目覚め(2)
今回で序章最後の話となります。
次回からは第一章が始まりますので、楽しみしててください。
※次回からは更新は少し遅くなると思います
『“Sons Of Rebellions”っていうのはな、名の通りかつてアメリカで自由の為に戦った組織に憧れて作られた組織なんだ』
――――
私は、冴えない道化師。
物も語らぬ道化師。
過去の記憶に囚われた愚かな道化師。
それは、鮮明な朱の記憶。
手には巨大な鋏と、ちゃちな拳銃一つずつ。
一歩、進めば朱が散る。
舞えば舞う程、朱が散る。
其処にいるだけ、肉が散る。
生きているだけ、“いのち”散る。
――チクタクチクタク…。
手にした懐中時計は、無機質で非生物的で、それでいて機械的な音を立てながら時を規則正しく刻んでいる。
ずっと眺めているのも億劫だったので、私は見るのを止め、他の作業に移ることにした。
「――――――――――――――、」
幕の向こう側から、大きな歓声と盛大な拍手が聞こえる。
私は自らの出番を悟り、机に置いていた仮面の一つを手にした。
にんまり、とした道化師の仮面をゆっくりと冠を被るかのかのように着ける。
目の下から顎までを覆うタイプの仮面である為、視界はさほど狭くはならない。
少し狭まった視界でもう一方の仮面をちらり、と見やる。
それは悍ましい容貌をしていた。
口は耳のあたりまで裂け、彫りつけられた笑みの皺は見るものを萎縮させる代物である。
――まだ使う刻じゃない。まだ。
私は憂いを払い、門を潜った。
自分じゃない誰かを頭で強く、意識する。
明るく、常に朗らかな笑みを浮かべている、陽気な道化師。
おっちょこちょいで、ドジをしても直ぐに笑いに変える哀れで物悲しい者の象徴。
スポットが私に対して降り注ぐ。
私にはそれが天使の梯子のようにも、芥川龍之介の作品であり、作中に出てくる『蜘蛛の糸』のようにも見えた。
観客様に対して私は恭しく頭を垂れる。
顔を起こす頃、私は自分に出来る満面の笑みを浮かべた。
――どうか、彼らが笑顔で過ごせますように。
――どうか、彼らを私が始末しなくてすみますように。
――――
『幻霊第一個小隊』は『Sons Of Rebellion』と呼ばれる反乱組織に属する傭兵集団である。
属する、と表記したが基本的には本部側の要望に応じ、その度に戦力を派遣するという程の従属関係である。
そういった事から、有り大抵のことは“こちら”の判断で動く事ができる為、主に遊撃部隊としての役割を与えられていた。
五人からなる小さな部隊であるが、それぞれが、幽霊、案山子、南瓜紳士、生贄人形、絡繰師というコードネームを与えられ、各々に“幻霊”と呼ばれる遺蹟技術を体に取り込んでいる。
幻霊とは、歴史、伝承、神話などに現れるものを現代で再現したものであり、かつては『Trval's』のみ保持していた技術であったが、世界が一度滅びたことにより、元よりその技術を狙っていた人々が『Trival's』が再び現れる前に強奪に成功した。
そして幻霊第一個小隊の面々はようやく完成した試作型の戦闘データ収集を兼ねて実戦装備させられている。
――思えば、ここまで長かったな。
幻霊第一個小隊が現在用いている隠れ家の司令室(仮)で、隊長である幽霊は一人煙草をふかしていた。
一丁前に煙草をふかしているものの、彼の容姿は10代半ばの少年である。
実年齢は既に成人しているのだが、やはりこの容姿でタバコは何処か背徳的であって、この光景を目にした者は皆異口同音に罪悪感を覚えた、と口にした程である。
彼が咥えているのはかなり古い銘柄のタバコで、今では殆ど取り扱っている店は無い。
元より、有名な柄の劣化コピー品であり、大して安くも無い癖に味は最悪、といった碌でもないタバコである。
「…………やっぱり不味いな」
そうボヤいて、一度口から離すものの、暫くするとまた口にし、また離す。
彼はこれを既に何度も繰り返していた。
…それが、まるで自らに課せられた使命かのように。
――コンコン。
と、唐突に司令室のオンボロのドアに控えめにノックする音が聞こえた。
『はぁ〜い、絡繰師。ただいま戻りましたぁ〜、っと』
みょうに甘ったるい声がドア越しに聞こえたかと思えば、許可もしてないのにその声の主はずかずかと中に入って来た。
幽霊は思わずため息をついた。
「おい、俺はまだ入っていいとは言ってないぞ」
むっ、とありったけの非難を込めた瞳で彼女を睨んだが、容姿のせいで愛らしい表情になっていたのだろうか、彼女は更ににこにこしながら見つめ返してくる。
効果が無かったことを悟った彼は目頭を揉み始める。
「…で、報告は?」
「ええ、では早速始めますねっ♪」
いそいそと腰のバッグから彼女は頼んでいた情報の書かれた書類を取り出した。
始めから出せ、と彼は文句を垂れたが大人しくそれを受け取り、目を通す。
表紙には、
『CrownRipper』
と書かれていた。
・
・・
・・・
「…なるほど」
幽霊は資料を読み終え、少し唸った。
どうやら資料に載っている男は、かつての大量無差別虐殺事件を引き起こした『虐殺の王』と呼ばれていた者と同一人物のようだった。
当時の事件は彼もよく覚えている。
某国の郊外で起きた事件で、怪我人16名、死傷者は20名を超える酷い事件であった。
被害者の殆どの死因は、銃創か鋏のような鋭利な何かに体を文字通り断ち切られた際の出血多量によるものだった。
犯人は道化師の姿をしていた、という証言が幾つも寄せられたが結局捕まらずじまいで、今でも犯人は逃亡している…らしい。
「私もその時、近くに住んでたのよね〜。次に襲われるのが自分なんじゃないかって夜ベットで震えてたわ」
ん〜、と指を唇に当てながら絡繰師は思い出に浸っていたが、彼女の言っていることにはどうにも違和感があった。
「なあ、おい…」
「――それは有り得ないわね」
幽霊が驚いて真横を見ると銀髪の少女がいつの間にか側に立っていた。
「うおっ!?び、びっくりしたぁ!」
「…あらあら生贄人形ちゃん、それは一体どういう意味かしら…?」
青筋をたてている絡繰師とは裏腹に生贄人形、と呼ばれた少女はきょとんとしていた。
「…何って…、そのままの意味だけど…」
「よし、後で表出ろ」
背の低い生贄人形は絡繰師に胸ぐらをあっさり掴まれ、室外に連行されていく。幽霊は只々黙って見ていることしか出来なかった。
「…いやぁ、絡繰さん。昔からチョー強かったからねェ…。ケーちゃんの言う事も分かんなくも無いんだけどねェ…」
「ん、それには同意。あの人槍持ったらほんと強いよな〜…」
出ていった二人に入れ替わるように、今度は案山子と南瓜と呼ばれた少女が入って来た。
「お、無事帰ったか。どうだった、調子は?」
「まだぼちぼちと言った所かな。剣を操るんじゃなくて操られてる感覚がまだ抜けなくてさ」
はは、と少し情けなく笑う案山子。誰でも初めはそんなもんだ、と言おうとしたが、それよりも先に南瓜が口を挟んだ。
「――と、まあ案山子くんはこう言ってるけど、データ的には上出来だったネ。無銘との同調率も86%超え、本格的に幻霊を持ち始めた人間にしちゃあこの数値はスゲーぜ?」
ニヤリ、と垂れ気味の目を細めて笑う様子はどこかネコ科の動物を思わせた。
不覚にもドキマギしてしまった案山子は平静を装い、自然な動きでそっぽを向いた。
「………(ちぇっ、脈アリかと思ったのになァ)」
「おーい、南瓜紳士。丸聞こえだぞ」
ごめんちゃーい☆、と上っ面だけで謝る南瓜紳士。それを見て何やら不思議そうな顔をしている案山子。どうやら先程の南瓜紳士の発言が聞こえてなかったようである。………あの距離で?
幽霊が一人困惑していると、唐突にドアがぶち抜かれ外から取っ組み合いをしている絡繰師と生贄人形が互いの頬を引っ張りながら転がり込んできた。
「……まあ、都合がいいか。皆よく聞け、帰ってきたばかりの所悪いが頼みたい事がある」
幽霊がそう言った瞬間、あんなに騒がしかった司令室が即座に静まり返る。
こういったメリハリがあるから、こんな滅茶苦茶な部隊でも存続できているのだろう。
「絡繰、みんなに例の資料を」
「はいは〜い♪」
いつものペースに戻った絡繰師が幽霊に渡していた資料の写本を皆に配る。各々がそれに目を通し始めた時頃を見計らって幽霊が再び口を開いた。
「次の任務は資料の道化師が潜伏しているとされるそのサーカスの調査だ。場合によっては奴との戦闘も想定される。準備は怠るなよ」
「「御意」」
―――――――
―――夢を見た。
―――何処か懐かしくて、愛おしくて、けれども二度と帰って来ない優しい夢。
―――嗚呼、自分はこの光景を知っている。
―――でも、それは蜃気楼のように霞んでいてまるで実感が無い。
―――『じゃあね、“和也”君。また明日』
―――懐かしい声が聞こえた。
―――声の主を見たが、顔はまるで子供の落書きのように黒い線が入っていてよくわからない。
―――『ずっと待ってる』そう言った彼女の微笑みはとても眩しかった。
―――だけど、自分はこの少女が誰だか分からなかった。
―――大切な人の筈なのに、愛した人だと言うのに……思い出せない。
―――それがたまらなく悔しかった。
―――待ってる、とまた彼女の声が聞こえた気がした。
―――もうすぐ、夢が終わる。
――微睡みから肉体が、脳が徐々に覚醒していく。
――覚めゆく意識の中、一度後ろを振り返る。
―姿は見えないが先程と同じ位置に依然として彼女は居るようだった。
―いつか必ず、真実を掴んでみせる。その為には、彼女が何者であるか思い出せねばならない。
手掛かりを掴むべく、僕はゆっくりと目覚めた。
Next Chapter is “Dead mans ROND”.
See you next time...