスワントさんの息を呑む気配が伝わる……ノア船長は何を言っているんだ?
『……では単刀直入に言わせてもらおう。ノア船長、お前は”古い宝石箱”か?』
「なっーー!?」
決意を固めたジャスワントさんの言葉に僕が驚いた。
”古い宝石箱”が何なのかを忘れたって? ほら、前にケイリイさんが話てくれたじゃないか。数々の国で暴れまくってる指名手配班のことだよ!
今まで詳細な情報が分かっていないって話だったけど……そんなまさか。
ジャスワントさんの言う通り、身を削ってバラウールを倒したエルマー国の英雄じゃないか。
もしエルマー国を滅ぼすのならワイバーン襲来の時が一番の攻め時なのに、一緒に戦うのはおかしい。
そう判断された理由が分からず、混乱しそう。
驚いたのはそれだけじゃなかった。
確認をしようと声を発する前に、いきなり口を塞がれたのだ。
さらに、ナイフみたいな鋭いものを背中に突きつけられ身動きを封じられた。
突然の拘束に頭が真っ白になる。
「動くな。そのまま魔力の供給を続けるのだ」
なんと正体は、モルドー副船長だった。
いつの間に……というか操縦していたんじゃないのか? 今は誰がーーあれは、ラルか?
機械種でも操縦できるのかもしれないが、僕の腰ぐらいの高さしかないその身体じゃ前が見えないだろーーあっ、頭部だけ伸ばしやがった! そんなこともできるのかよ……って違う違う、僕は何を現実逃避してんだ。
「大人しくしていれば危害は加えない。分かったら頷くのだ、ソータ」
”殿”と付けてくれなくなった。
モルドー副船長がこんなことをしているってことは……ノア船長たちが”古い宝石箱”であることは確かなようだ。
知らずにやべー船に乗っていたのか僕は……。
ということはノア船長が”仮面卿”と呼ばれている人なのか。
仮面っていうから、てっきり仮面舞踏会に出てくるような目元を隠すベネチアンマスクみたいなものを想像していたのに。
ノア船長が被っているのは、もはやヘルメットだろ。
それに……あのアイリスちゃんも犯罪集団の一員なことに少なからずショックだ。
あの優しい少女が殺人とかに加担していると思うと胸が痛む。
この場にいない彼女の様子を見れなかったことに、安堵というか不安というか複雑な気持ちになる。
そして、今の僕はギルドの客人ではなく人質って所か?
新人の僕が価値のある人質になるとは思えないけど……ひとまず指示に従って頷く。
拘束は軽く緩んだが、解く気はなさそう。
「なぜ、そう思った?」
『骨董品と呼べるほどの古い型の船と空撃士という酔狂な戦い方で竜種を屠るその戦闘力はまさしく噂に聞いた通りだ。それに、古代種が乗っているという報告も受けた。そんなことをしている飛空船は他に知らないーーもう一度聞く、お前たちは”古い宝石箱”か?』
ほんの数瞬、間を空けたノア船長が答える。
「その名で呼ばれたくはないのだがな」
『っ! ということは認めるのだな! 全船、砲撃準備!』
ジャスワントさんの号令がかけられると、囲む飛空船たちの動きが変わった。
ほぼ全ての砲塔がアルファンド号へ向けられ、エルマー国側の船隊にピリピリとした緊張感が張り詰める。
『お前にはエルマー国を救ってもらった恩がある! だから……大人しく降伏すれば命は助けてやれるぞ?』
「職務に忠実で大変結構なことだがーー断ったらどうなる?」
『見れば分かるだろう、取り囲んでいる飛空船による一斉砲撃だ!』
「噂を聞いていたのだろう? その程度の戦力で己らを止められると思っているのか?」
『そちらだって手負いだ! 無事では済まないはず!』
しかし、砲口を突き付けらても余裕の態度を崩さないノア船長。
先のバラウールの攻撃でアルファンド号の側面装甲はボロボロで、疲弊しているのは確かだ。
いくら竜種と戦えたからといって、複数の敵と戦うのは別の話だ。物量だって力の一種、しかも向こうはワイバーン以上の連携と戦術を駆使する船隊。
バラウールみたいに砲弾を弾く術といったら、テラリスの魔法ぐらいだろうけど……テラリスだけでは防ぎきレルはずがない。
アルファンド号が負けるとは思わないけど、お互いに被害が出る厳しい戦いになるだろう。
というか、僕はどうしよう。
拘束されっぱなしだが力技で外そうと思えばできる。魔力供給だって止めるのは簡単だ……そんなことしたらモルドー副船長に後ろからブスリと刺されるけどね。
ただ、今後の展開が気になるのも事実。
なぜそんなことをしているのかは分からないけど、仮に開戦したら僕は解放されるのだろうか? 流石に戦いになったら僕を拘束している暇はなくなるだろうよ。
その場合、僕はどう立ち回ればいいんだろうか? アルファンド号から飛び出てギルド員として戦う?
……ノア船長たちとは敵対したくないのが本音なんだけど、色んな意味で。
思案を巡らせていると、ノア船長がさらなる爆弾を投下してきた。
「撃つのは別に構わないが、こちらにはお前たちの宝物である異世界転生者がいるのだぞ? その報告を受けていないのか?」
『な、何だと!? そんなバカな!』
ジャスワントさんが驚いた声を出しているが、その周囲にいる人たちも同様なのか、ざわめいた声がマイクを通して聞こえてくる。
いや、僕も驚きだよ!
しかし声を上げることはできなかった。魔法道具に余計な音を入れたくないのか、口だけはしっかりと塞がれていた。
「嘘だと思うのならブリッジを覗いてみるといい」
自分から転生者だと話たのはアイリスちゃんだけだよ?
ノア船長が知っているのは納得できる。アイリスちゃんから報告を受けているはずだから当然だ。
だが、ジャスワントさんの驚き方から、僕が転生者だということは分かっているようだ。
会ったこともないエルマー国の偉いおっさんにまで……なぜだ?
しかも僕がエルマー国の宝物? 意味が分からない。
そんな待遇は一度も受けていないぞ……?
『ソ、ソータを無事に返してくれれば、お前たちがエルマー国から立ち去るまで何もしないことを約束しよう! それでどうだ!?』
えぇぇ……名前まで知っていたよ。
僕がアルファンド号にいることが分かった、ということは顔も知っているってことだよね?
ギルドで写真を撮った訳でもないのに何で? 盗撮だったら引くわー。
もう何が何やら……少なくとも、この身は自分が思ってた以上に人質としての価値があったらしい。もうこれ以上に驚くことはないだろうよ……。
「断る」
『くっ……一体、何が目的だ! ”古い宝石箱”だからって、この国に手を出すことは許さんぞ! 刺し違えてでも止めてみせる!』
そして、人質を返せって言われて返す人なんていないでしょ。
とはいえジャスワントさんの言う通り、ノア船長の目的が分からないままだが……このまま開戦か? と思いきやーー。
「エルマー国にもう用はない。こちらの目的は既に達成したからなーーついでにだが、ソータはいただいていく」
え、ええぇぇぇぇーっ!???
結局、最後まで驚いてしまった。
え、本当にバラウールを倒しにきただけなの?
逃げるなら、なんで僕を人質にとったの?
しかも僕を盾にするんじゃなくて、お宝みたいに頂かれちゃうの!?
僕の心の叫びを他所に、アルファンド号はすぐさま反転。
機関が唸りを上げ、全速力で逃走を始めた。
『ほ、砲撃開始! あの船を止めるんだ! 足の速い飛空船は追いかけろ!』
てっきり交戦するかと思っていたエルマー国側は、いきなり背中を見せて逃げ出したアルファンド号に思考が追いつかなかった。
我に返ったジャスワントさんが慌てて命令を出すが、時既に遅くアルファンド号はかなり先へと進んでいた。
「ああ、最後に……己らの本当の名は”空を駆ける槍”だーー以上、通話終わり」
当てずっぽうな砲撃をスルリスルリと躱して、漂う雲の中に入ったアルファンド号はあっという間に姿を眩ませてしまった。
ノア船長の言い放った捨て台詞が残響となって尾を引きながらーー。
こうして”古い宝石箱”改め”空を駆ける槍”は、僕を連れてエルマー国を離れていったとさ。
…………。
…………。
…………。
…………。
◇
物語の主人公ってさ、世界の問題? 真実? みたいなものに直面すると自ら立ち向かって、運命? みたいなものを切り開いていくよね。
それに比べて僕は、古い物語にあるような何も知らないまま攫われる姫みたいに、事の成り行きに流されていく訳で……主人公としては微妙かもね。
僕としては空を飛べるなら何だって良かったんだけど、どうやらそれだけじゃダメみたい。
何やら世界の歯車に組み込まれてしまったようで、僕は僕の役割を演じないといけないそうだ。
それが何なのかはこれからのお楽しみ、ということで。
コレで第一章の終わりとなります。
初めて書いた小説でございますが、やはり書き続けるのは大変ですね……。
第二章の内容を書き溜めるため、本作はしばらく更新を控えさせていただきますm(_ _)m
他作品(短編小説)などを投稿するかもしれないので、その際はよろしくお願いいたします!