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想い出は真夜中のバーへ

 テーブルに揺らめくキャンドルライトと、ところどころ点いた天井からのダウンライトがまどろむ夜の店内を演出している。カウンターに並んだリキュールボトルがバックライトで照らされ、モダンで派手すぎないバーの店内を唯一色とりどりに装飾している。



 行きつけのこのバーに、今日は初めて君を連れてきた。多分、この場所は君と僕の思い出を紡ぐ最初で最後の場所になるだろう。



 窓際の席に着いて、思い思いにオーダーを出す。僕はソルティドッグ、君はカシスオレンジ。そしていつものように、僕は煙草に火を点ける。




「煙草、体に良くないんだよ」




 君は会う度いつもそうだ。分かってるって、そのうち辞めるから。

このやり取りも何回したか分からない。こんな僕らにとってのルーティンも、これが最後だと思うとやりきれないと思うのも正直なところだ。




 彼女はもうすぐ結婚する。僕の知らない誰かと。




 窓の外に浮かぶ月、今日は何だかやけに綺麗だ。




 オーダーが僕たちのテーブルに運ばれる。ソルティドッグのグラスの縁には塩が寸分の狂いもなく均等に縁取られている。スノースタイルと言われるこの手法、本当はスノースタイルを使わないブルドッグが僕の定番。だけど君の気を引きたくて、つい見栄張って変わり物をオーダーした。




「綺麗だけど、これじゃ乾杯しにくいじゃん」




 君は笑いながら指摘する。言われてみれば確かにそうだ。

 昔からの間柄なのに緊張しているせいか、細かいところに気配りが足りないと反省する。



 仕切り直して僕はグラスを片手に君の前へと差し出す。




「とにもかくにも、結婚おめでとう」

「うん、ありがとう」




 カツンとグラスのぶつかり合う音が小さく響く。



 社会人になってから五年間、彼女にとっては四年間、お互いに社会に出てからは学生時代とは違う世界を経験し、遊んでばかりもいられなくなった。

 自然と共有する時間は減っていき、こうしてたまに会うとお互いの近況を話し合うだけで時間を使い切るような感じだ。



 今も他愛もない話で盛り上がる。でも今日はいつもとは確実に違うものが一つだけある。




 君が僕と過ごす、誰のものでもない時間は今日で最後だということ。




 君は気付いているだろうか、僕は君をずっと好きだった。




 物心ついたときにはもう、君は僕の側にいた。

 実家がすぐ近くということもあり、僕らがいつも時間を共有することは自然なことだった。


 僕が一つ年上で一人っ子の君にとって僕はお兄さん的な役割だった。でもいつからだろう、ランドセルを背負っていたあるときに気が付いた。僕は君のことが好きなんだって。



「ぼく、亜衣ちゃんとけっこんする」

「わたし、皓亮(こうすけ)くんのお嫁さんになる」



 無邪気な僕らの言葉に、両親たちも微笑ましく見ていたのだろう。

 彼女の言葉は子供の頃にありがちなものだったのかもしれないが、僕は自分の知っている限りの知識で、そのときは子供なりにも本気でプロポーズしているつもりだった。今考えると恥ずかしい。



 中学生になっても想いは変わらないが、僕らを取り巻く環境が少しずつ変わってきた。

いつも一緒にいる僕らは周囲によく冷やかされた。デキてるだの、一緒に暮らしてるらしいだの……

 噂は噂を呼び、憶測で語られる言葉や作られる空気が、思春期の頃の僕らに些細な隔たりを作ることもあった。



「あることないこと、よく平気で言えるよね。私たち何にもないのに」

「何言われたって気にするな、大丈夫だから」



 彼女の言葉に少し胸がチクリとした。本当は正々堂々、僕が君をずっと守ってやるから安心しろって言いたかった。君を好きだからこそ僕はいつも一緒にいるんだと。



 僕は臆病だった。伝えることで今までの僕たちの関係が無くなってしまうかもしれないことに、耐えられなかった。そうなるくらいなら、いつまでもずっと側にいて守ってやれるこれくらいの距離が良いんだと自分に言い聞かせては、彼女を慰めた。




 大学は東京の大学に進学した。進学してから一年後、君は僕と同じ大学に入学した。


 会う機会が極端に減ったものの、たった数ヶ月会ってなかっただけで大学生となった君は、僕の目には新鮮でとても美しい女性に思えた。



「他に大学なんてどこにでもあるのに、なんでここなんだよ」

「皓亮くんがいるから」



 彼女の志望理由はそれだけだという。まったく、世話が焼ける妹だとからかって君が頬を膨らます。久し振りの、でも新たな日常は僕の生活にまた君という鮮やかな色を足していった。


 

 大学卒業後、僕らは社会人となりお互い地元へは帰らず、東京で就職し働いた。

 僕らはもう子供じゃない。お互いがお互いに一定の距離感で、良き理解者であるよう努めてきた。


 これまで何度か、お互いの彼氏、彼女のことでも相談し合ったりもした。最初は心が抉られるくらい胸が痛かった。いよいよもって僕の君を想い続ける人生は、それすらも許されないものなのかと。


 それでも僕は君が悲しむ姿を見てはいられなかった。誰よりも君を見てきた、僕が君にとって一番の理解者でなければならない、そう言い聞かせた。



 大人になり彼女への想いは『好き』とは別なんじゃないか、疑うこともあった。

 三人の女性と付き合ったが、僕はいずれも長続きすることはなかった。そして同時に深く傷つくこともなかった。



 僕は君しか好きになれないようだ。それが辿り着いた答えだった。



 そして先日、君から電話が鳴った。結婚すると――



三話完結、次話は11月3日17時公開予定となります。

どうぞお楽しみに。

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