現実の裁定とシルビアの最後
お待たせいたしました……!
「お前たち何をしている」
殿下の鋭い一声がパーティー会場に響き渡り、私もその声で沈んでいた記憶の海から現実に意識を戻した。奥の方から姿を現した殿下は、次の王として既に完成されているかのような威厳のある声と表情で彼の側近候補者たちを鋭く見咎める。その際に一瞬だけ私に視線を向けた殿下の煌めく新緑の瞳は、私を心配し、そしてどこか誇らしげだった。流石、私の婚約者だと誰かに自慢するかのように。
──嗚呼、何を恐れていたのだろうか。私はこの断罪のために下準備をしなくても良かったのに。だって、殿下は。
「シルビア」
私を断罪する始まりの言葉を高らかに叫んだ宰相の次男が、殿下の問いに勇みよく進み出て答えても。彼だけではなく、男爵令嬢を守るようにして左右にいる第三騎士団長の嫡男や外務大臣の孫、王家御用達で有名な商会の三男が勝機はこちら側にあると泰然と構えていても。
「はい、殿下」
「助けが遅くなってすまない。一人で悪意の視線に立ち向かう君の姿は格好良かった。後は私が片付ける……シルビア、私の婚約者であるのだから下がらなくて良い。堂々と隣に立ってくれ」
だって、殿下は。どれだけ忙しくても私を見ていてくださったもの。王族に仕える"影"からの報告ではあるけれど、婚約したあの日から殿下は私の行動を把握していらした。それは、数代前に起きた王太子妃暗殺事件を教訓に、婚約者であっても次代の王妃になる者を守るための処置であると王妃教育の最中に教わった。
……どうやら殿下は私が知らないと思っているようだけれど、王妃教育の一番最初にそのことは学ぶ。アニメでシルビアが断罪されるのだって、殿下がシルビアの悪事を"影"からの報告で知ることで、実際にその現場に赴き目撃したからだ。悪魔に魅入られたシルビアは、自身に"影"が付けられていることをすっかり忘れていたが。
「殿下? なぜ、その女を庇うのですか!」
殿下が私を守るようにして側近候補者たちと対峙したからか、宰相の次男が殿下の予期しない行動に驚き焦りの声を出す。宰相の次男だけではない。他の側近候補者と男爵令嬢も、驚愕で目を見開いている。男爵令嬢に至っては、有り得ないわなんて言葉も聞こえてきた。
「貴様は誰に向かってそのような口を聞いている。シルビアは、貴様如きにその女と呼ばれる令嬢ではない。私の婚約者だ。その意味、貴様なら分かるな? この件の処罰は後ほど行う」
殿下は少しだけ苛立ちを含んだ声音で、彼らを見据え淡々と言葉を紡いでいく。すっかり私の知るシナリオの展開とは状況が異なり、殿下は私の味方だと分かる。それに、アニメではシルビアの悪事が学園の生徒にバレてから、断罪されるまでの間シルビアは居心地の悪い思いをしていたが、今はそれも一切ない。寧ろ、パーティに参加している者たちの多くは側近候補者と男爵令嬢に険しい表情を向けている。殿下の言葉のせいか、傍観者の表情のせいか分からないが、宰相の次男は顔色を悪くしている。
「さて、次にシルビアがその男爵令嬢に行ったとされる悪行についてだが、それは既に冤罪であることが証明されている。間違っても異を唱えるなよ? 王家の影がシルビアには付けられているのだから、当然シルビアの行動は王家が全て把握しているからな。もし、お前たちが異を唱えるのならば、王家を信用出来ないと言っていることと同義であり反逆の意思ありとみなされるだけだ」
そこからは殿下の独壇場だった。王族である殿下に口を挟まないとは言え、可哀想なほど一方的に側近候補者たちに言葉を畳み掛け、一瞬の反論すらも許さない完璧な裁定。殿下の許しを得て、隣に立っている私だからこそ分かる未来の王がそこにはいた。アニメの殿下には、最後冷たい眼で別れを告げられたが、今は違う。アニメのシルビアとは全く異なる行動を取り、殿下の隣に相応しい淑女を志していた私は、嫉妬に駆られることはあっても悪魔に魅入られるまではいかなかった。きちんとその対策も怠らなかったし、嫉妬に駆られてしまった時は己を叱咤し殿下を信頼した。
──殿下は、聡明な私を憎からず思ってくださっている。それに恥じないシルビアでありなさい。
それにどういう訳か、アニメの殿下と違って今の殿下は事あるごとに私に愛を囁いてくださる。
「シルビアは素敵な女性だ。私の婚約者になってくれてありがとう」
「今日は香水を変えているんだね。いつもの爽やかな香りもシルビアに似合っていたけれど、少し甘めなこの香りもシルビアを魅力的に演出してくれる」
「シルビア、君は私の最愛だよ。シルビア以上に次代の王妃に相応しい女性はいない」
男爵令嬢に向けられるはずの、愛の言葉を惜しみなく。それが私にとってどれほど嬉しいことか殿下は知らない。その言葉で、どれだけ私が殿下を信頼することが出来るのか殿下は気付かない。
殿下、私もあなたをお慕いしております。
アニメでは台詞として言えなかった殿下への告白。シルビアが断罪され、牢獄に収監されて数日後。悪魔に魅入られた罪で毒杯を賜りながら、死ぬ直前にするりと落ちた言葉。そこに、殿下の姿はなかったのに、アニメのシルビアは最後に殿下から愛される幻を見た。そしてシルビアの短い生涯は閉ざされた。
次回の更新は未定です。