78話 3人の実力は?
この世界には3大ダンジョンと呼ばれる、それぞれの大陸を代表するダンジョンがあった。
北のグルニカ大陸の魔境のダンジョン
中央のエル大陸のレギオンのダンジョン
南のモンド大陸のドラゴンのダンジョン
エル大陸を代表するレギオンのダンジョンは、1階層がレベル10~20、2階層がレベル40まで、3階層がレベル60まで出現する。
さらに下の階層もあるかもしれないが、誰も辿り着いた者はいないそうだ。
最大の特徴はその大きさだ。
全長が数百kmにも及ぶ巨大な遺跡のようになっているそうで、なんと地下を通して他の街まで繋がっているのだそうだ。
当然ながら入り口はこの場所だけでは無くて、あのエル帝国の首都である帝都にもあるとか。
ダンジョンの内部はまるで城の中のように高い石壁が延々と続いていて、地面もまた大理石のような材質で舗装されたかのように整然としている。
天井までの高さは10m以上あり、道幅は狭い道だと5mくらいで広い道は20mにも及ぶ。
また、大部屋と呼ばれる5km四方はある巨大な空間があって、そこには尋常ではない数の魔物が群れているとの話で、さらには地底湖のようになっている場所まであるとのことだった。
とんでもないダンジョンなわけだが、いったい誰が作ったのか?
残っている最も古い記録では、このダンジョンは数千年前からすでにあると記されているだけだそうでその詳細は誰にもわからない。
普段は厄介なこのダンジョンに好んで来る者はそうは居ない。
だが、放っておくと増えすぎてダンジョンから溢れてしまうため、増えすぎてしまった魔物を倒すためにギルドから定期的に討伐クエストが発令される。
指定された魔物を倒すだけでお金が貰えるため、討伐クエストは大勢の冒険者達が集まってくるのだ。
そして、今はそのレギオンのダンジョンにいる。
今日は討伐クエストが発令された初日だったためか、他の冒険者はまだ誰も来て居ないようだった。
商人なども臨時で出張買取に来るそうだが、姿はまだ見えない。
明日には来るだろう。
ギルドで討伐クエストを受領した時に、ボアの牙の採集品クエストも出ていた。
ここで手に入る採集品なのでこれもついでに集めていきたい。
報酬を少しでも底上げしないとね。
俺だけのマイクエストでは、クレイジーラット1000匹でコンバットレーションが貰えるのでこれも狙っていきたい。
1000匹って数はちょっと厳しい気もするけど、仲間可なので時間を掛けて気長にやろう。
ちなみに、コンバットレーションとは戦闘糧食の事で、カロ○ーメイトなどの戦闘時に手軽に栄養を補給できる食べ物の事だ。
1階層に出現する魔物はこんな感じだ。
レベル10クレイジーラット
レベル12マッドボア
レベル14レッドボア
レベル15フライングスネイク
レベル17ライジングホース
レベル19ロブスタークラブ
「いいか? 此処のダンジョンは、名前通り魔物が集団となり軍団になって襲って来るみたいだ。個々は大した相手ではないが、数が揃うと脅威となる。気をつけて行くぞ?」
「「「はい、わかりました!」」」
俺の言葉に弟子達3人が元気良く答えていた。
レギオンのダンジョンに入り、通路を進むとすぐに魔物達が襲ってきた。
クレイジーラット
レベル10
HP40
MP0
力30
魔力0
体力50
速さ50
命中80
クレイジーラットが5匹だった。
まだ、入ったばかりの通路なので数は少ないようだ。
こいつは30cmくらいのねずみだ。
強くもないが弱くもない。
小さくて速度がそこそこあるが力が低く、せいぜいが噛み付き攻撃くらいでそれほどの危険はない。
俺1人でもやれる程度の強さだし、3人の強さの確認をするにはちょうどいい相手だ。
まあ、この3人のステータスなら楽勝でしょう。
「まずは、お前達の戦い方を見たい。3人だけで戦ってみてくれ」
少し離れた位置まで下がると3人の戦いを観戦する。
まず、デールが1人で突っ込んで行った。
当然、クレイジーラット5匹に袋叩きにされる。
そこに、チップが慌てたようにデールの援護に回る。
チップは回避と防御主体なのか攻撃を避けたりして善戦していたようだったが、多勢に無勢で何度か避けきれずに攻撃を受けていた。
そこにキールがやっと戦場にやってきて戦鎚をめちゃくちゃに振り回すが当たらない。
そして、キールは動きが遅いためクレイジーラットから何度も攻撃を受けていた。
しかし、防御が固いためノーダメージだ。
ステータス画面のHPはまったく減っていない。
う~ん、ぐだぐだですな。
そして、そんなしょうもない戦闘がしばらく続くと、デールのHPが30、チップのHPが40くらいになっていた。
あれ? こりゃ助けないとまずいのか?
「師匠! 助けて下さい」
デールの助けを求める声を聞いて急いで戦闘に参加する。
距離を詰めると、すぐに1匹のクレイジーラットが俺に向かって接近してきた。
直前まで引きつけてボウガンの1射で仕留める。
すると、チップを襲っていたクレイジーラットが俺へと攻撃を変更して向かってきた。
これも、すぐに残っている2本目の矢を正射して仕留める。
デール達との戦闘でHPがある程度減っていたためか、2匹とも1発だった。
そして、1人で1匹を相手にする状態になると、戦闘はステータスの差であっという間に終了した。
戦闘が終了した後、3人の弟子の状態を見る。
キールはまったくの無傷だったがデールとチップは傷だらけだった。
「師匠、助かりました」
「ああ」
デールに軽く手を上げて答える。
傷を回復するようにと指示を出すと、デールとチップは懐からソーンを取り出していた。
うん?
「ちょっと待て! そのソーンを見せてくれ」
首をかしげていたデールとチップから持っていたソーンを受け取った。
ソーンの品質を品定めする。
これは酷いな……
そのソーンはとんでもない粗悪品だった。
ちなみに、ソーンの質は基本的には粒子の木目の細かさで決まるのだが、このソーンは粒子の細かさ以前にただの小石が混じっていた。
これでは回復量が2割にも満たないだろう。
「これを何処で購入した? とんでもない粗悪品だぞ?」
「え~と、レーベンの薬屋で4500エルのセールの時に買いました」
「安物買いの銭失いか……もっとも、冒険者が失うのは銭ではなく命なんだろうがな」
「すいません」
厳しく説教すると、俺の言葉にデールがしょんぼりと俯いてしまう。
辛辣な言い方かもしれないが、戦場では失敗に気づく時は大概が死ぬ時だからな。
次に頑張ればいいの、次が無いんだ。
だから、軍隊では戦時中など時間を掛けて教える時間が無い時などは、非人道的に殴りつけて痛みで記憶させることもある。
ここは師匠として心を鬼にしてしっかりと叱る。
「何処で購入するかわからないなら、薬師ゼンの工房で購入しろ。そこなら間違いないから。場所はわかるか?」
「はい、確かモニカにある有名な薬師さんの工房ですよね?」
「そうだ。デール、お前はちょっと傷が深いからこっちのソーンを使え。チップはそれほど怪我をしてないから、お前達が持ってきたソーンを使え。まあ、粗悪品でも傷が治らないわけではないからな」
「わかりました」
「よし、一旦ダンジョンを出るぞ」
「「「はい」」」
一旦ダンジョンを出ると、HPが回復するまではフォーメーションの練習をする。
HPが回復すると、デールとチップは冒険者カードを見て回復量を確認しているようだった。
「うわ、30も回復してる」
「私の方はたった10」
「師匠はどうしてソーンの品質の差がわかるんですか?」
「まあ、俺は薬師だからな」
「ええ!? 何で薬師なのに冒険者をやってるんですか?」
「俺の親方も冒険者だぞ? まあ、俺の場合は事情があって仕方なくだけどね」
俺が薬師だと言うとチップがぴくんと反応して、その後は俺の方を落ち着かないようすでちらちらと見ていた。
めんどうだな。
デールとキールは呑気で気づいてないようだが、あの傷の状態はかなり危険でソーンではまず助からなかった。
まあ、それだけ特効薬による回復量は常軌を逸して異常なわけなのだが、チップだけはおかしいと気が付いている。
チップはあの時、俺が何をしたのかと何回も尋ねてきた。
俺がヒールでも使ったのではないか? と考えていたかもしれない。
チップは機転が利くというか頭が回るみたいだから、あの後に絶対に調べたはずだ。
そして、特効薬の事を知っただろう。
「あ、あの……お師匠様、特効薬の事なんですが」
デールとキールが連携の練習で距離が離れると、チップがおずおずと話しかけてきた。
やっぱりな。
めんどくさいから黙っていてくれれば良かったんだが。
「気にするな。俺が勝手にやっただけだから」
「でも、1つ100万エルはすると聞きました」
ビクビクと萎縮しているようすのチップに頭を搔きつつ特効薬を10個見せる。
別に自慢しているわけではない。
俺なら簡単に入手できるものだから気にするな、と伝えたかっただけだ。
チップは絶句したように目を見開いていた。
そして、意を決したかのように俺に質問してきた。
「どうして、お師匠様は私達の事を助けてくれたんですか? 普通は、何の見返りも無いのなら助けないと思います」
助けない、はさすがに飛躍し過ぎだと思うが……。
頭を搔いてどう説明しようかと考える。
チップは俺の事を偽善者で信用できないと感じているのかもしれない。
まあ、少なくとも胡散臭いとは感じているかもしれんな。
「チップは、人を助ける時は見返りを期待しない、情けは人の為ならず、すべて自分の為であるという言葉を知っているか?」
「知りません」
チップは首を振っていた。
この世界にはそういう言葉や格言はないのかな?
「例えば、俺はチップを助けただろ? 俺が困っている時にチップは俺を助けてくれるか?」
「はい、助けます」
「それはなぜだ?」
「お師匠様が、私を助けてくれたからです」
「うん、だから俺は助けた。すべて自分の為だ」
「ですが、それでは私が助けないと言ったら、どうするつもりなんですか?」
「どうもしないよ。初めから見返りなど期待していないからな。俺が勝手に助けただけだ」
チップが驚いたような顔をする。
その後は、情けは人の為ならずの考えを詳しくチップに伝える。
俺の説明を聞くと、チップは何か得る物があったのか真剣な顔で何度も頷いていた。
そして『お師匠様は誇り高い人なんですね』と言うと、まるで俺の事を崇拝するかのようなトロンとした眼差しを向けてきた。
おいおい、変な宗教じゃないんだからな?
チップは頭は良いのだが思い込みの激しいタイプなのかもしれん。
右や左に行き過ぎてしまわないよう、注意して見守った方が良さそうだ。
とは言え……
まあ、納得がいったならいいか。
「私はお師匠様が何か含む所があって、私達を利用しようとしているのかと思っていました。もちろん、それでも命を助けられたのですから、その恩だけは返そうと思っていました」
チップは考えがまとまったのか、自分の考えを馬鹿正直に伝えてきた。
やっぱり、胡散臭いもんな。
でも、それでいいんだよ。
苦笑しながらチップの話しの続きを聞く。
「しかし、私はお師匠様の深い考えを知って、お師匠様の事を心から尊敬してしまいました。ですから、この恩は命を掛けてでも絶対に返します」
チップが火照ったような顔でまくし立てる様に伝えてきた。
「え? ま、まあ、ほどほどにね」
チップのあまりの熱意におどおどしながら答える。
「ああ、そうだ! これをやるから、いざと言う時は使ってくれ」
チップは小回りが利くから特効薬を3つ持たせる。
俺だけだと回復が間に合わないかもしれないからね。
「え? こんな高価な物受け取れません」
特効薬を渡そうとするとチップが受け取りを頑なに拒否する。
「いいか? 俺達は仲間だ。そして、お前達が死ぬと俺まで危険な状態になるんだ」
そこまで言うと『はい』とやっと受け取ってくれた。
難儀なことだ。
HPも回復したし、そろそろ行くか。
俺達は再びダンジョンへ侵入した。




