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―3―

まだちょっと続きます。

(作者名を別の「銀輪」さんと混ざらないよう「銀輪。」に変更しました。)

 ゴトリとちゃぶ台に置かれたのは、大皿に山盛りにされた焼きそばだった。

 梶屋は、あたしの前に割り箸を置いて、正面に座った。

 梶屋の前には、カップラーメンの空になった容器が置いてある。

 梶屋はそれに、大皿からいくらか焼きそばをとり入れて、あたしを見た。

 相変わらずの無愛想な顔は、不機嫌そうにも見えて、その目もあたしを睨んでいるみたいだった。

 でもどうしてか、怖い感じはしなかった。

 少し目を合わせた後、梶屋は焼きそばをすすり始めた。

 カップラーメンの容器はそれほど大きくなく、すぐに食べ終えて、また大皿から取り分ける。

 ズズズと焼きそばをすする音が聞こえる。

 そんな梶屋を見ていると、またこちらを見てきた。

 その瞳が、あたしの目を見て、あたしの手元の割り箸を見た。

 促されるように割り箸を手に取る。

 それを確認した梶屋は、また焼きそばをすすり始めた。

 あたしは、力なく割り箸を割り、目の前に置かれた焼きそばを見た。

 鰹節も青海苔もかかっていないそれは、湯気を上げ、香ばしい匂いを発している。

 匂いに惹かれるように手を伸ばし、割り箸で一つかみ、口に放り込んだ。

 ズルズルと吸い込む。

 しょっぱかった。

 ソースも多めにかかっているのに、そのうえ塩胡椒もかけているみたいだ。

 ざっくばらんに切られた野菜は、たぶんスーパーで売ってるカット野菜をそのまま入れただけだろう。

 もやしやキャベツが口の中でザクザクいっている。ソースの味もからんでなくて、味気ない感じがした。

 なのに、すごくおいしかった。

 あたしは気付いたら次々箸を伸ばしていた。

 お皿ごと手元に引き寄せて、ズルズルズルズル。

 気が付いたら泣きながら食べていた。

 えっぐひっくとしゃくりながらも、ズルズルと焼きそばをすする。

 その頃になると、梶屋は大皿から焼きそばをとるのをやめて、そんなあたしをじっと見ていた。



 しばらくして、あたしは食べ終えた。

 結局、山盛りだった焼きそばのほとんどをあたしが食べていた。

 食べ終えてもあたしは泣き続けていた。

 自分でもよくわからないけど、止められなかった。

 鼻水も垂れてきて、ずずっとすする。

 たぶん、ひどい顔をしていたと思う。

 食べ終えても泣いているあたしに、梶屋は何も言わずただそこにいた。

 ひとしきり泣き終えたら、なんとなくすっきりした。

 泣きやんだあたしをちらりと見て、梶屋は立ち上がった。

 あたしの前に箱ティッシュを置いて、お皿を片づけた。

 隣の台所から、がしゃがしゃと洗い物の音がする。

 鼻をかんで、涙を拭いて、何枚もティッシュを使った。

 顔を綺麗に拭き終えると、梶屋が戻ってきた。

 押入れから布団を出し、投げるように床に敷く。

 その時、床に転がっていた携帯を蹴飛ばそうとして、動きを止め、改めて手で取った。

 携帯をポケットに放り込んで布団を敷き終えると、今度は外に出ていってしまった。

 玄関を開け、サンダルを引っかけて出ていく。

 それを見て、あたしはどうしてか不安になった。

 立ち上がり、玄関へ向かう。

『あ、梶屋です……』

 薄い扉越しに、声が聞こえてきた。

『すみません。いきなりで悪いんですが、今日は行けなくなって……』

 どうやら電話しているようだ。

『いえ、埋め合わせはします…。……いえ。…ありがとうございます』

 声が聞こえなくなったら、扉が開いた。

 玄関に立っていたあたしをみて、梶屋は少し驚いたような顔をしたけど、すぐにいつもの顔に戻って、軽く息を吐いた。

 梶屋が入ってきたので、あたしは道を譲るみたいに少し下がった。

 梶屋は、あたしの横を通って、奥に入って行く。

 あたしも後に続いて歩く。

 梶屋は居間に戻ると、ちゃぶ台を挟んで布団の反対側に寝転がった。

 天上から伸びる紐を引き、電気を消す。

 寝るらしい。

 そして、布団はあたしが使っていいみたいだ。

 梶屋に従って、布団に入った。

 押入れから出されたそれは、少しかびくさかった。そしてほんの少し、汗臭かった。

 少し暑い感じもしたけど、あたしは布団を深くかぶった。

 部屋が静かになると、雨の音が聞こえてきた。

 しとしとと降り続けている小雨の音と、屋根から落ちるぴちゃんぴちゃんと言う音。

 どこかで鉄板に落ちる水滴があるようで、カン、カンという音も聞こえる。

 どれくらい聞いていたかわからないけど、しばらくは雨音だけを聞いていた。

「ねぇ、梶屋。…起きてる?」

 ごそりと動く音がした。

 返事はなかったけど、起きている、ということなのだろう。

「あたしさ………、バカだったんだ」

 あたしの口は、勝手にしゃべり始めていた。

「親と喧嘩してさ、今家出してるんだ」

 雨音の響く部屋の中で、あたしの言葉だけが続く。

「最初の理由なんてどうでもいいことだったんだけど、なんか意地張っちゃって」

 梶屋は何も言わず、ただ寝転がっていた。

 横を見ると、ちゃぶ台を挟んで向こう側に梶屋が見える。

 向こう側をむいたままで、こちらからは顔を見れない。

 もしかすると、本当に寝てるのかもしれない。

「荷物をまとめて飛び出して、行くあてもないから、クラスの男子に話したんだ」

 元々何かの反応が欲しかったわけじゃない。

 梶屋が寝てるなら、それでもいいやと思った。

「そしたらそいつが、ウチ来いよって。泊めてやるよって言ってくれたんだよね。元々仲が良い方だと思ってたやつだったし、だからそいつんちに上がり込んでた」

 たまにアパートの前を通る車が、水たまりを踏んで音を立てている。

 その音が、余計に部屋の静けさを感じさせた。

「それから一週間くらい、そいつんちにいたんだ。両親は出払っているらしくて、あたしとあいつ二人だけだった」

 窓の外からの明かりで、薄ぼんやりと見える天井を見ながら言葉を続ける。

「あいつ、あたしに優しかったんだ。家出する前から。あいつんちに泊めてもらうようになってからは、余計に優しかった」

 さっき沢山泣いたせいか、今度は思い出しても涙は出なかった。

「だからあたし、そいつがあたしのこと好きなんだと思ってた。一緒に暮らしてるうちに、あたしもそいつを好きになって、両想いなんだって思ってた」

 あのしょっぱい焼きそばを食べる前は、少し思いだしただけでも辛かったのに。

 今は何ともなくて、つらつらと言葉だけが流れ出る。

「でも違ったんだ。あいつはあたしのカラダのことしか見てなくて、あたしがさせてくれるように薄っぺらで当たり障りのないことだけ言ってたんだ」

 たぶんあたしの顔もすっきりした表情になってるのかもしれない。

「いい加減やらせてくれよって、言われて、初めて気が付いた」

 笑えないと思っていたのに、簡単に笑いが漏れた。

「あはは……。あたし、バカだよね」

 自分のことがすごく情けなかったけど、ちょっと間抜けで、笑ってしまった。

「気付くのが遅いよね。あたし、鈍感なのかな?」

 聞いてみたけど、返事はなかった。

 寝てるのかと思いそうになったけど、ずりずりと身体を動かす音が聞こえて、やっぱり起きてるのかと思い直す。

「ねえ梶屋。もしかして、梶屋もカラダ目当てであたしを拾ってくれたの?」

 ふと、そんな質問をしていた。

 また裏切られるのが怖かったのかもしれない。

 裏切りも何も、ただのあたしの勘違いだったんだけど。

 梶屋は答えず、そのまま寝ていた。

 あたしと話す気はないのかな、と思いかけたころ、梶屋がぼそりと答えた。

「軽い女は、嫌いだ」

 こっちも向かず、ただ寝たまま言った梶屋は、また少しごそごそと動いて、静かになった。

「…………そっか」

 そんなこと、一日に二回も言われるとは思っても無かった。

 梶屋の言ったことは、山田が言ったのと全く同じことだったのに、でもどうしてか、嫌には感じなかった。

 あたしはもう一回、そっか、と言って話すのをやめた。

 静かにしていると、瞼がだんだん重くなってきて、気が付いたら眠っていた。


ソース焼きそばが、食べたくなってきました。

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