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RAINBOWING SKY  作者: 暁 夕陽
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第四話 “見かけによらず”

 6講は人で溢れ返っていた。先生方の目から逃れようとするためか、後ろの席はほとんど埋まっているが、リューク達は前から3番目のところに座っている。これから行われるであろう講義などお構いなしに、女の子のおしゃべりや男集団でのバカ話があちらこちらに飛び交う。ちなみに、ついさっきまでは「ぶっとんだ初対面」をした編入生の周りで大騒ぎしていた。

「ってかさ」

「ん?」

 リュークの左隣に座るラルフが、さっそく馴れ馴れしくする。浸透の速さは誰にも真似できまい。

「今日の講義って何があるんだ? 俺、予定表とか何も、もらってないからわからないんだけど」

「大丈夫、今日はほとんど休みに等しいようなものしかないよ。レナ先生の2年次ガイダンスとアルラウス先生の闇魔法学だけだから」

 さらに左隣に座るクレアが予定表を彼に見せ、今日の日付のところを指で指し示した。

「確かに、休み明けなのに楽だね。でも、どっちも寝れない教科か…まいったな、睡眠不足なんだ」

 リュークの発言に、彼女が顔を向けて反応する。

「何かあったの?」

「なんでもない。個人的なこと」

「ふーん、さてはこれか?」

 ラルフは小指だけを出し、みせびらかすように示した。バカ、とあきれ顔でため息が返ってくる。

「俺にそんな縁があってどうするんだよ。自分で言うのもなんだけど、日常での恋愛歴はほぼゼロなんだ」

「ムッツリな奴だな。カタいぜ、そういうの」

 でも、あやしい。比較的そばにいるクレアちゃんはあいづちを打って何も関係がないようなそぶりを見せてるけど、この2人がただの友達なんてことは考えにくいし、もしかしたら俺の知らない何かを…。

「はいはい、そこのコンビと約1名!もう講義を始めるわよ」

「わっ!?」

 急に元気な女性の声がしたので、3人はびっくりして黒板の方を見る。いつの間にか、ポニーテールの水色の髪をした、このサンクチュラスではかなり若い方の先生が腕を組んで立っていた。

「コ、コンビって俺とリュークですか?」

「いや、あんたじゃなくてクレアの方」

「えっ、ならカップルじゃなくて?」

「いいの、あたしが認めていないんだから」

「意味分からん…ってひどくね?」

 さすがのラルフも、彼女の勢いにはあきれ顔だ。

「えーと、まずそこのアンタにいろいろ言わなくちゃだめね」

 さっそく目をつけられたか? ラルフは少し探りを入れてみた。

「俺、何か変なことしました?」

「違う!あたしのこと何も知らないでしょ」

リュークは手をあげて少し訂正。

「いや、名前だけは教えました」

「バカ、そんなふうに横やりを入れないの! えーと…、あたしは、理魔法学・火分野主任のレナ=エリアーネといいます。一応この学年の担当もつとめてるから、何か相談事があったら来なさい」

 ラルフは、この先生に少し違和感を覚えていた。最高の学術機関、しかもそこの主任といえば、研究が命で講義は自らの自慢話。研究生と接することもない孤高の存在だと人づてに聞いていた。

 それが、カタい頭を刺激してやろうと思いきやこんなに物腰が柔らかいとは拍子抜けしてしまう。いや、それでもやってみるか。

「じゃあ、早速いいですか」

「何? 講義内容のことかしら、あと…」

「いいえ」

 あまりにも真面目な顔になって、彼女の手を見ながら尋ねる。

「先生って、何歳ですか?」

来た。リュークは思わずニヤリとする。コイツ、意外にツボがわかっているな。

「永遠の18歳ですよね? 先生」

「当たり前じゃない! あたしはいつまでも若いままだしねー! あははっ」

 と、笑顔なのだが、目では完全にリュークを威嚇している。

(リューク、まさか禁断のネタを教えたんじゃないでしょうね!?)

 当然、彼は全否定である。

(いえ、彼の『センス』です)

 センス…。コイツもまた、2人同様手が焼けるかもしれないわね。

「じゃあ、タメ語でもいいってことですよね」

 サラリと、ラルフは本当はあるまじきことを発言した。一方レナの表情は180度回転、本気でツッコんだ。

「空気読まんか!あんたねえ、いくらあたしが他の主任の先生と違って若くて融通の聞く先生だからいってそこらへんで寝てたら、燃えるチョークで直撃させるからね」

「大丈夫ですよ、レナ先生。こいつ、頭がいいからそうさせない手段持ってますから」

「るっさい!リューク、今日からあんたをラルフの監視係に任命するから。当然、何かやらかしたら連帯責任ね」

 なんだか、最初からそう決めていたような言い方である。下手したら、入学前から彼の悪名は主任の先生方に知れ渡っていたのかもしれない。

 やれやれと、リュークが観念したのを見て、レナは勝ち誇ったようにうなずくと講義室全体に大声を張り上げた。

「はい、注目! みんなおはよう!!」

『おはようございまーす!』

 ここが本当にあの有名な最高魔法学術機関のサンクチュラスとは思えないほどの声が響き渡る。もう俺たちはほぼ大人なのに、未だ子供扱いか? 思わず、ラルフは耳をふさいだ。少し声が静まって、レナは話を切り出す。

「さあ、今日から第二年次だけど、ちゃんと生活リズムを崩さずに休暇は取ってた? 去年と違って今日から新しい講義が始まるわけだけど…」

 ここから、長ったらしい説明が始まった。単位の習得条件や、その学年特有の講義、そして研究棟への立ち入りなど、3人にとっては興味があるものもあれば聞くだけ損をするものもある。

 そういえば。

「どうしてクレアちゃん、さっきの会話に参加しなかったんだ? すごく影が薄くて存在を忘れかけていたんだけどさ」

 ラルフは大声を張り上げているレナにばれないよう、彼女を含む2人に小声で話しかけた。回答は、いかにも性格を反映したものだ。

「えっ、まあ、私が話に入れる余地がなかったから」

「口出しするのが嫌いなの? それともボケとツッコミの構図がわからないとか」

「違うよ。クレアは、『立ち位置』がわかっているんだ」

 リュークが、補足ながら的を得た言い方をする。ラルフは妙に納得していた。

「ああ、これも剣士がなせる技ってことか」

「お前、本気で言ってるのか? それ」

「でも、それはよく言われるんだよね。私、聞く方が好きだから」

「ほら、クレアちゃんも言ってるし」

「都合のいいように解釈できるお前がうらやましいな…」

 比較的3人とも寝ることなく、講義も終わりに近づいた頃、ラルフがレナのことについてリュークに話しかけてきた。

「なあ、本当にレナ先生って一番若いのか? 20代にしか見えないけど、なんで主任をやってるんだよ」

「さあな。それに、主任として拝命されたのは去年、つまり俺の入学と同時期だ。誰もあの人についてはあんまり知らないんだ」

 何も知らない? それは変だな、普通は教員となって下積みの後に主任だって親父から聞いたけど…。ラルフはもう少し彼を揺さぶってみることにした。

「でも、お前は何か知ってるだろ?ほら、クレアちゃんもさ。一年間、俺より長くいるんだし」

「知ってること? 私、本当に知らないもの。先生が『型破り』なのはみんな分かっていると思うけど」

「だから、なんで型破りなのかその理由を…」

 その時、何か熱いものがラルフの頬をかすめる。ハッとして黒板を見た瞬間、炎をあげたチョークを数本持って恨めしそうににらみつけるレナと目が合ってしまった。

「こら、しょっぱなからこれを投げられるようなおしゃべりをしないの! ラルフ、あんた講義の難しさを知らないでしょ」

「大丈夫です! いざとなったらリューを頼りますから」

「他力本願するなーっ!!」

 この後、勢いの増した炎のチョークを何本も投げられたことは言うまでもない。シオンをはじめとする同級生もあきれ顔だ。

「リューちゃん、今年の留年者決定じゃね?」

「決めつけるには早すぎだし、編入生が落ちるって聞いたことが無いぞ…。」

 大騒ぎするレナとラルフを尻目に、後ろの長机に座っていた彼はリュークにささやいている。

「ひでぇ…。ありゃ懲戒免職をくらってもいいくらいのいじめだろ」

「お前も、らしくない大人の言葉を使うんだな。それに、顔笑ってたぞ」

「ちぇっ、ばれてたか」

 休み時間、3人はさっきの終了間際の出来事で少し話をしていた。肝心のレナ先生の謎については結局わからない。なんだか、見えてきそうで見えてこないのだ。ラルフはほかの人に聞こうと周りを見渡した。ボーっとして、自分の方を見ている青年が目に留まる。

「あいつに聞いてみてもいい?」

「ああ、いいけど…レオンのやつ、人見知りが激しいからな。おーい、こっちこいよ」

 リュークが手招きをすると、金髪で結構小柄なレオンは言葉で返すことなく体で反応してうなずき、3人のそばにきた。

「レオンってのか、お前」

 やはり彼は言葉を使わずに、ただ首を縦に振るだけである。ふーん、不思議な奴もいるんだな。

「レナ先生のこと何か知ってるのか?」

「…(首を横に振る)」

「なんだ、そうか…、ってしゃべれないのかよ。口を動かさないところをみると」

「…(今度は手と一緒に首を横に振る)」

「わ、わからねえなこいつも」

「まあ、レオンと初めて会うときはこんなもんだからな。おっと、アルラウス先生が来た」

 誰? とリュークがドアの入り口をみると、全身黒ずくめで偶然なのか髪の色の真黒な先生が、フードを着たまま入ってきた。表情は怖くないものの、目を合わせたらそれだけで殺されそうな気がする。

「えーと、あれが…」

「闇魔法主任のアルラウス=ネヴァ先生。あの人の講義で騒いだり寝たりしたら本気で死ぬ目にあうぞ」

「お前、食らったことあるのか?」

「いや、時々他の奴らが先生の餌食になったところを見た程度だな」

「でも、教育は大変熱心で七大魔術士の中でも筆頭なんだって。私も、最初のころはお世話になったの」

 と、3人がいろいろと話しているところでアルラウスが顔を向けたので、あわてて口を閉じる。別に気にすることなく、静かに言葉を並べ始めた。

「講義を始めるから、教科書を開け。新年度が始まったからといって気を抜く人間がいるが、俺は全く逆だからな。少しでも聴かないような奴がいたら、即刻罰を食らわせる」

 サディストかどうか知らないが、大人とは思えないような元気さを持つレナとは対照的だ。やっと、ラルフの抱いていたイメージ像と一致するような気がした。

 しかし、いつまでたっても誰も皆おしゃべりをすることなく、拷問のようにしーんとなっている。そのせいで、暇つぶしに2人に話しかけられないし、それに…。

(うわっ、全然内容がわからねぇ…)

 ラルフははっきり言って幻想魔法の力「のみ」で合格したようなものだ、第一学年で習うような魔法類など覚えているはずがなく、結局それを上乗せした講義もさっぱりなのである。闇は光から生まれず、光は闇から生まれるなんて、初耳だ。

 ただ、周りをちらりと見渡してみると、顔をあげるのがやっとでノートにただ黒板を書き写して理解しない同級生が相当いたような気がした。大丈夫、仲間外れにはなっていないなと隣のリュークのも確認した時だった。

 信じがたいものを目にした。

(!? アイツ、一体何を書いてるんだ)

 それは達筆ゆえに字が読みにくいというのもあったが、さらに目を疑わざるを得なかったのはページにびっしりと書き込まれたその量である。ひとつ先生が説明するごとに、それを的確に、要領よく整理していく様はラルフが筆記用具を思わず落としてしまうくらいのものだった。

 今まで見て来た時と違う雰囲気に、妙に身震いをした。

 結局、あの光景を見て眠気も吹っ飛び、黒板に書かれたことだけを写したラルフは、クレアやシオンたちと話しているリュークを少し遠くから見ていた。講義が終わった後も、アルラウスは学生の質問にとどまっている。日の光はちょうど高いところから照らされているものの、なぜか十分に入り込むことはない。

 やはり…彼は本当の魔法バカなんだろうか。いたずらで幻想魔法一つ使っても目の色を変えて俺を叩きつけたし、さっきだって1コマの分量にそぐわないページ数を消費してみたり。でも、なんだか気持ち悪いような気はしないんだよな。逆に、人を引きつけるような「何か」をアイツは持っていそうな気がする。うーん、でも白と黒が主に目立つのも…。

「ところで、ラルフ」

 観察の対象から声をかけられ、ラルフはいつもの人なつっこいラルフに戻った。たぶん、この後の予定なのかもしれない。

「お前は別行動になるのか?編入してきたばかりだし、何かいろいろとオリエンテーション(最初の説明)があるだろう」

「えっ、面倒くせぇな」

「でも、この施設は自由に動けるわけじゃないからさ。一応、聞いておいた方がいいと思うよ」

「うーん、クレアちゃんが言うのなら仕方ないや。で、そっちは?」

 ちょっと妙な間が空いた後、思い出したようにリュークが言おうとする。と、クレアが遮った。

「昼食後、剣術の稽古なんだよね。私はもちろんなんだけど、リュークは魔法しか才能がなかったから芸を持った方がいいよってついてきてもらっているんだ」

「ふーん、そういうことか。わかった。じゃあ俺、ここに残ってレナ先生を待つとするかな」

「ああ、それがいい」

 そうして、2人は彼に手を振ると他の仲間とともに部屋から出て行った。ラルフも手を振り返し、終わったようなものに近い学生生活の第一日から解放されたかのように大きく背伸びをした。

 この時。

(クレア…一体どうした? いきなりあんな嘘を)

 リュークはラルフの見えないところで、目で話しかけてさっきの出来事に疑問符を入れた。彼女の目は、真剣だった。

(アルラウス先生…「時の部屋」に来いって)

 彼も体が硬直する。無意識に、青い石がはめ込まれている右の腕輪に手をやった。


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