Chickin or the egg(1)
次回も暫く更新が遅れそうです。首を長ーくしてお待ちくださいm(_ _)m
――博士、博士。空はどうして青いのですか。
―――それはね、海の色が反射しているんだよ。
――そういうのを聞きたいのではありません。もっと本格的にお願いします。
―――そうか、それは悪かった。…さて、どこから話そうかね―――。
それは森の奥にある小さな研究所での小さな出来事。
私は生まれたばかりで何にも知らない無知な子供であったから、博士にいつも何故、どうして、と質問を繰り返していた。
―どうして季節は変わるの、とか。
―どうして雨は降るの、とか。
―どうして生ある物は全て死にゆくの、とか。
それらの質問に対して博士はいつもよい質問だ、と言ってくださった。
ある日、研究所で飼育していたゴールデンレトリバーが死んだ。彼の死因は老化による衰弱死。天寿を全うした上でのものであった。
博士は仰った。
『全ての生あるものは何かしらの使命を持って生まれる。勿論そんなもの誰も知らないし、教えてくれやしない。生きている間に自分で見出すしかないんだ。寿命って言うのは、その使命を果すための猶予期間だと、私は思ってる。
苦痛もなく、眠るように死ぬのはその使命を、自分が見つけた自分だけの使命を果たしたからだ。何も果たせなかったり、果たす気が無かったらこう安らかには逝けない。
彼の場合、私達の傍に長い間寄り添うという事が、彼の使命だったのではないかと思うよ。…あくまで私の推測だがね』
それを聞いて不思議と私は納得した。すると突然胸がきゅっと絞られるかのように苦しくなった。視界が霞み、灼けた鉄板を押し付けられているかのように瞳の周りが熱く、鋭い痛みを感じた。
頬に違和感を感じ、手を当ててみるとそこにはべったりと人間の発汗に似た温い透明が液体が付着していた。
これは何ですか、と問うと博士は穏やかに微笑みなさった。
『それは“涙”だ。痛かったり、悲しかったり、嬉しかった時に出る分泌液だ』
では何故私は泣いているのですか、と問うた。博士は私の頭を撫でながら答えなさった。
『それは君が彼の死を“悲しい”と感じているからだ』
生命とは何故こうも簡単に消えてしまうのですか、と近藤は嗚咽混じりに問うた。博士は私の体を強く抱いてくださった。
『儚いから価値が見いだせるし、同時に“美しい”と思えるのさ』
答えになってないです、と私は少し博士を避難する。でも同時に胸部に暖かいものが広がったのも事実であった。
鶯の鳴き声が遠くから聞こえてくる。春の象徴とされるその鳴き声は春の訪れを伝えるものかと思われたが、ビュウと私と博士の身体に冷たい風が当たった。
まだまだ寒い日が続きそうだね、と博士は白い息を吐きながら私の耳元で囁きなさった。
私は微笑んでそれに答えた。
――いいえ、博士。もう春です。
3月に入ったばかりの、まだまだ肌寒い日の出来事でした。
・
・・
・・・
前回のサーカス騒動が上の怒りを買ったらしく、幽霊は『SOR』の本部のある南極に呼び出された。
南極と言えば、極端な寒さで知られているが今はそうでもない。
世界が7つの大国に分かれてから、各国は温暖化対策に追われたが、結局北極、南極の氷は溶け、全ての極地に生息する生物は各国が責任を持って管理している。
しかし結果として、運が良いのか悪いのか人類は新たな生存可能な大地を手に入れた。それが南極である。
恐竜の化石が発掘されたことから昔は温暖な気候だったとされていたが、それが現代に蘇るとは誰も思わなかったに違いない。
初めは地球のかつての姿を研究する為の何処にも所属しない観測所が建てられていたが、一年前の『ROF』の蜂起の際に、奇襲が功を奏し南極の占領に成功してから此処は表向きには『ROF』の拠点とされている。
ハリボテであるこの基地は表立った交渉等に用いられる形だけの拠点であって、本当の拠点は南極の地中に存在している。かつては七カ国共有の原子力発電所として用いられていた空洞で、数年前に事故を起こして以来、全ての国の上層部から禁忌扱いされている。
何処かの国がそこに訪れたという情報が漏れたら最悪、戦争に成りかねない程、機密度の高い場所なのだ。
そして『ROF』はその“禁忌”に目をつけ、地下を本拠点とすることで外部からの影響を一切受けないようにしている。
幽霊は気怠げな様子で、執務室のドアをノックした。
「東亜細亜共栄圏支部長幽霊です。入室許可を求めます」
『声帯認識完了。本人確認完了。どうぞお入りください』
どうも、と一言設置されている確認用AIに告げると自動的に開いたドアを通る。
すると、中の人物が気づいたのか声をかけてきた。
「おお、やっとお着きになられましたか。――“長老”殿」
「止めてくれよ。俺そんなに年取って見える?」
幽霊は初老に差し掛かった執務長の肩をぽんぽんと叩く。彼はぎょっとして慌てて口を開いた。
「いやいや、滅相もありません。長老殿は依然としてお若いままでございます」
「いいよいいよ、そんな固まらなくても。君の父親には世話になったんだからもっとデカイ態度で接してくれ」
はは、と笑いながら彼の肩を抱く。彼は貴方様には敵いません、と言いようやくくすりと微笑んだ。
それを見て安心した幽霊は用を尋ねることにした。
「で、本題は?用があって俺を呼んだんだろ?」
「はい、それが……」
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・・
・・・
「――と、まあこんな感じです」
「なるほど…」
彼が言うには、国連の協議でこの南極に新国際原子力機関の核査察を派遣する事が決まったそうだ。
確かに本拠点である地下はかつて原子力発電所として用いられていた時期もあるため、付近の海洋に汚染水が漏れ出してそれが検知された可能性も十分にあった。
「長老殿、どう思われますか」
「だからその呼び方止めろ。……そうだな、まずこれは間違いなく“罠”だ」
簡単に言えば、かの有名な《トロイの木馬》といった感じだろうか。核査察を装った先行隊が内部に潜入し、間取り、弱点を探り本隊に連絡し本隊はそれに従い行動し一気に叩きに来る、といった感じであろう。
暫し悩んだ後に幽霊は顔を上げた。
「―断固拒否、が最善だろう。意地でも入らせない方がいい」
「御意。司令にもそう伝えておきます」
・
・・
・・・
―幻霊第一個小隊偽装装甲車―
世界が《新世界》に変わってから新たたに技術革新が起こり、あらゆる移動手段が進歩を果たしたが、兵器もまた例外ではなかった。
例えば、この第一個小隊が保有する偽装装甲車は一見旧世界のワゴン車の様な形状をしているが、搭載されているエンジンやモーターはかつてのそれらとは桁違いに性能が上である。しかもそれでいて旧世界の乗用車の機械群の構造を踏襲している為、二台あればバッテリーが上がったとしてもすぐに立て直すことが可能である――。
そして、その装甲車に戻ってきた幽霊は目の前の光景に目を疑った。
床に飛び散った夥しい量の瓶。死体のように転がっている三人。もやのように揺れ動く空気。
阿鼻叫喚という言葉が見事に当てはまるほどそこはそれはもう凄まじく荒れていた。
「…なんでこんなことに。…って酒臭っ!!」
装甲車内を占めていたもやの正体は気化したアルコールであるようだった。こんなところに長時間いたら酒に強い幽霊でも酔ってしまいそうな程の量のアルコールが充満していた。
「ン?…ああ、幽霊か。よく戻ったナ」
むくり、とゴミの山の一角から何事もないかのように南瓜の顔が飛び出す。よく見ると彼女は顔にガスマスクのようなものを着けていた。
「いや、久しぶりの南極だから皆テンション上がっちまってネ。歌えや呑めやしてたらこの様サ」
ウチは程々にしとけよと言ったんだけどネ、とため息をつきながら南瓜はパタンと再び山に寝そべる。そこで幽霊の中で一つの疑問が生まれた。
「え、お前もしかして酒飲めないの?」
「知らなかったのカ…。ああ、アルコール系は一切駄目サ」
意外だった。この小隊のメカニックでもあり、メディックでもある彼女は何かとストレスが溜まる役割の筈だ。では何をして彼女はそれらを発散しているのだろう。
「ん?そりゃあ勿論マ―、」
「黙れ、痴女」
聞かなきゃよかった、と心底幽霊は思った。冗談冗談と南瓜は笑い飛ばしているが、女性がこうも容易く下ネタを言うのはちょっと品を疑う。
とはいえ入隊した頃からこんな感じだったので指摘するのは今更ではあるのだが。
マスク越しにニター、と笑う南瓜と目が合い少し腹が立ったので、車内の換気を始めることにした。
「ところでアンタに聞きたいことがちとあってネ」
「何だ?」
背中越しに南瓜の姿勢を正す音が聞こえる。恐らく胡座をかいたのだろう。これもまた女性がするような姿勢ではない。
咎めようとする前に南瓜が先に口を開いた。
「サーカスでの時、アンタの口から出た『調整者』と『剪定者』って何の事なのサ」
「あー、…それか。…ちょっと長くなるが…いいか?」
「ああ、全然構わないサ」
そうか、と幽霊は言い、語り始めた。
―――まずは、『調整者』と『剪定者』の違いについて話そうか。双方の大きな違いとしては、そもそもの“生まれ方”が異なる。『調整者』はあれは“世界の全人類の無意識による総意”によって選ばれた者だ。それに対して『剪定者』は“その者の思想の暴走”か、“その一族の血に刻まれている”かの二つの内どれかが当て嵌まったら誕生する。
そして『調整者』は、“世界の全人類の総意”によって選ばれた“悪”とされた者を滅する為の存在だ。いわゆる、正義の味方って奴だな。
『剪定者』は違う。奴らは自らの意思でその自ら定めた“何か”と判断し、殺戮を行う。だが、皮肉な事に奴らは殺しを自らの意思で行っていると勘違いしているが、実態は世界により優れた生物を遺そうとしている世界の存命本能によるものだ。
次に戦闘能力に関してだが、基本どちらも“極めて”高い。特に『調整者』の方は桁違いだ。何せ『この世の悪を討ち滅ぼす』存在であって世界そのものから力を得ているからな。お前が作った俺の装備のパワーを全開にしても勝ち目は薄い。幻霊持ちならいい勝負は出来るだろうが勝つことはまず無理だ。
『剪定者』の方は個人差がある。あれは世界の存命本能であって、世界そのものの“意思”ではない。よって直接世界から力を分け与えられている者は殆どいない。あの道化もそうだ。だが、あいつは手強かった。何故か。答えは容易だ。あいつは“元から強かった”だけだ。個人差がある、といった意味がこれでわかった筈だ――。
こんなものかな、と幽霊は話を締めた。
「他に聞きたいことは?」
「あの道化のことさネ」
彼女は十分換気が出来ていることを確認するとマスクを外し珈琲を啜り始めた。
一口飲むと彼女はほぉっ、と小さく息をついた。
「あいつはアンタに『剪定者』である、と告げられた途端様子が変わった。あれはどういうことネ」
「エース…だっけ。あの女の子。彼女が言ってたこと覚えてるか?」
南瓜はふるふると首を横に振った。
銃ブッ放してる時に聞こえるわけないだろ、と彼女はやや呆れたように口を尖らせた。
「…悪かった。…あのとき彼女は『与名反転』と言った、というより俺がそれを引き起こした。というのも、実はあの道化は『二つ名』を“二つ”持ってたんだ」
「『二つ名』を…“二つ”…?」
「………どういうことですか?それ」
いつから目を覚ましていたのだろうか、案山子がゆっくりと頭を抑えながら身体を起こす。
窶れた顔をしているが、起き上がって話を聞くだけの元気はあるようだ。
「言葉の通りだ。奴は二つ名が“二つ”あるってわけさ。しかしだ、『二つ名』は知っての通り――」
「一人物につき一つしか保有できない………そうカ……!」
どうやら気づいた様子の南瓜は重々しげに口を開き、続きを言った。
「人格そのものを上書きして増やしてしまえば、幾らでも“二つ名”を与えることが出来てしまう……?」
「その通りだ。『二つ名』というアプリケーションは『一人の人物につき一つずつ』という制限はあるが、一つの肉体というコンピュータに入る量に制限はないんだ。要は南瓜の言った通り、人格というファイルをコピーして増やしてしまえば肉体の耐えうる限り名を与え続けることができる」
「そ、そんなことが…」
許されるのか、という言葉を案山子は飲み込む。全人類を支配しようなんて思うような連中だ。それぐらいして当然だろうという考えが頭をよぎったからである。
急に黙り込んだ案山子を南瓜が不思議そうに見つめる中、幽霊は案山子が言わんとしたこと、葛藤していることを理解したようで案山子の方を向いた。
「少し違うな。奴らとて好きで人を弄っているわけじゃない。奴らが欲しているのは常に命令に忠実な機械的な人間だ。下手に弄って不安要素を増やすようなことは出来るだけしたくないのさ」
あいつがいい例だ、と幽霊はあの道化のことを言った。
「あいつは強力ゆえに奴らは欲した。だが、実態は劣性遺伝なんてもんを未だに信じてるサイコ野郎だ。等しく支配しようとしている身からしてみれば厄介なことこの上ない。なら、等しく人を裁くことができる名を与えることが出来るように、常に都合の良い行動をしてくれるように、意思をしてくれるように、都合の悪いことを口にしないように『お前は生まれつき喋れない』という人格を奴らは与えた。全てはあいつを自陣に引き込む為に」
「そんなことの為に…」
「そう思うか?」
幽霊は車窓から身を乗り出し、葉巻に火をつけた。中央アメリカ辺りの有名なブランドのものであった。
一息吐かれると彼の口から紫煙が外に流れていく。
ぼんやりとその煙を眺めていた幽霊は口を開いた。
「“昔”はよくあったもんさ。ああいう連中は新たな戦力を自陣に引き込む為なら対象がどうなろうか知ったこっちゃない。精々まともに動けば良くて、動かなかったらいつでも捨てれるぐらいの認識だろうよ」
そう語る幽霊は案山子達からしてみれば少し妙に見えた。何処か投げやり気味に吐き捨てた彼は葉巻を口から離し、再び息を吐く。
いや、と言い彼は手を振った。
「気にするな。ただの独り言だと思っててくれ」
「……」
思わず案山子と南瓜は顔を見合わせた。
気にするなと言った幽霊の口調が何処か昔のことを語る老人の様に見えたからだ。
案山子と南瓜が長いアイコンタクトを続けている間に幽霊は葉巻を一本吸い終わってしまった。
彼は吸いきったことを認めると懐から灰殻ケースを取り出し、丁度ケースの臀部に当たる部分の蓋を開け残り火を消してから反対側の蓋を開けねじ込んだ。
元々煙草用の物であるため、少し入れるのに苦戦したが何とか収まった。
もう寝よう、と彼は思った。
今回の件から昔のことをよく思い出すようになった。それは暖かいようで容赦なく彼の心の傷口を抉っては水泡の様に消えてゆく。
彼は珈琲サーバーから泥の様に濃い珈琲をカップに入れると一息でそれをあおった。
鬱屈としていた気分はだいぶマシになった。
片付けは任せた、と未だに見合わせている二人に告げ幽霊は車内の簡易ベットに寝そべる。
気分は良くなったのに、口の中は酷い風味が広がっていた。
―――――
思えば、あれも夢の一つだったのだろうか。
醒めているのか醒めていないのかわからない頭で私は思考する。
私は混乱していた。
あれは“現実に起きた事”だったのか、それとも“夢の一つ”だったのかがわからない。
蒸し暑かったあの日も、皮膚が裂けそうな程凍えたあの日も、果たして現実に私が経験したものなのだろうか。
あの時得た感情も、あの時得た温もりも全て私が見た夢なのではなかろうか。
私にはわからない。
今、こうして『私』という個人が思考している状況ですら私が見ている夢かもしれない。
そもそも私そのものが、他の誰かの夢の中だけの存在かもしれない。
そう思うと、もしその夢が醒めた時、目の前に広がっている光景はどんなものなのだろうか。
きっとそれは少し寂しげで、それでいて前を向いて歩いて行ける程暖かく優しいものに違いない。
――でも、それは少し悲しい気がした。
また眠ろうと思う。
こう鬱屈していては折角色々考えて良くなっていた気分が萎えてしまう。
私は静かに開いているのか開いていないのか、あるのか無いのかわからない瞳を閉じる。
そこで、私は一つの疑問を得た。
私は果たして生物であるかどうか、というものだ。
残念ながら今は答えかねた。
抗いきれぬ睡魔に飲まれ、“私”という意識はあっと言う間に押し流された。
――その頃、北アメリカ民主共生圏では謎の巨人によってビルが数棟破壊されたというニュースが人々を賑わしていた。
Next episode is “NOT A HERO”.
See you next time...