69話 達也は孤高の弓兵
ダンジョンから夜遅くに戻ってくると、何やら工房がざわざわと騒がしい。
どうしたんだろう?
いつもなら、この時間なら閉まってるはずなのに。
近くにいたミュルリに聞いてみる。
「ミュルリ、どうしてみんなこんな遅い時間まで……何があったんだ?」
「あ、お兄ちゃん、お帰りなさい。あのね……」
ミュルリの話だと、ロイドさんが知り合いの伝手を利用して帝都にいるAランクの冒険者に特効薬を試供品として送っていたそうで、そのAランクの冒険者が先ほど来店してお店にあったすべての特効薬を購入して行ったとのことだった。
まあ、それで売れた特効薬を急遽補充するために他の従業員も遅くまで頑張っていたというわけだな。
先の帝国軍との契約といい、ロイドさんは営業マンとしてもかなりのやり手みたいだ。
そして、今日の主役のロイドさんは契約のアフターケアとやらで、Aランク冒険者と何処かに出かけていて今夜は戻れないらしい。
秘氷の水晶を親方に渡した後に皆でわいわいと遅い夕食を食べる。
夕食を食べ終わると、なぜかナタリアさんが出かける準備をしていた。
「ナタリアさん、こんな遅くに何処に行くんですか?」
「冒険者ギルドですよ。秘氷のダンジョンで大規模なモンスターパニックが起きたそうなんです。これから泊りがけで緊急会議です」
ナタリアさんの話しだと、ダンジョンから魔物が外へ行かないようにギルドで急いで討伐隊を組織しないといけないそうだ。
そして、あらかじめ近くに駐屯している兵士達はすでに先遣隊として向かっていると教えてくれた。
すでに終わってるのにご苦労な事だな。
秘氷のダンジョンとナタリアさんが言った時に、親方が『達也が行ったダンジョンじゃないのか?』と言ってきた。
それを聞くとナタリアさんは驚いたように目を大きくして俺を見てきた。
「達也さん、本当ですか?」
「はい」
顔を青くして詰問してくるナタリアさんの剣幕に思わずおどおどしながら肯定する。
「秘氷のダンジョンは冒険者がひっきりなしに採掘に行きますから、普段は魔物がほとんどいない状態なんです。ですから、今回は運良く魔物に出会わなかったかもしれません。ですが、いいですか? 達也さんは弱いのですから、あそこには絶対に行っては駄目ですよ?」
ナタリアさんに怒られてしまった。
ナタリアさんの中では、俺は弱い人という固定観念が定着してしまっているようだな。
まあ、最初が酷かったからしょうがないんだけど。
「達也はそんなに弱いのか?」
「はい、弱いです。初めてきた時なんて、ゴブリン1匹相手に顔を腫らして慢心相違になって逃げ帰ってきたのですから。その後も髭モグラとためを張るぐらい弱いんですよ? 私はもう心配で冒険者を辞めさせたいくらいなんですから」
「なるほど、あの時に顔を腫らしていたのはそう言う事だったのか」
「お兄ちゃん弱かったんだね。でも、私はそんな事で嫌いにならないから安心してね」
ミュルリがエンジェルスマイルで慰めてくる。
なんだろう? この状況は?
ナタリアさんだけでなく、親方はおろかミュルリにまで弱いと思われるとは……
別にどうでもいいやと思ってたけど、不当に弱いと決め付けられるのは納得ができん。
ここはガツンと、俺が強いということをアピールしておかねばいけないな。
「ナタリアさんは俺が弱いと思っているかもしれませんが、それは違います。なんせ、秘氷のダンジョンで沸いた魔物は俺がすべて倒しましたからね。だから、モンスターパニックによる被害はありませんよ」
俺がびしっと決めると、なぜか皆はぽかーんとした顔で何も言わなかった。
あれ? 何この空気?
何で誰も信じてくれないんだ?
「それでは、私はギルドへ行きますね」
「ちょっと、ナタリアさん! 俺が倒したんですけど」
まるで、何事も無かったかのようにギルドに出掛けようとしたナタリアさんを必死に止める。
「達也さんが弱いのは仕方ありません。ですが、嘘はいけませんよ?」
「嘘じゃない、俺が倒したんだ」
ナタリアさんが子供を諭すみたいに優しく諌めてくるが、俺は駄々っ子のように反論する。
だって、本当の事だもん。
「では、どうやって倒したんですか?」
「え? いや、それは」
ナタリアさんの的を得た質問に咄嗟に答える事ができずに言葉に詰まる。
そうだよ、暗視ゴーグルを使って倒したなんて言えないじゃないか。
俺の馬鹿。
「すいません、見栄を張りました」
俺が謝ると、ナタリアさんは『もう仕方が無い人ですね』とくすくすと笑いギルドへ行ってしまった。




