長いお別れ
外に出ると火照った体のせいか、吐く息は白い。
秋も深まってきているため夜の気温は低い、でも酔った僕らには程よい酔い醒ましでもあった。
タクシーでも捕まえるかと話したが、今日は彼が迎えに来てくれるという。僕のことはとっくに説明済みらしいが、それでも顔を合わせるのは色んな意味でこちらの気が持たない。
僕たちはこの店の前で別れることにした。
「じゃあそろそろ行くよ、彼によろしく」
「うん、わかった。皓亮くんも……元気でね!」
「ああ、亜衣もな」
笑顔の彼女の目に涙が溢れてくるのが分かった。
ああ、それだけでも僕は十分に幸せだ。君を想い続けた心に、君の涙が潤いを与えてくれた。僕は君に、十分救われた。
こぼれそうな彼女の涙をそっと拭いて、軽く頭をポンと叩いて、僕は背を向けて歩き出した。もう彼女の顔を見ることは出来ない。
「皓亮くん!」
十数メートル後ろから、彼女が僕に呼び掛けた。振り向くこともなく、僕は足を止めた。
「皓亮くんは、きっとこれからも大丈夫!ホント、ずっとありがとう!」
抑えていた熱いものが目に込み上げてくる。
最後に君の前で弱い自分は見せられない、君が安心して旅立つためにも。
僕は笑顔で振り向いて、彼女に大きく手を振った。
亜衣は、夜を照らす花のように満面の笑顔だった。
近いうち、僕はまたこのバーに来るだろう。そのときはまたギムレットをオーダーする。君との日々を思い出しながら。
ギムレットには二つのカクテル言葉がある。
『長いお別れ』、そしてもう一つは『遠い人を想う』だ。
君を初めて連れて来た、そしてそれは最後の思い出。この店での思い出だけは、僕の中で君とだけの唯一の思い出。真夜中に共にした時間、キールとギムレットは他の何にも代えられない。
すっぽりと抜け落ちた胸の穴を埋めるかのように、僕は煙草に火を点けた。
真夜中の月はもうすっかり傾いていた。
***
皓亮が去ったあと、亜衣は大きく息を吐いた。
彼を待ちながら、亜衣はスマートフォンを鞄から取り出し、ある言葉を探した。
『ギムレット カクテル言葉』
映し出された画面を見て、亜衣は涙した。何度も何度も堪えてきた涙は、もう止めることが出来なかった。
皓亮には直接聞けなかった、音を立てて今までの関係が崩れるのが怖くて、聞けなかった。
でも分かっていた。分かっていたからこそ、聞かなかったのだ。
それはきっと皓亮も同じであったのだろう、だからあのとき自分のカクテル言葉は説明しなかったのだと亜衣は確信した。
「最後まで、ありがとう……」
ひとしきり涙したあと、涙を拭いて前を向いた亜衣の表情はすっきりしていた。
向かいの路肩に彼の車が止まり、窓を開けて亜衣を呼ぶ。
亜衣は笑顔で彼の車に走り出した。
~完~
お読み頂きましてありがとうございました。
次回作は『青くて丸いビー玉は地球みたいと彼女は言う』
中学生の男女による家出青春物語となっております。
エブリスタ妄想コンテスト準大賞受賞作品です、どうぞお楽しみくださいませ。