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身勝手が過ぎる自分たち

 転生者を始末する簡単なお仕事でコツコツお金を貯めるマツノとショーコのアルバイトは続いた。マツノが学生とは思えない貯金を持ち、ショーコも羽振りが良すぎて援助交際を疑われるくらいには稼いだ。


「お前らだって俺らと似たようなもんだろッ!!」

「そうだな。でも死ね」


「何でアイツは許されて俺が駄目だってんだ!!」

「性根腐ってるからじゃない? ばっははーい」


「何の権利があってこんな事を!!」

「知るか。死ね」


「き、君に惚れた!! 美しく、強く、キュートで……」

「命乞いの仕方キッショ。ごめん消えて」


 金太郎飴のように湧いて出ては切り落とされる転生者たち。やりたい放題やってきた転生者をこれまたやりたい放題に殺害しても彼女たちは別段悪びれず、罰されることもなく、何者かの実験に付き合ってその対価を受け取り続ける。

 転生者を一方的に殺害する万能感は、彼女たちにはない。殺しを楽しんでいる訳でもない。

 しかし力の行使に抵抗は感じないし、良心の呵責も覚えない。


 日常生活では特定の感情を無理やり抑え込むわけでもなく、バイトはバイトで現実は現実と割り切っている。


 マツノはスマホを怒れる教師に叩き割られても、予備のスマホでその様子を撮影して匿名でサイトに投稿したらそれで満足したので寝た。後の騒ぎには一切興味を示さなかった。

 ショーコはふわふわした進路を語って「勉強できないから無理っしょ」と嘲笑われても、まぁ何とかなるだろうといつも通り根拠もなく思っていた。笑った友達がテストで赤点をとっても特に気にしていなかった。


 観測者は思う。

 この二人は処刑人エクセキューショナーになるために生まれたような少女たちだと。


 観測者は思う。

 来るべき世界への適性とは無関係に、この二人の珍しい試験体はある種貴重である。


 観測者は思う。

 貴重な試験体であるならば、貴重なデータを得るために使った方がよい。


 観測者は思う。

 どうせ処刑人エクセキューショナーの代わりは後から確保できる。


 観測者は思う。

 観測者は計画する。

 観測者は結果を予想する。


 観測者は、彼女たちに最後の指示を出した。




 = =




 なんとなく、今日は何かが起きる気がした。

 どこかいつもと違う場所、雰囲気、予感。第六感と呼ばれる何かが囁いていた。


「戒律違反、5条と8条。ただし違反内容が空白。空白だけど違反になってるって、どゆこと?」

「そんなことより粛清対象は誰だよ」

「粛清対象、威上いのうえ松乃まつの。能力――処刑人?」

「あん?………」


 その名前は、マツノの本名だった。もしやと思い普段はろくすっぽ開かない戒言法典を開いてみると、そこに濱木はまぎ輝子しょうこと書かれている。能力は、ざっくり処刑人という一言しかない。

 ああ、まぁそのうち起きるんじゃないかとは思っていたことだな、と、マツノは他人事のように思った。


「おいショーコ。お前フルネームは?」

「ハマギショーコって言うんだけど。マツノちゃんフルネームは?」

「威上松乃。こっちの戒言法典に名前なんて書いてあるか当ててみ」

「えーっと、もしや!マツノちゃん!?」

「ちげーよお前だお前。何のためにフルネーム確認したのかちったぁ考えろよ」

「あ、えー、ああそういう事!!流石マツノちゃん理解が早い!」


 こいつは自分以外がパートナーだったら今頃殺されているのではないか、とマツノ思った。

 まあ、そう簡単でもあるまいが。


「報酬金額いくらになってる?」

「えーと、いちじゅうひゃくせんまん……7兆8000億円!!」

「あっ、こっち7兆6000億円になってやがる。何だこの誤差、いい加減な仕事しやがって」

「いやいや、もうここまでくると2000億とか誤差だよね」

「そんな3000万かかる工事に比べれば1000万は安いみたいな政治家的思考やめろ。冷静に考えればどっちも大金だからな」

「まぁ確かにこれまでのバイト金額全部足しても2000万円は届かないけど~……」


 緊張感のない奴。そう思い、自分も同類かとマツノは自嘲した。

 こんな状況になっておきながらどっちも大して焦っても欲にかられてもない。本当にどうしようもなく頭がおかしいのか、想像力の欠如した暢気さなのか。サイコパスの適性はありそうな気がするが、それもどうでもいい話だった。


「さてショーコ。おれとお前には選択肢があるぞ」

「その一、残虐バトル開始! 勝った奴が金を得る、世紀末デスマァァッチ!!」

「その二、麗しき友情により片方が死を受け入れ、勝者は涙ちょちょぎれで現実に帰還」

「うーんマツノちゃんが死んだらウチ涙出るのかな~?」

「その辺おれも疑問だな。おれら関係がさっぱり塩味だし」


 どちらかの為に命を差し出せと言われても、そういうことする程の関係じゃない。じゃあ殺し合いするかという話になっても、そこまで乗り気でもない。さてはて、どうしたことだろう。二人は互いに見つめ合うが、レズでもないので幸せなキスなんぞしない。少し考えたマツノは、とりあえず剣を構えた。ショーコもとりあえず杖を構えた。


「とりあえずるか。ってりゃそのうち結論出んだろ」

「だね。合図とかいる?」

「いらんだろ。じゃ、いくぞ」


 嗚呼、なんといい加減で反吐が出るような馬鹿馬鹿しい殺し合いなのだろう。などと悲劇の作家のような文言を考える趣味もなく、まぁいつものように殺しにかかる。斬れれば7兆6000億円、無理なら死ぬ。ボロい話だ。どっちか一人は一般人が死ぬほど働いても一生届かなそうな金額に手を掛けられるのだから。


「縮地」


 武道系の創作話では大活躍、みんな大好き間合いを詰める縮地だ。しかしマツノの縮地は武道の縮地ではなく、仙術の縮地。すなわち「開いた距離を物理的に短くする術」だ。ちなみに近代では北の将軍様がその使い手だったとされているのだから爆笑モノである。実際にはワープだかバイロケーションだかに分類される使い方をするようだが、まぁ馬鹿とはさみは使いようだ。

 魔法使いにとって接近戦は不利。ファンタジーにありがちな設定だ。


 まぁ、ショーコの使える魔法はありがちではないので何かしら対策立てるだろう、とマツノは他人事のように思う。件のショーコは魔法によって『クロノスの眼』が使えるのであらゆる時間、あらゆる空間からの攻撃を認識してゼロタイムで迎撃できる。縮地も当然スローモーション以上に見えていた。ちなみに見えてなくとも他の眼の魔法で未来くらい見えるので知っていた。だから当然対策もある。


「『空間膨張』~!」

「あっ、コイツそうきたか」


 縮地で空間を縮められたのなら、縮められた分だけ空間を膨張させれば±はゼロだ。ショーコとしては空間トラップの類を仕掛けようかとも思ったのだが、マツノ相手では空間ごと斬られて意味がない。そう、つまり空間を膨張させてもマツノは手段を変えるだけなので意味はないのだ。


「次元接続斬」


 さくりと空間に筋が入り、次元の裏側からマツノがショーコに接近する。空間と空間を捻じ曲げて強引に繋げる力業だが、あれで人類は生身で頑張ればたどり着ける領域らしい。人間ってオカシイんだな、と思いながらショーコもどぷん、と立ったまま次元の裏側に潜る。


「やほー」

「まぁそうなるよな」


 次元の裏側は次元の表と釣り合ってる世界なので、どっちで追いかけっこをしても結果は同じだ。しかし裏側は表に比べて空間操作の自由度が段違いに違う。マツノも、ショーコもだ。


「『認識論:おれはショーコに到着する』」


 認識論は、思い込みで世界を変える力だ。自分のイメージした事実を世界に押し付け、世界が折れて実現する。つまりあれを使われれば現実的な条件がどうであれ結論が先に世界に出現する。であるならば、同じような力を間に叩き込んでやればいい。


「上書き魔法『アキレスと亀』っ」


 これは、理論上永遠に辿り着けないというその理論を世界に適応させる魔法だ。この法則があると、アキレスであるマツノはショーコという亀に永遠に辿り着けない。

 ところで、何故マツノがショーコに辿り着こうとするのかというと、間合いに入らねば剣は敵を斬れないからだ。物理的にそうなっている。ではマツノには「近づかず斬る」方法はないのか。答えは、ある。むしろありすぎてどれをすればいいのか悩むほどだ。


「次元突破」


 マツノを中心に裏側の世界が崩れ、『なにもかもがあり、そしてなにもない』世界が現れる。四次元空間が恐らくはそれに近い概念だ。マツノは自らを三次元を超越した存在に押し上げたことで、空間の上位法則となり、その法則を世界に流入させて次元を一つ上に押し上げたのだ。

 この空間に距離はない。間合いもない。それを認識できるのは普通ならマツノだけだ。

 しかしショーコにはそういった小細工は通用しない。「上位なる瞳」、「上位なる加護」が自動発動してショーコも新次元に適応する。これは契約魔法みたいなもので、上位次元に存在する「なにか」の加護を得ているのだ。


「えーと、これ誰の加護? え? 三次元世界では発音不能な名前なんだ?」

「何と契約してんだお前……」


 加護、つまり縁。縁とは古来より切れやすいものだ。


「縁切り鋏」


 見えぬ糸を、剣で切る。

 瞬間、上位なる縁がマツノに断ち切られる。

 契約強制切断。あらゆる人物的繋がりを切断する召喚者殺しの力。これでショーコは上位なる存在の加護を得られない。ただし、ショーコが新次元に適応する方法など山ほどあるのだが。

 だいたいにおいて、そもそもショーコが本当に新次元に適応していない身体なのかという根本的な部分において、最初から無駄なことでもある。


「そもそも上位魔法も使える訳だから加護とか使わなくても問題ないんだよねー」

「だよな」


 なので上位魔法そのものを斬るが、絶対相対結界で弾かれる。絶対に相対である結界。頭の悪い結界だ。なので絶対と絶対を重ねて強引に斬ってみたが、斬ったという事象を事象カウンターで返された。もちろんカウンターに更に事象を重ねればマツノには効きもしない。


「そろそろこっちも仕掛けるぞー! そーれビッグバーン!!」


 それは冗談でもなんでもなく、ビッグバンだった。宇宙創成の熱量と空間そのものを発生させる、次元で最も巨大なエネルギーだ。視界が全て失せ、個という存在が無価値になる力。しかし、それが何であろうが剣で斬ると思ったときには斬れている。


「絶対斬」


 絶対の概念を無視する? 知るか、絶対と言えば絶対だ。そういうわけで、空間を塗り潰した爆発が紙切れのように真っ二つに裂け、全てが振り出しに戻った。もはや技を使うのも面倒になり、マツノは剣を指でとんとんと触った。


「はい斬った」


 斬ったという結果だけ世界に置き去りにする絶対回避不能の斬撃が複数ショーコを切り裂きバラバラにするが、バラバラになったショーコの奥からまたショーコが出てくる。


「インチキ魔法『シュレディンガー』だよー。結果が全部インチキになるよー」

「術式ごと切ったら?」

「即時術式再生の時間無視魔法を世界そのものに刻んであるから、斬ったときには既に再生してるかな」

「唯一斬で可能性無理やり収束させて結果を一つに絞ったら?」

「うーん、斬った斬られたの結果をあとからどうこうする手段も山のようにあるし、意味ないんじゃない? そういう意味では私がマツノちゃんに何しても全部認識論の絶対性に潰されるから意味ないんだけどねー」

「千日手かよ。予想できてたけど」

「千日手だねぇ。予想できてたけど」


 話が始まらないし終わらない。スキルを使ってたらキリがない。可能性の全部を潰す前に寿命が訪れそうな勢いである。まぁ、時間も無視できるのだが。そう、だからこそキリがないのである。


「決着つかねーじゃねえか。どうすんだこれ」

「うーん……こうなりゃアレだね。処刑人としてのすべての機能を切断して殴り合いするしかないわこれ!」

「全部切断ねぇ……全部切断したらおれら処刑人ではなくなる訳だから、生身でこっちの世界に置いてけぼりにされるだけじゃねーの? 金も手にはいんねーし週刊少年誌共も読めなくなるしインフラ整ってねーしスマホねーしアイスもねぇ。地獄じゃねえか」

「だよねぇ。かといって戒言法典の内容を書き換えるのは上下関係を越えられなくて無理だしぃ……」


 しばしの沈黙。先に口を開いたのはショーコだった。


「いっそ寿命で勝負決めるとかどう?」

「つまり一生経戦したままなんもしねーと?」

「ウン」


 また、しばしの沈黙。


「あのさ、マツノちゃん」

「なんだ?」

「お金が手に入って週刊少年誌読めてインフラ整っててスマホ使えてアイスがあれば――別に現実世界じゃなくてもいい?」

「お前、そうきたか……」


 何を言わんとしているか理解したマツノは、呆れた顔で頷いた。

 戒律一条 汝、驕れる力に依ってして万事を解決するベからず。

 戒律二条 汝、奪いし生命を軽んじ、その責に無自覚であるべからず。

 戒律三条 汝、他者の意志をみだりに改変するべからず。

 戒律四条 汝、色欲に溺れ、万人をいたずらに辱めるべからず。

 戒律五条 (処刑人実験の為空欄)

 戒律六条 汝、志なくみだりに社会を乱すべからず。

 戒律七条 汝、限りある糧を万人より奪うべからず。

 戒律八条 (処刑人実験の為空欄)

 戒律九条 汝、自らの在り方を他者に完全に依拠するべからず。

 戒律十条 汝、世界を滅消せしめんとすべからず。

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