第十五話 エルマー国防衛戦、開始
僕は今日という1日を忘れることはないだろう。
ずっと願っていた夢がやっと叶ったんだから。
重力魔法で飛んでいたんじゃないのかって?
うーん、前のあれはどっちかっていうと滞空時間の長いジャンプなんだよね。
言葉にしづらいけど飛行とはまた違うものだと思ってる。
さて、お待ちどうさま。飛空船での初飛行と初戦闘について話そうかーー。
◇
ーーエルマー国:領空 アルファンド号:ブリッジ内ーー
「おおぉぉ……壮観だぁ」
語彙力が崩壊してるのが自分でも分かるぐらい興奮している。
地上から見上げていた遠い空とは違う。
建物に邪魔されていた狭い空とは違う。
ブリッジから見える見渡す限りの青い空、広い空。
水平線の向こうまで突き抜けけており、気ままに流れる白い雲と燦々と輝く太陽から伸びる光と共に悠然と広がっていた。
テレビや画像で見るものとこんなにも全然違うのか。
どんなに高画質な画像や写真を見せられても、どんなにテレビやゲームで広大な空を用意されたとしても、結局は小さな枠内に収まっているに過ぎないってことがよく分かる。
誰にも表現できないであろう色鮮やかな蒼の美しさが目に染みる。
何者にも縛られない雄大な開放感に心打たれる。
無限に続くのではないかと思うほどの果てしなさに鳥肌が立つ。
ようやくだ。ずっと夢に見ていた空に、僕はいる。
「変なやつ」
テラリスが呆れているが、気にしない気にならない。
今、アルファンド号はワイバーンの襲来地点である南西方面に向かっている。
発進したのが北側だから、ほぼ反対側に回ることになる。
横を見れば、巨大な島が空に浮いている。
岩盤ごと島を打ち上げたかのような浮遊島。そう、僕が住んでいるエルマー国だ。
浮遊島に住んでいることを時々忘れそうになるぐらい巨大な自然物が空に浮いているなんて地球にはなかった。
おとぎ話にでも出てきそうな物と一緒に美しい景色を見ていると……まるで夢の中にいる気分だ。
ああ……ブリッジの窓越しですら、もどかしく感じてきた。外に出て自分の目で直接見て、肌で風を感じたいけど……できないかなぁ、危ないかなぁ。
「ソータさんの前世に空飛ぶ乗り物はなかったのです?」
目を輝かして感動している僕がそんなに不思議だったのか、そっとアイリスちゃんが聞いてきた。
「僕の世界にはね、飛行機っていう名前の乗り物があったよ」
空を飛ぶって意味なら、気球や飛行船もそうか。ヘリコプターは飛行機……とは呼ばないな。あれは……航空機って言えばいいのかな。そう思うと色んなものがあるな。
デジタルで自動化している意味では、この世界より技術は進んでいると思う。
もちろん、そのことは言わない。
「その”ヒコーキ”には乗らなかったのです?」
その言葉に、不覚にも前世を思い出してしまった。
檻も同然だった狭い病院の個室ーー孤独。
寂しいからと大して見ていない点けっぱなしのテレビと遊びすぎて飽きてしまったゲームやマンガーー大人たちに綺麗に片付けられた。
誰も何も言わない大人たちーーその瞳に映るのは僕ではなく自分の欲望。
太陽光を取り入れるためだけの小さな窓ーーそこから見える空。
ほんの少しの間だけ見える、小さな点のような飛行機ーーいつまでも残る飛行機雲。
連れて行ってほしいと手を伸ばす僕ーー渇望。
でも届かない。そう、届かないーー。
「……ごめんなさい、辛いことを思い出させてしまったのです」
ハッとする僕。
過去の記憶に沈んでいた僕を引っ張り出してくれたアイリスちゃんに、いつの間にか手が握られていた。
気遣うように優しく包んでくれた手がとても暖かい。
「ははは、そんなに分かりやすかったかな……もう、大丈夫だよ」
僕は一体何をやっているんだ。
今、こうして憧れた場所にいるんだ。昔に捕われる必要なんかないはずだ。
だからアイリスちゃんにそんな悲しい顔をさせちゃダメだろう。
何か話題を変えないとな。
一点だけ気になることを聞いてみた。
これ”下”ってどうなってんだ?
眼下に広大な海や緑あふれる大地は見れず、一面に分厚い雲が敷いてあった。
どこを見ても雲が途切れることなく、まさに雲海と呼べるものがずっと流れている。
あれ? 空が青いのは海の色が反射しているからじゃなかった? どうだったっけ? 何かのアニメで言っていた気がしていたような。
「そういえば、この雲海の下ってどうなっているか知ってる?」
「それは誰にも分かっていないわ」
アイリスちゃんを後ろから抱きしめて、テラリスが会話に入ってきた。
ムフフー、と頬を緩めているが……そんなに一緒にいたいのか。
「分からない? それは何で?」
「教えてほしいかしら? なら”教えてくださいテラリス先輩”っと頭を下げなさい」
教えてはほしいが……上から目線にイラッとする。
「別にいいよ。アイリスちゃんに教えてもらうから」
「なっ……!? ダ、ダメに決まってんじゃない! そうやってアイリの優しさに漬け込んで籠絡するつもりでしょ!」
なるほど、だからアイリスちゃんの近くに来たのか。めんどくさいなぁ。
アイリスちゃんの方をチラッと見れば、口の動きのみで”お願いします”とお願いされた。
くっ、上目遣いの威力が凄い……! そのあざとさは誰に習ったのやら……。
…………。
仕方ない。
「テラリス先輩のお手数をおかけする訳にはいかないからなー(棒読み)」
「先輩……」
「でもなー、経験豊富な素晴らしい先輩から聞いた方がタメになるのかなー」
「そ、そうよ! あたしから聞いた方がタメになるわよ!」
「じゃあー、お願いしようかなー」
「しょーがないわね! この、あたしが、特別に、教えてあげるわよ!」
下手に出て”先輩”って言ってみたら得意げになった。長い耳がピコピコしているのが面白いな。
……チョロイとは思わない。僕だってアイリスちゃんに絆されたのだから。
「オホンッ。結論から先に言うけど、この雲海の下を調べることはできないわ」
「こうやって空に飛んでいるんだから、人でも魔法道具でも下ろせばいいじゃないか」
ここの高度がありすぎて下まで届かないとかか?
「あそこは魔力溜まりになっているのよ」
「魔力なのか?」
「そう。あまりにも濃密な魔力が常に渦巻いているのよ」
僕たちが使う魔力は、その魔力溜まりの一部が空気と混ざることで薄まり、ゆっくりと身体に蓄積されていくそうだ。ある意味、力の源でもあると。
「もし、あの中に入ったら?」
「生物だろうと魔法道具だろうと、その膨大な魔力を吸収しきれずパンクするか、圧力にズタズタにされるかのどっちかね」
少し違うけど、深海みたいなものかな。
地球では空から落ちてもパラシュートがあるし、海に落ちてもライフジャケットがあったり、状況によるが、落下地点が死に直結している訳ではなかった。
だが、ここの空で墜落したら戻ることができない地獄の門であると……つまり、島から飛び立ったら死を覚悟しないといけない命がけの飛行になるということか。
「怖くなったかしら?」
「まさか」
テラリスが脅してくるけど、愚問だな。
命の危険がなんだ。こちとら死んで転生しても空に憧れていたんだ。舐めないでほしいものだ。
それよりも風変わりな現象に少し興味があるな。
なんで魔力が渦巻いているのか? 雲海のラインが下がるもしくは上がることがあるのか? 雲海の下はどんな大地なのか知っているのか? 街はあるのか?
もっと聞こうとする前に、モルドー副船長から止めが入った。
「授業中に悪いが、そろそろ戦闘空域である。講座は戦いが終了してからにしよう」
「え?」
思わず聞き返してしまった。
ほぼエルマー国の反対側に移動する時間としては早くない?
ここはまだ位置的に西方面じゃないか。
「戦線が移動しているからなのです」
アイリスちゃんが親切に教えてくれた。
どうやら、迎撃に当たっているエルマー国の部隊の横へ回り込もうとするワイバーンに対応していく内に、西へ西へとズレていったらしい。
なぜ西なのかは、単純に風の流れだそうだ。
「見てほしいのです」
アイリスちゃんが望遠レンズの単眼鏡を取り出して覗いている。
その方向のはるか遠方で黒い点の塊と爆発の光点が薄ら見える。
どれが飛空船で、どれがワイバーンだ?
アイリスちゃんから別の望遠鏡を渡される。ありがたい。
僕も覗いてみると、そこにはファンタジー映画に出演していたのかと思うほどイメージ通りの敵がいた。
「……あれがワイバーンか」
コウモリのような膜がある翼を持った黒に近いグレー色のトカゲが火を吹いて飛び回っていた。
近くの飛空船と比較すると……翼を開いた横幅は5m近くはあるかな? 頭から尻尾までもそのぐらいか?
大型トラックが空を飛んでいると考えて、そんなデカイ化物が大群で襲いかかってくるとは恐ろしい。
対してエルマー国側は船隊を組んで応戦していた。
「よく統率が取れている。毎年、”渡り”の対処している国の実力は流石だな」
ノア船長が感心している。
え? 望遠鏡も無しで見えているんですか?
……なるほど、そのマスクに望遠機能がついているんですね。
ワイバーンが5mクラスの化け物とはいえ小型飛空船よりは小さく、機動力は向こうの方が上。しかも数は向こうの方が圧倒的に多くため、いくら戦闘用の飛空船でも囲まれて袋叩きにされてしまったら簡単に堕ちてしまう。
そこで、小回りの利く小型船が一撃離脱を基本に前衛を飛び回る。小型船の火力では倒しきれないため、動きを止めた的には隊列を組んだ中型船が集中的に撃ち込む。
あからさまな囮作戦だが、戦術を理解しないモンスター相手だからこそできる戦法だ。
仮にそれらを抜ける奴がいたとしても後方に控えているのは、大きな船体に見合った多数の火器を搭載している大型船が濃密な弾幕をもって確実に仕留める形になっている。
数が多い魔物への布陣として理に適っている、とノア船長が教えてくれた。
数の暴力で押し寄せるワイバーンと人類の叡智を結集した飛空船が交戦している光景はまさに圧巻の一言だ。
「これからエルマー国の編成に合流する感じですか?」
戦力的には五分五分だろうか。
効率良くワイバーンを討伐しているように見えるが、いくら戦術を凝らしても被害はゼロにはできない。
不規則に飛び回るワイバーンの軌道を予測できず、船体に取り付かれるる小型船。
仕留めきれず、反撃を受けて炎上している中型船。
後方にいる大型船は損傷は少ないものの、既に何十頭ものワイバーンを相手にしている。
加勢して少しでも戦力を増やした方がいいのでは?
「いや……己らのような余所者が中途半端に戦列に加わるとかえって邪魔になってしまう。こちらの役目を果たさせてもらおう」
これからさらに時間が経てば経つほど最前線が敵味方入り乱れて戦線が横に広がってしまい、ワイバーンがあちこちに散ってしまうそうだ。
数でも速度でも負けている以上、散ってしまったら探し出すのに手間がかかる。
1頭でも浮遊島の中に侵入を許してしまえば甚大な被害をもたらしてしまう。
そこで、ワイバーンの群れの横っ腹を攻めて、いわゆる”はぐれ個体”を重点的に狙うことで群れをこの場に押し留めることが、ノア船長の言う役目らしい。
これは誰かに言われたとかではなく、ある程度の空戦の経験があれば理解できる暗黙の了解的なものらしい。
エルマー国から見て右側にアルファンド号が位置しており、反対の左側は東方面から時計回りにきた船が担当するとのこと。
「後ろを見てみろ」
言われた通り後方を見れば、サイズや形、装備などがバラバラな6隻の飛空船がアルファンド号に追従していた。
「彼らは己たちと一緒にこの場を抑える頼もしい仲間であり、自発的に緊急依頼を受けた変わり者たちだ」
「変わり者?」
「エルマー国に属していないため今回は関係ない出来事なのに、自ら命の危険を晒す命知らずを変わり者と呼んで何がおかしい」
「ノア船長がそれを言いますか……」
それはノア船長たちもそうなのではないだろうか?
いくらお金のためとはいえ誰かに雇われた訳でもなく、わざわざ戦場に向かうのだから。
「それを言ったら、喜々として飛空船に乗るお前も大概だろう?」
「……確かにそうですね」
ケイリイさんの待機指示に背いてまで空を優先したんだ。
不謹慎だとは思うけれど、目の前で命のやり取りが行われているのに、この場にいることが何よりも嬉しく感じている。
「飛空船乗りとはそういうものだ」
後ろにいる人たちだって、金のため名誉のため、たまたま寄ったエルマー国のために戦ってくれる正義感のある人もいるかもしれない。
理由は様々だろうけど、別に飛空船でなくてもいいだろう。それでもここにいる一番の理由はーー空にロマンがあるから! そういうことですよねノア船長!
……テラリスよ、熱く語っているのにドン引いた顔をしないでくれ。せっかくの美人が台無しだぞ? いたっ、何で叩くんだよ。
「前方よりワイバーンが来ましたのです! 数はおよそ100頭、先頭との距離およそ2000mなのです!」
普段の優しいアイリスちゃんから想像できない鋭い言葉に気を引き締める。
いくら楽しいからって、ここが戦場であることは変わりない。
「さっそく来たな。砲撃戦の準備、砲門を開け」
『機関を戦闘出力まで上げるぞ』
整備ドックで見た、あの厳つい大口径の機関砲が展開され、主機関が出す唸り声がより一層大きくなる。
アルファンド号がまるで戦意をギラつかせる猛獣のように戦闘態勢を整えていく。
「砲手、準備はいいか?」
『左舷側は問題なしー』
『右舷もいつでもいけるわよ~!』
聞こえてくるのは、間延びした初耳の声と……カトリーヌさん?
人数が少ないからって、まさか砲手を兼ねているとは……いや、あのムキムキな肉体で引き金を引く姿は料理より似合いそうだな。
「先手を打つぞーー目標、先頭のワイバーン。砲撃開始」
ノア船長の号令によって、僕たちの戦いが始まった。
機関砲、発射。
船内にいてもビックリするぐらいの爆音が響く。
高圧蒸気と共に撃ち出された砲弾は空を駆け抜けワイバーンに迫る。
果たして、その威力は如何に。
1km以上先の狙いを外すことなく、1発目が胴体に風穴を開け、すぐさま2発目が頭を豪快に吹き飛ばした。
悲鳴を上げることなく絶命したワイバーンだった肉塊は雲海へと落ちていくのであった。
「すごっ……」
「脆いな」
威力もそうだが、確実に命中させた狙撃力といった戦果に対して僕は驚嘆したが、ノア船長は喜ぶことも傲るこもせず淡々と事実を述べる。
「ここのワイバーンは思ったよりも小ぶりだな」
「船長、あそこまでバラバラにされると、素材として価値が出ないのです」
5mもあるモンスターを小ぶりと評するとは……経験というか価値観が全然違う。
アイリスちゃんも高揚することなく、それどころかノア船長に苦言を呈していた。
「砲手、見ての通りだ。それぞれ別の標的を狙うように。それと、この数の多さだ。多少の取りこぼしは仕方ないが堕とした獲物をワイヤーアンカーで回収することを忘れるな」
あくまで目的は素材回収であることを確認後、ノア船長がさらに発破をかける。
「さて、この即席の船隊の中では己たちが一番槍だ。もっと派手に行くぞ」
「飛ばしますぞ。しっかり掴まってくだされ」
掴まるってどこに、と問う前に爆発的な加速でアルファンド号は船隊の中から飛び出す。
ノア船長とモルドー副船長はイスに座っているから大丈夫だろうけど、隣にいるテラリスとアイリスちゃんは……あれ? いつの間に端っこの方に行って、つり革みたいのに掴まってるの?
「うわわっ!」
僕は急加速の慣性に耐えられず後ろの方に転げ回る。
戦闘中だから、自分の身は自分で何とかしろ? 仰る通りですね……。
単独で急速に距離を縮めてくるアルファンド号に向けてワイバーンたちは直径1mもある巨大な火球をいくつも吐き出す。
窓の向こう側からすごい勢いで迫ってくるそれをモルドー副船長は見切る。
メインの推進機関の強弱だけでなく各所に設置された制御スラスターをも駆使して、右へ左へ揺れながら火球を避けていく。
大型寄りの中型船なのに小型船に負けない軽快な機動で群れの中へ飛び込み、混乱するワイバーンとすれ違い様に砲撃を叩き込んでいく。
原型を残しつつ討伐できたものはノア船長の言う通り、先端が鉤爪の付いた槍のようなワイヤーを射出し、絡めとったら船内に収納していった。
ワイバーンたちもやられっぱなしであるはずがなく、取り囲むように飛来してくる。
だが、モルドー副船長の操縦捌きは曲芸のようなマニューバでワイバーンをアルファンド号に取り付かせず、前に立ち塞がるものは砲撃が容赦無く砕く。
仲間を盾に砲撃を逃れた数頭が、死体を潜り抜け前面に躍り出てくる。
アルファンド号の鼻先で火球を放ち、前面装甲に着弾と同時に盛大に爆発。加速の時とは違った大きな揺れが船内を襲う。
初めての被弾にヒヤッとするが、その損害はーー装甲の表面を少し煤けさせるだけだった。
「ふんっ、その程度の火力でアルファンド号を堕とせると思うたか」
「そのまま轢いてしまえ」
近すぎて機関砲の射角に入らないならば、と重厚な装甲そのものを武器に跳ね飛ばす。
何十tもの質量による高速の体当たりにワイバーンは耐えきれず、身体のあちこちをひしゃげさせる。
『いくわよ~! オラァッ!』
砲撃が休まることはなく、次弾が装填され次第ぶっ放される。
爆音に負けないカトリーヌさんの楽しそうな声も聞こえる。
2門しかないからと侮ることなかれ。たった2発でワイバーンをバラバラにした強力な砲弾を集団で追いかけてくる中に撃てば、2、3頭は巻き添えを喰らう……あ、今もボーリングのピンみたいに吹っ飛んだ。
多少の被弾をものともせず、ワイバーンの集団を荒らす無双じみたアルファンド号を見て、後ろにいた他の船たちも負けじと群れの中に突っ込んできたり、統一されていない武装を好き勝手にぶっ放し始めた。
アルファンド号の活躍に触発されたのか、隣のやつよりも1匹でも多く狩りたいーーそんな競争意識が乱戦を生みだす。
ブリッジのスレスレを通り過ぎる火球。
鳴り止まない砲声と爆発音。
混ざり合う黒煙と白煙。
広い空のはずなのに、どこを見てもワイバーンと飛空船が飛び交う密な空間になっていた。
『ふくせんちょー、もっと蒸気くださいよー。出力が弱くなってますよー』
「十分に送っておるわ。今はそれで我慢せい」
「カトリーヌさん、上2時の方向の仲間さんが危ないのです!」
『任せなさ~い!』
次々と変わる状況と場景に僕は目を回しそうになっているのに、アルファンド号の船員たちにとってこの程度は慣れているのか、真剣ではあるものの余力を残して対処に当たっているように感じる。
これが本物の飛空船乗りなのか。
「ワイバーンのさらに追加なのです。数はおよそ60なのです!」
正面にいるエルマー国戦力の壁が抜けられないからか、次々とやってくるワイバーン。
士気が高いからか船隊から脱落はまだ出ていないが、これ以上増えたら厳しくなるのではないか?
「いい感じに増えてきたなーーテラリス、出番だ」
「分かったわ」
僕の心配を他所に、ノア船長はどんどん増えてくる敵に対してまだ余裕を見せる。
そして今まで何もやっていなかったテラリスに指令を送る。
「モルドー、指揮を少しの間頼む。アイリスは引き続き周囲の警戒と伝達を」
「了解でございます」
「はいなのです」
モルドー副船長に指揮権を一時委託したノア船長は席から立ち上がり、僕の方へ振り返る。
「ソータ、テラリスと一緒についてこい」
「どこに行くんですか?」
「お前の仕事場へ案内する」
雰囲気の呑まれていたけど、そういえば僕もまだ何もしていなかったな。
「ソータさん、頑張ってくださいなのです!」
「あぁ、ありがとう!」
忙しそうに声を張っていたアイリスちゃんが隙を見て激励をくれた。
花も恥じらうような眩しい笑顔にキュンとする。
「むっ、いいなぁ……アイリ! あたしにも応援ちょーだい!」
アイリスちゃんからエールをもらった僕が羨ましかったのか、テラリスもねだってきた。
「……普段そんなこと聞かないのに、突然どうしたのです」
「えー、だって、こいつだけなのは何か嫌」
”何か嫌”って……子供かよ。
アイリスちゃんに甘えるテラリスを見ていると、本当に姉なのか疑問に思うよ。
「……普段言わないので、恥ずかしいのです」
「そこを何とかお願い!」
「……お姉ちゃんも頑張ってなのです」
「何かいつもより冷たくない? でも、可愛いから許すわ!」
恥ずかしいから言いたくないっていうアイリスちゃんだが、小学生が使う”一生のお願い”かと思うほど拝み倒す姉の姿に根負けしたのか、仕方ないとため息をつきながら願いに応えてあげた。
僕でも分かるぐらい気持ちのこもっていない応援なのに、テラリスは満足気だった。いいのか、それで?
”あたしも言われたわよ!”ってドヤ顔してくるけど、面倒臭いと思われているよ、きっと。
「何をしている。早く行くぞ」
おっと、注意されてしまった。
揺れる船内をよろけながらも、気を取り直してノア船長に付いていく。
果たして、船長直々に教えてくれる仕事とは何だろうか。
緊張とワクワクで胸を膨らませるばかりだ。
空を飛ぶ馬鹿者たちに乾杯!
感想などはいつでも受け付けます!