67話 貴方の名前は?
「無駄弾を使わせやがって」
口癖になりつつある愚痴を言うとベレッタに安全装置を掛け懐に仕舞う。
ほっと一息つくと、1箇所に集中して倒れていたゴブリンに視線を向ける。
ショットガンでまとめて仕留めた方が弾の節約になったかな?
う~ん、そこまで頭が回らなかったな。
まあ、弾をケチって死んだら本末転倒だから良しとしましょう。
まきびしと鉄の矢の回収は後回しにして、採掘場へと急行する。
生きているなら、そこにいるはずだ。
採掘場まで辿り着くと、そこにはどっしりとした重厚な門があって扉はしっかりと閉じられていた。
そういえば、この場所ではモンスターパニックが結構な頻度で発生するんだったな。
対策ぐらいしてあるのは当たり前か。
こりゃ、急いで来る必要はなかったかな?
「おーい! デールとチップはいるか? キールと言う少年から頼まれて助けに来たぞ!」
楽観視して閉まっていた扉に向けて声を掛ける。
しばらくするとガタンという音がする。
かんぬきの鍵が外れるような音がすると、ギギギと音を立てて扉が開いた。
扉を開けて出てきたのは、血まみれになっている10歳くらいの可憐な美少女だった。
「なっ!? おい、大丈夫か?」
予想外に重症だった怪我に驚いて声を掛ける。
倒れかけた少女を咄嗟に抱きとめると、急いで特効薬を使った。
「うぅ、デールが……」
それだけ言うと少女は崩れ落ちるように気を失った。
少女を抱きかかえると、ひらひらとたなびいていたツインテールの髪に血が付いていた。
かなりの出血量だ。
急いで採掘場の奥に向かう。
そして、血まみれで倒れている10歳くらいの少年を見つけるとこちらにも特効薬を使った。
こっちの少年がデールでこっちの少女がチップだな?
2人の身なりを見ると鎧はおろか盾すら着けていない。
腰にぶら下げてるのは解体用のナイフだろうか?
まったくこんな軽装で……
俺も昔やらかしたなと苦笑する。
それにしても、この出血で今までよく持ったものだ。
デールもチップも止血がされていた。
恐らくは、自分達で最低限の止血はしたのだろう。
でも、あと少し遅れていたら助からなかっただろうな。
急いで良かったと言った所か。
とは言え、あの入り口に居たキールもそうだが、特効薬でなければ間違いなく死んでいたな。
親方は3人の若い命を救っているわけか?
特効薬は本当に偉大な発明だな。
出血していた傷口はあっという間に塞がった。
もう、大丈夫だろう。
大部屋に戻ってまきびしと鉄の矢を回収しておくか。
まきびしと鉄の矢を回収して戻ってくるとチップが目を覚ましていた。
「お? 気づいたか?」
「助けてくれて、ありがとうございました。あ、あの? ……私、大怪我をしていませんでしたか?」
「ああ、してたな」
チップは俺に礼を言うと、不思議そうに自分の体を見回していた。
特効薬はまだ普及してないため存在を知らないのかもしれない。
「あの、デールも怪我をしていませんでしたか?」
「ああ、してたな」
秘氷の水晶の採掘をしながら同じ言葉を繰り返す。
おそらくは、俺が何をしたのかを聞きたいのだろう。
別に、意地悪で答えないのではない。
特効薬は1個100万エルもする。
こいつらはまともな装備すら揃えられないヒヨッコ冒険者で、とてもじゃないが払える金額ではないのだ。
そして、俺も初めから対価を要求するつもりはないから、答えれば面倒な事にしかならない。
だから、何も言わないんだ。
人を助ける時は見返りを期待してはいけない。
助けたからと言って、助けられた相手が助け返さなければいけないなんて道理はどこにも存在していないからだ。
助けたのは俺が勝手にやったこと。
そこに、助け返すという約束など何処にも存在していないのである。
じゃあ、助ける事は無駄なのか?
そんな事はない。
なぜなら、助けた方が助け返してもらえる可能性が高くなるからだ。
情けは人の為ならず自分の為である。
人助けなど、その程度のものなんだ。
偽善など入る余地もない。
道理のわかっていない人達が、みんなのためにと頓珍漢な事を言っているだけだ。
それに、俺は初めから助けを求めるつもりはさらさらない。
自分の事は、自分の力で何とかするつもりだからだ。
ただ、自分の力ではどうしようもない時があるかもしれない。
その時に、助けられたら助けてくれ……その程度の気持ちだ。
しばらくするとデールも目を覚ましてお礼を言ってきた。
リュックに詰めるだけ秘氷の水晶を詰めると、帰るために採掘場の出口へ向かう。
「待ってください」
デールが呼び止めてきた。
「なんだ?」
「あの、僕たちまだ新米で魔物を倒せないんです。ですから、外まで連れて行ってくれませんか?」
「……断る! 冒険者ならそのくらいは自分でやれ! 何でも人に頼るな。自分の力で対応できないのに、分相応なダンジョンに来るからそうなったんだろうが」
冒険者をやっていると言うのに、自分で何も考えずに最初から人に頼ろうとしているデールの愚かさを危惧する。
少し頭を働かせればわかることだろうに……
すでに道は開けているんだ。
「まずは、自分の力で何とかできないかを考えてみろ。いつも都合よく助けてくれる人がいるわけではないのだから」
助けてやるのは簡単だ。
だが、それをやると次もまた誰かに頼ろうとする。
自分の力で何とかしようとしなくなって、最後には誰かに助けて貰えるのを待ってるだけの駄目人間になってしまうんだ。
それでは、助けているどころかやってる事は悪行そのものだ。
俺はそれを愚かと考える。
だから、最低限しか助けたりはしないんだ。
それで嫌われてしまったのなら、それでかまわない。
みんな自分が嫌われたくないから、上辺だけの役に立たない綺麗ごとで誤魔化して本当に大切な事は誰も教えてはくれないんだ。
現実は残酷だ、罵ってすらくれない。
俺が厳しく叱るとデールは俯いてしまう。
「僕だってまともな装備さえあれば、お金があれば」
「金など、そこら辺に転がってるだろ? このダンジョンに落ちてる物をお前らがどうしようと俺の知った事じゃないしな」
それだけ言うと採掘場から出る。
後ろでデールが『こんな鉱石を売った所で、大したお金にはならないよ』とぼそりと呟いていた。
その後、チップが慌てたように俺を追いかけて来た。
血を流しすぎたせいかふらついて途中で転んでしまうが、必死に体を起こしながら俺に名前を尋ねてくる。
「すいません、貴方の名前だけでも教えてくれませんか?」
「俺か?…………俺はガンマンだ」
そう答えると、1本道のダンジョンから脱出した。
出会ったすべての魔物を倒しながら。




