サイドストーリー とある魔人のお忍び王都旅行
22話でトワが出会ったある魔人さんのお話です。
会っていた時間は少なかったですが、トワにとってはある意味で運命的な出会いでした。
「あらぁ~ここは相変わらず雑多な場所ねぇ~」
思わず声に出してしまった彼女は慌てて周囲を確認するけども、誰も居ないのを確認して安心したように息を吐いた。そして、再び魔法で少し遠方にあるそこそこの大きさの街を観察する。
――この国・・・え~っと、王都だったかしら~?・・・に来たのは数年前ぐらいだったわねぇ~。あれからそんなに変わっていないように見えるわねぇ~。
街並みをある程度確認した彼女は転移魔法で一気に門の手前まで移動した。しかし、門の前で並んでいる商人や冒険者達はその存在に気付く様子はなく、長い行列に文句を言っていたり仲間や知り合いと談笑したりしている。
彼女はその行列を無視するように門の入り口へと歩き始めた。
――人族の中でも人間は短命だけれどとても賢くて、短い時間の中でそれまでの常識をひっくり返すような革新を何度も起こすから見ているだけで飽きないのよねぇ。まぁ、その分、余計な事ばかりするから数千年に一度は滅ぼしちゃってるけどぉ~。
長命である彼女にとって、人間というのは厄介な存在であると同時に興味の対象でもある。何度滅ぼしても短い時間で高水準の技術を生み出し、いくつもの国を造って群れて、そして国同士で争う。短い命でまるで生き急いでいるかのような生き方は彼女には到底理解できないが、娯楽として見る分にはとても面白いのである。
認識阻害の魔法をかけている彼女が、巨大な門の前で門番が目を光らせている中を何食わぬ顔で素通りする。すると、すぐに人が多く出歩いている大通りが目に入った。
彼女は通りを歩きながらあちこちの店を覗き込んで見るけども、どれも以前に来た時と大きく変わり映えのしない物ばかりで興味をそそられる物は一つも無く、残念そうに肩を落としながら大通りを歩いていく。
――たったの数年だものねぇ~いくら人間でもそんなにほいほいと技術革新はしないわよねぇ~。
彼女が前に滅ぼした文明では、十年目を離しただけで大型の飛空艇が出来ていたことがあった。あの時のいきなりの進歩に彼女は興奮のあまり仲の良い仲間にいきなり〈思念伝達〉を使って叫んでしまったことがある。あの時は怒った相手が強制的に彼女を連れ戻して長い時間説教したのだ。その時のことを思い出した彼女は苦笑いをすると同時に首をひねった。
――なんというか~、今回の人間達の文明は~魔術具の技術と魔法の技術の進歩が合わないような気がするのよねぇ~。魔法はかなり心理に近いところまで発展しているのに~魔術具は生活補助と魔法の補助ぐらいにしか使われていないものねぇ~。考えすぎかしらぁ~?
考えながら無意識に歩いていると、いつの間にか王都の北地区から東に移動していて建物の様式に公国の独特なものが混じり始めた。それを見た彼女は数年前に訪れた時のことを思い出してある建物を探し始める。
――そういえば~、以前に来た時に『ロテンブロ』っていうのに入ったことがあったわねぇ~。あれはとても気持ち良かったわぁ~。また入ろうかしらぁ~
フラフラと勘と匂いと記憶を頼りに歩いていると、『春風亭』と看板の出ている建物の前に辿り着いた。以前に来た建物と一緒で外観は周りの建物の様式と合わせてあるが、建具や建物の中は公国風になっている変わった建物だ。
しかし、彼女にとっては些細なことなので何も気にしないで『春風亭』の中に入っていった。そのまま建物の中を匂いを頼りに移動して、無事に露天風呂まで辿り着いた彼女は意気揚々と服を収納魔法で仕舞って湯の中に入っていった。
――ふはぁ~やっぱりロテンブロは良いわねぇ~。前の文明ではこんな開放的なお風呂は無かった気がしたけどぉ~。この解放感は格別だわぁ~。私の領域でも作ろうかしらぁ~?
降りしきる猛吹雪の雪原の中で入るお風呂も良いのではと思い彼女は本気で考えこむが、彼女の眷族達が断固反対しそうなので諦めた。火山に領域のある知り合いの場所に行けば天然の温泉があったはずだからそこに遊びに行けばいいかと思いなおす。
しばらく誰も居ない露天風呂を楽しんでいた彼女だったが、誰かがやってくる気配を感じて出入口に目を向ける。魔力感知の感覚で普通の人間ではないことがすぐに分かったので念のため認識阻害の魔法の効果を強くした。
そして、出入口の扉が開いて入って来たのはまだ幼い少女だった。
少女は辺りを見渡してから満足そう(無表情だが)に頷くと掛け湯で体を清めてから湯船に浸かった。
隠れて見ていた彼女は呆けたように少女の一挙手一投足を見続け、感激したように口元を手で抑えた。
――なんて可愛い子なのぉ~!?
キラキラと輝く白銀色の髪、透き通った宝石のような紅い瞳、日焼けを感じさせない白い肌にまるで作り物のように整った顔立ち、湯煙から覗かせる少女の横顔は見る者を惹きつける不思議な魅力があった。
一瞬、魅了系のスキルでも使っているのかと思うほどに心を奪われた彼女は〈鑑定〉で少女のことを調べてみた。
【名前】トワ
【種族】月兎
【コモンスキル】
〈原初魔法レベル3〉〈危険察知レベル9〉〈気配遮断レベル9〉〈索敵レベル10〉〈俊足レベル10〉〈跳躍レベル10〉〈魔力自動回復レベル2〉〈料理レベル3〉〈舞踊レベル8〉〈槍術レベル7〉〈体術レベル5〉〈体捌きレベル10〉〈投擲レベル3〉〈刀剣レベル2〉
――『月兎』?まさか同類なのかしらぁ~?
魔力量やスキルの熟練度、なによりもまるで人間のような振る舞いからかなり長生きしていて人族の国に溶け込んでいる魔人だと推測出来たが、それほどの力がある魔人の存在などここ数百年聞いたことが無いし、月兎という種族も聞いたことがない種族だ。
――こんなに目立つ容姿をしていたらぁ~、誰かしらの目に止まっていそうなものだけどぉ~。特にフェニとかこういう子好きそうよねぇ~。
「・・・ふぅ~。極楽、というやつですね」
少女が悩まし気に吐息をして静かに呟いた。その言葉は訛りもなくとても流暢で、そして何よりもその透き通った抑揚の無い声はどこか彼女の母性をくすぐられてしまい隠れていたのに思わず応えてしまった。
「そうねぇ~。温泉じゃないのが残念だけどぉ。やっぱりお風呂は良いわよねぇ~」
突然話しかけたからか、誰かいるとは思いもしなかったからか、少女は予想以上に驚いたようで、大きな水しぶきをあげて湯舟から飛び出して警戒するように彼女を見た。もちろん、少女が自分を見えるように認識阻害の魔法は解いてある。
貼り付けたように無表情な顔で宝石のような紅い眼が彼女を捉える。一見すると動揺しているように見えないが、僅かに瞳が揺れているのに彼女は気付いた。
その後、少女と二、三回言葉を交わすと、彼女はすぐ近くに強力な天使の気配を感知した。これだけ強力な天使がこの国に居るとしたら恐らく熾天使だろうと判断した彼女は余計な争いを避ける為に断腸の思いで少女との会話を切り上げてその場から転移する。
「んもぉ~。もっとあの子と話したかったのにぃ~」
王都の郊外まで転移した彼女はいっそのこと誘拐すれば良かったかしらぁ~?と危険なことを考えている彼女に眷族から〈思念伝達〉が来ていることに気付いて魔力を繋いだ。すると、怒ったような魔力の反応が帰って来る。
(主!何処に居るのですか!?魔力の供給を手伝ってください!!)
(あらあらぁ~貴方達だけでも魔力足りるでしょう~?私はもう少し人間の国を・・・)
(そんなことよりも主の領域を管理する方が大事でしょう!?それに、私達だけでは魔力の供給は出来ても地脈の管理は出来ないのですよ。何度も言っているでしょう!?おかげでまた面倒な魔物が出てきて処理に困っているのです!早く戻ってきて・・・)
(あ~!そういえばオロチちゃんと合う約束しているんだったわぁ~。魔物の対処、頑張ってねぇ~)
(えっ!?っちょ!?主!?)
ぶつんと魔力の繋がりを切ると、すぐに眷族から再通信が来たが、彼女はそれを無視してもう一度名残惜しそうに王都を見てからもう一度転移してその場から去っていった。