7話 お金の管理はしっかりと
「達也さん、起きて下さい」
気持ち良く眠っていると、ナタリアさんの可愛いらしい声が聞こえてきた。
薄っすらと眼を開くと、どうやら俺の肩をゆすって起こそうとしているようだった。
毎朝起きる時にはこんな奥さんに優しく起こされたい。
「後5分だけ……痛てえ!」
ナタリアさんが、無言のまま俺のむっくりと腫れ上がったほっぺたを両手で軽く挟んだ。
痛みで飛び起きる。
まだ睡眠は足りていなかったが眠気の方は完全に吹っ飛んだ。
頭をフル稼働させて現在の状況を思い出す。
え~と? 俺は何してたんだっけ?
此処は……
そうか、ギルドで寝てしまったんだ。
もうギルドが閉まる時間なのかな?
ギルドの窓から外を見るとまだ明るい。
ひりひりとした頬を擦っているとナタリアさんが話し掛けてきた。
「達也さん、目は覚めましたか? 本当はもう少しだけ寝かせてあげたかったのですが……」
申し訳無さそうに言った後に『本当はギルドで寝てはいけないのですよ』と注意された。
軽く謝った後にギルドから出ようとすると、ナタリアさんが心配そうな顔で尋ねてくる。
「達也さんは宿代は持っているのですか?」
「えっと、その……まあ」
無一文だと伝えると、やっぱりといった感じでナタリアさんにため息を吐かれてしまった。
まあ、腹へったと泣きながらパンに齧りついていれば当たり前だよね。
頭を搔いて悩んでいると、俺が持っていた装備を武器屋で売るといいと教えてくれた。
俺も装備は戦利品として売るつもりで回収していたんだよね。
でも、ナタリアさんに言われるまでそのことをすっかり忘れていたのは秘密だ。
睡眠はしっかりと取らないと駄目だね。
ナタリアさんは、武器屋が閉まる前に気を利かせて起こしてくれたらしい。
仕事のできる女性って素敵ですな。
ナタリアさんにはほんとに感謝だ。
武器屋に着くと、禿げ頭で上半身裸の厳つい親父が待ち構えていた。
大胸筋の辺りには無数の刀傷があって、俺がガンダ○だ! では無く、俺が武器屋なんだ! と体で訴えてくるような筋肉質の暑苦しい親父だった。
早速、すべての武器をカウンターに並べて査定してもらうが、相場がわからない俺はぼったくられやしないか冷や冷やして見ていた。
そんな俺の思惑を見透かしたのか武器屋の親父が俺の顔を見てにやりと笑う。
「安心しな、ナタリアちゃんから話しは聞いてるからよ」
「え? それはいったい?」
驚いて聞き返すと、どうやらナタリアさんが俺が寝ている間に武器屋に来てお願いしてくれていたらしい。
うおお! ナタリアさん惚れてしまうじゃないかよ。
あいつ俺に気があるんじゃないのか? と勘違いしそうになるじゃないか。
まあ、情けない姿しか見せてないから完全に同情なのはわかってるんだけどね。
「ところでお前、武器を全部売るつもりなのか?」
俺が心の中で愚かな自分に悶えていると、親父が大胸筋をぴくぴくさせながら聞いてきた。
そうか、最低限の武器は残しとかないといけないのか。
もうベレッタの弾が無いしな。
戦利品の装備は、ロングソード、青銅の剣、ナイフ2本(1本は最初の戦闘の時の物)鉄の槍、木の盾だ。
考えた末、ロングソードと木の盾と採取用にナイフを1本残すことにした。
青銅の剣はメインとしては頼りないし、槍は持ち運びに不便で戦う時に両手が塞がるのが嫌なので止めた。
盾はリュックに引っ掛けておけばいいらしいのでリュックを購入する。
親父に伝えると、ロングソードは錆びていて研がないとまともに使用できないとのことだった。
研ぎ代の方は、本来は10万エルの所をナタリアさんの紹介と言うことで3万エルに負けてもらった。
最終的にはリュックと研ぎ石と錆び止めの油を購入して、雨露をしのげて毛布代わりにもなる皮のマントをついでに購入した。
買い取りの金額は、購入費との差額で8000エルだった。
高いのか安いのか良くわからんが、ナタリアさんの紹介なら問題無いだろう。
ロングソードは後日に受け取る約束をして店を出た。
「さて、この後はどうするかな?」
うーん、最低限必要な物を先に揃えてしまうか。
雑貨屋に行って最低限の日用品の購入を済ませると、最後に宿屋へと向かう。
そして、宿に着いた時に悲劇は起きた。
宿代が足りない。
先に宿代を確認しておくべきだったのだが、買い物を済ませてそのまま宿で横になりたかったんだ。
二度手間を惜しんだのが悪かった。
現在の残金は5000エルで、宿代は6000エルである。
安くしてくれるように頼むが駄目で、ツケも冒険者はいつ死ぬかわからないからと駄目。
小さい町なので宿はここにしかない。
ナタリアさんの紹介がなければ普通はこんなものだ。
やっちまったなあ。
反省しよう。
しょんぼりと項垂れると、野宿のために最低限必要な物を買いに急いで商店街へ戻る。
ほぼ閉まっていた商店街を急いで回ると、夕食用の素パンを100エルで購入する。
野営のためにランプが欲しかったのだが、お金が足りなかったので泣く泣くあきらめた。
お金が無いと何もできねえ。
そして、とぼとぼと町にある橋の下まで歩いて行くとおもむろに横になった。