奴隷
「はいはい、起きて起きて」
そう言って男の意識を無理矢理戻させる。
意識を戻された男は、再びの激痛に悲鳴を上げる。
それを一頻り楽しんだグレイスは男を無造作に投げ捨て懐から一枚のコインを取り出した。
そして、それを指で弾いた。
コインは回転しながら上昇し、頂点まで上昇すると重力に引かれて落下し始めた。
グレイスは落下してくるコインをキャッチすると男の目の前に拳を伸ばす。
殴られると思った男は目を瞑って衝撃に備えた。
「ッ!・・・・?」
しかし、いつまで経っても来ない衝撃を不思議に思い、ゆっくりと目を開ける。
するとそこには、無邪気な笑みを浮かべている子供がいた。
グレイスとは全く容姿が違う、年齢は10〜13歳程度、髪は腰のあたりまで伸ばされ好き放題跳ねている。手入れのされていない髪を差し引いてもさぞかしモテる事だろう、立派にそそり立つ二本の角が無ければ。
「どっち?表?それとも裏?」
鬼は無邪気にそう聞くが、男は質問の意図が分からず困惑したような顔をする。
その顔に鬼は少し残念そうな顔をして手の中のコインを男に見せる。
「今からもう一度コインを投げる、それが表か裏か選ぶんだ、選んだ面が出れば腕をつなげてお前を助ける。選んだ面が出なければ、お前はここで死ぬ。分かったな?」
それに男が頷きを返すと、鬼は嬉しそうに笑ってコインを弾く。
それを掴んで男の方へと伸ばす。
「どっち?」
「・・・表」
男の答えに鬼はゆっくりと手を開く。
そこには、微笑みを浮かべた女王の横顔があった。
「おめでとう。お前の勝ちだ」
そう言うと、転がっている男の腕を拾い上げ、傷口に引っ付ける。
すると、何もしていないのに男の腕が接合された。
目の前で起きたありえない現象に男は驚き、繋がった腕を動かしている。
「なぜ切り落とされた腕が繋がったのか分からないという顔だな」
鬼の言葉に男は好奇心を瞳に浮かべて鬼を見つめる。
「・・・戻し斬りだ」
戻し斬り:切り口の細胞や組織を潰すことなく斬ることで元通りにすることが出来る斬り方である。
名刀とそれを扱う達人の腕があって出来る技だ。
「戻し斬り・・・それを手刀で・・・」
「そういう事だ分かったらさっさと行け」
鬼のやった事を理解し、更に驚く男にそう言うと男は慌てて去っていった。
鬼はそれを無言で眺め、男の背中が見えなくなる と、何かを呟き気配を霧散させた。
「・・・面倒臭」
元に戻ったグレイスはそう呟いてエレイナの方へと振り返る。
しかし、エレイナは一部始終を見ていた為か怯えていた。
そんなエレイナにグレイスはため息を一つ吐いて近寄る。
「―ッ」
グレイスが歩を進める度にエレイナは怯えの色を強めていく。
目の前まで行くとエレイナは顔を真っ青にして瞳には涙を溜めていた。
グレイスが手を伸ばすとエレイナは身体を強張らせ小さくなって震え出した。
「その枷を外すだけだから動かないでくれ」
それにエレイナはゆっくりと頷く。
それを確認したグレイスはエレイナの枷を外す。
枷を外すとエレイナは枷とグレイスから逃げる様に離れた。
まぁ、目の前であんな事すればこうなるよな…。
「・・・仕方ないか・・」
そう小さく呟くと、ポケットから一枚の紙を取り出した。
それは、エレイナの『奴隷契約書』だった。
奴隷契約書とは、奴隷に契約者の指示を強制的に聞かせたり、奴隷が逃げ出した際に強制的に呼び出したりすることができるものである。
エレイナはそれに気づいたが、それをどうするのか分からず困惑したような顔でグレイスを見つめてい る。
しかし、エレイナの困惑は次の瞬間、驚きへと変わった。
グレイスがその奴隷契約書を破いたのだ。