行ってきます
「何を言っているのだ!貴様は守護騎士という職務を放棄するというのか!
そんなことが許されると思っているのか!」
ゼルビノスが息巻いてアリエステを叱責する。
「守護騎士という役目があるのは分かっています。ですがこの国の中だけで過ごしていたのでは考えも小さくなってしまい、これから先起こりえる様々な事柄に支障をきたす可能性があります。
ですので、成人したこの機会に冒険に出てたくさんのことを学びたいと考えております。」
いつもなら国王という立場にある父親に対して委縮して自分の言いたいことが言えなくなってしまっていたのだが、今の言葉の中にそれは一切感じられなかった。
アリエステ王国第一王女、そしてアリエステ王国王国守護騎士という立場があれば、冒険に出なくとも将来が約束されているようなものなのだが…
それを捨ててまで冒険に出るという選択肢を選んだアリエステには、どれほどの覚悟があったのだろうか。
俺にはそれは分からない、何せ自分の意思で冒険に出たのではないから。
「…王国守護騎士、いやアリエステ。
冒険に出るということはどういうことか分かっているのか」
「はい、命の危険があるのは言うまでもありませんが、私の場合守護騎士という立場でありますからアリエステ王国は私がいない間、守護騎士という柱を欠くことになります。
そして、あってはなりませんが私が冒険の途中で死んでしまった場合、アリエステ王国には私以外に王位継承権を持っているものがいなくなる為、今までのようなアリエステ王国を継続させていくことが難しくなるやもしれません」
アリエステは自分が置かれている立場がどのようなもので、それが失われてしまうということがこの国にどのような影響を齎すのか理解しているようだ。
「そこまで理解しているのなら、その冒険の旅には一般人とは違う壁が立ちはだかることも理解していることだろう。
その壁がお前にとって善なるものなのか、はたまた害を齎すものなのか、最悪の場合他国の力によって冒険が出来なくなってしまうかもしれない。
お前がどれ程の覚悟を持っているのかは儂には分からん。
だからこそ、冒険をしてきた儂からお前にこれだけは伝えておこう。
『冒険で相対する最強の敵は、魔物でも他国の回し者でもない』ということを」
「最強の敵は魔物でも他国の回し者でもない…」
おぉ、国王様いいこと言うな。
国王の言う通り、敵は魔物や周辺諸国の間者でもない。
それがどういうことなのかあの様子じゃアリエステは理解できていないみたいだけど。
「儂から言うことはこれだけだ。
お前の初めての冒険、それが良きものとなることを儂は祈っている」
国王の見せた最高の父親らしい笑顔にアリエステは感極まっているようだが、それも一瞬のこと。
すぐに顔を上げ、無邪気な子供の様な笑顔でこう言った。
「行ってきます!」
アリエステ達が謁見の間を後にし、静寂が流れる。
「よろしかったのですか、あのまま行かせてしまって」
「良いのだ。
初めは儂も引き留めようかと考えた、だがアリエステの目を見て考えが変わった。
王城でアリエステはあんな顔をしたことがなかった、だからこそそれを否定できなかった。
後ろに控えていた者たちもグレイスを柱として結束しているようだった、柱があれば周りに影響されることは少ない、奴隷たちの目にもグレイスに対して信頼の光があった。
彼らなら間違った道に進むこともないだろう」
「国王様!ミュードラントが今まで何をしてきたかわかっておられますか!?
散々町を破壊してきたのですぞ」
「だがそれは全て誰かの為に怒ったことに対する副産物だっただろう。
それに関しては儂は問題ないと考えている」
「しかし…」
「これ以上は時間の無駄である。
一度送り出したものを引き戻すなんて言うことが出来るわけがなかろう」
そういい捨てて謁見の間を後にする。
重鎮たちもそれに続いて部屋を出ていく、騎士団長だけが謁見の間に残り、騎士団長を中心に黒い何かが渦巻いていた。