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暇を持て余した自分たち

 マツノとショーコは来る日も来る日もバイトで転生者を殺し続けた。


 ある転生者は闘いという行為が貶められた現代から抜け出して武術の極みに達したと言ってこの世界で修行しまくっていた。しかしそこで妻を娶り子供が生まれることで、彼の武術は次第に彼の周囲を護るために振るわれ始めた。

 それでいい話かと思いきや、結局その護るはいつしか過剰防衛に、果ては息子や娘の死に対する八つ当たりという形で爆発し、彼は多くの戒律に違反した。なので殺した。

 彼の妻も高名な魔法使いで共に戦おうとしていたが、ショーコの絶対相対結界に閉じ込められてどこかにテレポートさせられた。転生者は武術の極と言える力で空間や因果を破壊するほどの攻撃を繰り広げたが、ショーコの魔法は最初から空間や因果を操るすべを持つし、何より人間に到達可能な極みはマツノも到達しているという上位法則を突破することが出来ず、彼はあっけなく敗北を認めた。

 死の間際に妻と残った子を頼むと言われたが、彼は世界から消えるので妻には会わないし子供はいないか別の子に入れ替わると告げると、発狂したように何かを喚き散らして消えていった。



 また、ある転生者は完全に自分が惚れこんだ人物のいいなりとして行動していた。善も悪もなく、ただ従うままに戦い続け、それに何の疑問も抱かなかった。何故ならそ惚れこんだ主とは辛い過去を背負った小さな少女で、その願いを叶えることが間違いではありえないと妄信していたからだ。転生者はその少女の言いなりとなって彼女の願いを叶えることに、何の疑問もなかった。

 それは他の何より純粋な究極の愛、などとなる筈もない。少女は自分を苦しめた連中に復讐する為に自らを転生者に売って暴力装置を手元に置いていただけだ。単なる思考停止である。そんな訳で彼も様々な戒律を犯し、処刑された。


 戒律九条――汝、自らの在り方を他者に完全に依拠するべからず。自分というものがなくなった存在は暴走する道具であり、存在する価値もなければそもそも人間ですらないという事なのだろう。

 彼の死を前にした彼の主は光となって消えた彼をかき集めようと無表情で虚空に手を振り続けていた。彼がまだ存在して生き返るのが当然だと信じて疑わない顔で。そうでなければおかしいし、それが叶わない世界なんてありえないという顔で。10秒後、自分で自分の首を抉って倒れていた。


 利用していたが、愛していなかったわけではなかったのかもしれない。或いは彼女もまた転生者に妄信的だったのだろう。どうせ世界がリセットされれば無かったことになる。完全なる共依存関係だったらしいあの少女に新たな男があてがわれるのか、それとも落ちぶれて消えるのか、結果に興味はなかった。


 これはそんな日常の最中に起きた、小休止。




「あ、反応が消失した」

「は? 何だそりゃ?」

「なんかここに来るまでの間に改心して戒律違反が1つに減ったみたい」

「え、じゃあ今日は報酬なしかよ」


 壁になんかかって座っていたマツノが思わず立ち上がる。

 ターゲットが戻ってくるのを待っていたショーコとマツノを待っていた珍事、それはターゲットの消失だった。確かに理論上あり得なくはないんだろうが、今まで一度も起きなかったのでてっきりそういうのはないのかと思っていたショーコは、自分で言っておきながらまじまじと戒言法典を見つめた。浮かび上がっていた転生者の情報は次第に滲むように薄れていき、完全に消失した。


「そっかぁ。『初志固定』とか精神凝り固まってる系の能力ないとこんなこともあるんだぁ。というか処刑対象ってもう運命的なものに見放されてるからこういうの無理だと思ってた」

「おれだって想像の埒外だっつーの。ちっ、じゃあこの部屋の菓子とか食ったのは唯の無銭飲食かよ。世界巻き戻ったら無かったことになると思って全部食っちまったぞ」

「人殺しやってるのに無銭飲食気にすんの?」

「食への感謝ナメんな。お前あれか、メシの前に頂きます言わない主義か。最近の若けーのはこれだからいかん」

「オジサンかっ! いや言うっちゃ言うけど、マツノちゃんそういうこと気にする主義だったんだ。すごい意外なんですケド」

「似合わなくて悪かったな。こちとら好きでミスマッチなイメージ作ってる訳じゃねーっつの」


 ふんす、とぶっきらぼうに鼻を鳴らすマツノ。もっと合理主義に生きてる人だと思ってたが、時々ヘンな所で拘る。そのたびにショーコはマツノの事意外と知らないなぁ、と思う。待ち時間に喋りはするけど、本当に暇つぶしの表面的な話や誰かの悪口とかしか話してないので身の上なんて知らない。


 ショーコが知ってるのは、マツノは頭がいいのに不良なことと、オジサン臭いところがあることと、転生者殺しに罪悪感とか一切感じてないことくらいだ。お金の使い道を聞いた印象では恐ろしくオジサン臭く、女の子のキャピキャピした部分がごっそり足りない感じがする。

 なんなら聞いてみようか、と思う。今日は転生者狩りが出来なくなったし、現実への帰還まで相当時間が余っている。ショーコは思い付きとばかりに魔法を使い、自分の格好をこっちの世界でのオーソドックスな魔法使い姿にし、マツノもこの世界と同じ中世っぽい格好に変えることにする。


「ビビデバビデブー!」

「『因果切断』」


 剣を一振りでまさかのレジストされた。

 あ、そうか、と思う。

 何をするか説明してないのが悪かった。


「急にどうしたお前。まさか暇だから殺し合おうとかサイコなこと言わんだろうな」

「ちゃうちゃう、ちゃうねん。暇だからこの世界の片隅で茶ぁシバこ思たんでカッコウそれっぽくしようとしただけやねん」

「取ってつけたような関西弁もどきをやめれ。ったく、そういうことなら別にいい。ここに居てもしょうがねーしな」


 という訳で許可をもらったショーコは、マツノの服を魔法で塗り替えた。


「……おい」

「ん? なに?」

「今やっと思い出した。ビビデバビデブーってシンデレラに登場する魔法使いの呪文だろ」


 健康的な体系のマツノは体が引き締まってて意外とドレスが似合うようだ。魔法でお化粧もすませれば、いつも色気もへったくれもないとばかりなマツノも立派なお嬢様に見える。

 が、当のマツノはしかめっ面で部屋にあった鏡を覗いている。


「なんでおれがこんなヒラヒラな白ドレスとガラスの靴なんぞ着飾らなきゃならん。せめてお前と同じか剣士服にしろ」

「いやいや似合ってるって。なんなら『存在希薄』で存在感消そっか? 周りの人は裸になってても気付かないよ?」

「なんの羞恥プレイだ! コルセットがきついからとっとと外せ!!」

「『体型改造』で理想のスタイルに!」

「『因果切断』」

「あぁんイケズぅ」


 マツノを完璧令嬢に改造する計画は水泡に帰した。




 ◇ ◆




「大体、なんでよりにもよってご令嬢の格好なんだ。縁起の善し悪しを考えろ」

「まぁ、一理あるかも」


 標準的な女性の恰好となり、その辺で適当でクズそうな金持ちから空間指定魔法でスったお金を使ってティータイムを楽しみながら、マツノがムスっとした顔で言う。


 言われてみれば、令嬢と言えば聞こえはいいけどよく考えたら自分たちの出会う令嬢は殆どが粛清対象の悪役令嬢ばかりだった。

 ネットでは悪役令嬢モノは人気らしいが、実物を見たショーコから言わせればただめんどくさくて独りよがりで胸糞悪くて何したいのか全然わからないような女ばかりで、良さは分からなかった。やっぱり実物は実物、創作は創作でしかないということだろう。

 転生者はチートに物を言わせて物事を全部コントロール出来るから、恋愛・支配権拡大・国外脱出までその気になれば全部出来るのが殆どだ。つまるところ、適当な設定でぱっと出てきたキャラだった筈なのに、途中から本当に邪悪な令嬢になっているのである。


「馬鹿に力持たせたらそんなもんだろ。探せば転生者でも力を使わない奴が面白おかしくどっかでドタバタしてるかもしれんけどな」

「この世界そーいうギャグありなの?」

「作為的とはいえ曲がりなりにも世界なんだ。コメディ要素くらい内包してんだろ」

「そう考えるとウチらマジ殺伐とした生活送ってんだね~」

「ていうかこのタルトうまっ。あーでも畜生アイスがねぇ。上にバニラアイス乗せてぇ。アイスないとかやっぱ異世界クソだわ」


 タルトを貪りながらアイスをねだって世界をクソと言う暴虐武人……もとい傍若無人なマツノ。頭がいいのだからアイスの作り方ぐらい知っていそうだが、多分マツノの理想のアイスを作るにはこの世界は色々と足りないのだろう。しかしアツアツタルトの上にアイスは確かに美味しそうだ。発想がアメリカンデブだけど。食パンの中くりぬいてアイスクリームとコーラ詰めてるイメージ。


「ね、ね、マツノちゃん」

「ん、なんだ」

「マツノちゃんって稼いだお金全部食費に使ってんの?」

「んな訳あるか。そんなに食ってたら糖尿病になるわ。本買ったり貯金したり、色々だ」

「うわっ、出た貯金! 貯金大好き日本人の悲しいサガが!!」

「別に将来が不安でしてる訳じゃねぇっつの。親元離れる資金源だ」

「仲悪いの?」

「良くも悪くもねぇ。つーか、あんましおれに興味ねーんだわ。自分たちの趣味が続いて面子が立てばいいって感じだな」

「ほうほう。家族の絆がなんちゃらという社会問題ですな。うちの親なんか口うるさくてめんどいのですが。今時門限夜10時とか古くない? 時代に逆行してると思うんだよね~」

「言ってくれるうちが華だ。見ろおれを。かまってもらえないせいでこんなんだ」


 大口を開けてタルトを頬張り、上品な紅茶を味もへったくれもなさそうにぐびぐび飲むマツノ。やってるバイトも健全とは程遠いし、確かに気品あふれる感じは一切ない。ショーコは気品とまではいかずとも、化粧やネイルの事を考えてあそこまで豪快には食べない。

 にしても結構高いお茶を頼んだ筈だが、紅茶の味とか分かってるんだろうか。


「紅茶ってのはもともと糞尿垂れ流しで臭かった川の水の臭いを誤魔化すために発展した文化だ。つまり味より香り。香りだけ楽しんでりゃいいんだよ。味に拘りたきゃ緑茶飲め、緑茶」

「完全に『日本人なら米食え』理論じゃん。ウワサのごはん理論だぁ」

「ごはん理論は唯の屁理屈と論点のすり替えだろ。あんなのに引っかかって疑問持たねぇ奴らがヒトラーとか好きになるんだよ。いつから日本は衆愚政治になっちまったんだか」

「それこそ思いっきり論点変わってんだけど?」

「ン? ……それもそうか。ぼけっと喋ってたから脱線した。何の話だっけか」

「えっと、紅茶の前だから……家族の話?」

「ああ、それ。でもこれ以上話すことあるか? 大体の関係性分かったろ。家出てぇのよおれは。独立だよ独立」

「うちも独立したいなぁ。人生設計もうちょっと真面目に考えようかなぁ。とりあえずさしあたってはOL目指そっと」

「お前、絵に描いたような適当設計だな……火災保険とか入るかどうか考えた時に『火事とか起こさないから関係ない』とかいって入らなかったら貰い火で家が火事になって後悔しそうだ」

「貰い火! その発想はなかった!」

「言わんこっちゃねぇ……」


 マツノがため息を吐いた。こちらの将来に不安を感じているのだろうか。そんなに先の心配ばかりしているというのは暇な証だとどっかの自己啓発本の表紙に書いてあったので、考えすぎも良くないと思う。


 と――不意にテーブルに影が落ちる。


「すみませんお客様、他のテーブルに空きがないので他のお客様と相席にさせてもらえませんか?」

「うっす、ささっと食べて帰るんでちょっとだけ座らせて……ん?」


 ウェイターに連れられてやってきたどこか幸薄そうな長身の男性は、ショーコを見て、マツノを見て、ああ、と変な声をあげる。


「君らあの時の、トランディスタ弟をっちゃった人達!」

「あん? ……あ、お前あんときの」

「誰だっけ?」

「覚えてねーのかよ。前にもいただろ。戒律違反してねー転生者が」


 そこに居たのは、嘗ての事件で出くわした名前も知らぬ転生者の青年だった。

とにかくキャラクター同士で会話させるの好き病。

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