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サイドストーリー 秋姫の相談と春姫

27話の春風 桜と秋風 紅葉が王国に来るきっかけになったお話になります。


少し複雑な関係だけど姉妹としてお互いを想っている様子が伝わってくれればなと思います。










「秋姫、また北の方で被害が出たそうですよ。どうします?」



 私の暮らす社に下の街から書類を取りに行っていた巫女の紅羽(くれは)が、戻ってきて書類を渡してくるなりそう聞いてきた。



 また北の方か。私は眉をひそめて書類に目を落とした。その一番上に今彼女が言ったことが書面で報告されている。今回被害に遭ったのも冒険者のようだな。



「ここ最近の魔物の変異種の現れ方は異常です。何か動いた方が良いと私は愚考しますけど?具体的には、春姫に相談してみるとか」


「桜か・・・」



 桜とは幾度となく意見が衝突して殺し合った仲ではあるが、今はそれなりに友好的ではある。いや、桜がいろいろと気をまわしているからこその友好関係ではあるのだが。



 春風 桜(はるかぜ さくら)は私たち四季姫の中でも唯一、衝突しがちな私たちの間を持ちながら自分の領域以外のことにも気を配っている三女で、本人には決して言わないが、とても心優しい家族思いの子だ。



 だから、私が相談すれば真剣に聞いてくれるだろうし、一緒に対策も考えてくれるだろう。それに、彼女は他の国とも顔を繋いでいて、今の公国の対外的なことは全部を纏めてやっている。持っている情報も多いし、集めるのも私ほど苦労はしないだろう。



 ならばなぜこんなにも渋っているのかというとその理由はとても単純で、私は桜のことが苦手なのだ。どうもあの子とは魂レベルで合わない。本能的に忌避してしまう。もちろん、嫌っているわけではない。ただ本当に苦手としか表現が出来ない。



「はぁ・・・」


「秋姫が春姫のことを苦手意識持っているのは知っていますけど、一番頼れるのは確かでしょう?」


「分かっている。これを読み終えたら式神を送るよ」



 少しでも桜と話すのを後回しにするために、私は紅羽が持ってきてくれた書類をいつもよりも時間を掛けてゆっくりと読み込む。私の些細な抵抗に苦笑しながらも紅羽はお茶を淹れに部屋から出ていった。



 いくらゆっくりと読んでいてもそれほどない書類に目を通すのにそれほど時間は掛からなかった。これが桜ならば私の倍以上の書類を読んだり、書いたりしているのだからもっと時間も潰せるのだろう。もっとも、あの子はじっとしているのが苦手だから執務を放り出してどこかに出掛けそうだが。



 紅羽がお茶のおかわりを淹れながら視線で早く連絡しろと訴えてくる。そんな目で催促しなくてもちゃんとやる。



 それでも直接話し合うのは嫌だったので、伝言を伝えるタイプの式神を用意した。それを見た紅羽が呆れたような顔で「そんなことしても時間の無駄ですよ?」と言うが、そんなこと私だって分かっている。でも、私からあの子に声を掛けるのはなんか嫌なのだから仕方ないだろう。



 そんな紅羽の視線に耐えながら用意した式神に言葉を吹き込んでいく。



「桜、少し相談したいことがある」



 それだけ言うと、私は式神を外に放った。あっという間に空の彼方に消えていった式神を見送り、深く溜息を吐く。返信が来るまでに一時間は掛かるだろう。それまでは裏庭でゆっくりしているか。



 しかし、私の予想に反して三十分ほどしてから桜本人がやってきた。



 大量の桜吹雪を舞わせて現れた小柄な少女。桜色の長い髪が桜吹雪と共に舞い、同じ桜色の瞳が私を見据える。三女ではあるが、私たち姉妹の中で最も童顔なためか見た目よりも更に幼い印象を与えてしまう。



「やっと連絡してくれたね。紅葉ちゃんが私に相談するの、待ってたんだよ?」



 単身とはいえ、事前の準備無しでの転移にはかなりの魔力を使う。永く生きている聖人の私たちでさえ躊躇うほどだ。でも、桜は魔力量がずば抜けて多く、陰陽術や自分のスキル能力と組み合わせた独自の転移魔法を使っているためか魔力の消費も少なく、結構頻繁に転移で移動することが多い。さすがに大陸の端から端は難しいようだが。公国内での単身の移動はほぼ転移で移動しているらしい。



 それにしても、まさか本人が直接乗り込んでくるとは思わなかったため、思わず顔をしかめてしまう。それを見た桜が頬を膨らませた。



「わたしを頼ってきて連絡してきたのに、なんでそんな顔するの!」


「反射的というか、本能的というか。そんな感じだな」


「もっと酷いよ!・・・でも、それほどわたしのことが嫌いなのに連絡してきたってことはよっぽど切羽詰まっているんだね。良いよ。話聞かせて」



 何度も言うが、別に私は桜のことが嫌いではないのだ。ただ、この子は私が自分のことを嫌いなんだと思っている。「わたしは嫌われるのが役目だからね」とかつて桜は自分のことをそう言った。



 私たち姉妹がバラバラになり、それでもこうして僅かな繋がりが保てるのは、それこそ桜の、自分が嫌われてでもと行動して繋ぎとめた結果だと言える。私たちはずっとそれに甘えてきた。桜の優しさに。そして今回もまた、その優しさに甘えることになる。



「どうしたの?黙り込んじゃって?」



 気付けば、桜が私の隣に座ってお茶を飲んでいた。紅羽が用意したのだろう。



 桜の、名前と同じ桜色の瞳が、いきなり黙り込んだ私を心配そうな目で見詰めている。



「なんでもない。それよりも、すこし話を聞いてくれないか。桜の持っている情報も欲しい」


「良いよ。さぁ、話して」



 桜は殊の外、私たち姉妹と話しをすることが好きなようだ。たとえそれが事務的なものだったとしても、今のように、嬉しそうに目を細めて耳を傾ける。



 私は魔物の変異種による被害について桜に相談した。北側から来ているらしいこと以外には何も分かっていないが、桜は思い当たる節があるようで「ふ~ん」とか「なるほどね~」と相槌を打ちながら何か考え事をしていた。



 話を終えると、桜は下唇に指を当てて視線を空に向けながら「ん~」と唸った。



「何か知っているんだろう?」


「知っていると言われれば知っているよ。でも、まだ確信が掴めないって言ったところかな。推測の域では話せないことも無いけど」


「歯切れが悪いな。何かよっぽど面倒なことなのか?」


「そうだね。500年前の再来に近いと言われればある程度察してくれるかな?」



 500年前のことは忘れるわけがない。神獣ヤマタノオロチとの戦い以外で外界関係で一番危うかった事件だ。四季姫が揃って戦った一番新しい記憶でもある。



「アリアドネの災厄と呼ばれていたな。あれに近いことが起きているのか?」


「アリアドネ本人は完全に消滅した筈なんだけどねぇ。まぁ、500年も経てば同じ能力を持った魔物が現れても不思議では無いけど」



 桜は「王国に行けばもう少し周りの状況から情報を集められるかもねー」と小さく呟いた。王国か。ちらりと紅羽を見ると、行ってこいと言わんばかりに親指を立てていた。今は私の巫女ではあるが、紅羽は元々桜の巫女だったから、私と桜の仲を少しでも取り持ちたいのだろう。



 それは抜きにしても、これ以上状況を後手に回すのは悪手か・・・。気は乗らないが、私が頼めば多少手が離せない状況でも桜なら一緒に来てくれるだろう。



 私がこほんと咳払いをすると、どうしよっかなーと呟いていた桜が小首を傾げて私に顔を向けた。



「桜、その、王国に行かないか?その方が情報も集まるのだろう?」


「ほえ?」



 しばらく呆けていた桜は段々と桜色の瞳を輝かせ始め、あどけない顔を喜色に染めた。



「うん、うん!一緒に行こう!わたしの護衛ってことにして二人っきりで行こうか!貯まった仕事があるから二日後に出発ね!」


「あ、ああ・・・わかった」


「紅葉ちゃんとお出掛け~♪ふふっ♪こうしてはいられない!早く仕事を終わらせないと!また連絡するね、紅葉ちゃん!」



 満面の笑顔を浮かべた桜が桜吹雪を散らして去っていった。嵐の後のような静けさが周囲に満ちていく。



 少しの沈黙の後、紅羽がくすくすと声を殺して笑い始める。



「ふふ。春姫は変わりませんねぇ」


「少し後悔し始めた。まさか二人っきりだとは」


「そう言いながらも、ちょっと秋姫もちょっと嬉しいんですよね?」


「さてね」



 「素直じゃ無いんですから」と紅羽が呟いて、「お茶請け何か持ってきますね」と社の奥へと入っていった。



 私は周囲に舞っていた桜の花弁をひとつ掴んだ。



 きっと今の私の顔は笑っていただろう。




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