6話 仕切り直し
「良かった、無事だったのですね」
憂鬱な気持ちでギルドに入ると、ナタリアさんが肩まであるくるくるとうねりのある髪を揺すらせながら近づいてきた。
顔をぼこぼこにして無事かどうかはわからなかったが、とりあえず頷いておく。
そして、ナタリアさんの顔が心配そうな顔から鬼のような形相に変わった。
ある程度説教も終わって顔の怪我の話しに移ると、ソーン(傷薬)を使って早く手当てをするようにとナタリアさんに言われる。
しかし、俺はソーンの存在すら知らなかった。
ソーンとは薬草を調合して作る傷薬のことらしい。
まあ、わかっていても購入できなかったけど。
「はぁ、ソーンすら持たずにゴブリン討伐へ行ったのですね……」
ナタリアさんは、指でこめかみを押さえてため息をついていた。
しばらくすると、申し訳なさそうな顔で冒険者ギルドでは緊急時以外には手当てできないと伝えられる。
無料で傷の手当をすると、皆が要求するようになってしまうからだそうだ。
「あの、ゴブリン討伐に失敗したのでキャンセルして欲しいんですけど」
「ゴブリン討伐には期限は設けられておりませんので、その点は問題ありませんよ」
「そうなんですか?」
ほっとするのも束の間、そこでまたナタリアさんの小言が始まってしまった。
「まったく、ゴブリン1匹相手に満身創痍になって……達也さんは弱いのですから、まずは薬草集めから始めて装備を整えることです」
『5匹です』と反論したかったが、すでにそんな気力は無く黙って聞き流す。
ナタリアさんの大きな声がギルド中に響き渡ると、何処からか冒険者達が集まってきて嘲笑を始めた。
ナタリアさんが、しまったといった表情でおろおろとまわりを見る。
肝心の笑われている対象となっている俺はと言えば、完全に無関心だ。
別に達観しているわけではなくて、すでに限界を突破した空腹に意識が朦朧としていたためだ。
ぐきゅるるる~
盛大にお腹の音が鳴る。
ギルド内から再び嘲笑が巻き起こる。
「腹減ったなあ」
「これ食べるぅ?」
俺がげんなりと呟くと、舌足らずな声で17~18歳くらいの少女がパンを差し出してきた。
反射的にパンを受け取る。
おお! 女神様だ!
良く見ると、少女は腰まであるロングヘアの巨乳でかなりの美少女だった。
隣には同じ顔立ちのショートボブの美少女が立っていて、訝しげな表情でこちらを見ていた。
双子だろうか?
先ほどまで嘲笑していた冒険者達が、しーんと静まり返る。
「あっ! 金は持ってないぞ? いいのか?」
「あげるぅ~、困った時はお互い様だよぅ」
「あじがどう~」
鼻水をたらして涙声になりながらお礼を言うと、泣きながら素パンにかじりつく。
うま、うま、2日振りの炭水化物は最高です。
塩味(自分の涙)が効いていて美味しい。
本当に苦しい時に差し出されたこのパンには、いったいどれほどの価値があるのだろうな?
この恩は必ず返そう。
「じゃあねぇ」
俺が必死にパンに齧りついていると、ロングヘアの女の子が可愛らしく手を振ってギルドから出て行った。
ショートボブの子も一緒に出て行ったからやっぱり双子なんだろう。
周りで嘲笑していた冒険者達は何か俺のことが気に入らないのか、双子の女の子達が出て行った後も睨みつけるような表情で俺の周りをうろうろしていた。
しかし、腹が減ってそれどころではなかった俺は気にせずに素パンに必死に噛りつく。
情けない俺の姿に毒気を抜かれたのかパンを食べ終わる頃には誰もいなくなっていた。
いつの間にか勝利していた。
空しい勝利だ。
「先程は私の不注意で申し訳ありませんでした」
食べ終わると、頃合を見計らったようにナタリアさんが謝罪してきた。
あれだけ大きな声で弱いと言われたら、普通は馬鹿にされるよな。
でも、ナタリアさんも心配してつい声が大きくなってしまったんだろう。
気にしないで下さいと軽く手を上げて答えると、その後にナタリアさんが先ほどの美少女の説明をしてくれた。
ナタリアさんの話だと、あの2人はやはり双子の姉妹らしくこの近辺の冒険者達のアイドル的な存在なのだそうだ。
しかし、ただ美少女の双子というだけではなくてとんでもなく強いため有名とのことだ。
パンをくれたロングヘアの美少女は、双子の妹で名前はセレナ。
風魔法を使うレイピア使いの魔法戦士で、疾風のセレナと呼ばれているらしい。
ショートボブの美少女は、双子の姉で名前はセリア。
雷魔法を使う槍使いの魔法戦士で、迅雷のセリアと呼ばれているらしい。
ちなみに、魔法が使えるかどうかが上級冒険者になれるかの最低条件らしいので、あの二人は将来を約束されているようなものだとのことだ。
そして、何人もの冒険者達がパーティーを組まないかと声を掛けているらしいのだが、なぜかそのすべてを断っているとの話しである。
だから、あの子が俺にパンを差し出した時に他の冒険者達が静まり返ったんだな。
その後も難癖を付けようとしてしていたみたいだし。
きっと、アイドルに優しくされたから八つ当たりしようとしたんだろう。
そして、腹がおちつくと眠くなってきた。
うつら、うつらと船を漕ぐ。
「達也さん、ギルドで寝てはいけませんよ? ここで寝ては駄目です」
ナタリアさんが何か言っていた。
「もぅ、しょうがない人ですね」
ナタリアさんが嘆息しながらも慈愛の眼差しを浮かべる。
そして、事務所から毛布を持ってきて掛けてくれた。
しかし、すでに半分夢の中にいた俺にはわからなかった。