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1.懐かしい色


時間にして1分も経っていないのかもしれない。

けれど、強烈な光に包まれた音のない世界では時間がとても長く感じられた。



次第に、瞼を閉じていても感じる眩さがなくなってきた。

吹き上げていた風も治まっている。


ぎゅっとつむった目をゆるめて、ゆっくりと開けた。




誰かが息をのむような音が聞こえた。


・・・!??


確かめるのが怖くて、すぐには顔を上げられない。


私は自分のうちの食卓の椅子に座ったまま、のはずなのに。

椅子の下にある床は、我が家の床ではない。



・・・ここ・は・・どこ??



白くてぴっかぴかの床には、金色のペンで書いたような丸い文様が浮かび上がっていた。

さっきと同じ、まるで魔法陣みたいな、それ。



2,3メートルほど離れた正面に誰かがいる。

まだ怖くて、顔が上げられない。



それでも、動かせるだけの範囲で目線を変えていく。

右に、左に――



美術・・館?? 



私の少ない人生経験では、こんな豪華な空間を形容する言葉が見つからなくて・・・

大理石なのかな、白い床や壁は、あの文様から放たれていたまばゆい光がやんだ後でも艶やかに輝いていた。


右斜め前の少し離れたところにもう1人。

あと、兵士?・・・そんな恰好の人がドアの前に2人いるのが見えた。




もう一度、目の前の人の足元に視線を戻す。


まだ誰も、何もしゃべらない。




覚悟を決めて、顔を上げた。



「・・・っ!?」



今度は、私自身が息をのんだ。

あまりにも、似ていたのだ。



その、色彩が。



目の前には、プラチナブロンドの長い髪を片側に編み込んだ美しい人が立っていて―――


思わず、


「おかあ、さん・・・」


って声がもれた。



その人は、見るからに男の人で。


「・・・なにを・・言っている?」


と、こぼされた声は低くて、やっぱり男の人なんだけど―――



その人は、まだ椅子に座ったまま動けない私に少しずつ、様子を見ながら近づいてくる。

私はただ呆然とそれを見つめていた。



その人は椅子に座る私の目の前まで来て、私を見下ろした。


「黒髪に、黒い瞳か・・・」


ぼそりとこぼすと、ゆっくりと膝立ちになった。

右斜め前にいた人が慌てて近づこうとしたようだったけれど、目の前の男の人がさっと左手をあげてそれを制した。


見上げていた目線が同じくらいの高さになった。

そして、その宝石のような瞳でじっと私を見据えると、


「エーリクだ」


そう言った。

名前、なのかな。


私が返事をしないでいると、彼はもう一度「エーリクだ」と繰り返した。


「・・・エーリク?」


私が呟くように言うと、彼、エーリクはこくんとうなづいた。


それからなぜか、恐る恐るといった様子で右手の白い手袋をはずした。


そして、ゆっくりと、私の左頬に手を伸ばして・・・・・・指先が・・わずかに触れた。


触れられる瞬間、私は予想された刺激に備えてぎゅっと目をつむった。


けれど何も、本当に何も起きなかった。


彼の手は、ただ確かめるように指先から掌で私の頬を包み込んでいた。


驚いて目を瞠ると、なぜかエーリクも同じような顔をしていた。

その、大きく見開かれた瞳に私の姿がうつる。


頬にはまだ温かい、彼の、エーリクの右手が触れたままで・・・



私は、私の頬に触れたままのエーリクの右手に自分の左手を添えた。

そして自分からその手に頬を寄せた。



エーリクの手は大きくて、あたたかい。

それは、お父さんの手の感触を思い出させた。


「・・・おとうさん」


再びこぼれ出た言葉に、エーリクが一瞬固まったような気がした。






変だよね・・・

わかってるよ。


あなたとは今、会ったばかり。

ていうか、ここがどこかもわからないのに・・・



けど、


私はじっと、目の前のエーリクを見つめている。



あなたの瞳が、私を映すタンザナイトの瞳が、

お母さんのと同じ色をしているから―――


その長い、美しいプラチナブロンドも、

それを片側に編み込んだスタイルまでも、お母さんを思い出させるから―――



そして何より、人の肌に直接触れてこんなに温かいのは、

両親以外知らなかったから―――



ぐっと喉の奥から何かがこみあげてくる。

我慢しても「・・うっ」と声が漏れてしまった。


それでも、涙がこぼれ出ないよう必死に耐えた。




ずっと、触れたかった。

もう一度抱きしめてほしかった。




ふいに、そのエーリクの右手が私の頬を離れた。

ぬくもりを失くした刹那、言いようのない淋しさに襲われる。



でも、その手はすぐに私の後頭部にやさしく触れて、そっと引き寄せられた。

私は、エーリクの肩口に顔をうずめていた。


泣いてもいい、そう言ってくれた気がした。




これは、都合のいい夢なのかもしれない。

私の周りに、直接触れてなんともない人間なんて両親しかいなかった。



だから―――



それからは声も抑えず泣いた。

目の前の、会ったばかりなのになぜか安心する、エーリクに甘えるようにしがみついて。


右斜め前に控えている人が何か言っていたけど、泣きじゃくる私にはよく聞こえなかった。

ただ、泣いて泣いて泣きまくった。




泣き疲れて眠りに落ちるほどに・・・






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