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悪の首領の奮闘記

作者: 宮雛まや

 有山セナ、十七歳。職業、悪の秘密結社の首領。

 忘れもしない二年前のあの日、私はこの世界に絶望し、滅ぼしてやろうと決意した。そして長きに渡るビラ配りの末、今年の八月に四人の幹部を揃える事に成功したのだ。

「後は部下の数で勝負が決まる」

「またビラ配りっすか」

 いかにも面倒くせえ、といった顔をしたこいつは幹部三号の栄ショウヤ。金髪、チャラ男。人員不足のためこいつにもビラ配りを手伝わせているが、見た目のせいか通行人からは避けられまくっている。

「ビラ配りよりも、もっと効率的な方法ありますよ」

 幹部二号の大原コウタがそんな事を言い、携帯しているノートパソコンの画面を私に見せた。ウィンドウの後ろにちらっと見える女の子(彼曰く『嫁』)がちょっと目障りだ。

「どれどれ……」

 目に留まったのはパソコンに映し出された文字の羅列ーー「【急募】悪の秘密結社採用試験」

 ……いやいや、おい。

「5ch.にスレ立ててんじゃねぇーーーーーーよ!!」

「いやでも結構伸びてまぶッ」

 弁解するコウタを問答無用でしばく。

「これじゃ悪の軍団ってより自宅警備隊じゃねぇか!!」

「ニートを馬鹿にしたな、宜しいならば戦争だ!!」

 駄目だこいつ、救いようがない。四号の彼……も駄目だ。相変わらず俯いて石膏像みたいに固まっている。

 どうしようもない奴ばかりで、私は最後の一人に賭ける事にした……って、あれ?

「セイはどこに行った?」

「ああ、あったかいコーヒーが飲みたくなったとか言って駅前の喫茶店に」

「自由人だな……」

 てかバリスタ置いてるのに。

 幹部一号、日立セイ。幹部の中で一番私に歳が近く、また一番付き合いが長い。ただ一番信頼を置いているかというとそうでもなく、むしろ私だけでなく他の幹部からも心配される程ふらふらしている。野良猫にすらついて行ってしまうため、誰かと外出すれば必ずはぐれる問題児だ。

「悪の組織の幹部としてなってない、速攻で連れ戻して説教してやる」

「ボスも大変っすねぇ」

 ショウヤのぼやきは無視し、私は肌寒くなってきた街に飛び出した。もうコートが必要かもしれないと、寒さに肌を刺されてそう感じる。


  ***


 駅前の喫茶店は繁盛していたが、そこにセイの姿は見当たらなかった。こうなってしまうと、あいつと会える確率は絶望的に低くなる。無論待ち合わせの場所にすら滅多にいないセイの事だから、後追いして一発で出会えるなんて奇跡を期待するのが間違っているのだが。

「頼むから携帯電話を携帯してくれよ……」

 コウタはノートパソコンの充電が満タンになるまで外に出ようとしないというのに……あれ、あいつ最近外出した事あったっけ?

 休日の街は人が飽和している。この中から一人の人間を探し当てるなんてウォーリー並み、いや、それ以上の鬼畜ゲーである。何しろ目標があのセイなのだから、「いないと思ったら次のページに隠れていた」レベルのフェイントをかけられても文句は言えない。

 そうしてセイの通りそうな裏道を歩き回り、ちょっと足が疲れたところで噴水のある広場に出た。駅前の大通りなんかに比べたら人も少なく、一旦休憩しようと噴水の石段に腰掛ける。

「はぁ……本当どこに行ったんだろう……」

 溜め息まじりに呟いた、その時だった。

「ねぇ君、どうしたの?溜め息なんか吐いて。悩み事?俺で良かったら相談乗るよ」

「え?」

 わぁ優しい人ーー見上げるとそこにはショウヤに負けないチャラ男ーーん?

 おいおいこれナンパじゃねぇか!!「わぁ優しい人」じゃねぇ騙されんなァーーーーーーーー!!!

「い、いや何でもないです大丈夫です」

「そんな事言って、思い詰めた顔してるよ。結構深刻な悩みだったりしない?それこそ親に相談できないような……」

 嘘つけ!てかお前は何を想定してんだよ!!何だよ親に相談できない悩みって!!知らん男の子供を身籠ったとかそういうレベルか!?私そんなに太ってる!?

「本当に何でもないですから。それじゃあ」

 強引に席(石段)を立って逃亡を図る。

「悩んでる人ってみんなそう言うよね。一人で悩んだってしょうがないよ?」

 ついて来んなァーーーーーーーーーーーー!!!!

 そんな風に心では絶叫しているものの、実際は「何でもないです」「大丈夫です」くらいしか言えていない。何で女性のああいう被害が絶えないのかと長らく不思議に思っていたけど、いざ自分が体験してみると疑問は一瞬で解消されました、まる。……いや感想言ってる場合じゃなくて、私も今結構危ないんだって。


  ***


 難破チャラ男(仮名)は想像以上にしつこかった。撒こうとしても人が多くて走れそうにもないし、仮に走っても女子の足じゃ簡単にに追い付かれてしまう。

「何で逃げるの?」

 本当に分かってなくて聞いてんのか!?お前頭大丈夫か!?

「ねえちょっと、そんなに切羽詰まってるの?」

 ……分かってて聞いてるな、確実に。

 周囲の人々から不審者を見る目線を向けられる。私そんなに怪しくないのに、完全なとばっちり……いや、悪の組織の首領って相当怪しいな。

 歩き回っている内に、蓄積していた疲労がまた私にのしかかった。足がどんどん遅くなる。

「疲れたんじゃない?どっかその辺で休んだら?」

 元々お前のせいで休めなかったんだろうが。お前のせいで(大事なことなので云々)。

 その更に元を辿ればセイを探しに行ったからなのだが、そんな事は置いておいて、今私には四つの選択肢がある。

 一つ、逃げ切る……これは無理だ。パス。

 二つ、アジトまで帰る……チャラ男が諦めなかった時が恐ろしい。パス。

 三つ、アジトから助けを呼ぶ……動きそうなのはショウヤだけだし、そもそもあいつそこまで強くないな。パス。

 そして四つ……これは厳しい。発動条件が鬼畜ゲーだ。でも発動出来たら他の三つよりは確実……ん?

「……何つータイミングだよ……」

 四つ目の発動条件をクリアしてしまった。変な笑いが顔に浮かぶ。でもどうする、いや躊躇うな、行くしかない。

「やっと見つけたァーーーーーーッ!!」

 うわ我ながら全然可愛くねえ。

「ん、えっ、えっ!?」

 急に軽くなった足を全力で回し、私は突然の事に戸惑うセイの胸元に思い切り飛び込んだ。勢いが良過ぎてそのまま突き飛ばしてしまいそうになったが、そこはセイが踏ん張って何とかする。

 そのまま暫く抱きついた状態でいると、チャラ男はいつの間にか消え去っていた。

「……はー、恥ずかしっ」

 彼氏でもない奴に抱きつくのは流石にくるものがある。セイから離れた私は知人に見られていないか心配になって辺りを見回した。

「びっくりした……いきなりどうしたんだよ」

「いや、ちょっとナンパされて……」

「嘘だろ」

「嘘じゃねーよ」

 反射的に殴る。漫才かよ。

「ってそんな事はどうでも良くて、外出の時は携帯持って行け!」

「あー、はいはい」

「反省する気ないな!?罰だ何かあったかいやつ奢れ!首領命令!」

「えぇー!?」

 いつもいつもこんな調子である。有山セナ、まだまだ世界征服には程遠い。

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