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サイドストーリー 教会の司教と月兎

10話と18話のトワに言葉と文字を教えたプリシラさん視点のお話になります。


重要そうなお話に見えて、実はあまり重要ではないお話です。



 今日も子供達が起きる前に教会にある女神像にお祈りを捧げます。この教会にある女神像は創造神が眷族、生と死を司る光と闇の女神フレイネルです。女神フレイネルは輪廻転生を行う女神であり、太陽と月を管理して朝と夜を生み出す女神とも言われ、私達の生活の中でもとても身近な神として、小さな教会ではほとんどが女神フレイネルの像を置いています。



――どうか子供達に女神様のご加護を。



 この教会に併設されている孤児院では、生まれて間もなく親に捨てられてしまった子や、両親が何かしらで女神フレイネルの下へ逝ってしまった子を預かり面倒を見ています。冒険者の職に就ける10歳までは施しを与え、10歳になり洗礼式を終えた子供達はここを巣立って頂きます。少し厳しいかもしれませんが、この教会と孤児院を存続させるためには、いつまでも長い間施しを与えるにはお金が無いのです。特に辺境の街であるヘルスガルドでは、孤児院に渡されるお金は他の街と比べてもとても少なく、聖国から定期的に渡される教会の管理費から半分以上を孤児院の運営に回しているほど厳しい状況です。



――いけませんね。女神様の前でこんな世知辛いことを考えていては。



 多少生活は苦しいかもしれませんが、私達はこうして平穏に生きて、暮らしているのです。それだけでも、感謝するべきなのでしょう。私はそう考え、邪念を捨てていつも通りにお祈りに集中します。そんな時でした。



「・・・あ」



 か細い声と同時に何か大きな気配を感じた私は、お祈りを終えてすぐに振り向きます。そこには、とても可愛らしい少女が居ました。ですが、私は本能的に固有スキル『魂魄眼』を使って彼女の正体を見破ります。



――この子は、魔人!?



 魔物が成長し人の形に変異して、人と同じ知能を持った存在。かつては人族と交流を成した魔人が居ましたが、その魔人が暴走し、世界中の人に大きな犠牲が出た歴史から、魔物、特に魔人は最優先の討伐対象として、見つけ次第冒険者ギルドか国に報告が義務付けられています。



――そんな魔人が街に侵入して、よりによってこの教会に来るなんて・・・。



「一体ここにどのようなご用件ですか?」



 言葉が通じるか分かりませんが、いざという時は刺し違えてでも子供達を逃がそう。そう覚悟を決めた私に魔人は小さな可愛らしい口をぱくぱくとして言葉を喋ろうとしては上手くいかずに、身振り手振りで何かを伝えようとアピールしてきました。



 思わぬ行動に加えて、その愛らしい容姿と、何より魂魄眼で改めて彼女の魂を見ると、見たこともないぐらいに純粋で透き通った綺麗な魂をしていることから、私は警戒を解きます。これほど綺麗な魂の子がいきなり襲い掛かってくることはないでしょう。



――言葉が喋れなくて困っているのでしょうね。



 私は必死に伝えようと頑張っている魔人の少女を思わず子供達と同じように頭を撫でてしまいます。白銀の髪がまるで最高級の絹糸のようにさらさらとしていて、とても肌触りの良い髪でした。私は彼女ににこりと笑いかけてから一度孤児院まで戻ります。教会の奥の扉から直接つながっているので、それほど時間はかかりませんが、待たせるわけにはいかないので少し早歩きで移動します。



 孤児院の中はまだ静かで、子供達は眠っているようです。私は子供達の文字の勉強用に買っておいた教材を一式手に取って教会に戻ります。



 私が教会に戻ると、魔人の少女は女神様の像の前でぼんやりと女神様を見上げていました。何故だか分かりませんが、私はその光景を見て、まるで魔人の少女が女神様からの使者なのではないかと感じます。魔人の少女が私の気配に気付いてこちらを向くと、引き込まれそうなほど綺麗な紅い宝石のような瞳と目が合いました。



 私は動揺を隠すように微笑んで、彼女を近くの椅子で手招きして呼ぶと、隣同士で座って一文字一文字丁寧に発音しながら文字と言葉を教えていきます。教会の中に私の声と、少女の透き通った綺麗な声が響きます。



 全ての基本の言葉を一度で完璧に発音した少女に私はとても驚きました。元が魔物であるならば言葉を発するということに慣れていないはずなので、もう少し手こずると思ったのです。ですが、彼女はまるで言葉というものに慣れているような印象を受けました。一緒に合わせて見ていた文字も、その意味を理解している素振りがあります。もしかしたら、既にどの言葉がどの文字なのか理解している可能性もあります。



 私が驚いていると、いつの間にか結構な時間が経っていたようで、孤児院の子供達が起きてきて教会までやってきました。一緒に居る少女のことが気になっているようですが、それよりも朝ご飯が食べたいようですね。まだ魔力の少ないこの子達では、料理をするのも大変です。



――でも、そろそろ年長者には必要な生活魔法を教えて、マスターしてもらわないといけませんね。



 今でも最低限のは扱えますが、今後生きていくためにはもっと多くの生活魔法を覚えることが必要不可欠です。私が子供達と共に孤児院に戻ろうとすると、教会の椅子でぼんやりと座っている少女と目が合いました。彼女には必要ないかもしれませんが、人との関わりを嫌っているわけでは無さそうなので、彼女も誘いましょうか。私が彼女を笑顔で手招きすると、表情は変わりませんが、のんびりと後を追いかけてきました。



 どうやら、魔人の少女はフェイに気に入られてしまったようで、食事中も話しかけられていましたが特に気分を害する様子もなく、相手をしてくれています。その様子を見て、見知らぬ子に緊張していた他の子達も緊張がほぐれたようで、いつもと変わらない賑やかさが食卓に戻りました。



 本来ならば、食事中は静かに厳かに頂くのが教会の教えではありますが、この孤児院では子供達に伸び伸びと過ごして欲しいと思い、特に注意はしません。子供達はシスターではありませんからね。ですが、私は司教という立場にあるので、食事中は滅多なことでは会話はしないようにしています。



 食事を終えて食器の片付けをすると、子供達はそれぞれ思い思いに行動を始めました。フェイは少女と遊びたそうにして誘っていましたが、少女は首をぶんぶんと横に振って拒否しています。フェイは悲しそうな顔をしますが無理やり連れていくようなことはしないで他の子達のところに走っていきます。少女はどこか安心したようにほっと息を吐きました。



 子供達がそれぞれ遊びに行っている間、私は再び少女に言葉を教えることにします。驚いたことに教えたことはほぼ一度でどんどんと吸収して覚えいき、基本文字を全て覚えるどころか、短時間で教育用に用意していた絵本がすらすらと読めるまでになりました。魔人という種がそれだけ優れているのか、彼女が特殊なのかは分かりませんが、今日の朝出会った時は言葉も出なかった彼女が、今では私と違和感なく会話が出来ます。とても不思議ですが、会話というものに慣れている感じがします。



「・・・帰ります。今日はありがとうございました。・・・また来ますね」



「え?」



 もうそろそろ夕食の時間も近くなってきた頃、突然そう言った少女は席を立ってすたすたと迷いなく孤児院の部屋から教会に出ていきました。私は慌てて後を追いましたが、既にその姿は何処にも見当たらず、念のために正面扉から外を確認してみましたが、まるで夢幻であったかのようにその姿は消えてしまいました。



 その次の日、本当に彼女は宣言通りにやってきました。文字や言葉を覚えるために通っていると言い、「・・・そう言えば名乗っていませんでしたね」と名前も教えて頂きました。彼女の名前はトワというそうです。トワさんはどうやら子供達に懐かれてしまったようで、気付けばトワさんに教えている筈の文字と言葉の勉強を、フェイを筆頭に段々と子供達が集まってきて練習するようになりました。



――私が試行錯誤しても中々勉強に手が付かなかった子供達が、こんなにも真剣に勉強するようになるなんて・・・



 文字が読めて、書けるようになる。たったこれだけでも子供達の価値は大きく上がります。冒険者ならば、自分で依頼を見て選べるというのは大きなメリットになりますし、文字が書ければ代筆という仕事も出来ます。文字の読み書きから更に計算を学ばせることまで出来れば、きっとこの子供達はここから出ていっても賢く生きることが出来るでしょう。文字の読み書きの息抜きにいくつか計算問題を出してみたところ、トワさんは私が教える必要がないくらい完璧に解いてみせました。改めて、彼女のスペックの高さに驚かされます。



 あっという間に一週間が経ち、トワさんが私に話したいことがあると、夜に教会の礼拝堂に来るように言いました。ついにこの日が来てしまいましたか、恐らく、私がトワさんの正体を見抜いていることにトワさんは気が付いているのでしょう。口封じに殺される覚悟で、私は子供達が寝静まった夜に礼拝堂に出向き、女神フレイネルの像に祈りを捧げます。



 少しすると、教会の入り口が静かに開き、足音が近付いてきます。



「・・・来ましたよ」



「来ましたか」



 祈りの体勢からまっすぐ立ち上がって振り向くと、白銀の髪の少女が影に隠れても尚綺麗な顔で私を見詰めています。



「・・・プリシラさんは、わたしが人間では無いと気付いていますね?」



「えぇ。初めて会った時から気付いていましたよ」



「・・・何故気付けたのですか?今後の参考に知りたいです」



 対策を練る為にも原因を知ることは大切ですからね。やはり、賢い子です。私は隠す必要もないと思い、正直に話すことにします。



「私の場合は少し特殊でして、魂魄眼という固有スキルを持っていますので、参考にはなりませんよ。私の魔眼は、あらゆる生命の魂を視ることが出来ます。どの生命にも魂の形があり、種族毎にある程度特徴はありますが、一人一人が違う魂の形をしているのですよ」



 私が説明を終えると、トワさんが無表情のまま、こてんと首を傾げました。表情は変わりませんが、なんだか困惑しているような、そんな雰囲気を感じます。



「・・・あの、プリシラさん?・・・スキルってなんでしょうか?」



――えっ?



 思わず声に出そうでした。てっきりスキルの概念はご存じだと思っていましたが知らなかったのでしょうか?



 私はどうやら何か勘違いしているのではないかと想い、頬に手を当てて考えます。しばらく考えていましたが、答えが出てくるはずもないので、トワさんに質問をしてみることにしました。



「トワさんは魔人ですよね?スキルという概念は知っていても、人間達の言葉がわからないということでしょうか?」



「・・・まじんってなんでしょう?」



 本当に知らないという風に、トワさんはを無垢な瞳で見詰めてきました。その瞳を見ていたら最初の時の覚悟など吹っ飛んでしまい、私は苦笑しながら席に座るよう促します。



 魔人とスキルの長い話を終えると、トワさんはやはり賢いからか、自分の存在がいかに人族の世界では危険視されているかを理解していて、見付かった場合どうなるのかも解っているようです。



 一通りの話が終わり、私の考えていたことが完全に勘違いだったことも分かると、トワさんは夜に私を呼び出した本当の目的を教えてくれました。



「・・・わたしは正体がバレているか確認したかったのと、そろそろお別れのご挨拶をしようと思っていただけなのですが」



「お別れのご挨拶・・・ですか?」



「・・・本来の予定だった言葉と文字を覚えるのは達成しましたので、そろそろ次の場所にいこうかと思いまして」



「次の場所・・・?どちらへ向かうのですか?」



「・・・とりあえずは冒険者になる予定です。あちこち自由に移動出来そうですし、わたしでも楽にお金を稼げますし」



「冒険者は決して楽な仕事ではないのですが・・・トワさんが魔人だというのを考えると、自由に動ける身分は確かに都合が良いですね。もちろん、危険も多いですが」



 やはり、これからのこともきちんと考えているのですね。さすがというか何というか、彼女が実は普通の人間だったとしても何の違和感も無いでしょう。むしろ、普通の人間よりも賢いかもしれません。



「・・・まあ、誤解も解けたようですし、改めてお別れの挨拶とお礼を言いますか」



「あら?お別れなんて寂しいですね。まだこの街にいるのでしょう?困ったことがあったらいつでも来てください。お話くらいしか出来ませんが」



 寂しいというのも本当ですが、彼女がこの一週間で私達にもたらしてくれたものは、実はとても大きいのです。文字の読み書きを子供達が積極に勉強ようになったおかげで、今後も孤児院の中で勉強を教える時間を作ることが出来るようになりました。それに、トワさんは休憩時間にこっそりと食料倉庫に食料を足してくれたり、古くなった布類を直したり、ボロボロだった教会の特に酷かったところを修理していたのを知っています。私にバレないようにしていたようですが、魂魄眼でずっと彼女を見ていた私にはバレバレでした。



「・・・では、お礼だけで。・・・プリシラさん。短い間でしたが、色々とお世話になりました。本当にありがとうございます」



 気付くとトワさんは女神フレイネルの像の前に立っていました。ちょうど真後ろにある大きなガラスから差し込む月明かりが、トワさんと女神様と照らしています。心なしかトワさんの白銀の髪が月明かりに照らされてキラキラと輝いているような錯覚が見えます。いえ、錯覚ではなく、本当に輝いていました。



 「・・・トワさん。もしよろしければ、本来の姿を見せていただいても良いですか?」



 ついそんなお願いを声に出してしまいます。完全に無意識だった私は焦ってしまいましたが、トワさんは特に気にもしないで了承してくれました。



「・・・では、最後にわたしの本当の姿になってお暇しましょうか。それではまたいずれ、お会いしましょう」



 そう言い残すと、トワさんは一瞬でその姿を消しました。彼女の居た場所には一匹の小さな白銀のうさぎが私を見上げていました。そのうさぎは小さく会釈をすると静かに教会から出ていきました。私は呆然としてその様子を見送ります。



――たしか、女神フレイネルが管理する月を守護している眷族は月兎という名前のうさぎだったはず・・・



 かなり古い聖典な上、私も一度しか目を通したことがないのでところどころあやふやですが、女神フレイネルが生み出した月の光はとても神聖で強力な力を秘めていて、その力を求めた悪しき存在から月を守るために生み出した眷族が月兎だったはずです。その後、月兎は度重なる悪しき存在からの猛攻を退けた功績から、女神フレイネルの子として月の女神の称号を与えられる存在です。


――たまたま彼女がうさぎの魔人で、たまたまここに女神フレイネルの像があっただけかもしれませんが。



 それでも、私の中では既にトワさんの存在は月の女神様であると確信を持ちました。私は再び女神フレイネルの像の前で跪いて祈りを捧げます。



――女神フレイネルよ。どうか、あの小さな月の女神が平穏に暮らせるように見守ってあげて下さいませ。



 それからすぐに、冒険者ギルドに可愛らしい女の子がやってきたという噂が私の耳に入り、さらにそれからしばらくして、この街を出るという彼女が私に挨拶に来てくれました。



 彼女は教会にやってきたかと思うと、子供達のためにいろいろな物を作っていきました。以前の隠れてこそこそとしていた時とは違って、隠す必要が無くなったからか、結構派手に魔法を使っていて子供達も喜んでいます。さらに、大量の食糧や薬草を収納魔法から取り出して倉庫に入れていきます。



 そして、彼女とのお別れの時があっという間に訪れます。



「・・・縁があればまた会うこともあるでしょう。お元気で」



「トワさんこそ、大変な身の上なのですから、くれぐれもご自愛ください」



 最後に子うさぎの姿になって夜の闇に消えていく彼女を見送りながら、私は両手を組んで祈りました。



「どうかあの子の未来に、幸多からんことを」



 私は数多のここを出ていった子供達と同じ言葉を送りました。たとえ、本当に彼女が女神だったのだとしても、孤児院で子供達と一緒に過ごした家族であることに変わりはありません。



 振り返って女神様の像を見上げると、変わらず微笑む女神フレイネルとその後ろに浮かぶ大きな月が見え、教会内をやさしい月の光で照らしていました。




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