サイドストーリー 不死鳥と転生うさぎとの出会い
この話は本編45話前後のお話になります。
転生うさぎと出会う前の不死鳥とその眷族とのやり取り、また、不死鳥と転生うさぎとの出会った時の不死鳥視点になります。
リル・・・雪白狼の神獣で北の雪原に領域を持つフェンリル・・・から最初に連絡があった時は、思わず額に手を当てて大きく溜息を吐いてしまった。
私の溜息を聞いた眷族のフレイがビクっと体を震わせたあと、小さな声で「それじゃ、見回り行ってきまーす」と飛び立っていく。私はそれを見送ってから、先ほどから勝手にべちゃくちゃと話しているリルにもう一度話を聞く。
(リル、新しい神獣にするために魔人を育てているってどういうことかしら?)
(だからぁ~、と~っても可愛くて、面白くて、強い子よぉ~。・・・ちょっと危ういところもあるけどぉ~・・・)
(貴女、何を考えているの?今更新しい仲間なんていらないでしょう?貴女のきまぐれとお遊びで私達の仕事に勝手に首を突っ込ませていいと思っているの?)
私が何と言ってリルの馬鹿な行動をやめさせようか考えていると、新たな〈思念伝達〉の繋がりがきた。この魔力は、オロチね。
(リル経由で話は聞いたが、フェニは反対なのかえ?なかなか見どころのあるやつじゃぞ?)
(オロチ、貴女まで関わっているのね。本当に貴女達は勝手なことばかり・・・)
基本的に粛清の時以外は表に出てこないウロボロスや、魔の森と呼ばれている場所に領域を持つケイルもたまにしか領域から外に出ない。まあ、ケイルが外に出る時は大体とんでもない被害が人族で起きるらしいから、あれはあれで勝手に動いているのだけれど、少なくともこの二人よりはずっとマシだ。
(聞いてよオロチ~。フェニったら、新しい神獣はいらない~って言うのよぉ~)
(必要ないでしょう。私達だけで何年やってきたと思っているの?)
(まぁ、数えるのも億劫なくらい永い付き合いではあるの)
そう。私達は何千年、いえ、何万年以上前からずっと五体でやってきたわ。今更もう一体神獣を増やす必要なんて全くない。余計な面倒が増えるだけじゃないの。しかもその面倒は神獣の管理と仲裁をしている私がやるのよ?勘弁してよ。
(とにかく。私は新しい神獣なんて断固反対よ。さっさとその魔人は捨てなさい。情が湧いたのならば、私が焼却処分してあげても良いわよ)
(う~ん、たぶん、フェニ好みの子だと思うから出来ないと思うけどねぇ~)
(まぁ、一度だけでも会ってみるといい。それから決めても良いであろう?)
(・・・・私は絶対に認めないからね?)
〈思念伝達〉を切った私は、もう一度痛む頭を抑えながら深く溜息を吐いた。
――何よ、私好みの子って。貴女達が気に入って拾って来た子でしょう。まったく。
あの様子では私の言葉を無視して拾った魔人を勝手に育てているだろう。リルもオロチも永く生きている神獣だ。その気になれば魔人を神獣に近い力が付くまで育てることぐらいは出来るだろう。
――もしその魔人とやらが危険な存在になっていたら、私が責任を持って処分をすればいいわね。そして、リルとオロチには説教よ。
今度は数年領域に閉じ込めるくらいことをした方が良いかしらと思いながら、私はその日を憂鬱な気分で過ごした。
しばらくすると、リルから「例の子の領域を置く場所が決まったわぁ~」と嬉しそうに連絡が来た。思わず怒りで魔力が漏れて威圧となってしまい、側に控えていたブレイズがビクっとした。
(リル、貴女、私の話を聞いていたのかしら?)
(本当に良い子なのよぉ~?フェニも一度会ったら絶対に気に入るわよぉ~)
(そういう問題ではなくて・・・)
(場所はここよぉ~。一度来てみなさいなぁ~)
〈思念伝達〉が切れると同時に、はぁ、っと溜息を吐いてしまう。彼女と話した後は溜息しか出ない。参ってしまうわね。やはり、領域に閉じ込めてしまおうかしら。
それにしても、やっぱり私の要請を無視して育てていたのね。妙に気に入っているようだけれど。これは一度様子を見た方が良いわね。
リルの〈思念伝達〉で場所を把握した私は、領域でやることを一通り終わらせてから、連絡のあった次の日に新人とやらの領域候補に転移した。
(うっ!?まさかとは思ったけど、本当に聖樹の原木がある場所じゃない。正気なの?)
昔はいくつかあった聖樹の原木も、今ではこの森の中央にある一本しか存在していない。とても強い聖の魔力を発しているから、この辺りには魔物はほとんど入ってこれない場所だ。私達神獣でもあまりいい気分のする場所ではない。
(ほとんど嫌がらせね)
ポツリと呟きながら、私は原木がある中央へと羽ばたいた。
原木がある中央まで辿り着くと、より濃い聖の魔力に思わず顔をしかめてしまう。こんな中で魔人がまともに生活できるものなのだろうか?そんな疑問を抱きながら広場を見て見ると、魔法で作ったと思われる一軒家が建っていた。器用な魔法の使い方に呆れながらも、私は人の姿になってその家の扉を叩いた。
「はい。少々お待ちください」
人の女性の声が聞こえてから少しすると、ゆっくりと入り口の扉が開かれる。白銀の髪を長く伸ばした女性が、金色の瞳を驚いたように大きくさせて私を見る。私が挨拶をしようと口を開いた時、扉の奥からリルとオロチの声が聞こえてきた。
「このお酒なかなか良いわねぇ~。こんなの隠していたのねぇ~」
「なかなか飲む機会が無くて仕舞っていたのを思い出しただけだの。ん~。やっぱり一人で飲むよりも良いの!ほれ、弥生も付き合うといい!」
「あ、その、私はお酒はちょっと・・・」
「なんじゃ?妾の酒が飲めぬと言うのか?んん?」
「え、いえ、そういう訳では・・・」
声を掛けられて困ったようにする女性を見て、私は大きく溜息を吐いてから、あえて音を立てて扉を開いた。音に驚いたのか、リルとオロチが同時にこちらに顔を向けて、私と目が合うととても顔色が悪くなった。
「随分とお楽しみね?神獣ともあろうものが私の存在を感知すら出来ないなんて。言い訳を聞こうかしら?」
私が威圧をたっぷりこめて二人を睨むと、二人とも冷や汗をかきながら言い訳を始めた。
「いやぁ~、まさか本当に来るとは思わなかったというかぁ~?」
「貴女が呼んで、場所も教えてくれたじゃない?呼んでおいて来るとは思わなかったってどういうことかしら?」
「ええっとぉ~・・・」
「ちょいと酒の飲み過ぎかの。油断しておったわ。フェニも飲むかの?」
「飲まないわよ!二人ともそこになおりなさい!!」
よく見てみれば、まだ幼い子供の魔人も居るじゃない。魂も幼いし、完全に子供よね?こんな子供の前で朝から酒を飲んで絡むなんて何を考えているの!?
私は二人を椅子から引きずり下ろして床に座らせて、懇々と説教を始めた。反省しているかと思えば、口を開けば何か言い訳めいたことを話そうとしたので炎をちらつかせて黙らせる。一度、本気でお灸を据えないいけないかもしれないわね。
「あの、もし良ければお食事はどうでしょうか?」
「え?」
先ほど入り口で私を迎えてくれた女性がいつの間にか私の為に食事を用意してくれたようだ。断るのも悪いので了承しておく。
「悪いわね。頂こうかしら」
「お口に合えばよいのですが・・・」
謙遜するようにそう言う彼女に椅子を引いてもらい、私は席に着いた。リルとオロチがほっとしたように息を吐いて再び元の席へと座ると静かに酒盛りを続ける。この二人は、まったくもう。
リル達のことは放っておきましょうか。今はこの女性・・・恐らく二人が育てている魔人の眷族である彼女から話を聞きましょう。
そう思いながら随分と久しぶりな調理された食事を口にした。すると、思わず体が固まってしまった。
――なにこれ!?すごく美味しいじゃない!?
思った以上に味のバランスが整っていて美味しかった料理に驚いてしまった私は、彼女に話を聞くのを忘れてゆっくりと味わうように食事を進める。
「お口にあったようで安心いたしました。こちらをどうぞ」
食事を終えた私の前に今度はコップが置かれる。そのタイミングといい、所作といい、フレイに見習わせたいくらい素晴らしいものだった。
「ありがとう。本当に美味しかったわ」
「いえ、私などまだまだ主様の足元にも及びません」
どうやら、料理は例の魔人が教えているようね。料理をする魔人なんて珍しいわね。
料理についていくつか彼女・・・弥生と話をしていると、入り口近くに気配を感じてそちらに視線を移す。弥生や、双子らしき眷族も繋がり気付いたのかそわそわしながら入り口をじっと見ている。
やがて、ゆっくりと入り口が開くと、とても愛らしく可愛らしい少女が家の入り口で扉を開いた状態で立ち止まった。その視線にはお酒を飲みながら騒ぎ始めたリルとオロチが居る。思わず、私はこめかみに手をやってしまった。
双子の子供が少女に駆け寄り、少女が優しく双子の頭を撫でると、二人とも本当に嬉しそうに顔を綻ばせた。眷族としての繋がりがあるとはいえ、その様子はまるで家族の戯れのように見える。私の眷族との付き合いとはまるで違うその姿をじっと見詰める。私は自分の眷族達にあそこまで好かれているかしら?あまり自信は無いわね。
こぼれんばかりの大きさの美しい色をした赤い瞳がリルとオロチを捉えたまま、彼女が声を掛ける。少なくとも、リルとオロチよりはまともそうな子ね。理知的な瞳をしているし。
「・・・フェンリルさん、子供たちの教育に良くないので、ここで酒盛りは止めてください」
「あらぁ~おかえりなさい~」
「おお、帰ったか。カカッ。大分強くなったようじゃの。この分なら思っていたよりもずっと早く神獣になれそうではないか」
彼女の苦言などどこ吹く風という感じの二人を彼女は無表情に見詰めていた。私はそんなだらしない神獣二人を睨みながら、話の流れから彼女が例の新しい神獣候補の魔人だと確信して彼女に話しかけた。
「ああ。この子がそうなのね。・・・リルはともかく、オロチまで妙に気に入っているようだったから、どんな子なのかと話を聞いてからずっと気になっていたけれど、思っていたよりもまともそうな子ね。良かった」
私が声を掛けたことで彼女の赤い瞳が私に向けられた。顔の表情は全く変わらない無表情なのに、何故だか変なことを考えているような気がして、私は思わずじとっとした視線を向けてしまう。
「何か、失礼なことを考えていない?」
少女は言葉で応えないでこてりと首を傾げて誤魔化した。とても様になっていて可愛らしい仕草に思わず、まぁいいかと考えてしまう。
席を立って彼女の近くまで移動して身を屈めて視線を合わせると、彼女の恐ろしく整った顔立ちと吸い込まれそうな赤い瞳に見惚れそうになり、それを誤魔化す為に笑顔を作った。
「まぁいいわ。わたしは魔物で言うと炎鳥という種族の神獣、フェニックス。呼びにくいだろうからフェニで良いわ。貴女の名前を聞いても良い?」
「・・・わたしは月兎のトワと言います。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね。貴女が本当に神獣になったら、とても永い付き合いになるだろうから、仲良くしましょう」
まだ認めたわけではないけれど、少なくとも理性の少ない能無しな魔人では無さそうね。この様子では力におぼれている様子も無さそう。まともに会話も出来ていることから考えるとけっこう古参の魔人なのかしら?
彼女・・・トワの小さな手と握手しながら考えながら〈魂魄眼〉で彼女のことを調べてみる。
――なんて綺麗な魂なの!?これほど力のある生き物でここまで綺麗な魂を視たのは初めてよ。
どこまでも無色透明な光を放つその魂は、まるで生まれたてのように清らかなものだった。というか、全身の霊体と体の馴染み具合からしてもまだ生まれて一年も経っていない個体であるのは間違いない。それでここまでの魔力を持ってかつ、思考能力を持つ魔人に出会うのは、永く生きている私でさえも本当に初めてだった。
――信じられないけれど、念のために本人にも確認してみましょうか。
「貴女ひょっとして、まだ生まれて間もない個体?」
「・・・?・・・そうですね。今はどれくらい経ったでしょうか?多分まだ一年経っていないと思いますよ?」
トワの言葉にリルとオロチも驚いたように声を上げた。知らなかったのね。まぁ、気持ちはわかるわよ。私も直接本人の口から聞いて、〈魂魄眼〉で視て確認しても信じられないもの。
それからトワと話をしているうちに私は彼女をどう扱おうか考えていた。もう数百年生きている実力のある聖人を単独で倒せるほどの戦闘力。僅か一年でそれだけの力を持った彼女は、やろうと思えばすぐにでも私達神獣と同じレベルの強さになることが出来るでしょう。その日はリルとオロチの話と合わせて、彼女を神獣にさせることで話をしたけれど、領域に帰って来た私はどうしようか本気で迷っていた。
(帰ってきてからずっとぼーっとしていますが、何かあったのですか?)
フレイが遠慮がちに私に声を掛けてくる。トワとその眷族達の交流を見たあとだと、この微妙な壁がなんだか少し寂しく感じられた。
「そうね・・・。フレイ、少し貴女の意見も聞いてみたいわ」
(えっ!?)
本気で驚いたように羽を小さく揺らしたフレイを見た私は、出来るだけ優しく微笑みながらトワのことを私の考えも交ぜながら説明した。
説明を終えると、フレイは顔を考えるように俯かせて、しばらく考えた後にゆっくりと顔を上げた。
(あたし個人としては、面白そうな子なので仮で進化させても良いかと思います。いざとなれば主様やフェンリル様達が討伐すれば良いですし)
「ま、それもそうね」
(ですが・・・)
そこで一旦言おうか迷って言葉を止めたフレイに先を促すように私は微笑む。フレイがそんな私を見て意を決したように言葉を続けた。
(ですが、迷うということは、主様が少なからず気に入っているのではありませんか?普段の主様ならば、それほどに不可解な存在が神獣ほどの強さを得ようとしたら、事前に止めるはずです)
私はフレイの言葉を聞いてはっとした。確かに、普段の私ならばあの場でトワを燃やしていても不思議ではなかった。それをしないで結論を先延ばしにしたということは、私は多少の危険を承知で手を貸そうと思ったからではないかしら?
何よりも、彼女のあの純粋無垢な魂が気になって仕方ない。あれだけ綺麗な魂は見たことが無いから、出来れば近くで見守ってあげたい。
(えーっと、参考になりましたか?)
黙り込んでしまった私に恐る恐る尋ねるフレイの頭をそっと撫でた。すると、フレイがビクっと体を震わせてすぐに体を引いてしまう。これは、喜んでいるというより怖がっているわね。
「ありがとう。お陰で方針が決まったわ」
(は、はぁ。それは良かったです?)
まだ私が突然頭を撫でたことにびくびくとしているフレイを苦笑交じりに見る。少しずつでいいから、私もトワ達のようにもう少しだけ眷族達との距離を縮めてみようかしら。
生きることに退屈さえ覚えていた私は、トワとの出会いによってこれからのことが少しだけ楽しみになって来ていた。でも、まずは確実に、安全にトワを進化させてあげないとね。
「そのためには、まずはあのやる気のない二人を動かすことから始めましょうか」
最初に事を始めたくせに放任主義すぎる二人の神獣(親友)を思い浮かべながら、私はトワの神獣への仲間入りの計画を頭の中で立てていった。
そして私は、今後トワを中心に巻き起こされる面倒事に振り回される日々に、自分から身を投じることになるのだった。




