薔薇の刻印
今回は側近候補者と男爵令嬢の処遇を聞く場面ではなく、アニメ『五人の貴公子とローズガーディアン』の『ローズガーディアン』の部分についてです。
※『ローズガーディアン』という直接的な表現は一切出てきません。後書きに載せています。
卒業パーティーでの騒動から数日経った昼下がりの午後。私は殿下に誘われて、王族が住まう居住区にある薔薇庭園の東屋でお茶会をしていた。殿下から側近候補者と男爵令嬢の正式な処遇を聞くために。
「シルビア」
王宮のメイドが新しく淹れてくれた紅茶の香りを楽しんでいたら、殿下から名を呼ばれた。はいと返事をしつつ、殿下に視線を向けると。
「殿下?」
「あぁ、ごめん。シルビアが美しくてつい魅入られていたよ」
「まぁ! 殿下ったら。照れますわ」
「事実だからね。君のような素敵な女性が私の人生の伴侶になるんだ。とても誇らしいよ」
とても優しげな、穏やかな表情で私を見ておられた。そのような表情は、アニメのシーンで何度も目撃していた。男爵令嬢が側にいたとき限定であったが、それでも決してアニメのシルビアに向けられることのない表情であっても、シルビアは殿下からウィルビセス・ラインセントとなったただの男としてのその表情が好きだった。だってそれは、殿下が帝王学を学び始めてから見せなくなった懐かしい表情だったから。だからこそ、アニメのシルビアは男爵令嬢に嫉妬したのかもしれない。その表情はシルビアにとって大切な記憶の一つであったから──。
……嗚呼、いけない。またアニメのストーリーに意識が引っ張られてしまった。もうアニメとは結末が何もかも異なるのだから、比較してはいけないのに。きちんとこの世界を現実世界として受け入れなければ。
そう考えていたせいか、自然と顔の表情が強張ってしまった。これではまだまだ淑女とは程遠いに違いない。しかも殿下は私の表情から何か勘違いした様子で、頻りに私を和ませようと他愛もない話題を振ってくださった。申し訳ない気持ちで一杯になるが、少しの間その優しさに浸らせてもらった。
「さて、この前学園の卒業パーティーで起こった後のことなんだが」
殿下と会話を楽しみ、一区切りついたところで殿下は本題を切り出した。その際身体が反応して少しだけ揺れてしまい、殿下は私を安心させるように微笑んだ。いつでも話を聞ける心積りをしていたつもりだったけれど、側近候補者たちと男爵令嬢のその後について思っていたよりも気にしていたみたいだ。
アニメではシルビア断罪後、殿下とエリスはもう一波乱あるものの無事に結ばれ側近候補者たちは学園卒業後に殿下の正式な側近となる。その後、殿下とエリスの結婚式が描かれ、二人が本当の意味で心も体も一つになると、殿下とエリスの左手の甲にそれぞれ薔薇を象った刻印が光り輝きながら浮かび上がる。それは、ラインセント王国の初代国王と女神の愛子であった王妃に現れた刻印と同じものであった。
薔薇の刻印が左手の甲に現れることは女神の加護を受けた証であり、その刻印を持つ国王が治める代は争いが起きない平和な時代だと伝承で言われている。ただし、国王と王妃になる者の間に"真実の愛"が芽生えていなければ起きない条件付きの現象である。初代以降の国王と王妃はたまに薔薇の刻印が現れる代もあり繁栄したと言われているが、ほとんどが政略結婚だったため真実の愛は育たず数百年前を境に忘れ去られていた。それが、数百年の時を経て殿下とエリスの代で再び現れた。つまりはそういうことである。
そしてアニメの最終話では、国王となった殿下と王妃となったエリスの治世は伝承通りに争いと無縁な平和が続き、平民の人材育成に力を注いだ殿下の政策は功を奏し、ラインセント王国は更なる発展を遂げたと最後にナレーションで締め括られた。
本来なら、男爵令嬢のエリスは幸せな未来が約束されていたといっても過言ではない。それを変えたのは、私の意思。前世の記憶を思い出したときから殿下がエリスを選ぼうと悪魔に魅入られるような嫉妬に狂うことはしないと決め、アニメでは報われることのなかったシルビアの想いを綺麗なままで大切に守っていこうとした。既にアニメのシルビアとは異なる人格の、完全なる『私』のエゴだとしても、そのせいで未来が変わってしまっても、それだけは譲れなかった。
ただ、まさかこうなるとは思わなかったけれど。
ここでは書ききれませんでしたが、薔薇の刻印を持つ国王と王妃を『ローズガーディアン』と呼びます。
今年が終わるまでに完結させたい……。