信じられるのは自分だけ
間違って短編投稿したので一度上げ直しました。
あと何話か書いたら満足して終わると思います。
戒律一条 汝、驕れる力に依ってして万事を解決するベからず。
戒律二条 汝、奪いし生命を軽んじ、その責から逃げるべからず。
戒律三条 汝、他者の意志をみだりに改変するべからず。
戒律四条 汝、色欲に溺れ、万人ををいたずらに辱めるべからず。
よく見る戒律は大体がこの辺だ。逆に、これ以外の戒律は殆ど見ない。人類皆考えることは同じという例なのかもしれない。髪型とか態度がサッカー部っぽい奴は大体サッカー部みたいな感じで、経験則は統計学だ。
竹を割ったような性格のマツノは戒律なんてじっくり見た事ないだろうなぁ、とショーコはぼんやり思いながら、自分の戒言法典を見つめた。
戒言法典――処刑人の役職を与えられた際、職務に必要な諸能力のほかに与えられた数少ない現物支給品だ。立派な装丁の割に中身は殆ど白紙で、処刑対象の情報と違反した戒律がハリー・ポッターの映画に出てきた日記のように勝手に浮かび上がる。後の方のページには戒律が記載されているのだが、どういう訳かゲームのモンスター図鑑みたいに、見た事のある戒律だけ浮かび上がり、未だ見た事のない戒律は空欄になっている。見たところショーコが見た戒律は多くある戒律の1割程度でしかないらしい。
(この戒律って、道徳的っぽく見えて意外とそうでもないなぁ)
例えば戒律一条は転生者としての力をみだりに使うなと書いているようであって、万事でなければ一部は力で解決してもいいことになっている。戒律二条も殺人を禁じるようであって、よく見ると責任を背負えるなら殺人をよしとする内容だ。
つまり、匙加減を大事にしましょうという事だ。指示された仕事しかしないイエスマンの処刑人には加減も何もありはしないが、転生者にとってはまぁまぁの足枷になるようだ。ちなみに転生者たちはどうも戒律について説明を受けたという者と受けていないという者がいるのだが、案外受けたことを綺麗さっぱり忘れているだけなのかもしれない。或いは、重要な事に聞こえなかったから聞き流していたのだろう。少なくとも文章で確認できる転生者には会ったことがない。会った転生者は、ほぼ例外なく処刑されてはいるのだが。
案外と、空欄の所には戒律なんて存在しないのかもしれない。あとでこじつけるように戒言を誰かがちょちょいと付け足しているのだ。いい加減な世界のいい加減なルールだし、なくもないだろう。だからといってショーコがこのアルバイトに疑問を持つわけでもないが。
寝ている間しか異世界に行けないショーコとマツノは、この世界での立場などない。恰好も普段着のイメージが反映されているし、買い物したり探検したりといった事も殆どない。根本的に異世界にあまり興味がないし、どうやら任務を果たすとそれまで自分がいたという事実も異世界には残らないらしい。
ちなみに処刑された転生者も忘却される。現実世界ではどうなっているのか知りもしなければ興味もないが、元が弾かれた人間だから知った所で大した事は判らないだろう。
「……駄目だ、何書いてるか分からん」
ふと、そんな声が近くから聞こえる。マツノだ。彼女は手に取った山ほどの書類をぽいと屑籠に放り捨て、首を回して準備運動のように手をぶらぶらさせている。文字が読めない訳ではないが、量が膨大過ぎて内容が頭に入ってこなかったようだ。
今、ショーコとマツノはとある男の部屋にいた。部屋の主は現在留守の、処刑対象の転生者だ。戒律違反は一条、二条、三条。あとは七条の「汝、限りある糧を万人より奪うべからず」という戒律を冒している。
男の名前はデューク・ハイル・レミハントン。旧名は竹田愛倫。中々に凄い名前だと思う。親はかなりの勇者だ。この世界でも勇者っぽい家系に生まれているようだが、政争三昧で国の権力をすさまじい勢いで吸い込んでいる模様である。
持っている能力は前の転生者が持っていたものとほぼ同じ物と、あとは『魔導開墾』というコスト5の魔術を持っているのが特色だ。これは魔術の才能開花なのだが、これでコストを5つも使っている竹田は総コスト13に達している。コスト13となると給金は約5万円程度、コスト10の実に10倍である。
ちなみに前回の男に比べると『外面調整』のコストが2少ないので、現実世界では自分の外見にコンプレックスは然程なかったのかもしれない。こういう能力は、コンプレックスのある所にコストがかさみやすいようだ。そしてコストを5つも『魔導開墾』に費やしているとなると、マツノも少しは援護する意味が出てくる。辛うじて、だが。
何ならば偶にはショーコがトドメを刺してもいいのだが、剣を持っていて動きも手も早いマツノはいつも勝手にトドメを刺しているのでいつの間にか役割分担が決まってしまっていた。突っ込むのはマツノで、援護したり考えたりするのがショーコだ。件のマツノは準備運動のついでに錫杖に似た剣をぶんぶん振り回しながらショーコの方を向く。
「暇だ。ショーコ、なんか話せ」
「じゃあこの竹田の情報でも。何でも赤ん坊からの転生で、生まれながらずっと勉強して魔法の研究に没頭してて、周囲からは神童扱いだったんだって」
「どーせ貰った力ありきの成長だろ」
「で、親が権力者だから次第に政治を学び始めたようなんだけど、どうも相手を説き伏せるより洗脳して言う事聞かせるか暗殺した方が早いと思い始めたみたいで、魔法研究が洗脳と魔術生物に変化したの」
「ショーコが全部消滅させたあの愉快なキメラ共か。あと使用人だか護衛だかわからんラリった目の連中」
そう、この部屋に入るまでの間に既にショーコたちはその魔術生物とやらに出くわしている。しかし。それはマツノの処刑人としての力でとうの昔に無に帰していた。洗脳された人間は強制的に洗脳を解かれ、今は一時的に眠っている。
闘えば強かったのかもしれないが、まともに戦うまでもな。
「証拠を残さず他人を殺す術と洗脳術、二つを確たるものにした竹田はそのまま有権者のご令嬢を洗脳して自分の傀儡に、竹田の動向をいぶかしむ有能な連中を傀儡に、そして父親は家督を継ぐのに邪魔だから殺したみたい。そんな調子で洗脳、暗殺、洗脳、暗殺と繰り返して競争相手を次々に蹴落として、俺が王様になるんだー! ……とまぁ、そういう訳でして」
「いつものろくでなしだ。きっとあれだな、意識高い系だ。現実世界だとカノジョとか出来るととことん束縛しまくって挙句ストーカーになって人殺すタイプだろ」
いい加減なイメージを言っているようで、マツノの予想はいつも概ね合っている。竹田は生前交際相手の女性の母親を刺殺し、交際相手に後遺症の残る大怪我をさせているらしい。これは処刑相手の過去の過去を簡単にまとめた部分に書いてあった。
余談だが、前に処刑した中斑は異世界での行動とほぼ同じことを現実のオンラインゲームでやらかしたそうだが、竹田と違って事件には至っていない。どちらがマシかと言われれば、程度を抜きにすればどっちもどっちの五十歩百歩、目くそ鼻くそドングリの背比べだ。
「でも魔術はまぁまぁ強いよ。見る者の心理で罠に落とす『蠱惑の微笑』と触った相手に好意を抱かせる『慈母の指先』。まぁ握手して微笑めばイチコロって寸法だね」
「それこそショーコの権能でイチコロだろ。アレだ、『強制封鎖』」
「まぁそうなんだけど」
ショーコの処刑人としての能力の一つ、それが『強制封鎖』だ。これは転生者としての能力、及び転生で得た能力を基盤に身に着けたスキルの全てを強制的に封鎖――封印とも言えるし、消滅と言えなくもない――する。
例えば今回相手をする竹田は魔術に秀でているが、それは彼の知能や才能がブーストされているから特別秀でた能力になっている。ショーコのそれはその現在の力の『前提』の部分を吹き飛ばす。
これはパワーダウンするなどという話ではない。前提が飛べば基礎も飛ぶ。つまり記憶と経験に矛盾が発生し、混濁し、魔法を使う思考さえも崩してしまうし、魔力のコントロールも出来なくなるし、魔力循環も身体能力の向上の恩恵を受ける関係上その場で魔力暴走を起こして自爆しかねない。これは個人の過去を強制的に改変する能力なのだ。
魔法生物たちはこれを受け、魔法で合成されたという事実を消し飛ばされてその場で弾け飛んだ。ただし、これが転生者ではない人間の手で作られた魔法生物ならば通用しない。それはそれで、いくらでも滅ぼす方法をショーコは持っているが。
「正直なところ、これ援護なくてもマツノちゃんなら一人で倒せる相手だしね。マツノちゃん単純に強いもん」
「それを言ったら身も蓋もなくなっちまうだろ。処刑人は二人一組、シフトの規則だ」
マツノの能力も色々あるが、彼女の能力はショーコのような魔法的なものではなく肉体的なものだ。その殆どが普段まったく使われずに死蔵しているのだが、その中でマツノが常に使っているのが『潜在武闘』。これはマツノの先天的な能力――彼女が武芸家として極限まで武術に打ち込んだ場合に至れる領域――を前借りで身に宿らせる能力だ。
現代人であり何のブーストも受けていないマツノにその恩恵はどの程度意味があるのか、とショーコは当初首を傾げたが、ぶっちゃけその能力を――というか、人間の可能性の上限を過小評価していたと言わざるを得ない。
マツノの斬撃はゼロタイムだ。
無時間、つまり剣を振るという動作が光の速さを突破している。
放ったら反応は絶対に間に合わないので、必然的に絶対に防御できない。
よしんばマツノが凄かったとしても、人間の可能性ってすごすぎない? と、小学生並みの感想を抱いた。
ただ、同時に思うこともある。これは過剰戦力なんじゃないのかと。
「1人の人間にこんな出鱈目な力を持たせて、しかも二人一組にしてまで……何で異世界に行った人を始末する必要があるのかなぁ?必要性あるとしても一人でよくない?」
「異世界転生者は実験なんだろ。だったらオレたちも実験のダシにされてんじゃねえの?」
「マツノちゃん適当なこと言っているようで結構ありそうな予想するよねぇ」
「別に、金さえ入ればいいし……お喋りはそこまでだ。今日も前後不覚の飯のタネが、やれのこのことやってくる」
後は、早かった。部屋に入ってきた竹田の魔法を権能で封鎖し、マツノが「過度の戒律違反でお前を処刑する」と言いながら一撃で斬殺。見せ場も散り際もあったものではない、まさに処刑人の無慈悲な裁断だった。
「俗物、がぁ……どいつもこいつも、無能、ばかリで、未来は、この僕が……やら、ないと……、……」
ショーコは思う。
彼は彼なりにこの世界に思うところがあったのかもしれない。
それを解消する為に政治的に動き回ろうとし、超えることの出来ぬ壁を崩すための手段として力を用いたのかもしれない。少なくとも彼は前回の男と違って淫行に走ったとは戒言法典に書いていなかった。それはある種の高潔さ、いや潔癖さだったろう。
しかし、潔癖で邪魔者を消して洗脳で味方を増やして、それは人形遊びのような視点だ。結局のところ、自分の理想が絶対であると思い続ける限り、彼の政敵は永遠にいなくはならなかったのではないかと思う。人間が二人いれば差異が生まれる。前にも言ったことだ。
「金の為にずんばらりん。文句のつけようがない俗物だな。お前はどうだ、ショーコ? 異論は?」
「なんてゆーか……多分マツノちゃんに聞かれたこととは違うけど、別に誰に頼まれたわけでもないんだからそんなに政治やんなくても良かったんじゃないかなー、などと」
「阿保面した学生みたいにジャンプ立ち読みしてマガジン立ち読みしてサンデー立ち読みしてりゃよかったと?」
「人間なんて一枚めくれば欲望塗れ、って言うじゃん? 人類皆俗物みたいなもんなんだし、国の代表だって言う政治家だってセクハラする訳だし。そんな肩肘張らずに他の人と同じような楽しみがあれば、ここまで極端にならなかったんじゃないのと思う、よ?」
彼は自分の理想を他人に押し付け、合わない人を排除洗脳していった。でも、そんなえり好みばかりする人間が理想なのかという事まで頭が回らなかったのは、なまじ力を与えられたから裏道寄り道回り道という発想がなかったんじゃないかと思う。
彼は、自分がなあなあで生きるレベルの人間だと自分で気付いていなかった。立派になる事がいい事という訳ではないという視点の違う事実を、視点をずらせないから気付けなかった。立派でない人間が立派なふりをしても、得する人なんているものじゃない。
異世界に来てまでそんなに悩まなくとも、もっと庶民的に生きて良かったんじゃないだろうか。
ショーコという享楽的な女は、そう思うのである。
竹田の能力は(もはや死語だと思うけど)ニコポ・ナデポを魔法で体系化したものです。この世界の異世界では誰も使えないぐらい難しい魔法なんですが、そんな方向性に努力する彼は努力の仕方を間違えてると思います。
もちろんショーコは無効化余裕ですし、マツノも状態異常を全て無視する『喧騒無視』という権能があるので効きません。彼女の場合、そんなもの使うまでもなく即断殺ですが。
マツノ人物像……サバサバしてる。スマホと漫画ばっか見てる。オッサンっぽい。カンが鋭い。ガサツ。
ショーコ人物像……結構ヒドイ。お洒落とか好き。好き嫌い激しい。たまに考え込む。お気楽主義。