3.逃亡
5月の作戦会議から2ヶ月、ついにその日は訪れた。
7月24日20時
人々が大型の装甲車に乗って砦から森へ出て行く。昔はこの辺りもビルと呼ばれる建物があったらしいが、今ではそんなもの見たこともない。
正確には、人の領域では。
一番前線には、黒く輝くバイクに乗った竜とアリス。竜は白いコートに身を包み、アリスはこの間とは一変し、黒いライダーズジャケットを身につけている。
人々は何かアクションを起こす際、必ず夜に実行する。その方がバレにくいそうだ。竜は機械にそんな事通用するものかといつも鼻で笑っているが、今日ばかりは違う。
唐突に二人はライトを消した。
そして突如、後方で爆炎が発生した。
なにが起きた、人々はパニックに陥っているが二人は違った。
前の日の晩に一番最後尾の車両に爆弾を仕掛けていた。アリスにはそれが許されない事なのは分かっている。でも、何かを手に入れたいのならその代償は払わなくてはならない。
二人はバイクから飛び降りると受け身を取りすぐに暗視装置とインカムを付ける。インカムにはお互いの声だけを送受信するように設定してある。
暗視装置は付けると自動で明るさを調整するため、すぐに見渡すと辺りは木々が並んでいるが、奥に爆炎の明るさが見える。
「走れ。バレるのは時間の問題だ」
装着したと同時に竜からの声がアリスに届く。彼の位置を確認すると、意外にもかなり近くに止まっていた。普段の彼なら足手まといと判断した瞬間、置いていかれてもおかしくはない。恐らく彼なりの優しさなのだろう。アリスにはそれが可笑しくて仕方がなくて、笑みが溢れてしまう。すぐに竜の元に歩み寄り、共に走りだす。
「インカム付けた意味無いんじゃない?」
「…念のためだ」
「初めから待っててくれるつもりだったんでしょう?」
そこで竜はアリスを睨みつける。
「勘違いするな。お前みたいな女、惚れるところなんてどこにも無い。」
「はぁ!?悪かったわね!!」
二人は言い合いながらも、森を進み、あらかじめ設置しておいた野営地に辿り着いた。
森の中の木の上に丸太を組んで作った簡素な野営地。
作るのにも苦労した。真夜中に森に出てはランプの灯りであまり音を出さないように静かに、ゆっくりと組み立てて行く。だがその結果、いくつもの木の枝に隠され、人二人分なら余裕でカモフラージュ出来る。
人間に見つかっては困るため、狼煙が上がってしまう火を使うことは厳禁。それに、音を出すことも危険。
二人は野営地に座ると、ポケットに入っていたデバイスをすぐに開き、小型カメラで城の様子を確認する。どうせすぐに使えなくなるだろうが今使えるだけでいい。
人々は慌てふためき、嘆くもの、怒りに燃えるもの、放心しているもので溢れかえっている。
「本当に良かったのか…?今ならまだお前は戻れるぞ?」
唐突に竜は口を開いた。見ると足元に蛍ほどの明るさの小さなランプを置いている。
「今更戻らないわよ。何度も言ったでしょう?」
私はイライラした。この質問を2ヶ月間何回も繰り返している。
「私も真実を知りたい。それにあんな所、もう懲り懲りよ…」
彼はただ黙っている。この2ヶ月間、彼という人が分からなくなっている。
共に過ごす時間が長くなると、彼のイメージが変わってきた。
皆が言うように、そして私が思っていたように、平気で冷徹な判断をする冷たい人間。
それは偽りの顔なのか?
以前、私はここで作業している際に落ちそうになった事がある。それを彼は命がけで助けてくれた。
彼が本当に冷たいのなら、そんなことはしなかったはずだ。
それに今だって、こんなに心配してくれている。
「ねぇ、あんたは…仲間が死ぬと悲しいの?」
彼の動きが止まった。そして、静かに口を開く。
「…悲しいよ。それに、寂しい。皆は俺に…強さと冷静さを求めた。戦に勝てるような指揮官を求めた。だから、俺はそう自分を偽った…」
「じゃあ、私の見てきたあんたは…偽りのあんたってこと…?」
彼は少し寂しそうにうなづくと剣を装着している、肩から流れるベルトを外し、剣を抱きしめると静かに眠り始める。
私は今まで何を見ていたのだろう。本当の彼はきっと誰よりも優しくて、仲間を大切にしたかったはずだ。そして、誰よりも愛されたかったはずなのに。
酷すぎる。酷すぎる運命。
「大丈夫…だよ…」
アリスは静かに彼の頭に触れる。何度か優しく撫でてから自分も静かに眠りにつく…