第十七話 災厄、現わる
空撃士として身一つで空を飛べたことは、僕にとっては長年の夢は叶った幸せなことなんだ。
重力魔法はこのために授けられた”運命”、ぐらいは自惚れていいよね?
そんな重力を増加させたり慣性を無視したりして、身体に負担はかからないのかって? いい質問だね。
魔法の原則その1”自分で発動した魔法は自分に影響しない”。
例えばテラリスなんて炎で作られた剣を普通に握ってるけどさ、大火傷するはずじゃん? でもしていない。
魔法ってのは元はといえば自分の力から作られたものだから、自分の一部みたいなものなんだよ。
僕の重力魔法で言えば、高重力を纏っても潰れたりしないし、魔法の発動中はどんな高い場所から落ちても平気なのさ。
さて、中盤を迎えたエルマー国防衛戦がどう展開するかお楽しみあれーー。
◇
ーーエルマー国:領空ーー
ワイバーンを吊り下げているワイヤーをアルファンド号へ急いで納品をしたーーーーカタパルトがある区画に機械種のラルがいたので、処理をほぼ丸投げにして焦らせてしまったがーーーー僕とテラリスは、危機に陥っている飛空船の救援に向かうことになった。
対象の船は航空ギルドが所有する中型船。
ギルド特有の剣を思わせる特徴的な船体には機関砲が前方に2門、後方に1門を配置しており、近接防御用として大型のボウガンーーバリスタを装備してある。
だが機関砲は全て潰されており、残された武装として鉄の矢をがむしゃらに射って反撃しているが上手くいっていない。
大人が抱えられないほどの大きなボウガンを甲板にある台座に取り付けて、僕の腕ぐらいの太さはある矢を射出するバリスタはワイバーン相手でも十分に威力を発揮するはずだが、懐に入られてしまうと、その大きさ故に取り回しが悪く対処しきれなくなるみたいだ。
複数のワイバーンに取り囲まれ、爪や火球で嬲るように次々と攻撃を与えられて所々から火の手が上がっている損傷の激しい船。
周囲に味方の船もいない。
今すぐ助けに行かないと、危ないのは一目瞭然だ。
「アイリを悲しませたくないし、さっさと行くわよ」
「ああ」
ブリッジではアイリスちゃんが心の底から心配している様子が見える。
テラリスは自分の善の心からではなく、見知らぬ誰かのために心を痛めるーー聖女みたいなアイリスちゃんのために救援に行くという。
どれだけアイリスちゃん好きなんだ、と思わなくもないが……その心意気は同感できる。
テラリスは炎を噴かし僕は重力を強める。それぞれの方法で飛空船へ向かう。
「あたしは周囲を片付けるわ!」
テラリスはわざと派手に炎を出しながら素早く飛び回ることで注意を引きながら、飛空船に近づこうとしているワイバーンに攻撃を加える。
アルファンド号は船に誤射をしないよう、離れた位置にいるワイバーンに砲撃を行う。
この状況で僕にできることは……。
まだ器用に飛べないからテラリスの邪魔になるし、誤射は危ない。
となると船員の救助か、と考えて船の方を見ると……2頭が甲板で暴れて船体にダメージを入れていた。
「なら、甲板にいる奴を!」
船員たちはバリスタを射つ者と近接武器を持って戦う者と分かれて応戦しているが、善戦しているとは言い難い状況だ。
重力魔法、方向修正ーーなんちゃってライダーキック発動。
まずは近い方からだ。
「そらぁっ!」
「ギェッ!?」
このライダーキックもどきはよく使うよな。何か技名を考えないとーーそんなことを頭の片隅で思いながら、脇腹にヒット。
思わぬ所から奇襲を受けたワイバーンの身体が”く”の字に曲がる。
「このまま押し出す!」
そこから重力増加。ミシミシと脇腹に足をさらにメリ込ませる。
僕の身体が浮きながら甲板に対して平行に進む、というちょっと不思議な光景を生み出しつつワイバーンを押し出す。
ワイバーンは甲板に爪を突き立てて抵抗するが、そのまま船外へ。
その直後に炎の線が走ったと思ったらワイバーンの首が飛んだ。
テラリス、ナイスタイミング。
「次!」
甲板の上に降り立ち、すぐさま意識を切り替える。残り1体。
同胞を倒した僕を脅威と感じたのか、取り囲んでいる船員たちを尻尾で薙ぎ払い後、僕へ火球を放ってきた。
迫りくる火球をスライディングでくぐり抜ける。
甲板を滑っている途中、転がっているバリスタの矢を発見。
「借りますよ!」
誰かに返事を期待した訳ではないけれど、僕の掌では一周しない太さがあるバリスタの矢を勝手に拝借。
近づく僕にワイバーンは噛みつきを仕掛けてくるけどステップで回避。さらに懐へ潜り込む。
「武器は使えないけど、このぐらいはっ」
方向修正ーー足をバネにした飛び上がりを勢いに、ワイバーンの上体へ向けて落ちる。
体当たりと同時に両手で握ったバリスタの矢を突き刺す。
「ギャアアッ!?」
ブチブチと筋肉や内臓を大きく傷つけてる感触に顔を顰めながら、押し込み続ける。
痛みからジタバタと暴れるワイバーンに何とか組み付きながら、もっと押し込む。
血が吹き出しているものの倒れる様子はまだない。
「ダメ押しだ!」
ならば、とタイミングを見計らって刺さっている矢へ重力増加した掌底を叩き込む。
衝撃を受けた矢がさらに深く刺さって重要な臓器を傷つけたのか、やがて大人しくなりヨロヨロと後退。そのまま足蹴りで転落させる。
バリスタの矢が突き刺さり落ちっていったワイバーンが再び戻ってくることはなかった。
「救援に来ました! 動ける人は怪我人を連れて船の中に避難してください!」
甲板上の脅威を払い、状態を確認したがーーかなり酷い。
甲板に刻まれた爪痕や燃えカスが目立ち、設置してあるバリスタも半分は破壊されている。
そして、かなりの人数が血を流して倒れていた。
無傷の人を探す方が大変なぐらい皆が傷ついている。
深い傷と大量の血がとても痛々しくて目を背けそうになるが、ボケッとしている場合じゃないと、自分を奮い立たせる。
周囲のワイバーンはテラリスが引きつけているのか、こっちに来る気配はないが……警戒を緩める訳にはいかないな。
「オメェ……ソウ坊か?」
飛空船の乗組員に声をかけられる。
僕のことを”ソウ坊”と呼ぶ人と言えばーー。
声のした方へ振り返れば、そこにいたのは小太りのターボがいた。
腕や顔から血を流しているけど大怪我ではなさそうだ。
彼はぐったりとしている男性を背負っているが、その顔も見覚えがあった。
「背負っているのはザール? 大丈夫なのか?」
「ああ。ワイバーンの尻尾に吹っ飛ばされて気絶しているだけだ」
「そうか……」
いつも酒を飲んで顔が赤いザールが青くなっていて驚いたが、命に別状はなさそうだ。
知り合いが無事であることにホッとする。
「……おい」
「……何?」
とはいえ、仲が良好とは言えない関係。
あまりこれ以上、関わりたくないのが本音だ。
「救援に来てくれてありがとな」
「…………」
「装甲は派手にぶっ壊れているが、推進機関は無事だ。おかげで国に帰れそうだ」
「……頭でも打った?」
「オメェ、ふざけてんのか!?」
ザールを背負っているから言葉だけとはいえ、出会えば必ず嫌味を言ってくるターボが僕に感謝をするなんて……。
「受けた恩は忘れねぇ。それが荒くれ者も多い飛空船乗りの誇りの1つだ」
普段から呑んだくれている姿からは想像できないぐらい堂々と言い張るのは……なんかカッコイイじゃん。
「だから無断で飛空船に乗ったことはギルドに黙っといてやるよ」
「何でそれを!?」
モルドー副船長と出会う前に別れたから話す所は見ていないはずだ。
「いや、オメェがここにいるのが証拠だろーー正規のギルド員でもないやつが飛空船に乗るのはご法度なんだが、オメェのことだ。何が何でも乗ろうとするだろうよ」
「くっ、さすが僕をイジることしか能がない先輩は分かっていらっしゃる」
「オメェ、やっぱ舐めてんのか?」
青筋を立てるターボだが、拍子抜けしたかのように小さくため息をつく。
「まぁいい、助けて貰ったのは事実だしな。今日は見逃してやるーー今年の”渡り”は何かがおかしいからオメェも気をつけろよ」
「おかしいのか?」
今回が初めてだからよく分からない。
「いつもよりやってくるのが早いだけじゃなく……なんか、こう、ワイバーンどもが必死なんだよ」
ターボ曰く、例年は半分ほど討伐すれば諦めて飛行ルートを変えるらしい。なのに今年は必死になって船列を抜けようとしているようだ。
その犠牲を顧みない勢いにエルマー国は思った以上に苦戦している、と教えてくれた。
「そういうことだから、先に離脱してるわ。オメェも精々がんーー」
「っ! 危ない!」
ザールを背負い直して歩き出したターボに向かって何かが飛んできた。
それに気づいた僕は反射的にターボを突き飛ばしーーその直後、高速で通り過ぎたソレは甲板を切り裂いて爆発した。
「ま、また、助けられちまったな……」
「気にしないで」
救助はギリギリ間に合った。
その傷跡を見て、ターボは状況を理解したようだ。
爪のような傷跡を作った正体が飛空船を見下ろしていた。
体表が灰色ではなく緑色。全身各部には凶悪なトゲが生えていて、大きさも全長7mはある。
明らかに今までとは違う強者の風格を持つワイバーンがそこにいた。
先ほどの攻撃は炎を爪に形に変えたものを飛ばしてきたのか?
「あれが上位個体……」
「いや、ちげぇ……上位個体は基本的に通常個体と姿は変わらなねぇ。ここまで違いがあるアイツは”特殊個体”ーーこの1000頭の群れのリーダーだ」
まさかのボスキャラとエンカウント。
「群れのリーダーがこんな所まで出てくること自体が異常すぎるだろ。やっぱりいつもの”渡り”じゃねぇ!」
僕では何がおかしいのか判断できないが、目の前にいる事実は変わらない。
ただでさえ損傷の酷いこの船がこれ以上のダメージを受けるのは非常にまずい。
「早くこの空域から離脱するんだ!」
「完全にこっちを狙っているじゃねぇか! どうやって逃げるってんだ!」
「僕があれと戦っている隙に、だ」
「バカ野郎! ここにいるオメェがどうやって戦うってんだ!」
「大丈夫。僕には魔法がある」
「魔法って……まさか!?」
特殊個体がどのぐらいの強さなのかは分からないが、回避に徹すれば時間稼ぎはできるだろう。
悔しいがテラリスの助けが来るまで、周りをウロチョロして嫌がらせをして待てばいい。
「バ、バカなことは止めろ! 死にたいのか!?」
「ちょっ!? 離して!」
なぜかターボが僕の身体を掴んで止めてしまった。
さっきの戦いを見ていなかったのか? 僕は空を飛んでここに来たっていうのに。
「ただ飛び回って時間稼ぎするだけだから!」
「空撃士なんて自殺願望としか思えねぇ! 恩人を死なすかよ!」
失礼だな。こっちは空を飛ぶのを真面目に楽しんでいるのに。
「飛空船乗りのくせに生身で飛ぶのが怖いの?」
「今はフザけている場合じゃねぇだろっ」
んん? 僕は一言も”空撃士”とは言っていないが……ターボは空撃士のことを知っているのか。たまたまターボが雑学なだけか?
「ギョアアッ!」
その場でおしゃべりしている僕たちに呆れたのか痺れを切らしたのか、特殊個体のワイバーンが尻尾を振るって炎の刃を飛ばしてきた。
しかも2度、3度と尻尾を振って、刃を重ねてきた。
フと湧いた疑問をすぐに頭の隅へ追いやり、ターボの前へ出る。
「重力魔法ーー反重力、展開」
腕に反重力を目一杯厚く展開ーー拳に集めた反重力をぶつけることで、まるで磁石の反発のように対象を弾く僕の防御魔法だ。
これで炎の刃を迎え撃つ。
「うっ!?」
上空からやってくる刃の塊に合わせて拳撃を繰り出し、衝突ーー弾けると思っていた刃は僕の拳と張り合った。
魔法同士が接触してバチバチとせめぎ合い、見た目からは想像できない重さに面食らう。
お互いの魔法がぶつかった場合の優劣については、基本的に魔力の量で決まる。
魔法には質量はほぼ存在しない。しかし原料である魔力を込めれば込めるほど、魔法がより大きなエネルギーを生みだすのだ。
大きな運動エネルギーを持つ方が弱い方を打ち消すのは道理。だが、魔力量で決まるほど簡単な世界でもない。発動した時の環境や状況の変化によって魔力以上の結果が出ることも普通にあり得る。
何が言いたいのかと言うと、僕は魔法に加えて”殴る”という物理的な力も上乗せをすることで威力を上げている。身体能力も威力に加算されるのが僕の魔法の長所の1つだ。
以前のテラリスとの戦いで彼女の火球を霧散させた実績もあるのにーーそれでも特殊個体のワイバーンの魔法を弾くことができない。
押し返してるはずの反重力を抜けて、熱がチリチリと僕を炙るのを感じる。
「おっっりゃあぁぁっ!」
力が足りないなら、もっと足せばいいだけの話。
せめぎ合う魔法に魔力を注ぎ込み、足に力を込めて踏みしめ、そして拳を振り抜く。
結果、軌道が逸れて刃は明後日の方向に飛んでいった。
「ふぅー」
何とか防御には成功したが……たった1発防ぐだけでも根気がかなり必要だ。
あんな魔法を何発も放たれたら船を守り切ることはできない。
「このままだとジリ貧だよ。だったら僕が囮になるのが最善でしょ!」
だから僕が空に飛んで引き付けた方が労力的にもマシだ。
今の攻防を見れば、いくらターボでも分かるはず。
「クッ、だがよぉ……」
一体、何をそんなに躊躇う理由があるんだよ?
また僕が知らない何かがあるって言うのか?
ちょっとイライラする。
「あーもうっ、次は助けられる自信はないからね」
そんなに頑なになるのか、これが終わったら聞き出してやる。
まずは目の前のワイバーンに集中だ。
「ギョアァァァ!」
「行くぞ! このトカゲ野郎!」
ワイバーンの叫びに僕も大声で応える。
群れのリーダーなら、その素材もさぞ価値があるものだろう? 確保できれば船に乗せてくれたノア船長に報いることができるはずだ。
狩られるのはお前の方だ!
そんな強敵と戦う覚悟をした瞬間ーー真っ白な閃光が迸った。
閃光に見えたそれは一筋に光線として、特殊個体のワイバーンを容赦なく貫いた。
「アァァァ……」
「は? え?」
たった1発。ワイバーンがたった1発の光線で倒れてしまった。
あまりにも呆気ない結末。
せっかく戦意を高めたのに、気が抜けてしまった。
赤銅色の胴体にぽっかりと穴が空いた無惨な姿で墜落する姿を見て、群れのリーダーを倒した……そんな感慨など起こりもせず、ただ呆けるしかなかった。
誰がやったのか、光線の発生元を見るとーーエルマー国から見て南西、つまりワイバーンの群れがきた方向に厚ぼったい黒い雲が蠢いていた。
あそこから光線が出てきたと思われるが、何か嫌な予感がする。
「あれは何……?」
突然、早送りしているかのような勢いで雲が流れてきた。次第にまとまって大きくなり、やがて空を覆い尽くす。
快晴な昼間のはずだったというのに、あっという間に周囲は暗くなる。
ゴロゴロと雷鳴を伴った重く不気味な雲は、広々とした空を狭く息苦しい所へと変えてしまった。さらに竜巻のような突風が吹き荒れ、身体が流されそうになるが重力を強めて何とかその場に留まる。
思いがけない天候の変化に心臓が大きく波打つ。ただごとではない何が起きようとしている?
そんな僕の不安を的中させるかのように、渦巻く黒雲からゆらりと1頭の生物が出てきた。
大型の飛空船も締め壊せそうな長大な身体。
優雅にはためく何対もの翼。
雷光を纏った鎧のような青黒い堅殻。
ワイバーンに似ているような、けれどより鋭角的な頭部。
そして象徴的な雄々しい角。
暗くて風の強い空の中、輝きを放ちながら優雅に泳ぎ進む神秘的な姿に目を奪われた一瞬のこと。
「ガアァァァァァァ!!!」
空を切り裂くような咆哮が響き渡る。
◇
ーーアルファンド号:ブリッジーー
「ようやく出ましたな」
操縦桿を握り直したモルドー副船長の言葉にノア船長は頷くと伝声管で号令する。
「各員、気を引き締めろーーこれからが本番だ。テラリスがいるからと言って油断しないように」
前回の邂逅が思い起こされたのか、アルファンド号全体がピリリとした緊張に包まれる。
だが、逃げるだけの前回とは違う。
飛空船も船員も万全の状態。巻き込む形にしてしまったエルマー国には悪いが、こちらの方が都合がいい。
そして思わぬ”力”も入手できた。
やや時間がかかったが、ようやく自分たちの本来の依頼が遂行できる。
「さぁ、竜種狩りの開始だ」
一番書きたかった戦闘シーンだけれど、いざ書いてみると意外と難しい……