駆け引き
「この国、グレイランド聖法国では奴隷売買は禁忌に当たります。どんな人間、亜人にも人権があり、その権利を侵すものは例え国であろうと許されるものではありません。あなた方も見たところその禁忌に触れているものとお見受けいたしますが?」
スカリアは俺たちの後ろにいる獣人の娘に目を向ける。
まぁ、この子だけは端から見ても奴隷のまんまだったからな、そう思われるのも無理はないか。
「失礼ながら申し上げます。聖女様とあろう人が見た目で相手を判断するのは如何なものかと」
「それはどういうことですか、彼女は奴隷紋が付いています。奴隷にされている人達には同じように紋が付いていました。彼女が好き好んでそのような刺青を入れているとは考えにくいと思いますが?」
グレイスが少し煽るように切り返すと、スカリアの穏和な表情の奥に鋭さが増した。
「そうですね、奴隷紋と同じ刺青を好き好んで入れるような者はいないでしょう。しかし、奴隷紋は菱形ですが彼女達に入っているのは菱形ではありません」
「模様の形は菱形の模様の上から上書きができるようですので、模様の形自体は問題ではありません。
首に刺青が入っていること自体が問題なのです。首筋に刺青を入れるということは自分が奴隷であることを証明するようなものです、なので彼女が奴隷ではないということの証明にはなりません」
あぁ、成程。聖女様は眷属の紋章が奴隷紋の上から模様を偽造しているものだと勘違いしているのか。
まぁご丁寧に教えてやる義理も親切心も持ち合わせていないからな。
面倒臭いことになることを理解し、デザスに目で合図を送る。
「はぁ、それで?
実際に彼女が奴隷だったらどうするんですか?」
「いえ、別に貴方をどうこうしようということは致しません。ただ、奴隷の彼女はこちらで保護させていただきます」
「…彼女を保護し、その後の流れは?」
スカリアの言葉に違和感を感じたグレイスは、少し探りを入れた。
これで相手が考え通りの答えを返してきた場合、予感が的中してしまう。
「それは勿論、彼女が一般社会に出れるようサポートをして自由の身にして差し上げるのです」
嫌な予感が的中しやがった。
デザスは予定通りエレイナ達の後ろへと移動し、グレイスの合図を待つ。
「成程。それはとても素晴らしい事ですね」
「理解していただけて何よりです。では、彼女を此方へ引き渡していただけますね?」
「聖女様の寛大なお心に感謝いたします。ですが…お断りいたします」
グレイスがキッパリとスカリアの申し出を断った。
そのはっきりとした態度にスカリアだけでなく周りの人間達も驚いていた。
「要件はそれだけですか?他に何も話すことがないのであれば我々はこれで失礼させていただきますね」
グレイスが立ち上がり、エレイナ達もそれに続いて部屋を出ようと歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ちなさい!
どうして奴隷の彼女を引き渡さないのですか」
スカリアが立ち上がり息巻いて叫び、周囲に待機していた騎士が部屋の出口を塞ぐ。
(デザス全員を守れ。彼女は絶対に奪われるなよ)
(承知した。あまりやりすぎるのではないぞ)
そんなことは俺に言わず目の前の相手に言ってやってほしいものだ。
「どうしても何も、貴方達の考えていることに賛同出来ないからだが。」
「私たちの考え?
先程お伝えした通り、彼女を自由の身にする以外には何もありませんが」
「それだよ」
「それ?」
グレイスの指摘にスカリアは何のことか理解できていないのか、惚けているのか、分からない意を示す。
グレイスは真意が分かっている為、少し機嫌が悪くなり口調が荒くなってしまっていた。
「あんたは彼女に対して有益になる事を伝えていた。だが、俺はその中に違和感を感じていたんだ。
俺自身何が違和感を生んでいるのか始めは気づかなかった、だがあんたが言った一言で何が違和感になっていたのかが分かった」
エレイナ達は何がおかしかったのかに気づいていなかったようで、お互いに顔を見合わせていた。
アリエステ、お前は一応元王国守護騎士じゃないのかよ。そんなんでよく国を守れてたな。
スカリアはグレイスの言葉を待ち、黙っている。
「聖女様、あんたはずっと彼女をどうするかの結果に対して『自由の身』という言葉を使っていたな。
それがあんた達が彼女をどうするつもりなのかについて違和感を生んでいたんだよ」
「自由の身という言葉のどこに違和感があるのですか?奴隷という立場から解放し何物にも縛られない自由を手にするのですから表現として間違えてはいないと思いますが」
「まぁ、その通りだよ奴隷から解放し自由の身にする。表現としては一切間違えていない。表現としてはな」
スカリアは自分の言葉に肯定を示すと思っていたグレイスの答えに少し動揺した。
「表現としては?」
「あぁ。
彼女の状況を言い表すのには自由の身という言葉が最適だろう。だが、自由の身という言葉が出た時、俺があんたに何を質問していたか覚えているか?」
「えぇ、彼女を保護した後どうするのかという質問でしたわね。ですから私は一般社会に戻れるようにサポートをすると…」
そうだ、スカリアの言っていることは一般意見としては間違っていない、だがスカリアの様子とは裏腹に周りにいる人間の落ち着きがなくなっている。
これ以上は踏み込むなとでもいうように。
「あぁ、そうだな。
あんたは一般社会に出られるようにサポートをし、自由の身にするということを言っていたな。だが本当にそれだけか?」
「それだけというのはどういうことですか?」
「いやなに、とある伝言からあんたらグレイランド聖法国がどんな国なのかってことを知っているのでな。何を知ってるか…それは想像にお任せする」
スカリアはグレイスの言葉が何を意味しているのか容易に想像出来てしまった。
グレイランド側の様子がかなり慌てだしたのを見てグレイスは一人この状況を楽しんでいた。