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NOT A HERO

愚直で、真っ直ぐで誰よりもひたむきな人が最も美しいと僕は思います。

では、どうぞ


かつて英雄と呼ばれた男がいた。





男はその拳を奮って世にとっての悪を討ち滅ぼし、弱きを助けた。


彼を知る全ての者が彼を讃え、彼に憧れ、彼に依存した。



“焔の英雄”とまで言われた彼はその名に恥じぬ活躍をし続けた。人々に希望を与え続けた。


しかし、ある日唐突に彼は人々の前から姿を消す。

そしてそのきっかけが彼の一生を変えるものあり、一生彼を呪うものになるとは誰も、彼さえ知らなかった。






・・



・・・







真っ白のワンピースを着た少女は目の前に立つ青年の頬に手を当てる。


その瞳は愛おしいものに触れた時のように軽く潤んでおり、掌越しに伝わる青年の温もりに彼女はとても悦んでいた。


『キミはいつも暖かいね。――ボクとは大違いだ』

『何を言ってる。貴女は“こころ”が暖かいだろ?』


またそんなこと言って、と彼女は彼を非難するが、その顔は笑みで満ちていた。

それに、と血塗れな青年は続けた。


『貴女は本当に慈悲深い。人を選ばないその慈悲にいつも助けてもらってる。今回もそうだ』


彼は後ろを指す。

其処には先程まで戦闘と思しきものが行われていた痕があるが、異なる制服を着た男達が建物の修繕、怪我人の救助、手当等を行っていた。


『貴女の働きかけのおかげで戦争が長引くことなく集結し、多くの人が救われた。そして今では当事国同士が手を取り合って復興に取り組んでいる』

『ボクだけの力じゃないよ』


少女は一回り背の高い青年の肩を背伸びして掴み自分の方に向かせた。

無理矢理屈ませて互いの額を合わせる。

少女の金色の髪が揺れる度にふわりと上品な香りが漂う。


『キミの、皆のおかげだよ。皆がボクの我が儘に付き合ってくれたからこの結果が得られたんだ』 


だからボクの手柄じゃないよ、と少女は俯きがちに言った。

これがこの少女の素晴らしい美点である。高貴な身でありながら決して他者を見下さず、弱者にも強者にも手を差し伸べ、そしてそれらの行為を当たり前だと言ってのける“勇気”を彼女は持ち合わせていた。


だから、






いつまでも、彼女の側にいたいと願った。





世間一般からして、僕という人物は『正義の味方』という認識が強い。初めはたった一つの人助けから始まった僕の英雄ライフは僕に人生の悪戯というものが実在する事を教えてくれた。 

小さい頃から喧嘩が誰よりも強かった僕は、幼いながらして自らの“異常”さを誰よりも理解していた。

仲間達は次々にそんなことはない、と言ってきたが明らかに彼らは僕を敬遠している眼をしていたことが、より一層僕にその意識を強くさせた。



負けを知らない男と皮肉られた事もある僕だが今まで二回ほど敗北を喫したことがある。

一度目は『彼女』と出会った時のこと。


彼女は元々有名な貴族一家の一人娘であったが、家の裏の方針と上手く噛み合わず除名され人間兵器にさせられかけていた。

その時、彼女からの匿名の救助依頼を受けた僕は看守を蹴散らし、一家を蹴散らして彼女の元へと急いだ。





――だけど、僕は間に合わなかった。




彼女は既に“完成”していて、最早人とは呼ぶことが出来なかった。そんな彼女の為に僕は今まで仲間だった人達を裏切ることにした。今僕の目の前にいる少女のことを彼らが知ったら、間違いなく殺そうとするからだ。

呆然と立ち尽くす僕を彼女は抱きしめて言った。


『キミは優しい人だ。かつての名誉を、皆からの信頼全てを投げ捨ててまでボクと世界を救おうとしたのだから』


違う、そうじゃない。僕はただ()()()()()()だけなのだ。僕は弱いから。貴女みたいに、強い人ではないから。

そして、その時僕は初めて敗北を知った。






二回目は■■■という少年と会った時だ。奴は僕を見るなりこう言った。


『お前の正義にはお前の意思がこれっぽっちも無い癖に、よく正義の味方騙れるな』と。


僕より一回り二回り若い少年であった。

年下の相手など、僕からすれば赤子の手を撚るより簡単な事であった。

だけど、僕は()()()


気づいたときには僕は地面を舐めさせられていた。一瞬だった。そのたった一瞬で僕は負けた。


そして少年は地に臥して呆然としている僕にこう言った。


『俺達の人生を勝手に決めようとしている奴がいる。一緒に殴りに行かないか?』と。







そして、三度目。


僕はこれを負けに含めていない。寧ろ色々なことに気づかせてくれたスタートラインだと思っている。その時僕は彼女の躰を抱きしめ、躰から消えゆく体温を愛おしく、それでいて慈しみながら己の無力さを噛み締めていた。


彼女は最期に言った。


『絶対に―――――恨んじゃだめだよ…』


彼女は僕に手を翳し、何かしらの刻印を僕に埋めつけた。

ごめん、それは出来そうにない、と返すと彼女は『そう…』と心底残念そうな顔をした。しかし、すぐに彼女は空元気で明るい顔をする。


『でも…キミのことだ…。そう言いながら…いつか…きっと……』


そう言って彼女は事切れた。

悲しかった。たまらなく悲しかった。彼女をこんな目に合わせた下衆を今すぐにでも殺してやりたかった。

でも、そこで僕はその矛先を向ける相手を知らないことに気づいた。


そして、僕はこの怒りを誰にぶつければいいのかわからなかった。



ただ、この非劇を引き起こした本人を責めることしか自分には出来なかった。











あれから永い時が経った。


僕は今アメリカにいる。

そこら中にいる乞食のように僕は地に座っている。


埋めなくても口元が隠れてしまう程のコートの襟に更に顔を埋める。

長い前髪のせいで右目が見えないが、右目が見えないのは前髪のせいだけではない。


左目の限られた視野には、いかにも柄の悪そうな男達が映っていた。

囲まれていることに気づいた僕はゆっくりと臀部についた埃と土を払い、立ち上がる。


皆僕より背が低かった。まだ若い男達は親の仇を見るかのような視線を僕に向けてくる。


『覚悟はできてるのか』


リーダー格らしき少年が英語でそう言ってきた。生憎、僕にはこんな少年達に恨まれるようなことをしたことがあったか忘れてしまっている。

取り敢えず、年上に敬語ぐらい使えクソガキと言うといきなり目の前の少年が殴りかかってきた。


予想通りの行動であったので、あっさり僕は彼の拳を掴む。グラブにボールが入ったときのような清々しい音が鳴った。

と、同時にメリメリメリッと何かが握り潰される酷くむごい音がした。


「―――――――――――ッ!!!???」


少年が声にならない絶叫を上げ、僕に握り潰された拳を抑える。

僕によって握り潰された彼の拳はまるでビニール紐の様にふにゃふにゃで、恐らく中の骨や筋肉は無事ではないだろう。


激痛に悶えるリーダー格を見て、周囲の少年たちに動揺が走った。残念なことに僕と相間見る際に隙を見せることは死を意味することを彼らは知らないようだった。もう名前が忘れられるぐらい時間が経ったにことに驚きつつ、拳を振るう。


ある者は腹筋を砕かれ、またある者は鼻をへし折られ、更にある者は膝を叩き割った。

瞬く間に僕の目の前に重傷の少年達の山が出来上がった。


()()()()


それは僕だって例外ではない。

そら僕だって僕より強いものが立ちはだかったらあっという間に蹂躙されるだろう。

実際、それで大切な人を喪ったのだ。


悶える少年の一人の懐から携帯電話を強引に奪い、救急に電話しておいた。傷が痛むのか少年はまた悲鳴を上げた。しかし、僕は殺生を好まない。



――Ring, Ring, Ring....♪


軽やかな音を掻き鳴らし、コートの胸ポケットに入っている情報端末が着信を喧しく知らせてくる。

取り出した上下スライド式の端末は最新鋭のディスプレイタイプの物ではなく、旧式の古臭い機能も性能も最低限のモノである。

自分にはこっちの方が馴染み深い。かつて仲間達と駆け抜けたあの日々がこのタイプの端末を持つ度、思い起こされる。 


着信内容はそう大したものでもなく、ただ自由時間が終わったから早々に帰ってこいといったものであった。


僕もいい加減街に飽き飽きしていたから実にいいタイミングの帰還命令だ。僕は表面には出さず、内面のみで喜び腰のバックパックからセンサーのような形状のものを取り出した。

これは一種のテレポーターである。要するにこれを起点として使用すれば予め設置してある終点に文字通りテレポートできるというかなりのスグレモノだ。


昔人気だったゲームに出てきた同様の機械のデザインを参考にしたのか、テレポーターは指向性対人地雷(クレイモア)の形をしている。


ヴヴヴヴヴヴ……、と如何にも機械っぽい音たてながらテレポーターは高速振動を始める。

そして僕は眠りに落ちるように地面に浮き出た斑紋に吸い込まれた。




生きている者は全て罪を抱えていると言ったのは何処の誰だったろうか。

全くもって覚えていない。


もしそれが正しいのなら、一体僕はどんな罪を抱えているのだろう。


生きること自体が罪の者も僕が倒してきた奴の中にはいた。

奴はたしかこう言っていた。


『自分はただ平凡に生きたかっただけなのに』


それに対して僕はなんて返したろう。

産まれたこと自体が不運なのではないか、と言った主旨のことを言った覚えがある。

するとそいつは僕は嘲る様な、憐れむような視線を向けた。


『お前には一生かかってもわかるまい』


こっちから願い下げだ、とその時の僕はそいつの頭を踏み潰した。

知りたくもないし、興味すらないものを何故知る必要があるのか。平和に生きるなら、静かに生きるのなら知らなくていいことだって沢山あるというのに。


何故、知る必要があると主張するのだろう。黙って付いてくれば平和な世界が待ってるというのに。



毎日を健やかで、平和に過ごしたいのなら彼らに全て委ねてしまえばいい。


誰一人として責任を負わなくていい、そんな夢のような世界に委ねてしまえばいい。



そこはきっと――理想郷だ。







to be continue...














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