サイドストーリー とある少女の学園での一日
総PV数2万記念SSになります。
トワ、ではなく月代永久のお話になります。え、誰だよって?とある少女の話ですよ。
トワとは違う永久の日常をほんの少しだけ、お楽しみ頂けたら幸いです。
わたしが通うこの学園は、父と母が理事をやっていて、学園設立にも携わったまだ設立してからそれほど年月も経っていない高等学校です。
しかしながら、その偏差値は日本全国でもトップクラスを誇り、しかも日本全国から有数の俗に言う裕福で権威のある家の子供達が集まっています。まぁ、コネを作るためにこうして集まっているだけですが。
もちろん裕福なだけではなく、在学中のお金がほぼ免除される代わりに、かなり厳しい試験を合格したごく僅かなこれまた俗に言う『天才』と呼ばれる人達も居ます。こちらは偏差値のような学力が無くても、なにか特別秀でた能力を試験官に示すだけで入学可能です。まぁ、さっきも言いましたが、そうとうに厳しい試験ですが。なんせ、父と母が直々に試験官をやりますからね。中途半端な天才はほぼ落とされます。そういう目利きに関してはとても優れていますから、我が両親は。故に、凡人よりやや優れている程度のわたしなど、価値がないに等しいのでしょうが。
それでも、学園の中では両親の目が比較的届かない学生王国なので、わたしも少しだけ伸び伸びと学生生活がおくれています。
「月代先輩!おはようございます!」
「ええ、おはようございます」
「あら、永久さん。ごきげんよう」
「ごきげんよう。先輩」
――おはようございますなのかごきげんようなのかどっちなのですか?混乱するので統一してほしいのですが。
お金持ちの子供の中にはもちろんのこと、お嬢様やお坊っちゃまと呼ばれるような、やや時代錯誤な存在がたまにいます。いえ、そこそこいます。なので、挨拶だけでも複数あったり、社交のやり方が違ったりと中々にカオスな学園となっています。こうしたものは結構あやふやなので、ある意味自由な校風とも言えますね。関係ないですよね。
「永久先輩ーー!!」
そんな中でも異色を放つ存在が後ろからわたしを呼んでいます。全力で無視したい衝動にかられますが、どうせ無視しても強引に絡んでくるのでさっさと諦めて振り返りました。この娘には適当に相手をした方が結果として早く要件が済みますからね。
「永久先輩!!はぁ、はぁ、お、おはようございます!」
「おはようございます、今井さん。ところで、廊下は走らないようにと習わなかったのですか?」
「あ、あはは・・・。ごめんなさい」
ここで言い訳しないで素直に謝るところがこの娘・・・今井 綾の良いところです。こう見えて彼女もそこそこの名家の生まれなのですが、わたしと違って『天才』として入学した生徒です。わたしと関わっていなければもう少しあいつらからの心象も良くなるでしょうに。
今井綾は、入学当初に初めてわたしと顔を合わせてからしつこくわたしに付きまとってくるようになった変わり者です。密かに作られていたというわたしのファンクラブを乗っ取って、本人の前で大々的に活動をするくらいに変人です。彼女せいで、一年生の間でも入学して一ヶ月と経たない内にわたしの存在が知れわたりました。しかもほとんどがファンクラブに加入しているらしいです。
――時々思いますが、この娘は一体わたしに何をさせる気なのですかね?
わたしが訝しげに彼女を見ていると、今井さんは恥ずかしそうに頬を薔薇色に染めます。なんですかその反応。わたしにそっちの気はありませんよ?
「えへへ・・・。永久先輩に見詰められるなんて、照れちゃいます」
「あーー!今井会長ばかりセコい!月代先輩!私のことも見てください!」
――わたしはアイドルでは無いのですが・・・。
段々と群がってきた少女達(男子は少し遠巻きに見ています)の相手を適当にしながら、原因を作った彼女に視線を戻します。「ひぇ!!怖いけど、ちょっと嬉しい!」とか謎のことを言っていますが、詳しく聞きたくないので聞き流して問いただします。
「で?貴女は何かわたしに用事でも?」
「え?永久先輩を見かけたから呼んだだけですよ?」
思わず頭を押さえます。この娘が何を考えているのかさっぱりです。どこか妹に似ていますね。あの娘の方がかなり意味不明ですが。
「・・・そうですか。では、この騒ぎをどうするのですか?」
「大丈夫です。永久先輩が一言言えばぴったり止みますから」
「騒ぎを起こした火元の癖に消火はわたし頼みなのですね・・・。はぁ・・・」
わたしは深く溜め息をつきます。非常に納得行きませんが、彼女の言う通り、わたしが一言言えばこの騒ぎは収まります。ただしそれは、わたしの力によるものでは無くて、今井綾による調教・・・教育の賜物です。ほんと、アホばっかですね。本当に優秀な人達が集められた学園なのでしょうか?
「はぁ・・・」
「物憂げな先輩も・・・すごく良いです」
「貴女はもう黙っていてくれませんか?」
今井綾がうっとりした目でわたしを見てくるのに釣られるように、周りに集まってきている集団もわたしのことをうっとりした目で見詰めてきました。
――う、鬱陶しいですね。
わたしはさっさとこの視線から逃れるために、今井綾の言う通り集まっている人達に向けて声を掛けます。
「皆さん、ここで集まっていては周りの人に邪魔でしょう?早く教室に行ってください。解散ですよ」
「「「「はーい」」」」
本当に聞き分け良いですね。わたしの言葉で方々に散っていった人達を見ながら呆れていると、「ほら、私の言った通りでしょう?」と言いたげにわたしを見てドヤ顔している今井綾と目が合います。
「・・・」
「・・・」
わたしが極寒の猛吹雪が吹き荒れるが如くの冷たい目をしてじっと今井綾を見詰めていると、冷や汗でびっしょりになった顔で「じゃ、じゃあ私も教室行ってきますね!」と言って風のように居なくなりました。よろしい。教育した本人がわたしの言葉を無視して居残ろうなんていうのは許されませんからね。
「はぁ、まったく」
「ふふ。朝から大変そうですね、月代さん?」
わたしが三度溜め息を吐くと、すぐ近くから声が聞こえてきました。声のした方に顔を向けると、わたしのクラスの担任教師である宮川 千鶴先生がほんわかした微笑みを顔に浮かべながらわたしのことを見ていました。
「宮川先生、見ていたならば助けてくれても良かったのでは?」
「私には、月代さんがそんなに嫌がっているように見えませんでしたし、何よりも、月代さんにはああして慕われる存在がいる方が良い影響を受けると思いまして」
「なんですか、良い影響って・・・」
宮川先生は同じ制服を着たらわたし達のクラスに溶け込みそうなほどに若々しくてちょっと童顔な顔をしています。ちなみに年齢はわたしの9つ上です。その容姿と大人の女性らしい落ち着いた清楚な雰囲気のギャップがとても人気を集めていて、生徒だけではなく教職員からの信頼もあるそうです。
――普段はとても落ち着いていて話しやすい人なのですが、怒ると怖いのですよね。
終始笑顔でねちねちねちねちと小言を言い続けるので精神的にとてもきます。しかも、こう見えて柔道、空手、合気道の有段者なので、逃げようとするととても痛い思いをします。体罰扱いにならないように跡を残さないように痛くするあたりにとても恐怖を覚えますね。あ、実体験では無いですよ?小言地獄は何度か味わっていますが。
「それはさておき、おはようございます、月代さん。・・・さて、うん。今日も手入れはバッチリのようですね」
「なにが『さて』なのかはわかりませんが、おはようございます」
宮川先生も少し変わっている人でして、わたしに会うと必ず髪をとくように手で頭を撫でてきます。最初の頃はビックリして拒絶していましたが、毎回会う度にやられて段々と面倒になってきたので、ここ最近は彼女が満足するまでされるがままになっています。
ひとしきりわたしの髪を撫でて満足したのか、撫でていた手が離れていき、今度はわたしの頬にそっと手を添えて瞳の中を覗き込むようにじっと見詰めます。これはここ最近追加でやりだましたね。周囲で遠巻きに見ている人が小声で何やら囁いているのが気になって落ち着きません。
見つめ合う時間はそれほど長くはありませんが、それでもとても気まずいです。ようやく解放されたわたしはホッと息を吐きました。それを見ていた宮川先生も少し悲しそうな顔で溜息を吐きます。
「まだダメそうね。改善の兆しはほんの少しだけ見られるんだけど・・・」
「いつも言っていますが、何の話なのですか?」
「こっちの話ですよ。気にしないでください。それよりも、そろそろ教室に向かった方が良いのではありませんか?」
こっちってどっちですか?とか、貴女がわたしを捕まえたのでしょう?とか言いたいことはありましたが、それらをぐっと堪えて、わたしは宮川先生に「では、失礼します」と一言言ってからその場を離れます。
教室までの道中も、教室に入ってからホームルームが始まるまでの間も、絶えずわたしは先輩後輩同級生教職員問わず挨拶をします。これにももう慣れました。今井綾に会うまではここまで注目されていなかったのですけどね。慣れとは恐ろしいですね。
さすがにホームルームが始まり、その後すぐ授業になるのでわたしに構う人はいなくなります。二時限目までは共通教科ですが、三時限目からは選択教科になっているのでそれぞれの選択した教科の教室に向かいます。毎週日曜日の朝に学園から支給されているタブレットに一週間の教科科目と臨時講師が発表されます。それを見て学生たちは好きな科目の好きな教師たちから専門的なことを学ぶのです。
そんなわけで、この学園で学べることはとても細かくて専門的なことが多いです。科学という括りだけも相当な種類ありますからね。体育もそうですし、家庭科もそうですし、数学や国語、歴史、どんな分野にもその中から何かに専門的に研究している人はいるものです。
でもこの学園の一番凄い所は、大体なんの分野の専門家が来ても機材が揃っていることでしょうか。
都会から少し離れた自然に囲まれた山の中を切り開いて建てられたこの学園は、非常に広大な敷地面積を誇っています。正直、初めて見た時は小さな街かと思う程度には驚くでしょう。ここよりも更に田舎の山の中に作ったという大学の方はここよりも広いらしいのですから笑えません。いえ、むしろ笑うしかありませんか。まぁ、わたしはその大学には行けないので関係ありませんけど。
授業を終えてお昼休みの時間になりました。すると、どこからともなく今井綾がやってきてわたしの腕に抱き付いてきます。
「せ~んぱい♪学食行きましょう?」
「わたしはいつもお弁当だと言っているでしょう?」
「まぁまぁ、そう言わずに。ほらほら~行きますよ~」
ぐいぐいと引っ張る今井綾に逆らうのも面倒になったわたしは、そのまま引きずられるようにして学食まで連行されていきます。
お昼時間ということもあって学食にはたくさんの生徒たちが集まっています。食券を買う場所には長い列が出来ていましたが、わたしに気付いた人が一人、また一人と道を開けていって、どこかのおとぎ話のように道が作られていきます。
「いつも思うのですが、貴女はこれが目的でわたしをここに連れ出していませんか?」
「まさかまさか。私は純粋に先輩と一緒に食事がしたいだけですよ。後は、普段中々先輩を見ることが出来ない会員に先輩の姿を見せてあげる目的もあります」
「どちらの目的でも、わたしにとっては非常に迷惑な話ですね」
念のために言っておきますが、わたしが何か言ったことでこのような現象が起きているわけではありません。初めてわたしが学食に足を踏み入れた時からこうして道が出来るようになっていたのです。ちなみに、初めて学食を利用した理由は単純にお弁当を用意する時間が無くて持ってこなかったからです。
せっかく作ってくれた道を無視するわけにはいかないので、渋々の人の間を歩いて食券機の前まで来ました。隣にいる今井綾がう~んと迷う素振りをしたあと、いつものように上目遣いでわたしを見上げながら訪ねてきます。
「先輩だったら今日はどれを食べますか?」
この質問に食堂の中が嫌なくらい静かになります。これもいつものことです。わたしは無言のままひとつのボタンを指差しました。すると、今井綾が「なるほど」と言ってそのボタンを押します。出てきた食券を厨房の人に渡すのを周りの人が固唾をのんで見守ります。毎度思いますが、なんなのですか、これ?
「今日は・・・『焼き魚定食』だぁぁあああああ!!!!!」
突如大声を上げた厨房の人をきっかけにして食堂内が再び喧騒に包まれます。「あ~今日はそっちか~」という声や「やった!当たりましたわ!」という声があちこちから聞こえます。
――だから、これはなんの儀式なのですか?
時々いや、ここ最近は頻繁に思いますが、この人達本当に偏差値の高い優秀な人が集まっているのですか?ただの変人の集まりでは?
わたしが呆れた顔でその様子を見ているのをニコニコとした顔で今井綾が見詰めています。この仕込みも彼女の仕業なのでしょうか?何をどうやったらこうなるのでしょうね?ちょっと恐怖を覚えますよ。
食堂内の空いている席に今井綾と向い合せに座って昼食をとります。移動教室が多いので鞄を常に持ち歩く人が多く、わたしもそうしているのでお弁当をとりにわざわざ教室まで戻る必要はありません。無言のまま食事を終えると、今井綾が大きく伸びをしてあくびを噛み殺します。昼食の後って眠くなりますよね。
「あ、あの、月代さん、ちょっといいかな?」
「はい?えっとなんでしょう?」
食後のまったりとしている時に突然声を掛けられました。しかも男子からです。この人は確か・・・三年生の先輩ですね。ちょっと有名な弁護士の親を持持っていて、爽やかそうな雰囲気のそこそこイケメンな容貌をしていて、女子の間では人気のある人です。あまり他人に興味のないわたしですが、ここ最近は色んな情報が勝手に入って来るので噂程度には知っている人です。面識は今初めてですが。
そして、男子からわたしに声を掛ける人はあんまりいません。その理由としてはわたしの周りにいる女子一同からとても、とてもとても冷たい視線の攻撃を浴びせられるからです。ちなみにわたしから声を掛けた場合は嫉妬の炎で熱くなった視線になります。とても男子が可愛そうですね。わたしに関わらないように頑張ってください。
まぁ、そんなわけでわたしに声を掛けてくる男子というのはとても珍しいです。周囲の女子達は相手が人気のイケメンでも容赦なく氷のように冷たい視線で動向を見守っています。目の前にいる今井綾は顔こそ笑っていますが目が笑っていません。雰囲気が一変した様子にさすがの男子の先輩も少したじろいでしまいました。
「あはは。噂には聞いていたけど、これは随分とすごいね」
「申し訳ありません。ちょっとこの子達は過激なので。こういう所はわたしの言葉が届かないのですよね」
「いやいや、大丈夫だよ。それで、ちょっとだけ話がしたいんだけど、良いかな?生徒会長さん?」
最後の一言でなんとなく察しがついたわたしは愛想笑いを浮かべてどうぞと促します。こうして生徒の悩みや意見を聞くことは生徒会の仕事ですからね。
今井綾が一度席を立ってわたしの隣まで移動すると、相談者である男子の先輩に向かい側に座るよう手で示します。彼女も一応生徒会役員ですからね。入学してすぐに生徒会室に来てわたしに役員になりたいと言って来た非常に意欲のある娘です。わたし目当てで押しかけて来たとも言います。
と言っても、彼女はわたしと違って本物の『天才』です。わたしの上位互換ともいえる能力を持っているので、その能力の使い方さえ間違わなければとても優秀なのです。現に今井綾は、わたしの代わりにどんどんと話を進めて、わたしがほとんど言葉をはさむ余裕がないうちに話が纏めてしまいました。わたしを極力男子と話させないようにしているとかそんなことはないと思っています。え、違いますよね?
「私と先輩の時間を邪魔するなんて、どうしてやろうかな・・・」
「心の声が漏れていますよ?あと、怖いですから」
「先輩はああいうのとは下手に会話をしちゃダメですよ?そのために私が傍にいるんですから」
「ごめんなさい。意味がわかりません・・・」
一応言っておきますが、わたしは男子ともめたことなんてありませんし、トラブルにあったことは一度もないです。でも、一年の頃中頃ぐらいから気付いたら宮川先生がわたしの傍に居ることが多くなって、誰かと話す時はわたしの代わりに話をすることが多くなりましたね。今井綾が来てからはその役目は彼女になっていますが。理由はさっぱりですけど。
「・・・先輩が話すと相手に気を持たせちゃうからダメとか言えないよねぇ・・・」
「何をボソボソ言っているのですか?そろそろお昼休憩が終わりますよ?」
なにかボソボソと独り言を言っている今井綾に怪訝な視線を送りながら、彼女が食べていた焼き魚定食のお盆を回収して、返却スペースに置きます。慌てて追いかけてきた彼女がお礼を言ってきましたが、わたしもお魚を少し頂いたのですからおかしいことではありません。最後に厨房で後片付けをしている職員の人達に笑顔を浮かべてお礼を言います。
「お魚、美味しかったですよ。ごちそうさまです」
「ああ!先輩!そういうのがダメなんですよ!!」
後ろで騒いでいる後輩を無視してわたしは早々に食堂を後にしました。今日はここで昼休みを丸々使ってしまいましたね。まぁ、相談があったから仕方ないでしょう。わたしはほぼ対応していませんが。
「いいですか先輩!普段あまり笑顔を見せない人があんな綺麗な笑みを見せたら誰だって気があると思っちゃうでしょう!?だから、社交辞令でもむやみにやたらに笑顔を向けちゃダメですよ?そもそも、先輩が誰にでもそうやって隙を見せるから裏では血で血を洗うような事態に・・・」
「今井さん?よくわからないことを言っていないで授業の方に向かった方が良いですよ。ここは無駄に敷地が広いですからね」
「ぐぬぬ・・・。先輩!お説教の続きは放課後でやりますからね!!」
――なぜわたしが後輩にお説教されないといけないのですか・・・。しかも、内容も意味不明ですし。
今井綾と一旦別れ、午後の授業もつつがなく終わり、放課後は生徒会室に集まります。どうでもいいですが、わたしは入学早々に宮川先生に拉致られて生徒会に入り、その半年後には全校生徒及び教職員からの推薦で生徒会長をやっています。意味不明です。
今更言う必要もありませんが、この学園は非常に癖のある生徒が多数在籍しています。しかも、全校生徒数もそこそこ多いので学園各所にある目安箱から集められた意見書は毎日うんざりするほどの量があります。
「いや~、ホント永久ちゃんが生徒会長になってからは量が激増したよねぇ。これ見るだけで一日終わっちゃうもん」
「まるでわたしのせい、みたいに言うのはやめてください」
風評被害もいいところです。っと副会長をやっている先輩にジト目を向けると、「あはは。ごめんごめん」と謝りました。まぁ、実際、わたしが生徒会に入ったばかりの頃はこんなに沢山の意見書はありませんでしたけどね。増えたのも確かにわたしが生徒会長になってからですけどね。あれ?間違っていませんね。
「で~、聞いて下さいよ千鶴先生~。先輩ってば、また食堂で満面の笑みを見せたんですよ~。無防備すぎですよ~」
「まだ言っていたのですか。あんなの、社交辞令ではないですか」
「月代さん?社交辞令と言いましたが、気持ちは全く込めなかったのですか?」
「いえ、お魚美味しかったので、きちんと心を込めてお礼を言いましたよ」
「それは社交辞令ではないでしょう・・・」
「・・・?」
わたしが首を傾げると、生徒会室にいる全員が頭を抱えて天を仰ぎました。どうでもいいですが、仲が良いですね、貴方達。
「ま、いざとなったら私が先輩をめとりますから安心してください」
「どこに安心要素があるのですか・・・?」
「あら?今井さんの前に私が月代さんを嫁に貰いますから、それは不可能ですよ」
「いや、だから、なんの話をしているのですか?・・・そもそも」
わたしは一度そこで言葉を切って咳払いをします。
「そもそも、あの人らがわたしを手放すことはありませんよ。一生傀儡になるのは決まっていることですから」
わたしの言葉に痛いぐらいの沈黙がおきます。わたしはもう諦めていますし、最後のチャンスに向けて少しずつ動いているのでそんなに気にしていませんが、盛り上がっていた彼女達はそうではないでしょう。わたしはそんな彼ら、彼女達を無視して仕事を進めます。にしても、絶妙に可能性がありそうで不可能な案件ばかり書いてくるのが腹立ちますね。この無駄にいい頭の良さを使って問題の改善に励んだらどうですか。まったく。
沈黙もそんなに長くは続かず、すぐに宮川先生が「ほらほら、仕事しなさい。仕事」といって両手をパンパンやって場を仕切りなおしました。その後はわいわいがやがやと騒がしい生徒会室に戻ります。
生徒会の仕事もひと段落すると、外は夕焼けで真っ赤に染まっていました。もう下校時刻ですね。
「皆さん、お疲れ様です。帰り道も気を付けてくださいね。明日もよろしくお願いします」
わたしが役員達を労うように微笑みを添えて解散の指示を出しました。一人一人がわたしに挨拶をしてから出ていきます。最後に部屋に残ったのは、今井綾と宮川先生だけでした。これも、いつものことです。
わたしは帰り支度を手早く済ませると、生徒会室から出ます。わたしの後に続いて今井綾が、宮川先生も出てきて中は無人になります。わたしは生徒会室の鍵を閉めると、宮川先生に手渡しします。
「お疲れ様です」
「はい。お疲れ様です」
宮川先生に鍵を渡したわたしはそのまま隣に今井綾を連れて学園の外に向かいます。すぐに途中で別れますが、彼女はいつもギリギリまでわたしの傍に居ようとするので何も言わずに放っておきます。
「永久さん」
珍しく、宮川先生がわたしを名前で呼びました。驚いて振り返ると、とても悲しそうな顔で、でも決意を秘めた瞳で宮川先生がわたしを見詰めていました。夕焼けに照らされる赤い校内がどこか現実とは思えない幻想的な印象を与えます。
「なんでしょう?」
「必ず、必ず貴女を救ってみせるから。だから、諦めないで」
宮川先生の言葉にわたしは何も言わずその場から立ち去ります。隣を歩く今井綾は何も言いません。でも、その気持ちだけは何故か伝わってくるような気がします。
でも、彼女達は知らないでしょう。もうすでに、全てが手遅れなことに。もうすでに、わたしの考えたシナリオがその最後に向けてカウントダウンを刻み始めていることに。
もうすでに、彼女達と出会う前から、わたしの、『月代永久』の居場所はこの世界には存在しないのだということに。
そしてわたしは、明日も学園へと通います。わたしを慕う沢山の人達を利用するために。わたしを救おうとしてくれる優しい人達を裏切るために。全ては両親、いえ、家族全員に八つ当たりをするというくだらない理由で。わたしは偶像になるのです。