90話 弓兵の役割
デジャブー?
何だこの既視感は?
何か過去に嫌な事があったような?
何だったかなあ……
「師匠! 女性の助けを呼ぶ声が聞こえます。助けに行きましょう」
「待て! 連戦は危険だ。それに何か嫌な予感がする」
俺の制止を聞かずに、デールは大部屋へと走って行ってしまった。
チップとキールは俺をじっと見て黙っている。
どうやら、指示を待っているようだ。
仕方がない。
「キール、ライジングホースを倒しておいてくれ」
「わがっだ、おでに任せでくで」
「チップ、デールを追いかけるぞ」
「はい、わかりました。お師匠様」
急いで大部屋の入り口を通り抜けると、デールがすぐ傍で呼吸が止まったかのように固まっていた。
何事かとデールの視線の先に目を向けると、2人の女性を追いかけて高レベルの魔物の集団がこちらへ向かって来ていた。
あの赤毛とエルフの女は……
思い出した!
洞穴のダンジョンで殺人兎を擦り付けてきたやつらだ。
確か赤毛の方がレイチェルでエルフがアーチェだったか?
あいつら西の都の方へ行ったんじゃないのかよ?
いや、今はそれ所じゃない。
ロブスタークラブが5匹もいる。
こちらへ向かってきている魔物の戦力が大きすぎる。
いくらキールの怪力でも5匹は絶対に無理だ。
まずい、まずい、まずい。
俺達は逃げられても足の遅いキールが逃げられん。
いや、ライジングホースやフライングスネイクも居るから、俺達だって逃げ切るのは難しいかもしれん。
それに、逃げるにしても後ろは1~2kmは続く1本道だ。
速度の差で必ず追いつかれちまう。
ちきしょう! 俺が何とかするしかないのかよ。
「デール! 早く逃げろ!」
まだ呆然として佇んでいたデールの肩を揺すって逃げるように伝える。
「おじじょうさま、おで倒した」
キールがライジングホースを始末したようで、のんきにドスドスと大部屋に入って来た。
「キールもチップも早く逃げろ」
俺が逃げろと命令すると、キールは何の事かわからないのか困惑したような顔をしていた。
しかし、遠くから迫っている魔物の集団に視線を向けるとすぐに状況を理解したようだった。
「俺がこの狭い入り口を塞いで魔物の足止めをする。だから、その間に逃げろ」
「でも、それだと師匠はどうすんですか?」
ショックから立ち直ったようすのデールが俺に質問してくる。
「心配するな。俺には火炎瓶とまきびしがある。火炎瓶が尽きたら逃げるさ」
「わ、わかりました」
デールとキールが大部屋から出て行く。
しかし、チップはまだ残っていた。
「お師匠様、火炎瓶は1本しか残ってないですよね?」
チップが俺の矛盾している言動に危険を察したのか心配そうに詰問してくる。
しまった。
チップには火炎瓶の本数を話していたんだった。
「大丈夫だ。俺1人ならどんな戦場からでも生きて帰って来れる」
「私もお師匠様と一緒に戦います」
チップが覚悟したような目で俺を見つめてきた。
この状況は非常にまずい。
チップは良く言えば一途、悪く言えば視野が狭い。
命を掛けて守るとかそういった子だ。
気持ちは嬉しいのだが、ここは素直に指示に従ってくれた方が助かるんだ。
銃器を使えばあんなやつら簡単なんだってば。
お前達がいると使えないんだよ……
お願いだから逃げてくれ!
そうこうしているとデールとキールが大部屋に戻ってきた。
「チップ? どうしたの?」
こいつらはまったく。
「キール! お前が一番足が遅いんだ! お前が逃げないと俺がいつまでも逃げられんだろ! さっさと逃げろ!」
「わ、わがっだ。お、おで逃げる。おじじょうさま、御無事で」
大きな声で怒鳴りつけるとキールがドタドタと走って大部屋から出て行く。
「デールも行け!」
「は、はい師匠」
デールもチップと同様に不穏な空気を察したのか、こちらをちらちらと振り返りながら大部屋から出て行く。
「私は嫌です。お師匠様と一緒にいます」
俺がチップに何かを言う前に宣言される。
気持ちは嬉しいんだけどね。
「いいか? 撤退する場所にも魔物が沸いているはずだ。デールとキールだけでは対処ができないかもしれない。俺達が逃げてきた時にあいつらがまだ戦っていたらどうなる? 挟撃されて全滅する事になるだろう?」
「それは……」
「大丈夫だ。勝算はある」
「わかりました。お師匠様、絶対に死なないで下さい」
チップが苦しそうな顔をして了承すると、デール達を追い掛けて大部屋から出て行った。
まったく、難儀な事だな。
俺達が問答をしている間にレイチェルとアーチェの2人がこちらまで逃げてきていた。
「ああ! 薄情者!」
俺の顔を見て赤毛のレイチェルが叫ぶ。
そして、そのまま『フン!』と鼻息を荒げて通り過ぎて逃げて行く。
それに続いて、エルフのアーチェも『ごめんなさい』と頭を下げて通り過ぎる。
まったく、いい迷惑だぜ。
さてと、アーチェとレイチェルの足が速かったからまだ魔物との距離はあるが。
そうとは言え、急がないとな。
急いでまきびしを蒔いて戦闘準備をする。
倒すだけなら簡単なんだけど、なるべく弾は節約したいんだよね。
まきびしと火炎瓶で足止めをして、なるべく魔物を密集させてから手榴弾でまとめて吹き飛ばすのが効率が良くていいだろう。
そして、討ち漏らした魔物の残りを銃器で殲滅する。
念のため、突撃する前にスタングレネードも使うことにしよう。
装甲の厚そうなロブスタークラブには試しにスラグ弾を使ってみようかな?
スラグ弾の威力も確認しておきたいしね。
ショットガンの弾はスラグ弾に換装しておこう。
よし、準備完了だ。
それにしても、なんだかテンションが上がってきた。
仲間が撤退するために、最後まで戦場に残って援護するのは弓兵の役割だからな。
これは弓兵になったら誰でも憧れる境遇なんだよね。
うおお、みなぎってきた!
そして、もうひとつ。
弓兵になったら言ってみたい台詞があるんだよな。
「あーあーあー、オホン!」
よし! 準備OK。
誰も居ない大部屋の入り口に背を向けてポーズを決める。
「別に、アレを倒してしまってもかまわんのだりょ?」
ああ、噛んじゃったよ。
まったく、俺はどうしてこう決まらないんだ。
さて、魔物も来たことだし始めるか。




