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Dead man's ROND(3)

今回でDead man's RONDは完結となります。




かつて、こんなコトがあった。



それは刹那の一時であって、今では断片的にしか思い出せないような、


――そんな些細な出来事。







「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――綺麗…」



彼女はその時、月を眺めていた。

そして俺はその時、そんな月を見る彼女を眺めていた。


その時、俺は変な顔をしていたらしく、俺の視線に気づいた彼女は可笑しげにくすくすと笑った。

当たり前だ。その時俺は彼女に見惚れていたのだ。


月をバックに儚げに映る彼女の肢体は一枚の絵画のように実に映えていた。


確か、その時は行為が終わった後でお互いに疲れたからと言って寝そべりぼんやりと月を眺めていたのではなかったのだろうか。

だが、先程言った通り極めて些細な事であったためはっきりとは覚えていない。



彼女を手で招き、再び抱きしめる。

愛しい彼女の身体はほんのり暖かく、雪のような柔肌は上等なシルクのように手に吸い付くかのようだった。



――そしてまた情熱的な夜が始まる。



絡まり合う肉体はようようと厭らしい熱を帯び、交わす抱擁はますます二人を“その気”にさせた。


互いの肉体に情熱的な接吻をひたすらに繰り返す。本番前に先にどちらが果てるか勝負、という他愛もない、実にくだらない競いごとをしていたので行為は二人が寝るまでに数時間に及んだ。


この時間は俺と彼女にとってとても幸せな時間だった。汗ばんだ身体で互いがこれ以上に満ち足りたものは無いと思っていた。




――だが、これも過ぎてしまった話。


――美化された“虚構ゆめ”でしかない。



――“夢”ならそろそろめるべきだろう。





――素晴らしきあの日々にさよならを。



――憎たらしき明日の光ににお早うを。









・・



・・・






――時は幽霊がテント内に入る数刻前に遡る。



真っ暗な街路に紫煙がゆらゆらと揺れながら消えていき、石畳の道に無機質な靴の音が響いている。

いつも通り、その容姿に不釣り合いな煙草タバコを吹かしていた幽霊ゴーストは一人夜の街を歩いていた。


彼の視線に写るのは、ネオンで照らされた大きなサーカス用テント。



彼は元来、戦士ではない。


戦士であった事もない。


事前に南瓜カボチャから渡されていたグローブをゆっくりと手に嵌める。

軽い電子音が鳴り、正常に起動したことを知らせる。


次に首元の機械を手探りで弄り始める。

側面に取り付けられたボタンを押すとこれもまた電子音で起動を知らせてくる。


――直後、強烈な頭痛が彼を襲う。うめき声すらあげず、彼は手で頭を抑える。

しかし、それは一瞬のものですぐに跡形もなく消え去っていった。


彼は気づいていなかったが、このときから彼の瞳は東洋人特有のダークブラウンから青白い輝きを放っていた。


彼の視界の中では全てのものの速度が半分以下になっている。一通り確認し終わると彼は再びテントに向かって歩き始めた瞬間、


コツ、コツ、コツ―――


自分以外の何者かの足音が聞こえ、幽霊は振り向き、音の正体の顔を見ると口に笑みを浮かべた。



「尾行なんてらしくないな。年く(ジジイにな)って臆病チキンになったか?」


「……おやおや――」



言うやいなや、暗がりから一人の白衣を着た中年の男が現れた。男は幽霊を視界に認めるとこれ以上に無い程穏やかで柔和な微笑みを浮かべた。これ以上に無い程、柔和に。



「久しぶりだね。幽霊君…いや、カ―」 

「死にたいのか?」



辺りの温度が急速に下がったと思われた。

しかし、一切萎縮する事なく男はまさか、と笑って手をひらひらする。



「それに、君は以前程の力は無い。――まあ、それでも今の僕では勝てないんだけれども」



こんなに老けちゃったしね、と男は苦笑する。確かに男の顔は幽霊が知るものとは比べ物にならない程に老けていた。



「あの呪い、自分には使ってないのか?」


「馬鹿言わないでくれ。僕だって好きで今日まで生きてる訳じゃない」



ははは、と寂しげに嗤う男。以前との違いは明白だった。永い永い年月の果てにこの男は、かつて幽霊と敵対していたあの男では無くなっていた。

そう思うと、何故かやりきれない思いを感じた。



「殺されたかと思ってた」


「まさか。あんな(クソガキ)に遅れを取るほどあの時は落ちぶれてなかったさ」



そう言って男はとんとん、と指で自分の胸を指す。顔は先程のような穏やかな表情ではなく、かつてを彷彿とさせるようなへらへらとした苦笑いを浮かべていた。



「ま、胸にサッカーボール大の風穴開けられちまったけどね」


「…そうか」



現実味の欠片も無い事を暴露され、幽霊はやや反応に困った。

その反応に満足したのか、男はさて、と言い話題を変えた。



「――で、今回わざわざかつての宿敵に会いに来たのは訳があってな」



男はそこで一旦止め、幽霊が頷くのを待った。頷くと彼は懐から一枚の写真――今ではこんなものは骨董品の類だ――を取り出した。


写真に写っていたのは一人の少女だった。青緑色の髪や貼り付けられた様な表情からして、恐らく人形ドールの類であろう。とても綺麗な少女ドールだった。



「こいつの救出を手伝って欲しい。こいつ――いや、彼女は僕が創り上げた“こころ”を持つ人形ヒトだ。ラプラスっつーんだかな。僕がやられた後、行方をくらましていたが、どうやらあの(クソガキ)の所にいるらしくてだな。で――」


「――で、今の自分じゃ何にも出来ないから力を貸せ、――と」



ああ、そうだ、とまで言うと急に男は情けない表情を浮かべた。



「…すまない。僕が弱いばかりに。本来、かつての無礼を償わねばならない相手にこんな頼み事をしなけらばならないなんて」


らしくない、と幽霊は思った。かつてもこう言った無理難題をこいつに無理矢理させられたことがあったが、こんなへりくだった押し付けられ方をされた事など一度もなかった。

余程、追い詰められているのだろう。


少し可笑しくなってくすり、と笑ってしまった。男が怪訝そうな顔をしたのですまない、と一言入れて彼の方に向き直る。



「わかった。手伝ってやるよ」


「……ありがとう」



年のせいか、彼は少し涙脆くなっているようだ。泣くな泣くな、と肩を少しだけ叩いてやってから二人は別れた。



(嗚呼、思い出せた)


幽霊はテントに向かいながら思い出せたものを頭の中で反芻する。

あの男の顔を見たおかげで忘れていた一部の記憶を思い出す事ができた。



(それと、“彼女”のことも)



思い浮かべるは、彼が人としての生で唯一愛した少女。結ばれるまで幾つもの波乱があったもののそれからは本当に幸せだった。あの日が来るまでは――。



(ああ、そうだ。俺は“返して”貰わなきゃならない)


徐々にペースを上げ、走り出す。

その為にもまずはあの道化を倒す必要がある。


彼にあるのは一つの切り札。

そして、一つの奥の手。 



幽霊の姿は夜の街に溶けるように消えていった。











・・




・・・








「――お前は、『調整者チューナー』じゃない」



直後、凄まじい衝撃が幽霊を下から上に突き上げた。が、幽霊はきいてすらいないのか、何事もなかったかのようにすぐに反撃に移る。


そして、次の道化の行動に幽霊除く幻霊第一個小隊の面々は驚愕した。


「……ケハッ」


「――ッ!!??」


データによればこの道化は先天性の障碍で口が聞けなかったはずである。しかし、道化は確かに先程“嘲笑った”のだ。



「ケハ、ケハハハ、ケハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――!!」



高らかに哄笑を上げる道化に誰もが、身を凍らせた。よく見ると先程までにんまりと笑っていた仮面の口がこれでもかという程裂けており、獰猛な笑みを浮かべていた。




「『与名反転リライト』…。余計なことをッ!!」



絡繰師ヘルタースケルターと打ち合っていた少女が盛大に舌打ちをする。

どうやらこの少女は道化の本当の正体を既に認知していたようである。


少女に睨みつけられていることがよっぽど気分を良くしたのか、幽霊は朗らかな顔をしながら道化の方を向いた。



「あー、あー…。よし、喋れるな」



そこには先程の終始無言の背の高い痩せ気味の男は居らず、顔に着けられた仮面の口をパクパクさせながら発声している明らかに異常な人物がいた。



幽霊ゴースト…だっけか、アンタ。オレが『調整者』じゃないなら、オレは一体全体“誰”なんだ?勿論、答えれるだろ?」


「ああ、勿論。お前は――『剪定者トリマー』だ」


新たに現れた用語ワードに皆が首を傾げている中、道化だけが――腹を抱えて笑っていた。



「――ハッ!!いやいや、お見事。――もしかして、資料で写ってたこの“鋏”を見た時点で気づいてたか?」



手にした得物である鋏をじょきじょき鳴らしながら再び問うてくる道化。それに対し幽霊はいいや、と言った。



「お前の経歴を洗いざらい漁っていた時に気づいたさ。いやあ、初めて見た時は流石の俺でも驚いた。何せ、お前の先祖は“旧世界”で優生学を狂信的に信じていた研究者一家だったからな。生まれる以前から殺人衝動は“その血”に刻まれてたんじゃないか?――『この世に有害な劣生遺伝子は排除しろ』、とな」



はあ、とそこで一旦幽霊はため息をついて道化に問うた。



「馬鹿らしいと思わなかったのか?そんな時代遅れもクソもない価値観を背負ってて」



すると、今度は道化がそうでもない、と答えた。



「生まれた瞬間から、生まれる前からオレの中でその考えは“当たり前”だったからな。…なら、『オマエ達』は食用のカエルを食べている一部の地域の人間に『カエルが可愛そうだから食べるのを止めろ』って言うのか?…そんなこと言う奴はただの偽善者だよ。自分で自分の言ったことに酔ってるだけの愚者だ。加えて聞くが、アンタはオレの行為がオレの“本能”だと言ってもそれを否定するかい?」


さあ?、と幽霊は首を傾げた。


「何をしたところで『目の前でそれをするな』という事を約束させるぐらいの効力しかないと思ってるからね。何とも言えないさ」



「そうかい…。――ん、新手か」




何かを感じ取ったのか道化の表情が少し変わる。幽霊は極力(とぼ)けた面で知らないフリをした。



「――。…ま、どうせアンタが仕組んだんだろうな。いやー、参ったな。これじゃ一旦引くしかねぇやなぁ…」



道化は帽子越しに頭を掻くと少女の方を見やる。少女は不満しか無さそうな顔をしていた。



「そんな顔すんなよ、愛しい娘(エース)。不満はたっぷりだろうが、後でしっかりと可愛がってやるさ」


ガシガシ、とやや乱暴にACE(エース)と呼ばれた少女の頭を撫でる。――心なしか、彼女の顔は嬉しげに見えた――。


最後に道化は再び幽霊の方を見た。





「短かったが楽しかったぜ。アンタとの口論は。今回は作戦負けだが、次は負ける気はねぇ。―――また楽しも(殺しあお)うや」





彼らがテントの奥の闇に消えた丁度その時、救援部隊が到着した。












・・



・・・







Sサンズ OオブRリベリオンズ』の救援部隊が到着してから数時間が経った。


彼らは事前に幽霊が手配させておいたもので、非常時には救護、援護を。非常時で無くとも戦闘後のテントの調査を依頼していた。



若手の隊員が多いようだが、早速コンテナ型の簡易型家屋が出来てるのを見るとよく訓練されているようだ。

寧ろここまで用意周到だと少し怖くなってくる具合だ。




幽霊ゴースト支部長。設営完了致しました」


「ん、ご苦労さま。もう休んでいいよ」



わざわざ現場監督でもない自分に報告に来てくれた調査員達を見送ってからテントを出ることにした。



しゅぼっ、と安物のライターから朱炎が飛び出す。


――…やっぱ不味いな…。


いつもの煙草タバコを吹かしながらぼんやりと歩いていると目の前から案山子が駆けてきた。

そして、何しに来たのかと思えばいきなりタバコを落としてかけてしまうような変な事を言い出した。


「さっきはすいませんでした」


「んっ!ごほっ!……は?」


驚いた余り、大量に不味い煙を吸い込んでしまい激しく噎せてしまった。



「…いえ、俺が足を引っ張ってしまって…」


「バカ言え。足を引っ張る様な雑魚を僕はこの部隊に入れたつもりはない。今回の件は生存しただけで普通の軍なら二級昇格モンだ」


精一杯のフォローをしたつもりだったが、効果は芳しくなかったようだ。微妙な顔をされてしまった。




その後、一言二言話してから案山子とは別れた。

切り出したのは自分だった。


年若い彼を見ていると、どうもかつての自分と照らし合わせてしまうからだ。


あの時は、自分に特別な力があるからと調子に乗っていた。仲間と力を合わせれば、どんな相手だって怖くない、そう思っていた。



二本目のタバコに火をつける。

明らかに体に悪そうな紫色の煙が空に舞う。

――そう言えば、この間打ち合わせをする前の任務の時、タバコが一本減ってたのだが誰かが持ち出したのだろうか…、貴重な品だから無駄使いはしないで欲しいものだが。





やらなければならない事は沢山ある。


まずは『La PLUS(ラプラス)』という少女について調べてみなければならない。


そう思い、誰かに何かしらの誘いを受ける前にそそくさと自室に戻った。













・・





・・・







ある真っ暗な個室に一人の少女がベットに括り付けられていた。

正確には拘束具によって抑えられているのだが、少女は抵抗する素振りすら見せない。


頭に着けられたバイザーにはタコ足配線のように付けられたケーブルがそれこそタコのように部屋のあちこちに張り巡らされている。


すると、固く閉ざされていた口がゆっくりと開き始めた。



『昔者荘周夢為胡蝶。栩栩然胡蝶也。


自喩適志与。不知周也。俄然覚、則蘧蘧然周也。


不知、周之夢為胡蝶与、胡蝶之夢為周与。


周与胡蝶、則必有分矣。此之謂物化』



少女の口からすらすらと詠まれたそれは、中国の有名な漢詩なのだが、その本意がわかる者は誰一人いなかった。



少女は眠り続けているのか。



それとも、少女は目覚めているのか。








Next chapter is “Chicken or the egg”



See you next time....







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