95話 楽しい戦場ピクニックとデスゲームの影
ここはレギオンのダンジョンの大部屋。
そして、ここは戦場の真っ只中なのだが……
そこには、戦場には似つかわしくない光景があった。
今日のメインの食材はロブスタークラブとボアの肉。
前回と同じように鍋を作る。
さすがに2回目と言う事もあってか、俺の料理をすると言う指示に弟子たちは戸惑う事もなく準備を手伝っていた。
しかし、俺のリュックから白菜やニンジンなどが出てくるとピタリとその動きが止まる。
こちらを凝視すると目を丸くして驚いていたようだった。
今回は趣向を変えてみた。
レッドボアの肉を薄く切って蟹鍋に少し潜らせて食べる。
そう、しゃぶしゃぶである。
持ってきた器にポン酢を入れて皆に渡す。
「たっつん! これ美味しいねぇ」
セレナが口の中に肉を頬張り、あむあむと可愛らしく食べていた。
目をまんまるにして本当に嬉しそうだ。
セレナを見ていると本当に心がほっこりするよなあ。
「ははは、たくさんあるからなあ。どんどん食べろ」
弟子達3人はすでに慣れたもので、みんなもくもくと食べていた。
ポン酢はカツオ節でしっかりと出汁を取っている。
お酢、みりん、醤油、ゆずで作った自家製の自信作だ。
肉はセレナに薄く切ってもらった。
肉が厚いと火の通りが悪くなるから重要だよね。
ロブスタークラブの身もしゃぶしゃぶで食べてみる。
半生の身がゼリーの様に口の中で溶ける。
これは鮮度が良くないと出ない味だろう。
戦場で狩ってその場で食べると、まさに戦場クッキング。
産地直送ならぬ戦地直送だ!
いや、戦地調達になるのかな?
耐火性の甲羅をフライパンの代わりにして厚切りのボアの肉をデンと豪快にのせる。
ジュウジュウと音を出して肉汁が滴ると厚切りボアのステーキの出来上がりだ。
肉がいいと塩だけでいい。
今日俺達が食べる部分は贅沢にヒレのいい所だけだ。
もちろん俺はそのまま食べる。
3人の、いや4人の子供達のために醤油ベースのステーキソースと、ニンニクとバターを用意してきた。
火が通りやすいように、ヒレ肉にナイフで軽くサイコロ状に網の目を入れるとステーキソースを掛ける。
そこに溶けたバターとニンニクが混ざると、何ともいえない香ばしい匂いが広がった。
4人を見ると、これは何だろうとキョトンとしていた。
ガーリックバターソースを知らないのかな?
ポン酢も知らなかったみたいだし。
醤油とか存在しているのに料理の方は知られていないのか?
う~ん、疑問はあるが……こいつらが知らないだけかもな。
みんな子供だしね。
食べ始めると凄い勢いで食べ始めた。
どうやら好評のようだ。
しばらくすると蟹鍋が空っぽになる。
あれだけあったボアのヒレ肉もすべて無くなった。
まさかこんなに食べるとは思わなかったな。
まあ、主にキールが食べたんだが。
いい部分の肉だけしか持ってこなかったのは失敗だった。
キールを見ると空になった蟹鍋を切なそうに凝視している。
完全に食べ足りないようだ。
ボアをもう1匹狩って来るか?
そんな事を考えていると、そいつは来た。
そう、ここは腐っても戦場なのだ。
ニコニコして笑っていたセレナが急に無言になって腰の剣に手を掛ける。
セレナの視線の先には1匹のレッドボアがいた。
どうやら近くに沸いたらしい。
しかし、緊急事態ではない。
食材の方から来てくれるとはちょうどいい。
こんな感想を抱くほど余裕があるのだ。
強くなったものである。
弟子達3人も直前まで食べていたと言うのに、すでに戦闘態勢になっていた。
まあ、こうなる事態もすべて想定内だからな。
休む時は休み戦う時は戦うと、しっかり切り替えができている。
油断はしないが過大評価もしない。
うん、いい感じだ。
「セレナ、ここは食事する場所だから、少し離れた場所で倒してくれ」
セレナがコクリと頷くと姿が消えた。
いや、速すぎて認識できないだけだ。
レベルの急激な上昇で、俺の反射神経もずいぶんと高くなっているはずなのだが。
でも、それでもまだ駄目だった。
デスゲームの事が頭の端にちらついて、俺の中に焦りが生まれてくる。
やるべき事をやるしかないだけだ。
そして、やるべき事はレベル上げなんだ。
レベルだって順調に上がっている。
やるべき事はやっているんだ。
だから、焦るな。
不安に押しつぶされそうになる自分に、何度も暗示を掛けるようにやるべき事をやるしかないと繰り返す。
しかし、現実は無常である。
いくら動きが速いとはいえ、未だにセレナの姿すら見えないのだから。
もっとレベルを上げなければデスゲームに対処できないかもしれない。
考えないようにしているのに不安が顔をもたげてくる。
苦悩していると、セレナが一瞬でレッドボアを倒して戻ってきた。
倒したレッドボアを解体すると、みんなは楽しそうに食べ始める。
みんなから少し離れて座るとその姿を空虚な気持ちで眺める。
楽しそうでいいなあ。
「師匠! 食べないんですか?」
突然話し掛けられ、ハッとしてデールを見る。
デールは訝しげな顔で俺を見ていた。
「俺はもういいから、お前らで食べろ」
必死に作り笑いをして誤魔化す。
気がつくと体が震えている。
自分でも気づかぬ内に、見えない恐怖に怯えていた。




