サイドストーリー 偶像少女と魔物の殲滅
悪魔王戦の時の月の領域での一幕となります。ここでの主人公はトワの分身体であり、前世の記憶を全て継承している永久になります。
いろいろと詰めの甘いトワと、過剰なくらい苛烈な永久との差が描かれています。
もしもトワがきちんと永久としての記憶と自我があった場合、一体どのような物語になっていたのでしょうね?そんなIFもどこかの世界線にあるかもしれません。
トワの使った魔法により、外の世界とは隔絶している筈の『月の領域』にも変化が起きていました。常に空に浮かんでいた月がその姿を消し、領域内は普段よりもより薄暗い状態です。
わたしはペガサスのリーダーであるベガ…なぜ名前からとっているのにこの人だけ少し違うのでしょう?ベスでも良いと思うのですが。ベスだと女性になるからでしょうか?…が淹れてくれた紅茶をテーブルに座ってこくりと飲みます。聖獣として人から離れた生活をしているにしては、やたらと紅茶淹れるのが上手いのですよね。ベガって何者なのでしょう?
――あの子、わりとすんなりと聖獣を受け入れていましたが、申し少し相手を見極めてから懐に置いて欲しいものです。警戒心が薄いのでしょうか?自分のことなのにわかりませんね。
なんて、あちこちに思考を飛ばしながら、トワの現状もしっかりと見ておきます。紅茶をこくりと。はい。結構なお手前です。これは茶道でしたか。
「それにしても、暇ですね。まぁ、仕事が無いに越したことはありませんが」
「我が主は今どのような状況で御座いますか?」
「心配なんて野暮ですよ。今宵の夜にトワに敵う敵なんて・・・ちょこっとくらいは居るかもしれませんね」
同じ神獣のウロボロスさんとかが敵になったらどうなるか分かりませんが。少なくとも、龍でも出張って来ない限りは大丈夫でしょう。
わたしの答えにベガがなんとも言えないような顔をしているので、愛想笑いで誤魔化します。しかし、人の姿のベガは執事服の似合う顔の整ったおじさんという感じですね。普段は滅多に見れないのが残念です。聖獣は人の姿には滅多なことではならないらしいですからね。実に勿体ないです。
(トワ様!北にゲートが出来たそうです!すぐに魔物が領域にやってくると連絡が来ました!)
額に角の付いたうさぎ型の聖獣アルジミラージのリーダー、ミラーがお茶をしているわたしのもとにやって来てそう報告をします。そういえば、ミラーの人の姿とか見たことがないですね。見る機会があると良いのですが。
それは兎も角、魔物の群れですか。やれやれ、予想が当たってしまったようですね。
「動物達と戦闘力の少ない聖獣は教会で集まって待機。戦える聖獣は教会の守りをお願いします。ああ、ベガとミラーは念のためにここの守りをしてくださいね。敵がやってくることは無いと思いますが」
今回は以前のような結界が無いので、魔物が領域全体を覆うような襲いかたはしないでしょう。その代わりに、一点に集中して魔物の群れが襲ってくる筈です。
本来ならば、戦力を集中させて防衛戦を張るのがセオリーですが。ここにはわたし・・・つまりは最強の魔物たる神獣が居るのです。どれだけの下等な魔物が束になろうとも、一体とて後ろに通すつもりはありません。
まぁ、それでも、万が一討ち漏らした魔物がいた場合の処理と、後はわたしの攻撃に巻き込まれないように聖獣達には後ろに下がっていてもらうことになっています。
(トワ様、本当にお一人で戦うのですか?)
「わたしは分身体なので死んでも問題無いですし、貴方達に怪我でもさせたらわたしが怒られますからね。素直に下がっていてください」
不安そうな顔で見上げるミラーの頭を撫でて微笑みかけ、最後にベガと視線を合わせて頷きます。ベガもペガサスの姿に戻って頭を垂れました。さて、行きますか。
一人で暗闇・・・厳密にいうと魔力の粒子と足元に月光草とやらがあるので仄かに明かりはあります・・・の森を歩き、月の領域の北側のちょうど真ん中辺りで足を止めました。手ぶらなのもあれですし、武器でも持ちますか。
わたしと本体・・・トワとの違いの一つに、彼女が体で取り込んだ武具や素材は使えないというのがあります。体の本体はあちらですからね。ですが、収納魔法に関しては同一存在なので同じ収納の空間に干渉出来るため、中に入っているものを自由に取り出せます。収納を漁っているとちょうど良いものを発見したので使わせてもらいましょう。
今回わたしが武器として選んだものは、オリハルコンの塊を整形して作ったオリハルコンの棒です。ええ、ただの棒です。オリハルコン製の鉄パイプっぽい見た目です。・・・この棒、なんのために作ったのでしょうね?
棒の存在理由は兎も角、トワは槍のスキルを持っているからと槍を良く使っていましたが、わたしが地球で習っていた武術は棒術です。まぁ、たしかにその派生で薙刀術もやっていましたけどね。なぜそこが槍術になったのかは謎ですね。
棒の長さは2メートル。純オリハルコン製なので虹色に輝いています。ちなみに棒を振ると虹色の粒子が軌跡に残ります。ファンタジーですね。それにオリハルコン製だからか、とても軽いですね。これでは重撃の効果が薄いではないですか。なんてことでしょう。アダマンタイト製にするべきでしたか。
「お、やってきましたね」
今からアダマンタイト製にするのも面倒ですし、これでいきましょうか。
先手にやってきたのは足の速い小型の魔物で、犬系・・・いえ、狼系の魔物のようです。わたしを取り囲んで一斉に襲い掛かって来たので、まずは正面の敵を棒の先で掬い上げるようにして打ち上げようと・・・あれ?そのまますっぱりと狼が両断されてました。
なるほど。オリハルコンの棒で相手を叩こうとすると、切れてしまうのですね。棒術なんて技術必要ないではありませんか。薙刀術に切り替えましょう。
作戦を変更して、体をくるりと回転させて棒で切り払うことにしました。棒で切り払うって斬新ですね。
体を綺麗に回転させるコツは体の軸をずらさないようにすることです。舞踊の先生にとても注意されましたからね。今のわたしにはスキルなるものもありますし、それはもう綺麗に円を描くことに成功しました。跳び掛かってきた魔物達が空中で崩れ落ちるのを見て死亡を確認します。
それからすぐに〈精密索敵〉で前方の魔物の反応を探ると、げんなりするほどの数を感知しました。よくこんなに魔物が居ましたね。前回も相当な数でしたのに。
「まあなんにせよ。トワの居場所を害しようとするならば、容赦しません。残さず駆逐してあげますよ」
しかし、数が多いのがネックですね。ここはファンタジー世界らしく魔法で一掃しましょう。そうですね、ちょうど良さそうなの知識が、妹の輪音が話していた中にもいくつかあります。
輪音の無駄な会話がまさかこんなところで役に立つとは思いませんでしたが、今は活用させて頂きます。数ある無駄な知識の中でわたしが選んだのはマイクロ波による加熱攻撃でした。電子レンジで有名ですね。わたしに電子レンジの原理とか話してどうしたかったのでしょうね?あれを(貼り付けた)笑顔で聞いていたわたしは凄いと思います。
さて、簡単に説明すると(正確には簡単にしか理解していないだけです)、マイクロ波というもので周囲の分子を振動させて熱を発生させます。例えば、電子レンジではマイクロ波を発して温めたいものの水分を振動させて温めているのです。
そして、生き物にはほぼ必ずと言っていいほど『水分』があります。人間を基準にすると体の構成にある水分は体重のおおよそ6割ほどです。これを温められた場合どうなるのか?
単純に体温が上がるとかそういうのではもちろんありません。水というのは温度が上がると膨張します。体の構成の6割の水分が突如一斉に膨張するということはつまり・・・
わたしが強力なマイクロ波を発する魔法をアホみたいにある魔力の結構な量を使って前方扇状を対象に使用すると、魔物達がポンポンと破裂していきました。
文字にすると大したことありませんが、実際に生き物の体が膨らんで破裂する様はトラウマもののグロ映像です。今日はもう食事する気が起きなくなりそうですね。
そして、木や植物といったものも爆発したり炎上したりしました。阿鼻叫喚、地獄絵図というものはこういう状況をいうのですね。
「ちょっとやりすぎましたか?まあ、直すのはトワですし、別に良いですよね」
良い訳無いでしょう。という思念が帰ってきますが、無視です。わたしは敵に手加減などする気はありません。彼女はせっかくの知識を使いこなせていないのですよね。厳密には、無意識にセーブしているのでしょうね。甘いというかなんというか。わたしが地球での自分の記憶を失ったらあんなに子供っぽくなって甘い性格になるのかと思うと驚きです。
「わたしに優しさなど期待しないでくださいね?見ず知らずの他人など、その辺の石ころほどの興味もありません」
今のわたしには、トワの居場所を守るためならば神をも殺す覚悟があります。いくつもの居場所を壊されたわたしが、トワに同じ思いをさせないために。なによりも、わたし自身が、あのような思いをしたくありませんので。全力でやらせて頂きます。
魔物の群れの第二波がやってきました。ゲートを壊さなければ終わりが無さそうですね。さっさと壊しにいきましょうか。
再びマイクロ波を放射する魔法・・・名前はマイクロ波電子砲にしましょうか。そのまんまですね。名付けは苦手なのですよ・・・を領域から更に外の聖樹の森の前回ゲートがあったという辺りまでを射程にして放ちました。領域だけではなく、外の被害もかなり甚大になるでしょうが、直すのは本体なので問題ありません。
文字通り、魔物(となにやら人工魔人なるものが混じっていたような気がします)が風船のように膨らんで爆発四散していきます。あちこちに火の手があがり、薄暗かった森がとても明るくなりました。最初からこれぐらいやってしまえば手っ取り早く終わるというのに。ま、確かに破壊した自然を修復するのには骨が折りますが。
殲滅したかどうかの確認のために領域の外に出てみると、外の森も悲惨な状態でした。さすがに火事になりそうなところは消火しておきます。山火事になったら面倒ですからね。しかし、あの聖樹フローディアとかいう堅い木に火の手が上がっていますね。なんて凄まじい威力だったのでしょう。反省もしませんし後悔もしませんが。
――魔物もゲートらしきものも無さそうですね。
しばらく索敵しながら歩きましたが、それっぽい反応はありませんでした。被害は森の一角が更地になった程度でしょうか。・・・あの子からの非難の声がうるさいので外側の一部を修復しておきましょう。領域内より面倒な場所の修復をするのですから、これで文句は無いでしょう。
魔力を半分以上消費してなんとか外の環境を修復して領域に帰ってきました。やれやれ。・・・おや?本体が悪魔王とやらとちょうど戦っていますね。・・・なんというか、悪魔王という大層な名前のくせに小物ですね。本当に王なのでしょうか?まぁ、悪魔の王って結構居ますし、こんなものなのでしょう。
〈思念伝達〉で聖獣達に戦闘が終わったことを伝えてから、中央広場に戻ります。
中央広場に戻ると、ミラーがとても青ざめ・・・ているかは分かりませんが、なんだかそわそわした様子でわたしに話し掛けてきました。
(あの、物凄い音がしたのですが?何をやったのですか?)
「ああ、ちょっと北側は更地になっていますので、本体が修復するまでは立ち入らないようにしてください。あと、ゲートの破壊もしたので大丈夫だと思いますが、念のために今の警戒を維持してください」
(あ、はい。わかりました。・・・え?更地?)
「敵の殲滅は手っ取り早く終わりましたが、外側の修復に魔力を結構使ってしまいました。わたしは休みますね」
収納魔法からテーブルとイス、それに団子を出して食べます。さて、後は彼女の勇姿を見守るとしますか。・・・なんですか?一人でお月見してずるいですか?そんなことを念で送っている暇があるなら、戦闘に集中してさっさと悪魔王を倒してください。
こうして、トワの最終戦時に起きた月の領域の防衛は、わたしの魔法で環境に大きな被害を出しつつも無事に終わりました。尚、帰ってきたトワに小一時間ほどの説教を受け、マイクロ波電子砲の使用を禁止されました。いざという時のために、自分でも使えるようになったほうが良いと思うのですがね。同じ存在のはずなのに何故こうも思考回路が違うのか。やはり、生活環境というのは人格に大きな変化をもたらすのですね。
でもきっと、そんな色々と甘いトワだからこそこれだけの人達に慕われているのでしょう。この世界に転生した時に永久という記憶が無かったことに感謝をしておくべきなのかもしれませんね。そんなわたしの気持ちが伝わらないようにしながら、うさぎ姿のトワのお説教を聞き流すのでした。




