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第十一話 秘密基地

 ギルドに半ば放置されていた所をアイリスちゃんと保護者と思われる老紳士モルドーさんに差し伸べられた手を取った僕は、ついに飛空船に乗るためのチケットを入手したわけよ。

 まあまあ、すぐには乗る訳じゃないから落ち着きなさいって。

 モルドーさんも言っていたでしょ? まずは準備だって。

 さぁ、飛空船大好きっ子は集まってくれ。これから乗る船の紹介をしようじゃないかーー。



 ◇



 ーーエルマー国:北部方面にある林内ーー


「ここは……?」

「我らが拝借しているドックである」


 僕がポツリと呟いた言葉に律儀に答えてくれるモルドーさん。

 だが、その返答内容に僕は首を傾げた。


 連れられてやってきたのは、市街地から少し離れた先にある1棟の古い建物だった。

 見えるくすんだ色をしている外壁は所々ひび割れ、表面には苔が生えていた。

 ガタゴトと動いているはずの歯車音は聞こえず、蒸気を通すはずのパイプは錆びていて途中で折れていた。

 木々の中に隠されているようにひっそりと佇むその様子は、手入れされていないのが素人目でも分かるぐらいだ。


 飛空船の整備や係船を行うドックは、すぐに飛び立てるよう浮遊島の周縁部に設けられているのが普通だ。

 また、住民の安全面的に街中で飛空船が出入りするのは危ういという理由もある。

 だが、今いるところはエルマー国の中心部から離れているとはいえ、割と内部に位置している。


 他にも疑問点として建物の大きさが挙げられる。

 飛空船の整備をする以上、船体をすっぽり収められるほどの広さが必要だ。最小クラスの飛空船を整備するドックでも50m四方ぐらいはあるはずだ。

 でも目の前の建物は一軒家ぐらいの大きさ。


 モルドーさんとアイリスちゃんの2人……あ、いや、テラリスも含めた3人で乗れる大きさの飛空船なのだろうか?

 たとえそうだとしても、何かしらの作業をしているような物音が何も聞こえない。


 中に入ると、予想通り誰もいなくてがらんどうだった。

 家具など置いてるけど、生活感を感じられない様子は何だか張りボテを見ているみたい。


 行き着いた場所はただの壁。

 そこへモルドーさんがおもむろに鍵を差し込むと、歯車の駆動音がどこからか聞こえたと思えば、目の前の壁がガシャガシャとスライド移動を始めた。

 呆気にとられている僕を置いて、変形を終えた壁は穴が開いて下へと続く階段が出てきたのだ。


「隠し扉……」

「足元に気を付けるのだぞ」


 遠慮なしに進む2人の後を慌てて追いかけ、ぎっしり歯車機構が詰まっている穴の中をくぐる。


「…………」

「…………」

「…………」


 3人とも無言で薄暗い階段を下り、建物の中とは違うガタッガタッという機械音だけが大きく響く。


 暗くて薄気味悪い雰囲気が口を開きづらくて、何か気まずい。


 何の変哲もない壁のように見せかけて、実は秘密の部屋へ通ずる階段ってなんかワクワクするなぁ! なんて呑気になれたらよかったんだけど……気にならない訳がない。

 

 何故、隠しドックを使う?

 それは、誰かに存在を知られたくないからだろう。

 ではその理由は?

 もしかして、アイリスちゃんが追われていた事と関係しているのだろうか? 


 ……アイリスちゃんが追われていた理由を今ここで聞くべきだろうか?

 被害者であるアイリスちゃんは怖い思いを掘り起こして、傷つけてしまうかもしれないから聞きづらい。

 かと言って、神経質でちょっと怖いモルドーさんにも話かけづらいーーというか総合ギルドを出てからは一言も会話していないや。


 そもそも、ドックが本当にあるのか?

 地下にあるドックなんて僕は聞いたことがない。


 アイリスちゃんを助けたからって、秘密の場所に呼んでもいいのだろうか?

 ……何の疑問も持たずに付いてきたけど、もしかして証拠隠滅のために消される?

 ”エルフを知った者は生かしておけない”的な。


 思わず、モルドーさんの腰に差している剣を見てしまう。


 …………。


 …………。


 いや、いやいや……深く考えすぎなのかもしれない。

 ただ、僕がこのドックの場所を知らなかっただけなのかもしれない。

 ただ、空いているドックがここしかなかったのかもしれない。


 うん、きっとそうだよね。

 暗いからネガティブなことを考え過ぎただけだよね。

 そうだと思いたい。


「この先がドックである」


 悶々と考えている内に着いたようで、光が漏れている扉が目の前にあった。

 果たして、この先に何かがあるのかーー未知への緊張で胸一杯の僕は、モルドーさんの言葉にただ無言で頷くしかなかった。


 重い音と共に開けられた扉から覗く光景に僕は目を見開き、驚きに打たれた。


「これは……!」


 とても地下にあるとは思えない広い空間がそこにあった。


 掘り出して作った場所なのか、剥き出しの岩盤に鋼鉄の足場を組んである様子は、まるで昔のアニメに出てくる秘密基地を思い出す。

 これまで何箇所か造船ギルドが運営する整備ドックに足を運んだことがあるけれど、そこらと比べても遜色ない広さと設備の充実さを備えていた。


 積み上がっているパーツを巨大なクレーンが駆動音を鳴らしながら運び、工具が火花を散らしながら溶接をする。

 また、四方八方に様々の太さのパイプが伸びており、内部圧力が調整されたのだろうか白い煙を盛大に吐き出す。

 それら機器を動かすための歯車や蒸気機関が絶え間なく動きと、忙しそうに動き回る作業員たちの様子、機械と人が奏でる喧騒は、1つの完成されたカラクリ仕掛けの玩具箱のような一体感を感じた。


 そして鋼鉄の機材に囲まれた中央に、アームで固定された飛空船が鎮座していた。


 全長は60mぐらいだろうか。周囲の作業員と比較してしまうと、彼らがミニチュア人形に見えてしまうほどだった。

 テレビで見たことのあるジャンボジェット機と比べると、長さは短いが船体の太さはこちらの方が上かな。だけど、この空間の主とも言えるほどの強い存在感の理由は大きさだけではなかった。


 現在、流通している飛空船は戦闘用のも含めて帆船のような形をしているが、この船はクジラのような船体で今まで見たことのないタイプだ。

 ヘリウムガスを充填した地球の飛行船に近さを感じる。だけど柔そうな感じは全くなく、全体を装甲で包まれている姿や360°回転できる側面に装備している大口径の機関砲は、どの飛空船よりも戦闘を想定しているのではないだろうか。


 船体を覆う歪曲した黒い装甲は、換装されたばかりの鈍く光る真新しい部分がある一方、へこみや塗装剥げがある部分もあった。

 そんな破損と補修を繰り返しの跡が、歴戦を潜り抜けた貫禄を発していた。


「…………」


 あれこれ心の中で描写してみたものの、僕は目の前の圧巻の光景に言葉が出なかった。


「あれがわたしたち自慢の飛空船”アルファンド号”なのです!」

「すごいよ……!」


 アイリスちゃんが嬉しそうに飛空船を紹介してくれる。

 それに対して、僕から出たのは実にシンプルな感嘆だった。

 でもそれ以上の言葉は出なかった。

 隠された秘密ドックになんだかクセの強そうな厳つい飛空船。それに乗り込んで戦いに臨む。こんなロマンに心を奮わずにおれるだろうか。

 耳を塞ぎたくなるほどの騒音も一種の様式美として受け入れられる。


 ……ちなみにドックに入る前に考えていた悩みは、この時にきれいさっぱり消え去っていた。

 単純すぎる? 仕方ない。それぐらい胸が高鳴ってしまったんだから。

 なんだか訳アリそうだけど、”カッコイイ”には敵わないんだよ。


「感心するのは構わぬが、まだ準備は終わってーー」

「お帰りなさい、アイリー!!」


 目を輝かす僕に苦笑するモルドーさんの言葉を被さる大声が響く。

 誰かと思えばテラリスだった。


「お姉ちゃーーんぷっ」


 こちらに駆け寄ってくるなり、アイリスちゃんに抱きついた。


「怪我はない? 怖くなかった? 私が一緒じゃなくて寂しくなかった?」 

「だ、大丈なのです! 今回はモルドーさんに付いてもらったので何事もなかったのです……!」

「よく聞きなさい。男なんてどいつもこいつも頭の中で常に色事を考えてる罪深い生き物なのよ! ああっ、そんな男たちの視線がアイリを汚してると思うと奴らを焼き払いたくなるわ!」

「もうっ! お姉ちゃんは大げさなのです!」


 ボディチェックでもしているのかと思うほど、ベタベタするテラリス。

 アイリスちゃんも口では言いながらも、本気で嫌がっている素振りがない。

 変わらず仲良しだなぁ。


「テラリスーーテラリスっ」

「あ、モルドーさんもお帰りなさい」


 モルドーさんに2回も話しかけて、ようやく気付くテラリス。

 おまけ扱いにため息をつくモルドーさん。

 

「頼んだ仕事は終わったのか?」

「もちろん終わったわ。物資の積み込みと数の確認もバッチリよ」

「それは何より」

「全く、何であたしが力仕事をしなきゃならないのよ。おかげでアイリと離れ離れになったじゃない」

「力仕事だろうと何だろうと、近いうちに出発するのだからーー」

「地下だけに?」


 モルドーさんの説教になりそうな言葉を、テラリスが意味深な言葉とドヤ顔で遮る。


 …………。


 ああ、なるほど、”力”と”近い”が”地下”でダジャレにしたのね。

 意図的……ではなさそう。無理矢理テラリスが親父ギャグに仕立てた感じ?


「~~~!」 


 おっと、僕は口には出していないよ。

 ダジャレに気づいたモルドーさんの顔が真っ赤になっていたからね。

 怒りと恥ずかしさがごっちゃになった顔をしていて、なんか危ない雰囲気を感じ取りお口チャックしておく。


 それでもモルドーさんがこんな反応するとは……取っ付きにくいと人だと思っていたけど、意外だ。


「誰が上手いことを言えと言った!」

「ふぎゅっ!?」


 照れ隠しなのか、モルドーさんの拳骨がテラリスの頭に落ちた。

 ゴツンッと鈍い音が鳴り、乙女とは思えない間抜けな声が出た。

 ……あれは痛そう。


「オホンッ、次の仕事はソータ殿に船を案内だ」

「うぅ……本当にコイツに頼むの? あたしたちで十分じゃない?」


 涙目のテラリスに構わず話を進めるモルドーさんと反発するテラリス。

 だが、テラリスの言葉はごもっとも。

 ここまで連れてきてもらいながらアレだけど……飛空船に乗るは初めてだし、魔物と戦ったこともないのだから。


「その話は前に済ましたであろうが」

「むぅ、しょうがないわね」


 痛みから立ち直ったテラリスがずいっと僕の前にやってくる。


「そういう訳だから、足を引っ張らないようにしてもらえるかしら」

「もちろん。精一杯頑張らせてもらうよ」


 握手のつもりで手を出すがーーピシャリと払われた。

 あれ? 何かデジャブ。


「ハッ、礼儀がなってないわね」


 なぜか腕を組んで偉そうな顔をされた。


「あんたはこの船で一番の新人で下っ端なのよ」

「う、うん」


 飛空船内の乗組員は船長を頂点とした一種の縦社会。

 命令を迅速に実行する体制でないと命に関わるからだ。


 なるほど、テラリスに先輩としての敬意を払えと?

 僕としては船に乗せてもらえる恩もあるし、部下になるのは(やぶさ)かではないが……。


「だから、この! 先輩である! あたしの事をテラリス様と呼びーーながっ!?」


 話終える前にモルドーさんの拳骨がまた落ちた。

 再び痛がるテラリス。

 2つ目のタンコブを作る姿が何だか哀れだ。


「おかしな事を言うでない。お主の立場と変わらんぞ」


 おっとっと、危うくテラリスに”様”付けという不名誉なことをさせられるところだった。

 モルドーさんには感謝だ。

 うん、決めた。先輩とは言え、テラリスに敬語は使ってやらん。


「や、やっぱり、こいつを船に乗せるのは納得できない!」


 何故? 今のは自業自得でしょうが。


「あたしより弱いやつにアイリスを守れる訳ないでしょ!?」


 テラリスはモルドーさんに噛み付いているが、僕はその言葉にはカチンッときた。


「テラリスーー」

「アイリスちゃんの事を簡単に目を離せるような人に言われたくないな」

「はぁ?」


 モルドーさんが何かを言おうとしていたが、その前に僕がテラリスの傷口に塩を塗る。

 確かに以前の戦いでは負けた。それは認める。

 でもアイリスちゃんを助けたのは僕だ。手遅れになる前に助けたのは僕だ。

 なにゆえポンコツな姉に罵られなきゃならん。


「姉として情けないと思わないのか?」

「何年アイリの姉をやっていると思っているの? このぐらいで揺らぐ絆じゃないわ」

「それはドヤ顔で自慢する事じゃないでしょ」

「う、うるさいわね! あんたこそアイリに気持ち悪い笑顔を見せてんじゃないわよ!」

「なっ!? これは頼りない姉の代わりに微笑ましく見守っているだけだよ!」

「ふ、2人とも、それ以上は……」


 アイリスちゃんが止めようとしてくれるが、僕は彼女のためにもガツンと言っとかなきゃならない。


「止めないでアイリ。このロリコンには言い聞かせなきゃいけないわ」 

「そうやって空回りしているのが分からないの?」

「なによ!」


 ああ言えば、こう言う、そんな言葉の応酬に違いに近づいていく。

 そうして白熱してたためか、下される拳に気づくことができなかった。


「うるさいぞ、この馬鹿者が!」

「「あだっ!?」」


 ドックの騒音に負けない怒声と衝撃が頭に落ちて、目の前で星が散らばる。

 いや、なんで僕まで?


「テラリス、お主がいると、うるさくて仕事が進まん。ソータ殿、あまり騒ぐ事のないように。ウチの者と同様に鉄拳制裁を行いかねんからな」

「はい……気を付けます……」


 青筋を浮かべて有無を言わせない迫力に、もう殴られてますとは言えない雰囲気なんで素直に謝る。

 

「はぁ……アイリス、代わりに案内を頼めるか」

「はいなのです。行きますのです、ソータさん」

「あっ、アイリが行くならあたしも付いていくわよ!」


 疲れたようにため息をつくモルドーさんに促され、呆れ気味のアイリスちゃんと3つタンコブを作るが変わらないテラリスと共にようやく奥へ進む。

 まだドックに入ったばかりだというのに、なんとも嵐のような一時だった。

やっとスチームパンクらしい所を書けたかな……?

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