Dead man's ROND(2)
前回の続きとなります。
もうちょっと続くので首を長ーくしてお待ちくださいm(__)m
それはつい先程まで予定通り進んでいた筈だった。
目の前の事態から目を逸らすと壇上に置かれた道化の人形と目があった。
焦点のあっていない瞳はあたかもこちらを嘲笑っているかのようで形容し難い憤りを感じる。
「……」
隣にいる背の高い女性――絡繰師は黙って正面を睨みつけている。
彼女が身に纏っているのは前回の偵察の時着ていたリクルートスーツと違い、全身をぴっちり覆うようなラバースーツタイプの特殊任務用戦闘服である。
身体の関節部分に小型モーターが内蔵されていて常人には出来ないような動きをできるようにするスグレモノである。
そして何より目立つのが彼女の右手に握られた機械槍。槍の先端に幾つかの歯車が取り付けられていて絡繰が動くとメインの刃の他に取り付けられた二枚の刃が展開する仕組みになっている。
再び案山子は視線を目の前に戻す。
そこには一人の道化と一人の奇抜な衣装を身に纏った少女がいた。
そして更にその後ろ――否、観客席一面に白装束に身を包んだ者達が旧式のライフルを構えていた。
案山子はちらと周囲を見やる。
今いる舞台に隠れられると思しき遮蔽物は存在しない。それは要するに彼らの詰みを意味する。
絶体絶命、万事休す、危急存亡の秋と様々な詰みを指す言葉が彼の脳裏を占めるが、そんな絶望を振り払うかのように絡繰師が動いた。
「――大丈夫よ。落ち着いて、案山子くん」
彼女は落ち着き払った挙動で顔の右半分を覆っている髪を無造作にかき上げる。その時、普段は隠れている彼女の右目が何故か輝いているように見えた。
すると、彼女は後ろに流していた長い髪を手にしたシュシュと思しきもので括り尻尾のようにし、下に垂らした。
直後、案山子は言葉を失った。
何故なら先程輝いて見えた彼女の右目は正しく金色の輝きを放ち、大蛇のように鋭い瞳をしていたからだ。
――魔眼。それは異能を持つ者が保有しているとされる、一種の異端である。
「南瓜!雑魚は任せて大丈夫よね?」
〔アイヨー。久々に大暴れしますかね!〕
「設定、短期決着」
南瓜に何やら告げるやいなや、彼女は神速を以て目の前の二人に挑みかからんとする。
常人には知覚することすら困難な速度で間合いに入った彼女は回避不可能な速度で必殺の一撃を仕掛ける。
「――!…」
ガキィン!!と、鉄と鉄がぶつかる激しい音が響く。
絡繰師の放った槍の一撃は、道化の側にいた小柄な少女の双剣に受け止められていた。
(この娘…、そこらの雑魚とは違うみたいね…)
現に、彼女がどれだけ槍を押し込んでも目の前の少女を押し切ることは叶わなかった。
「――なっ…!」
少女の口が微かに動く。
空気の変化に気づいた絡繰師は身に危険を感じ、即座にその場を飛び退いた。
「穢れた手でCrownに触れるなっ!!」
直後、鎌鼬が先程絡繰師が居た地面を抉る。
紗爛、と雅で凛とした音色が響いた。
音の主であり、先程の鎌鼬を起こしたと思われるその双剣は刃の部分が幾つかのパーツに分かれているのがわかった。
――蛇腹剣だ、と案山子は思った。
蛇腹剣とは、刃の部分をワイヤーで繋ぎつつ、等間隔に分裂し鞭としても使用することが出来る剣の通称である。
しかし、そのような構造の為、剣自体の耐久性に問題があり、あくまで架空の武器とされている物である。
案山子は観客席からの射撃を避けながら、剣をじっくりと観察する。
すると、少女が柄を強く握り込むと同時に剣の収縮が起きた。あっと言う間に元の剣の形状に戻る。
これらの過程から考えるに電磁石を利用した構造と考えていいだろう。
と、一人納得していて彼は背後にいつの間にか迫っていた道化に対する対処が一拍遅れた。
「――――」
「――ぐガッ……!!」
血が逆流した、と脳が錯覚する。
鮮やかなローキックを喰らい、滑らかな床を滑るように転がる。突然の事で受け身を取ることすらままならなかった。
慌てて身を起こし、態勢を整えようとするとまたしても観客席からの射撃が再び彼を襲う。
「――クソッ!…」
前に飛び退き、事なきを得る。
すると今度は再び道化が目前まで迫っており、右手を背中に回していた。
ガチャン、と何かしらの機構が稼働した音がする。
道化は背中から取り出した鉄板を全体重を乗せ、案山子に向かって叩きつけた。
「――!!」
「うおっ…!!」
舞台が派手に砕け、案山子はそのままその中に捩じ込まれる。
幻霊の力で身体への損害は軽減されているが、どんどん身体は地面に押し付けられている為、無事でいられるのは時間の問題だろう。
「…ぅガッ…、ッうおおおお…!!」
必死に押し返そうとするが、まるでビクともしない。道化は案山子の必死の抵抗を全く気にせず、どんどん鋏を押し付けていく。
(駄目だ、殺られる…――)
既に腕が悲鳴をあげていた。骨もギシギシ、と嫌な音をたて始めている。
ここまでか、と案山子はゆっくりと目を閉じた。
「おい。寝るな、へっぽこ。諦めてんじゃねーよ」
[Bullet Knuckle, charge complete]
驚いて目を開いたのも束の間、先程まで鋏を押し付けてきていた道化の横顔に何者かの右手がめり込んでいる。
メキメキメキメキメキ…、と何かが砕けている派手な音をたてながら尚も拳は道化の顔を抉っていく。
直後にバチン、と引っ張られたゴムを手放したときのように一瞬の内に道化は拳に文字通り殴り飛ばされた。
舞台上の用具を吹き飛ばしながら壁に弾丸のような速度で道化が飛んでいき、派手に突っ込んでいった。
そしてまた一方では、轟音が響きわたった。
サーカスのテント内を高速で走り回る二輪。その二輪が一般の物と違う点が二つある。
一点目は全体に装甲を纏っていて、銃弾、砲弾、電子誘導レーザー、爆風等に対し絶大な耐性を持つ強化カーボン素材が用いられている。
そして、上部には正しく武器の山と言っていい程過剰な武装が施している点。
例を上げるであれば、12.5mmマシンガン四丁、マイクロ誘導式ミサイルポッドが二門、小型の電磁誘導弾発射機構が一門。――と言った具合の過剰っぷりだ。
そしてもう一つ、
――その二輪は急ブレーキをかけたと思うと、その車体を起き上がらせた。
二点目はこの二輪――通称、殲滅外装と呼ばれるこれは変形機構を備えており、通常形態の二輪から変形すると同時に装甲が搭乗者の身体の各部位にボディーアーマーとして装着され、殲滅形態に変更する仕様となっている点である。
勢いよく変形した外装は勢いを殺すために、脚部装甲からスパイクを出し静止を試みた。
ギャリギャリギャリギャリ…、と金属と地面が擦れる嫌な音がする。
「ふぃ〜、到着到着ゥ〜。お前ら!待たせたナ!!」
外装を纏った少女――南瓜紳士が顔を覆うように着けられたフルフェイスヘルメットのバイザー部分を上げ、白く輝く歯を見せつけるかのようにサムズアップする。
だが、案山子は地面に埋もれていて聞こえておらず。絡繰師は敵の少女と戦闘しており手が離せなかったので、まともに聞いていたのはこうしている間もバコバコ撃ち続けられている弾丸が案山子に当たらないように纏った防弾コートと特殊グローブとブーツでひたすら弾いていた幽霊だけであった。
「やっと着いたか。なら周りの奴らを頼む。いくら何でもこの数の敵から守り続けるのは限界がある」
「合点承知ィ!」
南瓜は再びゴーグルを下ろすと、ガシャンと通常形態に変形しテント内を疾走し始めた。
「オラオラァ!死に絶えろォ!!」
南瓜の口汚い叫びに呼応するかのように、上部に取り付けられた四丁の機銃が一斉に吼える。
――これら四丁は《M240E1》という、米軍がかつて正式採用していた汎用機関銃であり、システム施行前の電子安全装置が着けられてないモデルであり、《7.92×51mmNATO弾》という大口径の弾丸を毎分650発発射可能な大火力な武器である――
一見それらの弾丸は我武者羅に撃たれているかのように思われたが、放たれた弾丸は確実に敵の位置を大まかであるものの捉えており、敵に撃たせないよう牽制する分隊支援火器としての役割を果たしていた。
だが、幾ら役割を果たしていようと四丁しかないのと常に高速移動しているのでカバーしきれない箇所がどうしても出てくる。
生き残った射撃手達の内三人がタイミングを測って飛び出してきて、彼女の外装めがけて発砲しようとしたのと、
――ズガガガン…!!!
三発銃声が轟いたのはほぼ同時であった。
飛び出した三人はそれぞれ額に一発ずつライフル弾を喰らい後頭部をぐちゃぐちゃに吹き飛ばしながら観客席に崩れ落ちた。
三発撃ったライフルは上部に盛られたマシンガンとは違いこれまた俗に《DMR》と呼ばれる代物で、南瓜はそれを二輪の上部装甲を上昇させ、そこから身を乗り出し、三人狙撃したのだ。
しかし、観客席にいる射撃手はまだ沢山遺っていた。
南瓜の死角に潜んでいた一人が彼女が身を乗り出したのを確認してから狙撃しようとした。
――其処に、一匹の螢が舞った。
直後、彼の視界は強力な閃光で真っ白に塗り潰された。
きーーーーーーーん、と高周波に似た幻聴が彼の頭の中に響く。激しい頭痛に似たそれは彼に一瞬の隙を生じさせた。
ドシュッ、と激しい銃声が響くと南瓜を狙っていた男はぱたり、と倒れる。
南瓜はどこでも無い方に顔を向け、自分を援護してくれたであろう人物を頭に浮かべる。
「いい援護だったネ。次も頼むゼ」
そう呟くとすぐに彼女は外装を二輪に変形させ、再び走り出す。
―――――
その頃、テントからかなり離れた場所にある空き家では、背中に羽根を生やした生贄人形が、目の前にディスプレイを展開させながらテント内の状況を見ていた。
ディスプレイの内の一つが南瓜を捉える。彼女はそれを見て、一瞬驚いた後に優しげな笑みを浮かべた。
「……どういたしまして」
そして再び彼女はディスプレイを見、仲間達を援護するために監視を再開した。
―――――
絡繰師と少女の戦いは熾烈を極めていた。
神速で移動し、リーチの長い機械槍を使役する絡繰師に対し、少女は通常の剣に対しリーチが長く攻撃範囲も広大な蛇腹剣を用いて互いに一進一退の攻防を繰り返している。
もう何度目の衝突だっただろうか、これもまた何度目か忘れた鍔迫り合いをしていると天地を揺るがす程の爆発音と衝撃音が聞こえた。
見れば、道化が個室の壁をぶち破り、ぐったりとしている。彼の腹部からは煙が上がっており、そして愛用の鋏は派手に地面に突き刺さっていて彼を襲った衝撃の強さを物語っていた。
そして反対側では軽く拳を振るった姿勢でいる少年――幽霊が立っていた。彼はすぐさま側で舞台に埋もれている案山子を普段からは考えられない程の力で引っ張り上げる。
幽霊は元々戦闘員としてではなく、司令として雇われた人間である。
初めの体力適性検査では、軒並み平均、要するに一般人と対して変わらないという事で戦闘員ではなく、指示を飛ばす指揮系統の役割を担っていた。
が、彼はそれを良しとしなかった。
部下である南瓜と共謀して、力が無くとも『二つ名』を与えられた者達と同等と戦える力を創り上げた。
首元に取り付けられたデバイスが短い時間で最適な判断を行えるようにと体感速度を遅らせる装置や、姿勢制御サポート、装置や肉体のダメージレポートの処理などの機能がある。
上に着ているコートは防弾、防刃、防火、防寒、防熱加工が施され、下に着ているインナーは汗を水に再還元にし、水分補給を必要なくしたり、体温調節機能も備えている他マッスルスーツの役割も果たす。
両手のグローブは出力、コマンドによって常人の数百倍の力を発揮可能であり、特殊ブーツも同じく、極めて強力な機能が盛り込まれている。
南瓜がこの装置を《人間兵器》と称した様に、これは兵士を通り越して兵器の域まで達していて、今にでも国際法にひっかかりそうなモノである。
破片を撒き散らしながら道化がゆっくりと身を起こす。所々傷だらけで実に痛々しかった。
だが、それでも彼は自分の得物である鋏を抜き、幽霊に向かって突っ込んでいった。
鋏を開き、幽霊の胴を二つに断たんとするが、その一撃はひらりとあっさり回避された。
道化が幽霊の方に向き直る頃には幽霊の右ストレートが再び仮面で覆われた顔面を捉えていた。
幽霊はそれだけに留まらず、そのまま道化を地面に叩きつける。
カチリ、とグローブから音がした。
「砕け」
[Got it]
ドゴンッ!!と、地面に杭を打ち込んだかのような爆音に近い破砕音が響いた。
道化は案山子が埋まっていた深さより更に深く沈み込んだ。
今度という今度はピクリとも動かない。
幽霊は暫く観察した後、改めて道化に向き直った。
「お前について調べたよ」
「………………………………………」
案の定返事は無かった。しかしそれでも彼は続けた。
「お前はかつて大勢の人々を殺した。お前の中にある“正義”とやらに則ってな。何でわかるのかって自分からそれを匂わせるような痕跡を残してたからな」
ピラ、と何枚かの写真を道化の近くに落とす。それはとある宗教の聖書の一文が記されたノートの切れ端があちこちに落ちているのを捉えた写真であった。
「お前の信仰していた宗教は、地方の勧善懲悪をモットーとした小さな小さな宗教法人だった。だが、小さいだけあって、勧善懲悪をモットーとしておきながら明確な善悪の境を取り決めていなかったんだ」
「………………………………………………………………」
道化の体がほんの僅かに動いた気がした。しかし、幽霊は気づいてないのかそのまま続ける。
「ある日、ある些細な事故をきっかけにその宗教法人は崩壊した。理由は簡単、たった一人の信仰の篤い青年が入信者を皆殺しにしたからだ」
「………………………………………………………………」
相変わらず道化は大きな動きをみせようとしない。しかし、先程まで絡繰師と戦っていた少女が幽霊が何を言おうとしているのかを察したのか、急に顔色を変えた。
「“それ”を言っては駄目!」
彼女の悲痛な叫びを聞いて、幽霊は今まで見せたことも無いような獰猛な、それでいて下劣な笑みを浮かべる。
「そうかそうか。やはり“あれ”が鍵か!!」
ははは、と顔に手を当て呵々大笑する幽霊。そして“それ”を道化に告げるべく穴を覗き込む。
それを止めようと少女が駆けるが、絡繰師が目の前に立ちはだかり、再び戦闘が始まる。
「っ!邪魔をしないで!!」
「幽霊くんが何したいのか知らないけど、有利になるならそれに越したことは無いから、許してね!」
蛇腹剣と機械槍が激しくぶつかり合い、火花を散らした。
幽霊は二人の戦いなど一切に気に留めず、また再びじっくりと道化を観察していた。
一度動いただけで、それから微動だにしてないが胸が上下しているのを見ると生きているらしい。
――これならいける、と彼は確信した。
「殺人鬼、いや王冠。お前は―――調整者じゃない」
直後、凄まじい衝撃波がテントを大きく揺らした。
Next episode is “Dead Man's ROND(3)”.
See you next time....