85話 満身創痍
ドフゥ!
俺の投げたナイフが勢い良くレッドボアに突き刺さると、デールに追撃しようとしていたレッドボアの足が止まる。
レッドボアはダメージで動けないのか、額から血を流しながら血走った目をして俺を睨んでいた。
さすがにレッドボアだと投げナイフの1撃では死なないか。
レッドボアのHPは、まだそこそこ残っている。
矢の2連射で行けるか?
倒せなければ手裏剣を投げつけつつ、デールの前に割り込んで盾になる。
自分の行動を瞬時に決めると、未だダメージで動けないようすのレッドボアに2連射で矢を射掛ける。
ドスドスと眉間に矢が連続して突き刺さると、レッドボアはグラリと体を揺らせてその場に崩れた。
幸いにも矢の2射だけで沈黙してくれた。
「ふう……」
安堵の溜息をつきながらデールの状態を確認すると、デールは咳き込みながらも立ち上がっていた。
「デール、大丈夫か? あと少しだ」
「ゴホッ、はい! 大丈夫です」
しかし、大丈夫と言った言葉とは裏腹にデールの表情は苦痛で歪んでいる。
少し無理をさせているか?
残っているマッドボアに注意を向けるが、警戒しているのか周囲をうろついたまま襲ってこない。
恐らくは、イグニッションを使った時のデールにびびっているのだろう。
マッドボアを警戒しつつキールの戦況を確認すると、戦いは佳境に入っていた。
やはり自力の差でキールが圧倒したようで、ロブスタークラブは体中にひび割れを作ってぼろぼろで、満身創痍なのかギョロギョロとした目玉が気味悪く前後左右に忙しく動き回っていた。
しかし、キールの方も限界が近いようでずいぶんと荒い呼吸をしている。
おかしいな?
キールのステータスなら、もう少し余裕があってもいいもんだが?
疑問を感じてキールの戦い方を少し観察してみる。
すると、キールは戦鎚の平たい部分でロブスタークラブを叩いていた。
固い魔物には尖っている部分で叩く方が有効だ。
キールはまだ子供だし、購入したばかりで戦鎚の使い方を知らないのかもしれない。
「キール! 戦鎚の尖っている方で殴りつけてみろ」
「ぜぇぜぇ、わ、わがっだ」
息も絶え絶えのキールが返事をすると、最後の力を振り絞るようにロブスタークラブに戦鎚を叩きつけた。
ドボ! という水の中に大きな石でも投げ込んだ様な音がすると、キールの戦鎚は完全に甲羅を貫いて柄の部分までめり込んでいた。
ロブスタークラブはその一撃で完全に沈黙する。
キールも力を使い果たしたのか、戦鎚を振り下ろすと同時に地面にへたり込んでしまった。
なんとか起き上がるも、戦鎚を杖がわりにしてやっと立っている状態だ。
キールの方も結構ぎりぎりだったみたいだな。
「キール、良くやったぞ。後はこっちで始末するから後方に下がって休んでいろ」
「でへへ、わ、わがっだ。お、おではやっだど! ぜぇぜぇ」
褒められたのがよほど嬉しかったのかキールの顔は笑顔でいっぱいだった。
残っている魔物はあと少し。
マッドボアが4匹とクレイジーラットが10匹だ。
チップが身軽に戦場を駆け回ると、瀕死のクレイジーラットを効率良く仕留めて回っていた。
速度と小回りの利く武器がある人はこういう時に凄い。
セレナもこんな感じだった。
再び襲い掛かってきたマッドボアに、デールは完全にふらふらでほとんど防戦一方だった。
疲労の色が濃いようで、すでにまともに剣を振る事が出来ていない。
キールを前に出せればいいのだが、ダメージを与えられるマッドボアの前に疲弊しきったキールを出すのは危険すぎる。
「デール、無理して攻撃までしなくていいから、防御に専念して時間を稼げ。その間に俺が倒す」
「ぜぇぜぇ、は……はひぃ」
デールに指示を出しながら、その間にも矢を装填してマッドボアを射る。
そして、また1匹倒した。
「もう少し待ってください! 私が援護します」
チップがこちらの苦戦に気づいたのか声を掛けてくる。
デールが荒い呼吸をしながらも、なんとかマッドボアの攻撃をいなしてふんばる。
その隙に俺はデールの横に並んでボウガンを出すと、2連射してマッドボアに攻撃する。
すかさず下がって矢を装填する。
本来なら疲弊しているデールを下がらせたい。
だが、今の俺がするべき事はデールの盾になる事ではない。
俺が盾になったところですぐに死んでしまうだけで、それでは何の役にも立たない。
今の俺がやることは、デールを盾に攻撃して少しでも魔物の数を減らす事だ。
しかし、頭ではわかっているのだが、デールを助けに思わず飛び出しそうになってしまう。
「役に立たない感情論に流されるな。判断を誤るなよ?」
小声で呟いて自分に言い聞かせる。
真理とは醜いものである……だったかな。
昔の哲学者の言葉をふと思い出して、思わず苦笑いをしてしまう。
もちろん、デールが本当にピンチになれば盾に入るし、最悪の時は失ってしまってもいいから銃を使う。
何事も時と場合によって判断は変わるから、臨機応変にやるのだ。
「お待たせしました」
「チップ!」
2匹目のマッドボアの相手をしていると、クレイジーラットの殲滅が終わったチップが援護に駆けつけてくる。
疲弊しているデールを急いで下がらせると、チップが入れ替わりにマッドボアの前に立った。
チップはパリングダガーを逆手に持つ防御重視の構えだ。
軽い攻撃はダガーで捌いて、強引に攻撃してきたら回避して突き刺すといった戦闘スタイルである。
チップがマッドボアの攻撃を闘牛士の如く華麗に捌いて足止めすると、俺の合図でサイドにステップして矢を射るための射線を開けてくれる。
そこに俺が連続して矢を射掛けると、チップとの連携が見事に炸裂していた。
こうなると、あとは作業である。
俺達は残りのマッドボアを難無く殲滅した。




