55話 過信
薄暗い坑道を頼りないランプの明かりが照らしていた。
とてもじゃないが視界が良好とは言えない。
やはりランプの明かりでは弱いか。
俺は内心焦っていた。
俺の戦闘スタイルは、魔物が近づいて来る前に攻撃して倒してしまう事だからだ。
しかし、これでは10m先すらまともに見えない。
先制攻撃はおろか、下手をすればこちらが不意打ちされる可能性すらある。
薄暗い坑道をゆっくりと慎重に進む。
びくびくしながら歩いていると『ぎぃやー』という叫び声が聞こえてきた。
それとほぼ同時に何かが暗闇から飛び出してくる。
頼りないランプの光に照らされて見えたのは、ゴブリンだった。
ゴブリン
レベル5
HP30
MP0
力25
魔力0
体力20
速さ50
命中20
ゴブリンは武器を持っていない。
素手だった。
素手とは言え、俺にとってはトラウマのゴブリンとの遭遇。
しかし、それとは裏腹に心の方は妙に落ち着いていた。
真っ直ぐ突っ込んでくるゴブリンを冷めた視線で見つめる。
負けるわけがない。
2連装ボウガンをゴブリンに向けて引き金を引くと、鉄の矢がゴブリンの眉間に突き刺さる。
そして、ゴブリンはパタリと倒れて動かなくなった。
「こんなものか……」
ぼそりと呟くと、淡々とゴブリンの眉間に刺さった矢を回収する。
ゴブリンはかつて俺を恐怖させた魔物だ。
危うく殺されかけもした。
そのゴブリンに勝利したというのに何の感慨も沸かない。
「こんな雑魚相手に……馬鹿にされるわけだよな」
少し前の自分を思い出して自虐的に顔を歪める。
俺は必要以上に恐れすぎているのではないのか?
レベルも上がっているし、戦いにもずいぶんと慣れてきた。
だから、もう少し大胆に進んでしまっても問題ないはずだ。
索敵よりも移動速度を重視してどんどん薄暗い坑道を進んで行く。
警戒はおざなりになっていたが、その分ダンジョンの進行速度は飛躍的に上がっていた。
しばらく進むと1mくらいの羽虫のような魔物が2匹現れた。
カワゲイラ
レベル6
HP30
MP0
力30
魔力0
体力30
速さ50
命中20
魔物にはすでに気づかれていてこちらへ向かって来ていた。
暗くて接近に気づかなかったな。
いつもならとっくに狙撃している距離だ……。
ふっ、早速暗い坑道ならではの不利な戦闘が始まったようだ。
腰溜めに構えていた2連装ボウガンで迎撃する。
カワゲイラは勢いよく突っ込んできたが、2連装ボウガンの1射目であっけなく沈む。
続けて突っ込んできたカワゲイラに2射目を放つと、何事も無く戦闘は終了した。
圧倒的な完勝。
不利な条件などまったく関係無い。
それ以上に、ボウガンと鉄の矢による威力の底上げの方が凄まじかった。
「こりゃあ、楽勝だな」
矢を回収しながら楽観視する。
俺も強くなっているし武器も強くなってるからな。
この調子でどんどん進もう。
そして俺は、完全に過信して何の警戒もせずに進んでしまった。
しっかりと警戒していれば気づけたはずなのに。
それは、ポトリと上から首筋に落ちてきた。
何だ? と気づいた時にはすでに遅かった。
「いて!」
首筋にチクリとした痛みが走る。
慌ててそれを握り潰す。
それは、5cm程度の小さな蜘蛛だった。
そして、気づけば目の前には1m程の大きな蜘蛛が1匹と小さな蜘蛛の集団が2~30匹程いた。
ポイズンスパイダー
レベル7
HP40
MP0
力30
魔力0
体力40
速さ40
命中30
ポイズンスパイダー(子蜘蛛)
レベル1
HP1
MP0
力1
魔力0
体力1
速さ5
命中5
「うぁああああ!」
あまりのおぞましさに思わず悲鳴を上げてしまう。
うじゃうじゃと大量の子蜘蛛の集団に、強さによる恐怖とは違う生理的嫌悪を抱いてしまったのだ。
咄嗟に逃げようとして振り向きざま足がもつれて転んでしまう。
あれ? 体が上手く動かない。
そして、突如襲ってくる目眩と頭痛。
毒に犯されたのだ。
すぐに獲物である俺に覆いかぶさろうと1mほどの大きな蜘蛛が飛びついてくる。
転んだままショットガンのベネリM3を出現させると、振り向きざま蜘蛛に向けてトリガーを引いた。
発砲音と同時にダブルオーバックの散弾がばら撒かれると、大きな蜘蛛が空中でハンマーで殴られたかのように吹っ飛んだ。
ひっくり返って地面に転がるとそのまま動かなくなる。
安心するのも束の間、間髪入れずにうじゃうじゃいる子蜘蛛の集団が襲い掛かってきた。
急いで起き上がると、距離を取りながらポンプアクションで次弾を装填して子蜘蛛の集団に向けて撃つ。
放たれた散弾に3~5匹の子蜘蛛がビシャリと潰れる。
くそっ!
小さい子蜘蛛相手じゃあダブルオーバックの弾は効果が薄い。
リロードと念じるとダブルオーバックの弾からBBバードショットの弾へと変更する。
バードショットは弾の数量が多いため小さい集団ならこちらの方が効果的だ。
弾の入れ替えに5秒。
距離を取らなければ。
逃げようとして、しかし足元がふらついていた。
毒のせいでまともに動けない。
もつれる足をひきずりながら必死に後退する。
毒に犯されるとHPが減って行くだけではなくて、高熱を出した時のようなフラフラの状態になってしまうからきついのだ。
「はぁはぁ、くそっ!」
幸いにも子蜘蛛の移動速度は遅かった。
しかし、何匹かには追いつかれてしまう。
次々に俺に飛び掛って来る子蜘蛛を、腕に装備したラウンドシールドで必死に払いのける。
まだ……なのか?
たった5秒が長い。
目が霞む。
もう限界だぞ。
気が遠くなる程の5秒がやっと過ぎる。
リロード完了の表示と同時にトリガーを引く。
ビチビチビチと気味の悪い音を鳴らして子蜘蛛の集団がまとめて潰れる。
バードショットの効果は覿面で、2発も撃つとほとんどの子蜘蛛が潰れて死んでいた。
しかし、残った子蜘蛛はそれでも逃げずに向かって来る。
「おらぁ! 死ね! 死ね死ね死ね!」
叫んでアドレナリンを脳内で分泌させると、毒による体の不調を無視してロングソードの腹の部分で狂ったように叩いて潰す。
動いている物がなくなるのを確認すると、薄暗い坑道はぐちゃぐちゃになった子蜘蛛の死骸で見るも無残なありさまになっていた。
戦闘が終了したのを確認すると急いでリュックから毒消しを取り出し飲み込む。
げほげほと咽て慌てて水筒の水を飲んだ。
しばらく安静にしていると、目眩や頭痛などの症状は完全に治まっていた。
念のためステータス画面で健康状態を確認すると、毒のダメージでHPが減っていたのでソーンも使う。
HPが回復するまではここで大人しく待機しよう。
またやってしまった。
前回は銃の力を過信した。
今回は自分が強くなったと過信してしまったんだ。
反省するとその後は慎重に進むことにした。
薄暗い洞窟を進んで行くとカワゲイラが3匹現れたので戦闘を開始する。
すぐに2連装ボウガンで2匹を仕留める。
そして、あっ! と一瞬間抜けに呆けてしまう。
俺の速度は45でカワゲイラの速度は50だ。
距離を取ろうにも相手の方が速い。
その後はどうなる?
ロングソードを抜くと、ホーンラビットの時と同じような殴り殴られの泥仕合をする。
ステータスの差で勝利するもぼろぼろだった。
間抜けにもほどがある。
俺は何処まで抜けてるんだ?
今回は3匹だったからまだ良かったがこれが4匹だったらどうなっていた?
ベレッタを使う?
それじゃあ、弾が何発あっても足りやしない。
「こんなんじゃだめだろ?」
崩れるように蹲ると地面を叩く。
何が楽勝だよ。
ぜんぜん駄目じゃねえか。
考え足らずの自分に嫌気が差す。
自分の愚かさにぎりぎりと歯噛みした。
鉱脈に辿り着くと、ピッケルを使い青色水晶をリュックに満杯まで入れる。
ヘルメットランプに油を補充するとダンジョンの入り口に何事も無く戻った。
今回は、反省して改善しなければいけない問題が多くあった。
その中でも大きな問題点は2つ。
複数で来られると、先制殲滅が通用しない。
自分より速い魔物には、ヒットアンドアウェイが通用しない。
親父が言っていた言葉を思い出す。
通用するのは序盤の雑魚だけだと。
ついに、この時が来たのだ。
ちりちりとした焦燥感にかられる。
ここを乗り越えられなければ、俺に次は無いんだ。
何か方法を考えないと。
がっくりと項垂れると、重い足をひきずるようにして家路についた。




