79話 リーダーの資質
ドスリと鈍い音がして矢が刺さる。
俺の先制攻撃の矢が見事に決まると、1匹のクレイジーラットが早くも戦闘から脱落していた。
クレイジーラットは10匹で襲い掛かってきたが、しっかりと陣形を組んでいるためこちらにまったく食いつく事ができていなかった。
盾を構えて動かないキールにクレイジーラットが群がっていたが、これは作戦通りでタンクのキールはダメージをまったく受けていない。
そこにデールが大振りで斬り付けて、キールを攻撃していたクレイジーラットを効率良く倒していた。
「よし! チップは後ろに下がれ! 俺が弓で攻撃する。デールはそのままキールとタッグを組んで戦え」
矢の装填が完了すると、チップを下がらせてこちらに回り込んできたクレイジーラットに矢を射る。
弱った所に再び前線に戻ったチップが攻撃をして、クレイジーラットに止めを刺していた。
あの後、HPが回復したので俺達は再びダンジョンの中で戦闘を行っていた。
俺達の基本的なフォーメーションは、メイン盾のキールを戦場の中心に配して魔物の進行を止めて戦うといった形である。
キールが魔物の攻撃を受けるタンクで、デールが魔物を倒すアタッカー、チップはキールの少し後方で俺の護衛をしつつ、デールが対応できない素早い魔物の処理を担当する遊撃である。
そして俺は、全体の指揮を執りつつ矢の装填が終わったら矢を射る、指揮官とスナイパーといった役割りだ。
前回の無様ば戦いと違って、先制攻撃の勢いのままほとんど一方的に殲滅してしまった。
俺が1人増えたと言っても、魔物の数は5体も増えているのだから圧倒的と言っていいだろう。
そして、この戦闘でデールとチップのレベルがそれぞれ上がっていた。
この戦い方だと、防御に徹しているキールのレベルが上がらないから、チャンスがあればキールに優先的に倒させるべきだな。
「僕達はこんなに強かったのか?」
デールが信じられないと言った顔をして呟くと、チップとキールもお互いに顔を見合わせて同意していた。
今までは装備とステータスに頼った力押しだったらしい。
力押しができるなんて羨ましい限りだ。
「こんな雑魚と戦ってもしょうがないからな。もう少し強いやつと戦うぞ?」
「はい! 任せて下さい」
俺の言葉にデールが威勢の良い返事をしていた。
通路を進んで行くと、すぐに最初の部屋が見えてきた。
索敵は身軽なチップが得意らしいので先行して偵察に向かってもらう。
チップが居れば魔物に不意打ちを受ける事はなさそうで、さらに魔物は集団で発見しやすいからかなりの確率で先制攻撃ができるだろう。
そして、チップが期待通り気づかれずに魔物を発見してきてくれた。
先制攻撃のチャンスだ。
さすがに、スペースのある部屋だけあって魔物の数が多い。
今回は全部で27匹もいる。
クレイジーラットが24匹、マッドボアが3匹。
クレイジーラット
レベル10
HP40
MP0
力30
魔力0
体力50
速さ50
命中80
マッドボア
レベル12
HP100
MP0
力80
魔力0
体力60
速さ30
命中30
まきびしはまだ使わない。
余裕がある間に連携の練習をしたいからな。
それに地の利もこちらにある。
この部屋に入ったばかりのため、幸いにもすぐ後ろに狭い入り口の通路がある。
以前に多くのゴブリンと戦った時と同じように、入り口の狭い通路に誘き寄せて戦う。
多数を相手に少数で戦うには、一度に襲ってこられないようにするのは基本だからな。
作戦としては、まずは俺が遠距離から先制攻撃をしてこちらへおびき寄せる。
そして、キールが盾としてこの狭い通路の中央に居座れば、数が多かろうと魔物達はそう簡単には突破できないだろう。
さらに、キールの左右にデールとチップを配置して回り込まれないように穴を塞げば完璧だ。
後はチップと連携しながら、安全な後方から矢を撃って数を減らして行けばいいだけだ。
俺が先制攻撃で狙うのはマッドボアだ。
こいつにはキールにダメージを与えるだけの攻撃力があるだろうからな。
できれば1匹は潰しておきたい。
気づかれないように魔物に近づくとマッドボアに狙いを定める。
先制攻撃の2連射がマッドボアに決まると、魔物達は一斉にこちらに向かってきた。
攻撃したマッドボアも矢が刺さったまま怒り狂ったように突進して来ていた。
急いで矢を装填すると最初に攻撃したマッドボアを続けて攻撃する。
なんとかこいつだけでも仕留めたい。
しかし、それでも倒せなかった。
4発も矢が当たったのに倒せない。
これなんだよな。
1人だと限界なんだ。
安全な弟子達の背後まで後退する。
急いで矢を装填していると、キールがラージシールドでマッドボアの突進を受け止めていた。
ドカンともの凄い衝撃音が鳴っていたがキールはダメージを受けていない。
どうやら、盾で正面から止めればノーダメージのようだ。
矢の装填が終わるとすかさず4回攻撃したマッドボアを射る。
5回目の矢が当たるとやっとマッドボアが地面に沈んだ。
残りの矢でクレイジーラットを攻撃するが1射では倒せない。
矢が刺さった状態でよろよろと蛇行していた。
やはり、火力不足は否めないか。
だが、瀕死の状態にはできるようだ。
弱ったクレイジーラットはチップがすぐに止めを刺していた。
まあ、俺の力が足りない分は仲間にカバーしてもらえばいい。
そのためにパーティを組んでいるんだからな。
最低限の仕事は終わったので弟子3人の戦い方を観察してみる。
チップの方は問題無かったがデールとキールは苦戦しているようだった。
キールはクレイジーラットを押さえて自分の仕事を果たしていたが、肝心の攻撃の要のデールが他のクレイジーラットに阻まれて攻撃できていない。
デールはブロードソードでクレイジーラットの猛攻を必死に受け止めていたが、クレイジーラットの方が速いため反撃ができず、それでいて距離を取る事もできずでジリ貧になっている。
チップだけは身軽にバックステップで距離を取っては猛然と前に出て斬ると、孤軍奮闘で善戦していた。
やはり、数で押されると限界があるみたいだ。
作戦変更だな。
チップは1人でもいい、デールの方を援護だ。
「デール! 援護するぞ」
「はい! 師匠」
俺が声を掛けると、デールはボウガンの射線を開けるためにサイドに移動する。
あらかじめ練習していた簡単なフォーメーションだ。
すかさず矢を射ると1発で仕留める。
デールはクレイジーラットが倒されると、キールが盾で押さえつけているクレイジーラットをすぐに斬りつけていた。
キールは相当な回数の攻撃を受け続けていたみたいだが、ステータスを確認するとHPは減っていなかった。
まさに完璧なタンクだ。
そして、俺が戦闘に加わったことによって戦局が一気に偏ると、デールの快進撃が始まった。
「うぉおお!」
それまでの鬱憤を晴らすかのように、デールが雄たけびを上げながら斬って斬って斬りまくる。
さすがに力の数値が高いだけあって、デールの渾身の一振りごとにクレイジーラットが次々と薙ぎ倒されていた。
俺はといえば、デールの右後方に陣取るとデールの後ろに回り込もうとするクレイジーラットを狙い撃ちしていた。
現在の戦況では、デールのサポートをする事がもっとも有効な手段だからだ。
俺個人の戦果としては地味かもしれない。
しかし、みんなが最高の力を発揮できるように立ち回る事こそがリーダーの本当の仕事なんだ。
「ぐぅ! いでぇ」
過半数くらいのクレイジーラットを倒した頃、無傷のマッドボアがキールに体当たりをしていた。
盾で受け損なったのか、キールが今回の戦いで初めてのダメージを受ける。
キールは必死に盾で押さえつけようとしていたみたいだが、マッドボアの力も強くて上手く行かないみたいだ。
それを見たデールが斬り付けると、マッドボアは素早く逃げるようにデールから距離を取った。
「もらった」
その瞬間を狙い済まして、距離を取ったマッドボアに矢を2発連続で射る。
連続して矢が刺さるとマッドボアはよろよろとたたらを踏んだ。
距離を取ったのが運の尽きだ。
矢を受けて弱った所をキールが顔を真っ赤にして盾で押さえつける。
そこにデールが素早く駆け寄って滅多斬りにするとやっと倒すことに成功した。
だが、安心するのも束の間、一息つく間も無くそこに最後の1匹のマッドボアが突っ込んできた。
デールがすかさず応戦して斬り付けていたがその剣筋には力が無い。
連戦のせいだろう、肩で息をしていてかなり疲弊しているようだった。
「ぐあっ!」
急いで矢を装填しているとデールの叫び声が聞こえた。
マッドボアの体当たりを避けそこなったのか、デールが吹っ飛ばされて転がっていた。
キールは陣形の中心でクレイジーラットを押さえているので動けない。
クレイジーラットと戦っていたチップがちらりとこちらを見て俺に指示を仰ぐ。
「こっちはいい! そっちを頼む」
「はい」
指示を出すと、チップは短く返事をしてクレイジーラットの攻撃に専念していた。
クレイジーラットまで来られたら対処ができない。
チップにはそちらを押さえていてもらう。
すぐに、デールとマッドボアの間に割り込んで盾になる。
マッドボアの残りHPはあと少しだ。
2連射すれば倒せるはず。
倒せなければ、少々危険だが剣を使う事になるだろう。
外さないように充分引きつけると、矢をマッドボアの眉間に向けて連射する。
急いで剣に手を掛けるも、ダメージの限界を超えたみたいでマッドボアは倒れていた。
そして、その瞬間に俺のレベルも上がった。
ふう、なんとかなったか。
後は、クレイジーラットだけだが?
急いでクレイジーラットの方に視線を向けると、チップがすでに残っていたクレイジーラットを殲滅していた。




