86話 みんなで食べよう
戦闘が終わった後、ソーンを使って傷を癒す。
さすがの激戦を繰り広げただけあって、デールとキールは地面に寝転んで体を休めていた。
それにしても消耗が激しい。
他の冒険者の人達はどうやって戦っているんだ?
俺もさすがに疲れたが前衛の弟子達ほどではない。
手裏剣やまきびしなどの装備の回収を終えると、火炎瓶で燃えていなかった魔物の解体を始める。
「お師匠様! 私も手伝います」
「ぼ、僕も」
「おでも、手伝う」
「いや、いいから休んでいろ」
チップが手伝うと言うと、デールとキールも慌てて起き上がろうとして疲れ果てているのかフラフラして転んでいた。
「ですが……」
疲れているだろうに律儀なチップが頑として譲らない。
「命令だ」
「あぅ、わかりました」
チップの頭にポンと手を置いて体を休めるように命令すると、チップは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
う~む、チップは12歳だったな。
デールとキールはまだ完全に子供だからいいんだけど、チップは大人びているから難しい。
子供として扱えばいいのか、女性として扱えばいいのか判断に困るところだ。
さて、残りはロブスタークラブだけだ。
ロブスタークラブは身が旨いそうなんだが、すぐに腐ってしまうので売り物にはならない。
売るつもりなら秘氷の水晶と氷室箱が必要だろう。
もっとも、労力に対して採算が合わないだろうから誰もやらないだろうけどな。
解体が一通り終了したので弟子達の様子を確認してみる。
3人とも相当お疲れのようすで虚空を見てぼんやりとしていた。
まだ、1戦しかしてないんだよな。
これは、何か元気が出るような士気が高くなるような何かが必要だな。
何かないだろうか?
そして、処理に悩んでいたロブスタークラブに目が止まる。
いいこと思いついた!
早速、ロブスタークラブの解体を始める。
解体した大きな甲羅を器にすると、そこに剥ぎ取った身の部分と蒸留酒と水と塩を少し入れる。
水の量が少なかったのでダンジョンの外に出て汲んできた。
ここは入り口付近なので大した手間はない。
道中も他の冒険者が居るルートは認識しているので問題は無かった。
ロブスタークラブの鋏のエッジの部分を竈代わりにすると、後は竈の地面にも甲羅を敷いてその中に蒸留酒を入れ火を点けてコンロ代わりにした。
耐火性のある甲羅だからばっちりだ。
クツクツと甲羅の中のスープから泡ぼこが立ち登るのを見て、問題無い事を確認する。
後は20分ほど煮てから、ロブスタークラブから取り出した蟹味噌を加えれば出来上がりだ。
蟹の甲羅から天然の出汁が出るから旨いだろう。
こっちはこれで良し。
ガンボックスからこっそりとアーミーナイフを取り出す。
使用するのは小さなナイフとヤスリとノコギリだ。
マッドボアの骨をノコギリで切りナイフで削ると、口につける部分をヤスリで擦り箸を作る。
さらに、甲羅もノコギリで適度な大きさに切ってスープを入れる器も作る。
弟子達はぽかーんと無言で俺の事を見ていた。
どうやら、どうしたらいいのかわからないみたいだ。
甲羅の中に入っている身を取るため、甲羅の薄い部分をアーミーナイフのハサミを使って切る。
さらに中の身をほじくるために引っ掛け部分も使う。
すべてアーミーナイフについている機能だ。
普通に生活をしているとまず使う機会はないだろうけど、まったく便利なナイフだ。
ロブスタークラブの身を作った箸で取り出して甲羅の皿に盛る。
削って作った小さい甲羅をおたまの代わりに使うと、甲羅から抽出された出汁に蟹味噌を溶かしたスープも甲羅の皿に盛る。
「ほれ」
「あ、はい」
弟子達にスープの入った器を渡すと、どうしたらいいのかわからないようで困ったようにお互いの顔を見ていた。
さすがに、ダンジョンの中でここまで大それた食事を取る事はないだろうからな。
魔物もいるから危険だしね。
弟子達3人に渡した後に俺はバクバクと食べ始める。
初めは戸惑っていたようすの弟子達も、俺が食べるのを見て食べ始めた。
そして、食べ始めるとはしゃぎ始める。
「この海老の尻尾の部分はなんとも。師匠! 蟹の部分も味が違って美味しいですよ!」
「これは……蟹味噌の部分が美味しいのでしょうか?」
「ふがぐが、もぐもぐ、旨い! おで、もっど食うど」
「どんどん食えよ。食べきれないほどあるからな」
そして、しばらくの間無言でもくもくと食べ続けた。
あらかた食べ終わると、俺たちはのんびりと世間話しをする。
キールだけは我関せずとばかりに未だに食べ続けているようだが。
「チップは武器に短剣使ってるだろ? 何で短剣にしたんだ?」
「私は戦闘スタイルに憧れている人がいるんです。その人に少しでも近づきたくて……。でも、本当はその人はレイピアを使っているんですよ。私も使ってみたのですが、ちょっと難しくて」
「へえ、憧れてる冒険者とかいるんだな。そういえば、お前らは近くの村から来てるんだよな? 村では普段はどうしてるんだ?」
デールとチップがまだ食べていたキールを見る。
少しだけ悩んだ顔をすると、村での事を話し始めた。
「へえ、キールが木偶の坊ねえ」
「おでは、でぐのぼうなんかじゃない!」
食べていたキールの箸が止まると、意地になって否定していた。
どうやら、村ではキールが木偶の坊扱いされているらしい。
だから、ロブスタークラブを任せた時にあんなに張り切っていたのかな?
倒した時も、こっちがびっくりするくらい喜んでいたもんな。
たぶん、キールは誰かに認められたいんだろう。
そして、それは自分に自信が無いと言う事の裏返しでもある。
つまり、自分を信じる事ができないんだ。
なら、俺のやる事はキールを信頼してなるべく仕事を任せる事だな。
任された事を達成すると言う事を繰り返せば、自然と自信も付くだろうから。
もちろん、失敗して駄目だった時の事も考えて、すぐに助けに入れるようにはしておこう。
まったりとしている間、最低限の警戒はしていたのだが幸いにも魔物は出て来なかった。
その代わりではないが、20人くらいの冒険者達のグループがぞろぞろとやって来た。
「何かいい匂いがするから来てみたんだが、お前らとんでもねえな」
そのグループには、昨日助けた人達も何人か混ざっていた。
すでに彼らとは顔なじみだ。
「お前らも食うか? どうせ日持ちするもんでもないしな」
「お、マジか? それなら遠慮なく頂こう」
お互いに情報交換も兼ねて世間話しをする。
最初に話題になったのはやはり食事だった。
ダンジョンの中で軽く食事を取る事はあるそうだが、食事を取るためにここまでするやつはさすがにいないそうだ。
ダンジョンでの食事は、保存の効く固いパンと干し肉やチーズがセオリーだと笑いながら言っていた。
まあ、魔物が襲ってくる場所だからね。
それとちょうどいい機会だったので、他の冒険者がどうやって戦っているのかを聞いてみた。
「俺達は4人で戦っているんだが、消耗が激しくてな。お前達は大丈夫なのか?」
「げっ、やっぱり4人で戦ってたのか? すごいなお前ら……きっとレベルが高いんだろうな。普通は適正レベルの冒険者が10人~20人くらいでレギオンを組んで戦うんだよ。だから、ここはレギオンのダンジョンと呼ばれているんだ」
聞いた話しによると、レベルが20~30くらいの人達が4~5人くらいで戦う事はあるらしい。
そして、この人達は何人かの冒険者のグループかと思っていたが、どうやら1つの大きなグループだったようだ。
あれ? やっぱりそうなのか?
いや、俺もおかしいなとは思ってたんだよ。
多くの魔物達がレギオンを組んでるからじゃないんだね?
デールとチップを見ると非難するような目で俺を見ていた。
めんご、めんご。
キールだけは、そんなことはどうでもいいとばかりにまだ食べていた。
どうやら、キールさんは小さい事は気にしないタイプの男のようだ。
カッコいい。
冒険者達はあらかた食べつくすと『ご馳走さん』と言ってダンジョンの奥へと消えて行った。
「師匠~!」
他の冒険者がいなくなると、デールが早速非難してくる。
「すまん。俺もおかしいなとは思ってたんだよ。思い込みにより物事を正しく認識していない時ってあるよね?」
「でも、そんなダンジョンに4人で戦えていたのは凄いと思います」
弟子達3人に謝罪すると、チップがすかさずフォローしてくれる。
キールはどうでもいいのか、ぱんぱんになった腹をさすっていた。
「さてと、そろそろ1時間くらい経つか? チップはHPが全快だったな? デールとキールはもう1回ソーンを使って回復しておけよ」
2人が頷いてソーンを使う。
「よし、1回ダンジョンから出る。戦利品の肉を商人に売ったら再チャレンジだ!」
「え? このまま4人で戦うんですか?」
「ああ、さっきはロブスタークラブがいたからな。キールが魔物を引き受ける事が出来なかったから苦戦しただけだ。まきびしと火炎瓶もあるから俺達なら問題なく戦えるはずだ」
リスクがあるのは当たり前で、それが嫌なら初めから冒険者などやるべきではない。
その過程で死んだのなら、その程度だったと言うだけだ。
まあ、いざとなれば俺が銃で何とかするけどな。
ここのダンジョンは、魔物がそこら中にいて探さなくてもいいのが非常によい。
それに、討伐クエストが出ているから倒すだけでお金が手に入るのもでかい。
戦利品を回収しながらの戦闘は大変だからな。
持っていける戦利品の量も高が知れてるしね。
問題はレベル上げなんだよな。
経験値の少ない雑魚も多い所為で、経験値の多い強い魔物と戦う余力が無いんだ。
もっと効率よくレベル上げしないと本末転倒なんだよな。
どうすればいいかな?
う~ん、いっそのこと戦利品の方はあきらめて燃やしちゃおうか?
売っても大した金額にならないし。
火炎瓶を遠慮なく使えれば雑魚は一掃できる。
お金は討伐の賞金で稼ぐ事にしよう。
あとは、戦う魔物との相性も重要だよな。
キールも相性が良かったから勝てたようなもんだからな。
まあ、相性が悪かったら戦わなかったけど。
よし、どうするかの方針は決まった。
俺たちは万全の状態を整えると、ダンジョンの奥へと進んで行った。




