嫌じゃないのは自分だけ
この小説は固有名詞とか特定のタイトルを出すことを自重しません。
前もジャンプとかサンデーとか書いてたし。
私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い、というのは嘘で、どう考えても遺伝子で構成された顔の形が悪い。みんな中身なんて大して変わらないんだから、私がモテなかった理由は顔に尽きる。
人は見た目が100パーセント。これは嘘じゃないと思う。
性格が良ければとか言うけど、結局人が真っ先に靡くのは顔のいい人。性格ブスでモテる女とかいくらでもいるし、猫被って男を騙す女もいくらでもいる。
だから、顔を変えてもらった。身長も胸の形も変えてもらった。どんな男が見ても守りたくなるし言う事を聞きたくなるし庇いたくなるような、理想の造形に変えてもらった。ミスコン一位どころかミス・ユニバースだって夢じゃない。アラブの石油王も欲しがる美しい髪も手に入れた。大切な人と一緒に年を重ねたいので永遠の命までは求めなかったが、異世界に来て初めて見た自分の顔に小躍りしてしまったくらいには、理想的だった。
美しい容姿は周囲の目を引く。それが闘いの場となれば猶更だ。転生の際に与えられた力で冒険者と呼ばれる職を始めた私は、それほど間を置かず、男の冒険者達に囲われるようになった。中には性欲に取りつかれた人もいたけど、そういう人を追い払ってくれる騎士はそれ以上にいて、私は人生の絶頂期を迎えた。
別に支配している訳ではないが、こうなれば私はもう女王様だった。頼めば誰かが必ず言う事を聞いてくれるし、何を言っても周囲が味方してくれた。その立場を利用すれば、私を敵視する女を追い払ったり逆襲するのも容易だったし、少しばかりか弱い女のふりをすれば知らない第三者も私に味方してくれる。
心底、楽しい。
やはり人間の見た目は評価の全てだ。
身の程を弁えない男が騎士によって追い払われ、暴力を受けるのも周囲から愛されている自分を自覚させて嬉しくなったし、私を蛇蝎の如く嫌った女が会うたびにみすぼらしくなっていく様はシンデレラストーリーのようで痛快。傍に置きたい男には少しばかり色目を使えば即、騎士の仲間入りだ。
私に付き従い、愛を惜しみなく与えてくれる人たちへの返礼も、感謝の言葉やちょっとしたプレゼントだけで済む。周囲から貰った金で買ったものでもお古でも、大抵の男たちは感涙して従ってくれた。
次第に女も寄ってくるようになり、気に入った子を近寄らせるうちに女の従者もいいな、と思い始めた。もちろん私が一番だけれども、私が愛でるに値する容姿と性格の女を弄ぶのも男とは違った快感があった。
私のいるべき世界はここだ。私の座るべきポジションはここだ。
顔が少し悪かっただけで私を見向きもしなかった男共、吠え面をかけ。
私のことを性格も顔も不細工だと言った女共、ハンカチを噛んで悔しがれ。
私は今、世界にさえ愛されている。
そんな風に浮かれながら自分のプライベートルームに入る。魔法を応用した五重のロックを解除した先に待つ、騎士や従者の貢物に溢れた私だけの快適な部屋。ここで私は一時の静かな休息を――。
「マツノちゃんコイツ。六条違反という珍しいパターンだよ」
「ああ、ちょっと待て。もう少しでパズル完成しそうだから」
「普通に遊んでるしっ!?」
――そこに、あり得ない人がいた。
ありえないありえないありえない。こんなところに、五重のロックを突破して、しかも『この女が此処にいるはずがない』。反射的に後ろを振り返った私は叫んだ。
「誰かッ! 私の部屋に知らない人が――」
「あ、そういうの無駄ですぅー」
あの女が手に持つ杖をこつんと床にぶつけた瞬間、部屋の外がセピア色の世界に変わった。手を伸ばすとガラス張りのように結界で隔てられている。すぐさま解呪術式を叩きこむが、術式が透過して結界の外に放出されるだけに終わった。
「ウソ、出られない!!」
「空間断裂魔法だから厳密には結界じゃないのよ。ちなみにウチが解除しないと永遠に位相を隔てた空間に閉じ込められるよ?転移魔法透過魔法、その他諸々物理的に意味ナシ!空間操作でワンチャン?」
「だ、出してよ! 何でここにいるの!? 何でこんな酷いことするのよッ!!」
「いやぁ、酷いことしてるのはあんたな訳で。でないと戒律違反にはなんないもん」
「わけわかんない! 大体、なんでこの世界にお前がッ! ショーコがいるッ!!」
「……?」
首を傾げたショーコは、杖と一緒に持っていた本を改めてしげしげと眺め、再び首を傾げる。隣にいる女がげんなりした顔でショーコを小突いた。
「おい」
「あ、パズルは?」
「いや、後でやることにした。それよりお前、本当に覚えないのか? やっこさん明らかに顔見知りって感じだぞ」
「もうちょっとで思い出す、思い出すから!」
そう言いながらショーコは手に持つ本とこちらの顔を何度も見直し、あることに気付いたとばかりにはっとした。
「あ、顔も声も変わってるから顔見て思い出せる訳ないか」
「お前ホント……いや、もういいか。本当に覚えないのか? 皐原境子だ。生前イジられてた事しか書いてないから名前が頼りだぞ」
「そんなこと言ったって、とりあえず思い出せないからそんなに名前を聞く機会はなかった程度の付き合いだったと思うなぁ」
そう、『それ』だ。
ショーコ、お前と言う女は『それ』なのだ。
私は知っている。お前の性格がピュアとは程遠く、良妻とかいうのとも程遠く、将来性もなしにヘラヘラ笑ってるだけの私よりちょっと容姿のいいだけの女だと知っている。馬鹿みたいにファッション雑誌とにらめっこして小遣いを浪費するだけで今風だと言われる女だと知っている。
なのに、お前は『――――』くんに告白された。私の方が絶対いい女なのに、見た目がいいだけで告白された。そしてそれを、何も考えずに断った。男を見る目がないくせに男を引き寄せて、男を見る目がないから男を振る。
嫌い、嫌い。大嫌い。努力もしないで男を引き寄せる。何も考えてないくせに考えてる人よりモテる。ただちょっとばかり周りより見た目が綺麗とか、それだけで私より優位に立つ、心底心底憎い女。嫌いな女。
そんな女が、現実で下らない生活をしてるだけの女が、なんでこの世界に来る。何で訳も分かんないのに私より強い力を持ってる。おかしい、許せない、ふざけるな。ここは私が女王だ。私がトップの世界なんだ。そこにお前なんかいさせてたまるか。
「ふざけるなッ!! お前が、お前みたいなちょっと顔がいいだけで何も考えてないだけの性格ブスのビッチは帰れッ! クソみたいな現実に帰って好きなだけ男ひっかけてりゃいいだろッ!? 邪魔なんだよ、必死に努力してる人にとってお前みたいなのッ!!」
カッとなった。
立場も考えなかった。
しかし、冒険者として培った地力と懐に忍ばせてある破魔のルーンナイフを用いた刺突は、自分で思ったよりもすんなりとした動きで繰り出された。
殺そうとか思ったわけではない。ただ、そこにいるのが許せなかっただけで。
きっと強いてその動きに迷いがなかった理由を挙げるなら、みんな正当防衛だって許してくれるから。
「なんだ、ちょっと予定が崩れたが……戒律違反でお前を処刑する。いや、違うな。した。うん、過去形になった」
世界に愛されたはずの体に袈裟掛けの衝撃が奔り、呼吸も出来ないまま床に崩れ落ちた。
死ぬとか生きるとかいう考えよりも先に、闇に沈みゆく意識に浮かび上がったのは、走馬灯でも親の顔でも大切なファンでも誰でもなく、憎い女の顔だけだった。
私はお前が嫌いだ。そして、お前みたいないい加減な女が男にモテるあんな世界が嫌いだ。
嫌いだから、こんなところに来て報われたはずなのに。
「嫌いだ……ぜんぶ……」
私が正しくなくて報われない世界なんて、私を愛してくれない人なんて、全部嫌い。
◇ ◆
ショーコの目の前で、絶世の美女だった女の化けの皮が剥がれていく。なるほど確かに、失礼だが美醜で言えば醜に大分寄った、元とは似ても似つかない顔だった。その顔が見えたのも一瞬で、次の瞬間には世界から消えてなくなった。
「あー、良かったのか? お前的に知ってるかもしれない奴を殺すってのは?」
「別に。近くにいたって他人は他人でしょ?」
「お前そーゆー所意外にドライだな。なんか気にしたオレが馬鹿みたいだぞ」
「意外にセンチメンタリスト?」
「センチメンタリズム抱えながら処刑人のアルバイトする程拗らせてねーし。今殺した女とは違ってな」
どうにも今しがた処刑された拗らせ女子は、心底自分より優れた人間がいる事が嫌で、自分が上にいない事も嫌でしょうがない人だったようだ。自分の事以外は、全てどうでもいいというか興味がないのだろう。彼女の気まぐれで私刑に遭い殺された男や、彼女の機嫌を損ねただけで最終的には強姦されて死んだ女性もいるようだ。他にも彼女に口出ししただけで一族郎党晒しものにされたり、集団の嫌がらせで生活も碌にできなくなったり、etc、etc……。
彼女が指示した訳ではないだろうが、自分の意向を周囲がどう取っているかを何となく知りつつも「まぁいいか」と思っていた結果がこれなのだろう。自分がちやほやされているのが最優先といった印象が否めない。
彼女が外見に9という大コストを費やして手に入れた美貌は、それだけでちょっとした小国程の信望者を生み出していた。戦闘能力にも多少コストはかかっていたが、その辺は自分で結構な努力もしているようだった。確かに努力がどうとか言っていたが、独りよがりな努力を振り回されてもリアクションに困る。
ともかく、問題はその信望者たち。
彼女の気まぐれで右往左往し、彼女の邪魔者を排除するその様は巨大な宗教団体かギャング集団のようなものであり、物理的に人々や社会を脅かす無法の集団だ。その勢力を美貌だけで維持していた彼女はまさに傾国の美女という奴なのだろう。ろくでもない人が力を手に入れると、大体においてろくでもない事しか起きないらしい。
彼らは首魁の消滅によって因果が修正され、やがて彼女と出会わなかった日常に戻っていくだろう。その生活とやらが今のそれと比べてどうなのかは知らないが、悪くなった所でそれは私の管轄外だしどうでもよかった。
彼女が犯した戒律は転生者お馴染みのがいくつかと、戒律六条。『汝、志なくみだりに社会をを乱すべからず』――いまいちよく分からない理屈だが、マツノ曰く「志のない革命は唯の暴徒のテロだ。いい加減な理由で右翼みてーに無意味な過激行動とか煽動とかをすんな、ってな所か」だそうだ。
それにしても、久しぶりにあんなに罵られた。
ブスのビッチとは酷い。そんな事、周囲には言われたことなど――。
「あ」
「どした?」
「前に学校でそこそこカッコイイ男子にコクられた事あるんだけど、その頃別の男と付き合ってたから断ったんだよね。そしたらその日の帰り道にそいつが好きだったらしい女がいきなり出てきて、ブスとかビッチとかすごい悪口言われたことがあったような……」
その記憶を手繰り寄せてみると、確かにさっき見た顔と似ていた気がする。ショーコ、と敵意剥き出しで呼び捨てにされたことといい、喋り方というか、発音の仕方に既視感があった。
「うん、多分その時の子だと思う。そのあと自殺者が出て学校でお葬式とかしたし。うわー、あの子だったんだ。気付かなかったなぁ」
「メラビアンの法則崩れたり」
「え、いきなり何それ?」
「人間の第一印象はおおよそ五割五分が視覚、四割程度が聴覚、残りが言語で決定づけられるって法則だ。喋り方だけで思い出したんならその女、法則に反して言語部分がよっぽどひどかったと見たな」
「素顔見ても暫く全然思い出せなかったもんねぇ……人は見た目が100パーセントって嘘だったってことかな?」
「……さて、仕事終わりの残り時間にパズル完成させるか」
処刑人のアルバイトは異世界に居座るには短いが、処刑するだけにしては長すぎる。そんな余りの時間を使う為に、マツノは元居た場所に戻って部屋にあったパズルのピースを嵌め始める。ショーコも退屈しのぎにそれを見ようとして――固まった。
「ちょ、マツノちゃん。そのパズル絵も色もないじゃん! しかもピースの数が多っ!」
「ミルクパズルだ。形だけを頼りにピースを嵌めるから普通のパズルより難しいらしーぞ」
そう言いながらも、既にマツノはパズルの半分以上を完成させている。ピースを掴んで嵌める動作も淀みなく、このままだと夢が覚める前に本当に完成させてしまいそうである。
「……あのさ、マツノちゃんってもしかして滅茶苦茶頭いい?」
「生まれてこの方テストは上から10番以下になったことはない」
「勉強教えてください。というか宿題手伝って!」
「こっちに持ち込めんだろうが、そういうの」
人は見かけによらず、見てくれだけで中身を推し量る事は難しい。
魔法係はマツノがした方が優秀なのではないだろうか、と心底思うショーコであった。
皐原境子。異世界での名前はマリーゴールド・テレジア。
ちなみにマリーゴールドの花言葉は嫉妬、絶望。当人はマリー・アントワネットをイメージしたつもり。周囲が皆自分を愛してくれている事を大前提として動いているタイプの転生者です。
余談。転生者は基本、どんな経緯であれ死んでいます。ただ例外もあります。処刑人は例外のさらに例外です。
ショーコは、今時よくいる将来なんて全然考えてないお気楽系女子です。
何番目かのカレシもいて、なんか違うなーと思ったら振ってを繰り返しているモテ女です。
対してマツノは、すごい才能があるのに我が強すぎて不良みたいになってる系女子です。
真面目にしてれば一流大学を出て一流企業にも行けるけど、それに価値を見出してません。