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いとおしいのは自分だけ

転生物を見てるといつの間にか考えがちな話を文字にしてみました。

アンチ、或いはヘイトに近しい何かが含まれるかもしれません。

 ――こんな筈ではなかった。


 自分には特別な才能があって、特別な出会いがあって、特別な未来に向かっている。幼い頃の自分はそれが当然の事であると信じて疑わず……そしてそれが幻想であることを心のどこかで悟っても、認められずに根拠のない空想を叶えてくれない周囲を恨み、妬み、憎んだ。

 自分が一つ上の目線から全てを俯瞰して理解している気分に浸り、同意してくれる人間とだけ仲良くし、他の全てを排斥するように過ごすようになった。特別な主人公には程遠い自分の在り方など見たくも聞きたくもない。自分の見たいものだけ見ればいい。

 それを邪魔する奴は敵だと攻撃的になり、大人が悪い、親が悪い、朝鮮人と中国人が悪い、社会が悪いと誰かを恨み続けた。


 こんなつまらない世界、心底嫌いだった。

 そんなつまらない世界に、ちっぽけな自分は無感動に捨てられた。

 あんなつまらない世界は、こちらから願い下げだった。


 そして、扉を開いた。


 最悪な現実に押し潰され過ぎて八方が塞がった狭い空をこじ開ける、第二の人生。不幸によって掴んだ幸運に、これだこれだと浮かれ踊った。やはり自分は特別な人間だ。神に見定められた人間だ。美しき女神に祝福の力を与えられて異世界でチート無双三昧。陳腐でありきたりで、楽しい人生だ。世の全てにざまぁ見ろと中指を立てた。俺が運命に選ばれたのだと。


 それまでの凡庸な容姿とは比べ物にならない端正な顔つき。高い身長。努力の分だけ得られる成果。先天的な戦闘能力と、それを正当に振るう場。しかもそれで金まで貰える。理想の仕事だと感嘆した。


 冒険の世界、残酷で美しい世界。そして力を手に入れた俺にすれば残酷という面はなく、ただゲームや漫画、ライトノベルの世界が目の前に転がっている状態だ。それは人生で最大のおもちゃ箱。いつまでも没頭できる遊びだった。


 美しい女を助けて賞賛を浴びる。可愛らしい女を助けて仲間に誘えば二つ返事で応と言う。時々男に近寄られて内心鬱陶しい事もあったが、賛辞はいつ聞いても耳に心地よいものだ。子分として気に入った奴を仲間に入れることもあった。


 何もかもが順調だった、筈なのに。

 思い通りにいく俺だけの理想の物語だった筈なのに。


 瓦解はあっという間だった。少々の計画の狂いと連鎖した難敵との遭遇と、引き際の誤りと、大を活かして小を切り捨てる判断。司令官としても戦士としても理想の判断を下した筈だ。例えそれに犠牲が伴っても、正しかったのだ。

 なのに、たかだかメンバーの一人が死んだ程度でぎゃあぎゃあと喚くから、つい少しばかり本音で言い返しただけだ。


 それの何がいけない。何が悪い。

 何故それだけで、ああも白眼視されなければならなかった。

 お前らだってそうだろう。俺の仲間なのだから、同じようなことを多かれ少なかれ思った筈だ。なのに口に出した俺だけを除け者のように言う。今まで誰のおかげで成長し、金を貰えたと思っている。俺の絶対的な力におんぶにだっこでいたお前らが、俺を怒らせればどうなるか知らないとでもいう気か。


 腹の底が焼けるような苛々のままに、腹いせがてら俺はその任務の報酬を全部自分で使った。どうせ俺が強くなり、俺が上機嫌になることがパーティー全体の戦力向上に繋がっているのだ。文句をつけた邪魔な男と少々付き合いが長いだけで小うるさくしゃべる女をパーティから追放した。いい気味だろと俺に愛想のいい女に言うと、蚊が鳴くような声でそうだね、と言った。翌日、ついていけないという手紙を残して雲隠れした。


 ――こんな筈ではなかった。


 ギルドがリーダーとして不適格だとか、金銭横領だとかとケチをつけてきた。

 お気に入りの受付嬢が俺が近寄ると嫌な顔をする。

 顔だけリーダー、山賊みたいな精神と陰口を叩く連中が増えた。

 黙って抜けたパーティメンバーを見つけ出して私刑し、脱退金を巻き上げた。

 またパーティが減って、リーダー命令を無視する奴が増えて、苛々した。

 最近、前みたいに女どもを助けても礼も言わずに俺から逃げていく。


 ふざけるな。意味が分からない。許せない。

 これは俺が主人公の物語で、俺のサクセスストーリーで、お前らは俺を満足させるためにこの世界に優れた容姿を持って生まれてきた連中だろうが。神だってそう思って俺を選び出して送ったんだろうが。そうだ、神の奴が手抜きしたんだ。俺が悪い事をしたんじゃない。

 ここは素晴らしい世界じゃなかったのか。クソみたいな現実世界から切り離された、全く正反対の、俺を認めてくれる理想の世界じゃないのか。おかしいだろう。上手くいけよ。敵が弱いことが確定してて勝つのが当たり前の爽快アクションゲームみたいに、悪人下人をざっくばらんにする痛快ロールプレイングゲームみたいに、クソシステムもクソシナリオもない俺の期待に全部応える俺の俺の俺の俺の俺の……。


「あ、マツノちゃんコイツだわコイツ」


 不意に、それは終わりを告げに現れた。

 栗色の髪をボブカットにした、色気のない場違いなパーカーの女は、俺を指さして隣の女の服の裾を引っ張る。


「えー……ジークムント・マーキンス。旧名は中斑琢也なかむらたくや、与えられた力は『才能開花』コスト2、『身体開花』コスト3、『外面調整』コスト4、『初志固定』コスト1の10コスト転生者。これといってマツノちゃんが気を付ける能力はないねー」

「10コストか。よくいる小物だな。罪状は?」

「戒律一条と戒律二条、あと戒律四条もかな?」

「これまた典型的に小悪党だ。ショーコ、援護はなしでいい」

「ういーっす」


 ショーコと呼ばれた少女を手で制して前に出たのは、Gパンにゆったりとしたセーターを着た女。目つきの悪さとウェーブのかかった金髪が、どこか不良っぽさを感じさせた。

 二人とも、この剣と魔法の世界には似つかわしくないほど現代人で、俺は一瞬何を言えばいいか分からず――その分からないが、決定的に、終わりだった。


「おま……君たち、神に選ばれし戦士である俺に一体何の――」

「過度の戒律違反でお前を処刑する」


 しゃりん、と音がした。

 それが自分の体を刃が通り抜けた音で、百戦錬磨の恵まれている筈の肉体が一切回避出来ない速度で、自分が致命傷を負ったことに気付いたのは、本当に死ぬ直前だった。

 こんなにもあっさりと、甲斐もなく、理想の筈の世界から俺は零れ落ちた。


 異世界まで来たのに、俺は何をやっていたんだろう。

 俺は一体、何のために生まれてこんな場所まで送られたのだろう。

 どうして、どうしてあのクソみたいな現実の世界から解放されたのに、俺には死が待っていたのだろう。

 思考は、刹那と永遠が交錯する世界へと、どこまでもどこまでも落ちていった。


 ああ、即死イベントなんて。

 こんな世界――やっぱりクソじゃないか。




 ◇ ◆




「ちょお、罪状ちゃんと読み上げてなーい!」

「どうせロクでもない内容で、本人は懺悔する気なんぞないから戒律違反になったんだろーが。結果が変わんねーならさっさと処分した方が早くていいだろ」

「そういうの面倒くさがりすぎだよっ」

「お前が格式ばった事しすぎなんだ。どうせ処刑人エクセキューショナーの仕事なんぞ使いっ走りなんだからよ」


 ぷくっと頬を膨らませるショーコを適当にあしらって、振るった錫杖に似た剣の血を払い、肩に担ぐ。ショーコは緊張感がない癖にこういう所だけ口うるさいのが面倒くさい。

 目の前で男が一人、消えていく。まず外の皮が剥がれるように消えていき、この世界に来る前の面に戻り、それから存在の痕跡ごと消すように流した血まで消えていった。馬鹿な男だ。勝手にこちらが夢と希望の世界だと思い込んで粋がって、醜悪な自分の本性がなくなったものと無責任に思い込み、その結果がこれだ。


「まぁ言わせてよ、罪状。女狂いで女ばかり侍らせて、男は絶対に自分に逆らわない人しか徴用しない。自分の判断ミスで陥ったピンチを覆す為に味方を囮に食べさせて突破し、その非人道的な行動に非難を浴びたら逆ギレ。あと女の子を脅してレイプまがいの事も………」

「そら見た事か。やっぱりただのクズじゃねーの。もういいよ、続きとか聞かずとも想像つくから」

「いけず。罪状読み上げた後で『己の罪を数えよ!』とか偶には言いたかったのにぃ」


 顔を変えても、才能を高めても、奥の奥に収まってる魂の形は変わらない。

 処刑人という仕事を始めてからずっと感じている、ある種の真理だ。


 マツノは現実世界では所謂女子高生だ。特別な才能も美麗な容姿も持っていないし、両親と良好な関係を築いている訳でもない。ガラの悪い事で有名な高校で不良に混ざってスマートフォンを弄っているような、そんな社会的に下に見られる人間でしかない。

 そんな彼女が異世界くんだりまで来て趣味的な剣を振るい人殺しをしている理由は、なんというか、アルバイトのようなものだ。


 詳しくは知りもしないが、現実世界には向かうべき道筋というものがあるらしい。それは運命とも決定事項とも効率化とも呼べる何かであり、その筋道の邪魔になる存在を弾き出す仕組みが魂の世界にはあるらしい。

 つまり魂の選定みたいなもので、筋道の求める未来に不適合な人間が時折世界から爪弾きにされる。痰を吐きだすように。


 これは、てこの原理だとか慣性の法則といった『誰かが決めるでもなく元々そうなっている話』。そこから弾かれた魂が色をつけられて異世界へ行くのは、それとはまた違った話だ。

 実験なんだそうだ。不適格な人間が適格な人間になるのに必要な要素を探すための。それがどんな連中にどんな原理で運営されているのかは知らない。異世界に飛んだ連中の多くは、神かそれに類する存在にそうなれと言われたと言っているが、そういう奴に限って結局不適格なまま変わらない。


 変わらない不適格者は邪魔なだけで、観測する必要もない。そうして、何かしらの判断基準によって要らないと認定された存在を消す。それがマツノであり、ショーコだ。実際の所、マツノとしては貰えるものを貰っていればそれでいいと思っている。大義名分にも人権にも興味はないし、そういった運命があると知っても、それはいわば地球の裏側で餓えている黒人の子供たちをどう思うかと聞かれているようなもので、関係ないと答えるだけのことだ。


「コスト10の処刑か。5000円だな」

「そんなはした金じゃ服も碌に買えないよぉ。今日のターゲット一人だけだし、もっとコスト重いの仕事に回してくんないかなぁ」

「そうか? 5000円ありゃしばらく昼飯が豪勢になるだろ」

「マツノちゃん発想がオッサンっぽい。化粧とかお洒落とかもっとしよーよ」

「しねーよ、めんどくせぇ」


 人が一人死んだことに、特に感慨を抱かない会話が続く。

 実際の所、もともと死んでる魂を処分している訳だから厳密には殺人ではないし、昔はともかく今じゃこの仕事に慣れてしまったから罪悪感など欠片もない。大体において、殺されて当然の奴というのが殺す相手なのだから。

 殺された魂の行き先をマツノは知らない。漂白して現実世界行きか、この世界で輪廻転生か、或いはここから更に別の異世界で実験か。どちらにしろ、現実世界を否定した連中の行き先など元からない気もする。


「にしても、神に選ばれし戦士ー、だって。ウチはこの力貰う時神っぽいのには会ってないんだけど。なんか普通に面接のオジさんっぽかった」

「おれはアレだったぞ。セルフレジみたいな機械だった」

「やっぱ人によって見えてる手続きが違うんかなぁ」

「考えてもしょうのないことを考えても、やっぱりしょうのないだけだろ」

「そりゃそーだけど」


 マツノもショーコも死んだ人間ではない。そうではないが、現実にいまいち適合できてないらしい。別段現実世界が嫌いでもないという半端な立場――それがこのバイトという着地点に落ち着いた。

 眠っている間だけ夢のなかで異世界に行き、戒律とかいう規範を破った奴を始末し、その始末した相手の能力――コストの大きさに応じて金が出る。どこから絞り出された何の金かも知らないが、目が覚めると財布の中に増えているのである。そんな金を刹那的に使って、マツノは生きている。ショーコも多分そうだ。

 二人は互いが互いにどこに住む誰なのか知らない。たまたま同じ仕事に選ばれてタッグを組んでいるだけで、会おうとも特に思っていない。仲が悪いかと言えばそうでもないが、積極的に繋がってもいないのだ。


「ともかく、文句言おうが何叫ぼうが今日の仕事は終わりだ。あの、何だったか……タクヤとかいう奴の痕跡もこの世界から消えてなくなる。異世界行きたいぐらい現実が嫌いな奴が異世界に嫌われて消されるってのも、何だ。滑稽だよな」

「……マツノちゃん、現実は嫌い?」

「は?」


 今回は出番がなかった、漫画にでも出てきそうなごつい魔法杖を持て余すようにくるくる回すショーコは、突然そんな事を言った。


「ウチはさ、嫌なこともあるけどそんなに嫌いじゃないのよ。善人ぶってるだけの口だけ大人とか、仕切りたがりの差別したがり女とか、下半身野郎とか、ウザいことは色々あるけどさ。おシャレしたりライブ行ったりテレビみてけらけら笑ったり、それって異世界だと出来なくなることも色々だと思うんだよね」

「スマホのねぇ異世界は嫌だな。行かせられるんなら無限充電でWi-Fiつなぎ放題の容量無限大スマホ欲しいわ。どこから電波入るのか知らねーけど。あとアレ、ジャンプとマガジンとサンデー立ち読み出来ねぇ世界とか死ね。コンビニも欲しい。毎日風呂入りたいから電気とガスも欲しいな」

「その調子だともっとたくさん現実の好きな所ありそーだね」

「まぁ、別段世直しして欲しいとか思うほど困ってねーし。ぶっちゃけさっきのアイツみたいに異世界行きたがりの気が知れねぇわ」


 恐らく、その思想こそが異世界に飛ばされる者と処刑人となった自分の決定的な差なのだろう、と思う。ショーコも恐らくそう思っているだろう。こくんと頷いた。


「……みんな、そんなに現実世界が嫌いなんだね。そこまで夢も希望もないのかな、ウチらのいる現実って」

「目ぇ逸らしてぇだけだろ。だから自分の見た目や名前からも目ぇ逸らして、そのくせ自分の心だけは元のままで楽しみたくて、結局都合のいい世界なんぞなかったって結論に達する。達して尚、それから目を逸らし続ける」

「目の前にある現実とそれを受け入れる自分自身を、どこまでも肯定できない。自分の理想から外れた一切を許容できない。いや、してるつもりでしてもいないのかな。どこの世界でも、人間が二人以上いれば都合のいいことだけ起こる訳ないのにね」

「いっそ、そこかもな。『起こる』のを待ち続けているから……前には進まないんだろ」


 だからといって、目の前の出来事を淡々と、それなりに処理し続ける自分たちが前に進んでいるのかと言われればそうでもないだろう。それでもマツノは異世界で仕事をするたびに、思うのだ。


 目の前に転がっている現実を――どうあがいたところで世界は己の理想のみに追従することはないという事実を受け入れるだけのことが、どうしてこいつらには出来ないのかと。

以下、どうでもいい設定。


コストはその人の元々持ってる可能性の分だけ増えます。コスト10は味噌っかすです。凄い人だと30ぐらいありますが、もともと弾かれた連中なのでそんな怪傑は100人に1人もいません。

ちなみにコスト配分と能力は全部本人が望んだ種類と分量が当て嵌まります。

『初志固定』は粛清対象の転生者がほぼ全員持っていて、いわばゲーム感覚で世界を楽しみたいという意識があって精神的に成長しない証みたいなものになりがちです。初志が信念に基づいた確固たるものであることもありますが、やはり稀です。本気で変わりたいとか今までの自分を捨てたいという人にはこれの代わりに『自己改変』とかがつきます。

戒律は、来るべき世界に必要な適正です。違反が二つ以上で粛清対象です。内容はこれから考えます。


マツノとショーコは処刑人だけあって、上記のコストとは別次元の力を与えられています。

そんな力を与えられながらも、それを現実世界では使えない事に何の不満も抱かない子たちです。

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