目覚め
※今作は私の過去作である『Trival Tweet』と同じ世界観を有しています。
より深くお楽しみ頂きたいのであれば、そちらを先に読むことをお薦め致します。
―Fulldrive
これは有り得たかもしれない一つの未来の話。
全てはたった一つのくだらない呟きから始まった、一連の物語。
これはその多くの物語が辿る一つの可能性。
『汝等ここに入る時、一切の希望を捨てよ』
大脳 核
気づけば、仲間が一人頭を無くして目の前をふらついていた。
勿論、脳髄を失った人間がそう長い間立ち上がるなんてできる筈もなく、あっさりと地面に倒れる。
何度目の光景だろうか。いい加減うんざりしながら、彼は膝に力を入れて躰を起こす。手にした武器が鉛のように重い。無論銃の重さは変わったりしない。ただ、持ち上げる程の力が彼の腕に殆ど残されていないだけだ。
唐突に凄まじい衝撃が体の側面を捉えた。
成す術も無く、地面と水平に吹き飛ばされる。
ふらつく体を支え、やっとのことで立ち上がると目の前に影の刃が見えた。
刹那、それは神速を以て彼を貫かんとする。
間一髪それを横に飛び回避するが、度重なる戦闘の疲労からか地面に落ちていた肉塊に躓き無様に転倒してしまった。
横向きになった視界にかつて仲間であった肉塊が写る。
湧き上がる不快感と後悔が襲いかかってきたが、このままだとトドメを刺されるのですぐそれを払い身を起こした。
既に満身創痍を超え、立っているのがやっとという状態だったが、彼は動き続ける事を止めなかった。
何故なら現在相対している相手の前では立ち止まることは死を意味するからだ。かつて仲間であった者達もそれで一瞬で蹂躙され、蹴散らされ、殺された。
彼自体、たまたま仲間の影にいたから助かっただけである。
後はもう一方的だった。
僅かに残った仲間達と正しく玉砕覚悟の突撃を繰り返しながら抵抗したが、戦力差は歴然であり、みるみる内にその場に転がる肉塊の数が増えるだけの結果となったのである。
「理解に苦しむね」
目の前の男は心底呆れたようにそう呟いた。
「こんなにも仲間の無残な死に様を見せつけられてもまだ君は立つというのか?そろそろ諦めたらどうだい?」
男がすぅ、と右手をかざしたと思うと彼は全身に強烈な慣性が働くのを感じた。
あっという間に吹き飛ばされ派手にバウンドしながら地面を転がる。
「…っぁ…」
最早、痛みすら知覚できなくなってきた。
肺が痙攣し、まともに息が吸えない。
痰が絡まった様に喉に不快感があった。
堪らず無理矢理咳をすると、粘ついた音をたてながら血が口から溢れてくる。最悪だ。
手足も痺れ、まともに動かす事はもう出来なさそうだった。
「…このまま終わらせるのもつまらないな」
いつの間にか側に来ていた男が彼を見下ろしながらふむ、と顎に手をあてる。
「…っ!!??」
ずむ、と男の手が彼の胸に沈む。
何かが身体に押し込まれたのがわかった。
「君には蚊帳の外から見ていてもらおう。私が…いや、私達が見せる未来を。その結末を」
この時はまだわからなかったが、それは一種の呪縛であった。
消え去る事も、朽ち果てる事も赦されない最低で最悪な呪い。
無論、今の彼がそんなこと知る由もなく、静かに消えゆく意識の中目の前の男に向かって汚い言葉で罵りながら彼は意識を失った。
「fuck…」
After 70years...
――――
―某新聞朝刊より抜粋
『今日は、新政権が発足してから60年たった記念すべき日である。
かつての日本の55年体制に勝る程の長期間の一つの政党による体制は類を見ないものであり、誇らしいものだと思う。
近年、反政府派によるデモが過激化してきている。安全で平和な日常の為にもこれからも信頼の置ける政党を目指して日々邁進していってもらいたいものである』
――――
いつからだろう。目の前に意味の無い数字の羅列が見えるようになったのは。
わかる人からしてみれば、意味のあるものなのかもしれないが、残念な事に僕は絶望的に数学に関しては疎いのでこれっぽっちも理解出来なかった。
手にした不採用通知を見て、僕は一人溜息をつく。
これで何社目だろう。既に両手で数えられる程の会社に採用試験を受けに行ったのにも関わらず、未だに一つも引っかかってない。
緩んだネクタイを締め直し、もう何度目か忘れた溜息をつく。
勿論、溜息を繰り返したところで現状が好転する事など無い。しかしこうでもしないとやっていけない程、僕は疲れていたのだ。
と、唐突に強烈な頭痛が僕の頭を襲った。いつに増して強烈なヤツだった。成す術も無く僕はその場に蹲る。
まただ。
目の前に数字の羅列が見える。
徐々に零に近づく数字群は速度を上げながらみるみるうちにその値を減らしてゆく。ギシギシ、と脳が軋む音がする。僕の頭は頭痛のあまり割れそうだった。早く収まらないかな……
――ドサリ、
―あれ?
僕は自身の視界が地面に対して垂直であることに気づいた。つい先程までは地面に対し、平行を保っていたというのに。
―そう言えば、なんで頬にコンクリートのような硬い感触が……。
生首だけになった青年は、まだ思考巡らせているかのような顔つきをしていた。自分が死んでいるのにも気づかず、青年は思考を続けようとして、ゆっくりと出来なくなっていった。
ほんの一瞬の事でこの青年は知る由もなかったが、彼はここで不採用を嘆いている間に不運にも工事現場から落下してきた鉄骨に首を引き千切られて死ぬ、と生前――母親の胎に収まっているときから――定められていた。
だが、この事実を彼は知る由もない。何故なら彼はもう既にただの首の千切れた死人であって生者ではないからだ。
そしてこの事故をメディアで知った人々や耳にした人々もこの事実を知らない。
何故なら、彼らもまた運命を定義づけられており、そのことを知る権利を持っていないからだ。
あの日、突然世界中の人々の間で昨日までの全て記憶が経験したはずなのに、実感が無くなる事件が起きた。
研究者達はこの現象を未視夢症候群と名付け、日夜研究に励んだが、結局何が原因で、何を引き起こしたかよくわからないまま、その現象は忘れ去られていった。
そして、時を同じくして突如として日本の国会に一つの政権が立ち上がった。
それは社会主義でありながら、現在の資本等を引き継いで行こう、というあまりにも滑稽な公約を掲げ、選挙で出来レースと言っていい程完璧な勝利を収めた政党を中心にした連立内閣であった。
彼らは、後見人である米資本と共同で、既に先進国の多くが導入している国民健康管理システム――通称、『Trival's』の導入を促進した。
かつての政権で、個人に番号を与えようとした際、かなり批判を浴びたようにこれにもかなりの反対意見が出た。そのシステムは明らかに国家の行使できる権限を超えている、と。
しかし、それらの反対勢力も気がつけば姿を消していた。別段、処分されたとか、そんな物騒なものではない。
ただ、彼らはいつの間にか消えていただけであって、殺されたとかそういうのでは無かった。
そういった弊害もありながら、公約から数年後にようやく『Trval's』の導入に漕ぎ着いた。
国民の健康は然るべき機関が管理します、という売り文句で実行されたシステムを当時の国民は快く受け入れた。
――――疑うことも無く。
この『Trval's』の実態は、未視夢症候群が発生する前――、一度世界が滅びる前まで存在していた世界の統率権を所有していた組織である。
70年前のあの日、一つの大きな叛乱組織による大規模な革命が起きたが、組織にあっさり鎮圧された。
首謀者も死亡し、またいつも通りの閉鎖世界が続くかと思われたが、叛乱組織が生まれる前から燻っていた内部による権力争いが今更表面化したのだ。
創設者派対その孫の派閥は激しい抗争を繰り返した後、孫側の勢力が創設者側を皆殺しにした事でその件はカタがついた。しかし、その争いは家族内の争いに留まらず、世界の全てを巻き込んだとてつもなく大規模なものになっていった。
挙げ句の果てに、核兵器まで使用され、
収集が徐々につかなくなっていったのは間違いないだろう。
ある日、孫はこう言ったという。
『一回消すか、この世界』
そしてそれは実行され、一度世界は滅び、生き残った人々による数百年の必死の復興により滅びる一日前の状況まで技術を戻す事ができ、人々の記憶を改竄することでその抗争と破滅を無かったことにしたのだ。
―話は数刻前に戻る。
―凛、と澄んだ鈴の音が都会の街に響く。
その音の主の少年は、何とも不思議な佇まいをしていた。
上は大量のポーチが親の敵のようにつけられた黒いカッターシャツを着、下は膝当てが装着された戦闘用パンツ。さらに下はいかにも堅牢そうな軍用ブーツを履いている。
そして、なにより目を引くのが腰に携えた一本の刀剣。
一見してとても目立つ姿形をしているが、人混みにまみれて歩いているせいか、誰一人彼を気に止めることはない。
コツコツ、というブーツが発する無機質な足音だけが、アスファルトに響く。
彼の瞳には、一人の青年しか映っていなかった。
二人の間がおおよそ20メートルになると、少年は真っ直ぐな鞘から刀剣を抜き、構えた。
『此レ以ッテ偽ヲ断ズ』と彫られたその刀は一般的な刀と形が少し異なっていた。
少年はそれを中腰で構え、青年の後ろ姿を見据える。
少年が深く息を吐き、周囲の空気がにわかに変化し始める。
厳かに閉じた目を見開き、彼は一歩を踏み出した。
―一歩、定メテ。
ダンッ、と地を蹴り少年は大きく前進する。
―ニ歩、粛々ト。
一度、踵で軽くブレーキをかけ、反動で更に遠くまで跳躍する。
―三、四、刻々。
細かいステップを刻み、必殺の間合いに入る。
―五歩、断頭。
「秘剣、――『刹那』」
音もせず、目の前の青年の首が飛んだ。
それはべチョッ、と潰れたような音を立てて地面に落ちた。
首を跳ねられたことに気づいてないのか、体は暫く直立した後にゆっくりと地に臥す。
――暫しの静寂。
少年は目に見えない程の速度で血を払うとゆっくりと納刀する。
直後、バラバラになった鉄骨が少年をあたかも避けるかのように降り注ぐ。
それでも、依然として人々は彼らを気にも止めなかった。
少年はそれを不審がる事も無く、つい先程殺害した青年の首の無い骸をただじっと見つめる。
「――起きろよ、寄生者。どうせもう目覚めてるんだろ?」
『………なんだ。わかってんじゃねぇか』
頭の無い体はそう言ってぐちょぐちょと厭らしい音を立てながら首の中に入ってる何かを蠢かせた。
『いつから気づいてた?』
「本来なら話す通りは無いんだが。まあ、いい」
くい、と少年は親指を後ろにいる人々に向ける。
彼らは人が斬られたというのに、反応どころか表情すら変えることなく何処かへ歩いて行った。
「アレがおかしいってことぐらい誰だって分かるだろ。あとはあの現象を引き起こせる力を持った者のリストを当たって該当する奴を探せばいい」
『なるほど、実に容易だったわけだ』
クツクツ、と笑いを噛み締める遺骸。
顔が無いのに、それでも彼は笑っていた。
「…お前の能力は――、『干渉』だな」
『――おっと、そこまでお見通しとは。やっぱガキとは言え、舐めてかかるもんじゃねぇやな』
遺骸は顔が無くてもわかる程歪んだ笑みを浮かべた。
辺りに殺気が満ちていく。
『バレたからにはしょうがねぇ。ワリィが相手になってもらうぜ』
どろり、と突如として遺骸が地面に溶けた。
そして少年が地面から足を払われた、と認識する頃には彼の視界は180度回転していた。
「っ!」
頭から地面に落ちる前に、空いている手を上手く使い転がることで衝撃を殺す。
が、いつの間にか再び地面に浮上してきていた遺骸に中段蹴りを喰らい吹き飛ばされた。
またしても転がることで衝撃を逃したが、相手が地面に『干渉』している以上再び追撃されるのは必至だった。
だから、彼は。
『――何?』
遺骸は目を疑った。
相対していた少年が何故か先程の位置で、直立不動の姿勢をとっているではないか。
――ハッ、勝てないと悟って諦めやがったか!!
遺骸は勝利を確信し、再び地面に『干渉』し、姿を消した。
――その洞察力は認めてやるが、ちと相手が悪かったな坊主。
遺骸は確実に少年を殺せる位置まで移動し終えると、今度は大気に『干渉』した。
地面から勢いよく飛び上がり、必殺の間合いに入る。
『貰ったッ!』
――ザクリ。
遺骸の掌は少年の背中からから胸板まで一気に貫いていた。即死している事は間違いないだろう。
だが、遺骸の貌には驚愕の表情が浮かんでいた。
『くそったれ…!身代わりかっ…!』
遺骸の掌が貫いている少年の体からは麦藁が飛び出している。
そしていつの間にか貫いた穴が狭まっていて、手が抜けなくなっていた。
『ウザってぇ!!』
空いた手の手刀で袈裟斬りにすると、突如として身代わりは燃え上がり始めた。
――くそ、どうなってやがる…。
遺骸は悪態をつきながら辺りを見渡す。無論、先程と同じく目の前で戦闘が繰り広げられているのにも関わらず、街を歩く人々は無関心を貫いている。
遺骸が自らそうさせているのだが、今の現状でそれを目にするとやはり、不気味なものを感じる。
忌々しげに舌打ちした瞬間。
彼は背後に熱源があることに気づいた。
「――その命、頂戴する」
『…しまっ―――!!』
彼は切られた瞬間断末魔の叫びをあげようとした。
しかし、それは少年の刀剣の斬、という音に掻き消されてしまった。――正確には、断末魔を上げる前に斬り殺されたのだが。
「秘剣、――『火影』」
ふぅ、と息をし、剣を収める。
男は死んだ。彼は表向きは就活生を装った『Trval's』の監察官だった。
『干渉者』の偽名を与えられた彼はその偽名の通り、他者に『干渉』し、彼にとって都合の良い認識や解釈を押し付けることで意のままに操ることができる。
――但し、彼より強力な能力を有している者、もしくは『干渉』を受けない程の強靭な精神を持っていれば、彼からの『干渉』を防ぐ事ができる。
しかし、彼は『干渉』という概念であって、生者では無い。
――つまり生死という概念が無い為、肉体さえ残っていればと人格が死んでいても『干渉』は働く。
しかし、能力は限られた範囲内においてのみ発揮できるので、このまま彼の肉体が朽ち果てるまでここを歩く人々“だけ”周囲に対して無関心であり続けるだろう。
流石にそれは迷惑ではなかろうかと思ったので、少年は彼の骸を運び人気のない所に土葬してやる事にした。
・・
・・
・・
[ヨォ、案山子さんよ。幻霊の調子はどうだい?]
不意に、案山子と呼ばれた少年の耳に、何処か気の抜けたのほほんとした声が聞こえた。
「なんだ南瓜か。――ああ、調子は良いよ。無銘なのが惜しいぐらいだ」
触った拍子に凛、と柄についた鈴が鳴る。
この刀剣は案山子が彼の上司から授かったもので、何処かの名も分からない古墳から盗掘した物らしい。
大和大王の加護があるたら何たらで途轍もない価値を持っているそうだ。
[そーだね〜。あ、そうだ。隊長がキミに用があるそうだから早めに戻ってきてね〜。あと生贄が寂しそうだったからちゃんと構ってあげといてね〜]
じゃね〜、と南瓜と呼ばれた少女は無線を切った。
案山子は急に口元が寂しくなったので、懐から煙草を取り出した。
その内の一本に火をつけ一服する。
乗ってきた二輪までまだ距離があった。
息を吐くと煙草特有の紫煙がゆっくりと空に昇っていく。
――まるで龍みたいだな、なんてくだらない事を彼は考えていた。