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しがらみを纏う自分たち

 転生者と会話することは、普段はほぼない。

 元が処刑する側とされる側だ。会話も主義主張も一方的。殺す殺さないの選択の余地も、全ては戒言法典に内包された機械的な状況判断が下す決定が握っている。会話の必要性もあまりないし、聞かれたら答える程度だ。


 なので、奇跡的に転生者が改心し、奇跡的にその場の流れで街に繰り出し、奇跡的にも前に出会ったことのある転生者と相席になるというのは、本当に森の中から一枚の落ち葉を見つけるような偶然だったのだろう。


「ええっと……魔法使いのカッコしてる方がショーコちゃんで、もう一人がマツノちゃんだっけ?」

「合ってる合ってる」

「ちゃん付けはやめろ。気食悪い」

「……はい」


 比較的友好的なショーコと、唯我独尊なマツノに目線をぶつけられ、男は何とも気まずそうに身じろぎした。


「ええと、俺はミソラス・バレッツェン。まぁ、お察しの通り転生者みたいなもんです」

「年いくつ~?」

「多分、17?」

「おお、多分同い年だ」

「お前早生まれだったのか。おれはまだ16だぞ」

「パン買ってこい年下!」

「注文しろよ。おれのじゃない財布で奢ってやる」

「え、もしかして俺たかられるパターン?」

「心配すんな、お前のじゃない財布はある。何なら奢ってやるよ」


 ほっと胸をなでおろすミソラス。どうやら懐事情は転生者にしては芳しくないらしい。

 とりあえず注文したお茶とビスケットが届いたところで、マツノが口を開く。


「で――お前、何で世界が修正されたのに記憶が残ってんだよ。契約時の説明とちげーんだが」

「ああ、なんかそんな話もしたね……多分だけど、転生するときに貰ったスキル、『記憶書庫』のせいだと思う。任意の情報をすぐに記憶から取り出して思い出せる、記憶力がいいだけの能力だと思ってたんだけど……そっか、そうなんだ。俺も時々有名人や迷惑組織の噂を急にぱったり聞かなくなったりして不思議に思ってたんだけど、あれも世界の修正で俺しか覚えてなかったんだな」

「『記憶書庫』……コスト2、らしいよ」

「安いな」

「俺、もしかして理不尽に馬鹿にされてない?」


 戒言法典に記載された情報を読むショーコはしかし、少し驚いていた。どうやらこの能力は脳構造の変化ではなく魂レベルでの記憶のバックアップと化しているようだ。彼が周囲の変化を不自然と思いながらも問題なく生活していたのは、魂のバックアップに変化前と変化後の両方の時系列が記録されていたからだ。

 そういった優れた能力を狙って作られたスキルでは、なかったのだろう。原理的に偶然優位性を得ただけの、本当ならば完全記憶能力に該当するものだ。


「便利だよ、色々と。人の顔やら地名やら苦労して反復記憶する必要ないし、現実世界で見た知識も一瞬でも視界に入った分はきっちり記録されてるから」

「元々人間の脳は全ての出来事を記録している。ただ、自在に取り出せないだけだ」

「ずるっ。あ、でもウチらも戦闘関連では使う技術の取捨選択とか早いか」

「『変技自在』のスキルだな。尤もありゃ補助脳みたいなもんだが」

「いやー欲しいわ『記憶書庫』。試験勉強超ラクになるじゃん……って、あれ?」


 ふと、違和感が頭の端を過る。


「記憶力バッチリなのに自分の年齢は『多分』って、どゆこと?」

「ン……言われてみりゃそうだな。感心のない事は取り出さないって具合に取捨選択できんのか?」

「それもちょっとあるけど、もっと大きなものとしてですね……俺、転生前の記憶がないのよ」


 しばし、沈黙が場を支配した。次に喋ったのは、マツノだった。


「消したのか」

「みたい。消す前の俺が。何で消したのかは知らんけど、知識は残ってても自分の事はさっぱり」

「『後髪滅虚』。コスト1、だって」

「最安値だな」

「もしかしなくとも馬鹿にしてない!?」

「失礼な、値踏みだ」

「懸賞金50ベリーのトナカイレベルだね」

「それを馬鹿にしてるって言うのでは!? はー……ま、ともかく転生前の年齢は知らないのよ。だから大体17歳くらいとしか言えません。前世の名前も当然知りません」


 傍若無人な二人の連撃に肩を落としながらそう締めくくったミソラスは、紅茶を飲んでふぅ、とリラックスした息を漏らした。自然とその流れで、マツノとショーコも甘味とお茶に手が移る。


「でも、何で消しちゃったんだろーね。この世界に来る転生者とか、半分くらいは前世の鬱憤晴らす為に来てるようなもんっしょ? 新しい世界に行けるって聞いて、ココロオドらなかったのかな?」

「消した記憶を取り戻そうとか思わなかったのか?」

「全然。前の俺がそうしたんなら、そんだけ思い出したくなかったんだろうと思って。だからまぁ、せめて転生したあとくらいは全部の事を覚えとこうみたいな事を考えたな」


 ドライと言うべきか、潔いと言うべきか、ミソラスの言葉には何も思うところは感じられなかった。彼は過去を全て捨て、少々便利な頭を持ってこちらの世界でそれなりに生きている。

 ある意味、その方がいいのかもしれない。過去の鬱憤を全て晴らせる、何もかも夢に満ちた都合のいい世界だなどと変な夢を見ることもなく、少しだけ有利な状態で物語を進めていくことが出来る。


 でも、全てを望んで忘れたということは「自分自身を消してしまいたい」という事だ。

 少なくともショーコは、そう思った。


 今後、先に待つ世界にどんな希望や未知が含まれていたとして、その一切を連続する認識で知覚することも嫌だという心境に至るまでに、一体どれほどの環境が必要なのだろう。何をされたのか、或いは何をしたのか。それは決して楽しい事ではないという事だけは、想像できる。

 現実を忌み嫌い、現実から逃げて幻想に縋った転生者たちとは違う何かが、嘗ての彼には見えていたのだろう。「逃げ出した先に楽園などない」と、嘗てマツノの読んだ漫画の主人公が言っていた。それはきっと真理に近くて、行き先がどこであろうともミソラスはミソラスとなる前の一切を否定していたのだろう。


「それに」


 なんとなく思考に耽っていたショーコを尻目に、ミソラスが言葉を続けた。


「なんつーか……多分だけど、生きる事全てに絶望してたわけじゃねえと思うんだ。そうだったらそもそも『生まれてきたくない』と望むと思うし。だから……まぁ、うーん。推測ばっかになるけど、どっかで夢は見たくて、でもそれを見るのは自分じゃなくていいと思ったんじゃない?」

「うん、全然意味分かんない」

「そうか? おれが思うに転生前のお前は相当、何になのかは知らんが疲れてたんだと思うぞ。いいことあるさ。クッキー食うか? はい、あーん」

「あーん……ってこれ食いかけじゃん!?」

「マツノちゃんそんなことするキャラだったんだ。今明かされる衝撃の真実ぅー!!」


 その後――30分ほどミソラスと二人は他愛のない会話を続けた。今の現実世界の話、こちら側での話。ミソラスが傭兵をやっている理由も聞いた。何でもこちらの世界ではプライベートな自分の土地と家を持つのがとにかく大変らしく、ミソラスはそれが欲しくて傭兵から一つ上の身分を目指しているらしい。

 以前にヤケ酒する羽目になったユウヤ・トランディスタ暗殺計画で願いが叶う寸前だったようなのだが、その話は思い出したくないのか途中で切られた。


「傭兵って人殺すこともあるんでしょ? そういうの平気なの?」

「一番手っ取り早く社会的地位と金を手に入れる方法だしなぁ。身分が不確かでもなれるのも大きかった。そりゃまぁ初めて人殺したときはゲロ吐いたよ。不眠症に食欲不振、幻聴聞こえたこともあったな。でもこっちの世界の人間社会だと、人を殺すのは殺す役割を持った奴のやることだし、それが不道徳とかいう話じゃないんだな、って思ってからは割とやっていけてる」

「やっぱ無茶してるんじゃねーか。偶には羽目外せ。お前みたいな内心で色々溜め込んでるのに放出の仕方が分からず自殺しそうなのが見てて一番ハラハラする。タルト食うか? はい、あーん」

「あーん……ってそれも食いかけじゃん!?」

「女の子の食べかけは関節チッスのチャンス! って漫画に書いてあったよ!」

「そんなもんサブカルチャー世界だけの話だろッ! 現実的に考えて涎付きは嫌だわ!」

「ちちんぷいぷい『滅菌消毒』、『臭気中和』~。はいこれでキレイキレイ~!」

「テメーおれの出すもんが食えねってのかざっけんなコラー」

「やる気なさげなのに肩掴む力強っ!? わかったわかった食うから! 食うから無理矢理詰めようとすんな! というかどんどん俺に対して遠慮なくなっていくな君ら!? まだ会って二回目だぞ!?」

「暇を持て余しているもんでな」

「今度から任務がなくなったら超空間念話とチェイステレポートで遊びに行くわ!」

「怖っ!! 俺の意志完全無視で怖っ!! 何これ、最近の現実世界の子ってみんなこうなの!?」


 初めての、まともな転生者との語らい。

 無意識のうちに、二人はそれを楽しいと思った。


 同時に、思う。もしも彼が戒律を二つ以上破れば、自分たちは金の為に彼を殺せるのだろうかと。

 能力的には問題ない。彼は今までの転生者に比べると理不尽な力など持っていない努力の人だ。

 しかし同時に、現実世界の人間にもこちら側の人間にも明かせない、奇妙なバイトをする二人を唯一認識できる、共通の友人たりえる人だ。


 それを殺せと言われた時、断れるのか。

 断った先に、二人の雇い主はその契約違反にどんな裁定を下すのか。

 マツノもショーコもそれを言葉にはしなかった。


 きっと、いつかそういう日が来ると心のどこかで確信していたから。

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