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第十八話 僕は空を楽しく飛びたいだけなのに

この戦いも終盤戦になりました。

 僕は戦うのが好きじゃない。いくら戦闘技術を習ったからって戦闘経験は少ないんだから。

 誰だって痛いのは嫌でしょ?

 いつどこから襲いかかってくるかビクビクしていると呼吸を忘れるほど息が詰まるし、対峙する相手に技が通じるのか不安で胃がキリキリして落ち着かないし、攻撃される度に気持ち悪い冷や汗が出てくるし……。


 それでも、飛んでいれば意外なことに緊張が和らぐんだよ。

 無限と思えるほど広い空間、吹き付けてくる気持ちいい風。

 その中を自分の心のあるがままに動き回れるのって、とても素晴らしいことだと思わない?


 どこを飛んでどのように駆けるのか、飛ぶことに集中して風を感じていると雑念がスッと消えて、身体が軽くなったように感じるんだ。

 本音を言えば、何も考えずに能天気に飛んでいたいけど。


 え? 戦いに集中もせずに空を楽しめてるのはおかしい、バカだって?

 な、なんてこと言うんだい! ちゃんと戦いには集中しているし成果も出しているじゃないか! 好きじゃない戦いだとしても、空の素晴らしさが極度の緊張を和らげているってことだから!


 …………。


 オホンッ、いきなり何でそんな話をしたかと言うとですね……今回の話でね、テラリスがですね、その……カッコ良く飛ぶんだよ。

 とても羨ましいって感じたんだよ。いわゆる嫉妬ってやつ。


 あああっ、こんなことテラリスには言わないでね! テラリスのドヤ顔は特に腹立つから!


 …………普通はそこまで空に夢中にならない? もはや変態の領域だって?


 …………。


 そ、そこまで言わなくてもいいじゃない?ーー。



 ◇


 ーーエルマー国:領空 ターボの飛空船:甲板の上ーー


 そいつが現れた瞬間、時間が凍りついたかのように全ての命が固まった。

 本能が”ありえない”と理解しなかったのだ。


「ガアァァァァァァ!!!」


 空がビリビリと震える。

 声量だけで身体が押されそうになる。

 その声を聞いて、やっと本能が警鐘を鳴らした。


 まだ手が届かない遠くの場所にいるのに、心臓をギュッと握られたみたいな寒気と鳥肌がゾワワッと立ちまくる。


 ヤバイってのは分かっているのに、どう動けばいいのか分からない。

 脳は動き始めたのに身体がまだ動かない。

 そのギャップがさらなる混乱を生み、そのまま思考停止してしまいそうだ。


「いたいた。ここにいたのね」


 僕を見つけたテラリスが隣に降り立つ。

 どうやらテラリスはバラウールの覇気を浴びても平然としているようで、強張っている僕の顔を覗き込む。


「どうしたの、酷い顔をしているわね? あっ、元から酷い顔だっけ? プププ」 

「……誤解を生む話し方はやめようね。僕の顔は酷くない。顔色が酷いだけだよ」


 失礼なことを言っているので訂正しておく。

 美人のテラリスから見ればブスかもしれないが、人間種(ヒューム)で見れば平均値のはず。

 ……あれ? テラリスと普通に話せた。


「今度は何よ? まさか、あたしの美貌に惚れ直しちゃったり?」

「せめて返り血を拭いてから言ってくれ」

「あ、ほんとだ」


 不思議に思ってテラリスを見つめていたら、悪戯っぽい笑顔を向けられた。

 本当ならドキッとする所なんだけど、ワイバーンの血でベットリな顔で笑われても悍ましいなので注意しておく。


 そんな不毛なやりとりをしていると、固まっていた思考がほぐれたような気がして、戦ってもいないのに怖がっていたのが馬鹿らしく思えた。

 硬直していた身体も嘘のように動く。


 …………。

 癪だから言わないけど、テラリスには心の中で感謝しておこう。


 うん、気を取り直して突然現れた魔物について聞いてみるか。


「テラリスはあれを知ってる?」

「ああ、あれね。あれの名前は”バラウール”。ワイバーンのような下位亜竜(レッサードラゴン)なんかとは違う、元祖の血を濃く受け継いでいる本物の竜よ」


 何気ない感じにテラリスが説明するけど、ワイバーンが霞むほどの大物だった。


 ちなみに、この世界での魔物の名前は、あまりの強さを目の当たりにした畏怖の念から、時には人智を超えた神秘性から信仰の対象として、人々から名付けられて語り継がれる名称らしい。

 兎にも角にも規格外の魔物であることは確かなようだ。


「何でそんな大物がこんな所に……」

「多分、ワイバーンの群れを見つけたから追いかけてきたんでしょ」

「何をしに?」


 あの竜ーーバラウールとワイバーンに一体何の関係が? 疑問が絶えない。

 ちなみにワイバーンの群れといえば、リーダーがやられてしまったため各個体が滅茶苦茶に飛び回っていた。

 最初の戦いの方がワイバーンなりに隊列を組んでいたんだなと思えるぐらい、今の状況はまさに烏合の衆になっている。

 前方にエルマー国の船隊、後ろに竜種という逃げられない状況でワイバーンにとっては絶体絶命のピンチだから仕方ないとは思うけれど……。


「何って……ワイバーンを食べるためよ」

「へ? 食事をしに来たの?」


 竜という御伽話に出てきそうな超生物が、食事という世俗的なことをするイメージが全くないんだが……。


「当たり前でしょ? 魔物だろうと竜だろうと、生きるために他者を喰らい糧とする……サイズが違うだけで魔物だって人と同じ生物よ、ほら」


 テラリスに促された方角に、バラウールに無謀にも立ち向かうワイバーンが見えた。

 ワイバーンは数頭で徒党を組んで、一斉に火球を放つ。

 対してバラウールは迫る火球に微動だにせず、身体からバリッと雷光が閃いたと思った次の瞬間、火球が爆散した。


 自分の魔法に何が起こったのか分かっていないワイバーンはヤケクソに火球を乱発するが、その全てがバラウールに届くことはなく、ゆっくりと近づくバラウールに為す術なく食されるだけであった。

 頭からガブリとされたワイバーンは……うん、よく噛んで食べられてます。

 ワイバーンの中には牙で応戦しようと近づくやつもいたが、ある程度近づくとビクッと痙攣して墜落していった。


 周囲でギャアギャア騒ぐワイバーンを尻目にバリバリとワイバーンを食べている姿は、弱肉強食という言葉にぴったりな光景だった。


「バラウールの使う魔法は雷魔法(スパーク)。近づくだけで高威力の電撃を受けるわ……けど、今が討伐のチャンスでもあるのよ」


 普段は猛け狂う嵐の中に居座っており、その強烈な風と雷によって近づくことはおろか姿を見ることさえ困難らしい。

 飛空船でも近づけない嵐の中なんて魔物も当然のように避ける。そのため空腹になった時だけその姿を表す。


 とは言え、たとえ嵐がなくてもバラウール本体の戦闘力は人にとって十分に天災と同等ではあるらしいが。


「ここにやってきた以上、討伐しないとエルマー国に被害が出るわよ。ちょこまかと逃げるワイバーンで腹を満たせるはずがないし、視界には飛空船の船隊とエルマー国が入っているから狙わない理由がないわね」


 エルマー国にはお世話になった人たちがたくさんいる。

 僕にとっては第2の生まれ故郷なのだ。このまま滅んでほしい訳がない。


「そうか……じゃあ、行かなきゃーー」

「うおっ!? ソウ坊、誰だそいつは……って、その長い耳はオメェもしかして”古代種(エンシェント)”か!」


 バラウールと戦う決意を高めようとした時にターボから声をかけられた。

 何だかめっちゃ驚いていたけど、テラリスのことも気付いているみたいだし紹介しようとしたら、ターボは聞いたことのない名前を言い出した。

 古代種(エンシェント)? テラリスってアイリスちゃんと同じエルフだよね? エルマー国の人たちはそう呼んでいるのかな?


「……だったら何よ」


 対してテラリスは、見たことない冷淡な態度と言葉を発していた。

 相手にしたくない、という拒絶の意思がハッキリと分かる。

 テラリスの急な変化に驚いた。

 え? 2人は知り合いなの? ……初対面なのね。

 じゃあ、何でそんなギスギスしてるの?


「もしかしてソウ坊に”空撃士”なんてモンを教えたのはオメェか!?」

「…………」


 吠えるターボの問いにテラリスは答えない。

 空撃士はテラリスから直接教わった訳ではないけど、まぁ同じようなものだよね……と僕は心の中で答える。

 何だか口を挟める空気じゃないぞ?


「この国に何しに来たんだ!?」

「…………」

「なんとか答えやがれ!」


 無視を続けるテラリス。

 ターボの親の仇を見つけたような必死さも意味が分からず困惑する僕。

 ピリピリした不穏な空気が流れ続けていて落ち着かない。


 テラリスとターボの会話に気づいた他の乗組員が、テラリスを見てヒソヒソと話し始めた。


「何でこんな所に古代種がいんだよ……」

「とうとうエルマー国にも厄病神が来たのか……」

「どうすんだよ? 竜種(ドラゴン)古代種(エンシェント)なんて最悪じゃなぇか……」

「まさか、あの竜種(ドラゴン)を連れてきたんじゃないだろうか……」


 ほとんどが不快に感じる言葉ばかり。


 ってか、わざと聞こえる音量の陰口って中学校のイジメかよ。

 飛空船に乗る立派な大人たちが少女相手になんと情けない。

 しかも竜種を呼び出したってのは、いくら何でも話が飛躍しすぎでしょ。パニックになって正常な判断ができなくなった?


 ……これは、あれだね。


 多分だけど、テラリスと関係ない古代種(エンシェント)ーーーー面倒臭いから次からエルフって呼ぼうーーーーの人が昔エルマー国で盛大に何かをやらかしたんだろうな。

 彼らはテラリスを見て、彼女本人ではなくてエルフについて話をしているんだもの。

 エルマー国でテラリスとアイリスちゃん以外にエルフを見たことないから、きっとエルフに良い印象を持っていないんでしょうよ。


 いわゆる”種族差別”ってやつなんだろうな。

 ……よくあるテンプレだけどさ、こういうのは別に望んでなかったよ。


 ギルド員に疫病神と言われるテラリス、ギルド員に追われていたアイリスちゃんーーエルフという存在は、もしかしたら僕が思っている以上に複雑で根深い問題があるのかもしれない。


 でもさぁ……今はそれどころじゃなくない?


「…………」


 テラリスにも悪口が聞こえているのだろうけど、冷たい表情が変わらなかった。

 気にしていないだけなのか、実は傷ついているのか読み取れない。


古代種(エンシェント)が何しにここに来たかは知らねぇが、この国が黙っていると思うなよ! ”災厄の魔女”!」

「よく言った、ターボ!」

「エルマー国は負けねぇぞ!」

「そうだ、厄病神は立ち去れ!」

「”災厄の魔女”なんてクソ食らえ!」

「ここから消えろ!」


 ターボが放った言葉を機に、テラリスへの罵りが激しくなった。

 呆れるぐらい馬鹿げていて、ため息が出そうになる。


 この船を救ったのはテラリスのお陰でもあるんだぞ?

 何で恐ろしい悪魔でも見ているかのような顔で、酷いことを言えるんだよ。

 分かっていないのか、それとも分かって言っているのか……どちらにせよ、これ以上は見過ごせない。


「なぁーー」


 だが、僕が言及しようとすると肩を掴まれた。

 振り返って見るとテラリスは小さく首を横に振り、”いつものことだから”と小さく呟くだけだった。

 そして彼女は歩を進め、ターボの前へ出る。


「この国と争うつもりはないわ。ただ、あの竜種(ドラゴン)を貰い受けにきただけよ」


 淡々と答えるテラリス。どうやら徹底して冷たい態度を変えるつもりがないようだ。

 あの感情豊かなテラリスがここまで変わらないのは……なんか、つまらない。


「はっ、古代種(エンシェント)の力なんぞ借りなくても竜種はオレらの国が蹴散らしてやるわ! 見てみろぉ!」


 ターボが示した先を見ると、探す必要がないぐらい目立つ巨大な船が進んでいた。

 先端に向かうほど細くなる船体、水上船のように斜め前に切り上がった船首。

 船尾にある4基の大型ブースターと船底にある10基の小型ノズルが火を噴く。

 各所に施された美麗な装飾と地球の戦艦から拝借したような砲塔ーー荘厳さと暴力性の両方を魅せつける大型船がやってきた。


 バラウールを脅威と捉えた本隊が、前線を支えていた小型船を後ろに下がらせ大型船4隻の内2隻が前に出す陣形へと変えたのだ。


 バラウールに負けないーーいや、長さでは敵わないものの巨大な船体からくる存在感はバラウール以上の大型船が相対する。


「エルマー国の最大戦力である大型船が2隻なら、竜種と渡り合えるだろうよ!」

「あれではダメね」


 自分が攻撃をする訳でもないのに自信満々のターボ。

 けれど何となく気持ちは分かる。天を衝くように進む大型船の勇姿を見れば、竜種に勝てるんじゃないかと期待してしまう。

 だが、それを僕にだけ聞こえる声で否定したテラリス。

 その疑問をぶつける前に大型船の砲撃が開始された。


 砲弾の発射音が連続で空気を叩き、ワイバーンの火球とは比較にもならない弾幕がバラウールへ向かうのを僕たちは見守った。


 アルファンド号の主砲と同等以上の威力がありそうな砲塔も砲撃に参加しており、この空域の中では間違いなく最大の威力になるはずだが……バラウールの周囲にバチッと雷が瞬いたと思った次の瞬間ーー重い破裂音を鳴らして砲弾が粉々に砕けた。


 すぐさまバラウールの反撃が始まる。

 ガパリと開けた口の中に雷が圧縮。

 一点に生じた雷光が、耳をつんざく轟音と共に放たれた。

 まさに荷電粒子砲とも呼べる攻撃は一直線に空を貫き、大型船の1隻の側面に被弾。

 攻撃モーションを見てからでの対応では完全回避に至らず、アルファンド号よりも厚く硬そうな装甲が何の抵抗もなく融解して大きく抉れた。


 放たれた魔法は消滅することなく直進を続けて、後ろに控えていた飛空船やワイバーンを次々に貫き、終いには浮遊したエルマー国の大地にまで着弾した。


「嘘だろ……」


 ターボは目の前の光景に驚愕し、様子を見に来た他の船員たちも絶望的な表情をしていた。

 最大戦力である大型船は呆気なくやられてしまい、守るべき国には損害を出してしまった。

 しかも、数km先にも届く光線がバラウールの攻撃範囲であることを示されたため、あの光線がいつ自分に向けられるか分からない恐怖に怯えてしまったのだ。


 直撃をくらった大型船は辛うじて滞空しているが、もはや戦力として数えられない傷を負っている。

 後ろにいた他の船のほとんどは原型も残らないほどの残骸となって雲海へ堕ちてしまった。

 ワイバーンの対処もまだ終わっていないのに、甚大な被害を出したエルマー国の本隊は混乱状態に陥っている。


「……竜種のブレスに装甲なんてただの紙。鈍重な大型船ではいい的になるだけよ」


 テラリスは他人事のように呟く。


「だ、だったらどうすりゃあいいんだよ!」

「翻弄できる機動力と魔法を打ち破れる攻撃力を持つ、あたしたち空撃士の出番」


 飛空船の縁に足をかけて、飛び出す。

 炎を噴く空飛ぶ大剣の上に乗って、空を駆け出した。


 目指す先は、被害を受けなかった大型船による人命救助で身動きが取れない所へ第2射を撃ち込もうとしているバラウール。


 テラリスは炎の剣を向け、剣先から火球を射出。


 高速で飛来するソレはブレスが放たれる直前の顎にヒット。

 爆発によって僅かに顔が持ち上げられたことで、ブレスは大型船の上方スレスレを通り過ぎた。


「ここからはあたしが相手よ」


 火球を放って注意を引いて挑発するテラリスがバラウールの目の前まで飛行して”食卓の(デッドゾーン)”に自ら踏み込む。


 竜がテラリスにジロリと捕食者の目を向ける。

 自暴自棄になっていたワイバーンとは違い、自らの意思でやってきた美味しそうな餌。

 先ほどは不意打ちで被弾したが、痛くも痒くもない。

 食物連鎖の最上位にいる竜にとって、目に映るものはただのエサに過ぎない。

 反撃されようが痛手にならない竜にとっては”活きがいい”程度でしかないのだから。


 自分を食すものを目の前にして、常人ならば失神してもおかしくないほどの強烈なプレッシャーがテラリスを襲う。


「そこらのワイバーンより、あたしの方が美味しく見えるのかしら?」


 けれどテラリスは怯まない。怯える必要なんてどこにもない。


「悪いけど、今のあたしは虫の居所が悪いわよ!」


 大きく叫んだテラリスは悠然と構えるバラウールに向かって剣を投擲した。

 バラウールにとっては爪楊枝ほどの大きさでしかない剣にも魔法を使い、一筋の雷と剣が衝突。

 バチバチッと激しい音を出した後、互いが霧散ーー相殺の結果となった。


 砲弾をも砕く雷と相殺できたことだけでも驚異的だが、貫くつもりで投げたテラリスとしては不満だった。


「これならどう?」


 テラリスの周囲に炎の剣がいくつも生成される。

 空中に浮かぶ剣たちを手に持つことなく剣自身が炎を噴き出して、その全てが飛んでいった。

 そしてテラリスも加速して、剣と共にバラウールへ殺到する。


 数を増やしても同じだと言わんばかりに同数の雷が放たれる。

 変わらない結果になるかと思いきやーー衝突の直前に炎の剣が雷を避けていった。


 剣は各所から炎を噴射することで方向転換し、不規則な軌跡と加速で様々な方向から襲いかかる。

 テラリスは両手に持った剣で、雷を弾きながらバラウールに肉薄する。


「グアァッ!!」


 動き回る鬱陶しいハエにイラついたバラウールが全身に雷を纏い、トゲのように無数の雷が飛び出した。

 突き刺された炎の剣は消失し、テラリスは間一髪で防御に成功するが、跳ね飛ばされて距離を離されてしまった。


「チッ、やっぱり簡単には近づけないわね」


 たとえ手練れの魔法使いだとしても……飛空船の装甲をも容易に貫くバラウールの前では、テラリス自身は塵に等しい。1発でも直撃をもらえば致命傷になるギリギリの綱渡り。


 いつもはアルファンド号が共に戦い、囮役と攻撃役の分業をしているけれど……今回の船はワイバーンを寄せ付けないための援護射撃しかできない。

 ”この後”のことを考えると、ここで損傷する訳にはいかないのだから。


 せめてソータがこの場にいれば……。

 そういえば、なぜ来ていないのか? ビビったのか?


「って、あたしったら何を考えているの! 別にアイツの助けなんかいらないわよ!」


 目の前の敵に集中しなければ食われてしまう。

 頭をブンブン振って余計な考えは捨てて、バラウールを注視する。


 バラウールには遠距離攻撃を相殺されてしまい、だからって近接戦を挑もうにも雷を纏っているため近づいたら感電してしまう。

 ならば、相殺できないぐらい強い攻撃をすればいいだけの話。


 相手はまだ侮っているからなのか積極的に仕掛けて来ない。

 見下されていることに腹が立つが、むしろチャンスだ。


「目にもの見せてあげるわ」


 炎の剣をさっきの倍の数を用意し、一斉射出。


 炎と雷が追走劇を行なってぶつかりあう中、テラリスは炎を噴かして上昇。

 雷が襲いかかっても、弾いて、無視して、さらに上昇。

 バラウールの遥か頭上まで上昇。


 そして魔法を解除する。


 大剣から噴き出していた炎が消えて推進力を失ったテラリスは一瞬の停滞の後、急速の落下していく。

 ビュオオォォと風切り音が耳元で唸り、風圧が全身を締め付け、眼下に強大な竜が待ち受けているけれど、テラリスは焦ることなく一緒に落ちていく大剣ーーレーヴァテインのグリップを握り、上段に構える。


「レーヴァテイン、起動!」


 愛用の魔法道具に魔力を送り、先程までの乗り物としてではなく武器としての能力を解放する。


 大剣から火山の噴火を思わせる炎が怒涛の勢いで迸る。

 膨大な量の炎は無秩序に噴出した後、渦巻くように剣の周りへ収束していくと、やがて一振りの巨大な剣を形作った。

 真っ赤を通り越した白熱の炎が光を発して輝く超高熱の剣が完成した。

 30mを超えて刀身が天高くそびえ立つ。


「はあぁぁぁぁぁっ!!!」


 それをテラリスは気合の入った雄叫びと共に振り下ろす。

 頭上から剣が落ちてこようともバラウールは変わることなく雷魔法を発動。


 テラリスは落下しながら、自身に不釣り合いなほどの巨剣をただ真っ直ぐに振り下ろす。

 落ちてくるだけの単調な攻撃にバラウールの雷が迎え撃つが、剣に触れた瞬間ーー雷が焼き斬れた。


「ッ……!」


 ワイバーンの火球も飛空船の砲弾も防ぎ、何ものも寄せ付けなかった魔法が破られたことでバラウールから驚きの感情が滲み出る。


「このまま、斬る!」


 いくつも雷が襲いかかっても悉くを打ち消して、勢いを緩めることのない巨剣はバラウールの頭を両断ーーすることなく空振りに終わった。


 テラリスが外したのではなく、バラウールが避けたのだ。

 嫌がるように、長大な身体を大袈裟にくねらせた。


「避けんじゃないわよ!」


 テラリスは渾身の攻撃を避けられ毒づくが……この戦いにて初めてバラウールが回避を選択した、ということはテラリスの持つレーヴァテインにバラウールを傷つける力があることを意味していた。


 そのことに気づいているテラリスは自信を深める。


 レーヴァテインを次こそ当てるためにはどうすればいいかーーその算段を立てながら、テラリスは再びレーヴァテインに乗ってバラウールに対して攻撃を仕掛ける。



 ◇


 

 雷鳴が轟く暗雲を背景に、1人の戦乙女が1頭の竜に挑んでいる。


 なびく金髪が暗闇の中でもキラキラと光り、尾を引く炎の残滓がチリチリと舞う中で凛々しく戦う戦乙女の姿が釘付けになるほど美しい。

 空を走る雷が竜の青黒い身体を照らし、威厳を感じさせる佇まいが圧倒的な存在感を放っている。


 炎と雷が飛び交う殺伐とした戦場のはずなのに、爆発の光点が空を彩る紋様にも見える。

 まるで神話の1場面のような激戦を繰り広げているのに……僕はといえばーー。


「僕 も い か せ て く れ!」

「ダメだって言っているだろうが!」


 数人の船員に身体を押さえつけられて動けずにいた。

 テラリスを1人だけで戦わせまいと飛び立とうとする僕に、ターボが人を呼んできたのだ。


 ええい! 何でむさ苦しいおっさん共に抱きつかれなきゃならない!


「オメェは空撃士の危なさが分かってねぇ! 魔物は魔力持ちを主に狙うんだぞ!」


 どうやら魔物は魔力を持つものを食らうことで力を強める性質を持っており、それ故に魔力を感知する力が人よりも優れているらしい。

 その能力で、放たれた魔法の軌跡から魔力の残りカスを読み取って、魔法の行使者を追跡する猟犬みたいなことができるそうだ。


「魔法で飛んでいる空撃士は”ここにご馳走がありますよ”と自ら言っているようなもんだ!」

「他の魔法使いだって甲板から魔法を撃っているんだから、同じことでしょう!」

「同じじゃねぇ! 魔法使いの乗っている船の周囲には護衛船が付いているからサポート体制は万全なんだよ!」


 ギルドーーいや、エルマー国としては貴重な魔法使いを失いたくないんだろうね。

 魔法使いがいなくなったら、国の運営に必要な魔法道具の魔力供給ができなくなるもんね。

 ……”蒸気機関があるのに魔法に頼っている”という噛み合っていない今の体制については本当に違和感があるけど。

 

 だからと言って、空撃士として戦わない理由にはならない。

 バラウール相手には空撃士でないと戦えないことはテラリスが現在進行形で証明している。

 そして僕には空撃士として戦う力がある。テラリスが頑張っているのに、指咥えて見ている訳にはいかない。


「貴重なお話ありがとうございますぅー、これからは気を付けて飛びますぅー」

「分かってねぇだろ!? これから一斉砲撃をかましてやるんだから飛ぶ必要はないって言ってんだよ!」

「は?」


 信じがたい内容が聞こえたのだが?


「あの”古代種(エンシェント)”が戦っている隙に船隊を整えて、竜種(ドラゴン)にもう一度砲撃を加えてやるんだよ。戦いに集中しているなら砲撃も当たりやすくなるだろうよ」


 視界の端で、乗組員がランタンで他の飛空船に光信号を送りつけて何やら会話をしていたのがチラチラと映ったのが気になっていたけど……そんなことしていたのか!


「待ってくれ! テラリスはどうする!?」

「ああん? あの戦いを中断したら、竜種(ドラゴン)はまたこっちに攻撃してくるだろ? だから放置だよ」


 ターボの言葉を聞いて、頭の芯がカッと熱くなる。


 ワイバーン戦の時のように囮役だと分かっていて引きつけているなら構わない。

 あの見事な連携をするために何度も訓練を重ねてきたのだろう。

 けれど、テラリスは自分が囮にされるなんて分かっているはずがない。

 そんな相手の背中から撃つなんて信じられない。


「ふざけるな! 重力魔法(グラビトン)ーー反重力(アンチグラビティ)、展開!」


 同じギルド員だから気を遣っていたが、その必要はもうない。

 反重力を展開して、纏わりついていた乗組員たちを吹き飛ばす。


「見損なったぞターボ! バラウールのブレスからエルマー国の船隊を守ったのもバラウールの気を引いて船隊に被害が出ないようにしているのも、あそこでテラリスが戦っているからだぞ!」


 テラリスが助けようと思って行動したかどうかは不明だが、助けられたのは事実。

 感謝して協力するならともかく、それを見なかったことのように無視して、さらには利用するなんて恥知らずにも程がある。


 エルマー国はエルフに対してどうしようもない怒りがあるのかもしれない。


 それが何だ。僕が知ったことでもないし、テラリスとは全く関係のないことのはずだ。

 国の危機だっていうのに、事実から目を背けて思い込みで動くなんて……。


 ……ショックを通り越して、萎えたわ。

 目指していた航空ギルドがこんなにも幼稚だったなんて。


 拮抗しているように見える戦いに水を差すなんてバカのやることぐらい僕でも分かる。

 仮に砲撃が通用したとしても、バラウールの雷と飛空船の砲弾に挟まれるなんて、テラリスが危険すぎる。


 テラリスに何かあったらアイリスちゃんが悲しむに違いない。

 もしそうなったら、僕はとても後悔する。

 短い付き合いだけれど関わってきた僕としては、あの仲の良い姉妹が人の悪意によって傷付くのを見たくないんだ。


「悪いけど、僕も行く」


 今ここでテラリスの助太刀に向かえば一斉砲撃を止められるんじゃないか?

 無理だとしても、雷と砲弾のどっちかを防げる壁になればいい。


 だが、ワイバーンの親玉を一撃で仕留めた竜種(ドラゴン)の雷を僕なんかが防げるだろうか?

 ……いや、いけるはず。僕の考えが正しければ、ワイバーンの火魔法(フロギストン)より簡単に防げるはずだ。


「やめるんだソウ坊! おい、誰か止めるんだ!」


 周囲の人が慌ててやってくるが、もう遅い。そんなに止めたかったら部屋の中で軟禁でもしとけばよかったのに。


 重力魔法(グラビトン)ーー方向変化(ダイレクション)、発動。

 僕は飛空船から飛び立ち、テラリスの元へ向かう。


 ……はぁ、せっかく念願だった空を飛べたというのに、何でこんなにモヤモヤした気持ちにならなきゃならないんだよ。

最近スチームパンクっぽさがないけれど、ちゃんと用意しますので、少々お待ちをm(_ _)m

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