52話 幸せの形
あれから、ナタリアさんも実家である工房へ戻ってきました。
ナタリアさんとロイドさんが戻ってきてから、親方はずっと笑顔が絶えません。
まるで別人です。
角が取れたと言うか、多分あれが本来の親方の姿なんでしょう。
ミュルリのことを本当に大切に扱ってましたから、わかってましたけどね。
ちなみに、ロイドさんは今まで帝都にある薬師の工房で働いていたらしいです。
特効薬については、知り合いの冒険者がロイドさんに効能を相談しにきて初めてその存在を知ったとか。
無料サンプルの作戦が見事に決まったみたいで、どや? と言った所でしょうか?
そして、ロイドさんが帰って来た日は飲めや歌えのどんちゃん騒ぎで大変でした。
親方は、ロイドさんが帰ってくるまでは禁酒すると決めていたそうで『今夜は呑みまくるぞい!』と突然工房中のお酒を集め始めたのです。
当然、俺が密かに製造していた蒸留酒も親方に見つかり『お前の物はわしの物、わしの物はわしの物……うん? これは元々わしの酒じゃないかあ!』と叫ぶと、酒樽にすがりつく俺を足蹴にして持って行ってしまったのです。
しくしく。
ああ、ちなみにお酒の使用はミュルリに許可はもらっていますよ。
そして、これはその時の話しである。
「なんじゃあこれは? 口から火が出そうじゃわい」
「ゼン爺、こいつは本当に火がつくぜ? ぷはぁ、こいつは旨い」
親方が蒸留酒を飲んでびっくりしている向かいで、親父がお猪口に入れた蒸留酒に火をつけると火がついたまま飲んでいた。
「おお、なかなか乙じゃのう。どれわしも、ぷはぁ、こいつは効くのう」
親方も真似をして火をつけたお酒を飲んでいたが、手元が狂ったのか髭に火が燃え移る。
それを見ていたミュルリが慌てたように消す。
「お爺ちゃん! 危ないから火を使うのは止めて!」
ミュルリさんに怒られた親方は一瞬だけショボンとするが、すぐに『がはははは』と愉快そうに笑い出す。
親方は懲りてないな?
ミュルリさんに逆らったらこの工房では生きて行けませんよ?
ロイドさんは俺と同じであまりお酒は飲めないらしく、お猪口を舐めるようにちびちびとやっていた。
「ロイド、あまりナタリアちゃんに心配掛けるんじゃないぞ?」
「すまない、ロドリゲス。お前にも心配を掛けた」
親方が燃えている時に親父がロイドさんに説教していた。
親父とロイドさんは昔からの親友だそうで、親父はロイドさんが戻って来るまではとナタリアさんやミュルリの面倒を何かと見ていたらしい。
台所から酒の肴を持ってきてテーブルに並べていたナタリアさんを見る。
親父が独身なのはもしかして?
親父はナタリアさんのことが好きなのかもな。
叶わぬ想いと知りつつも、好きな女を影ながら見守る。
親父かっこいいぜ。
そして、次の日。
今日は親方がロイドさんに特効薬の作り方を教えていた。
和気藹々(わきあいあい)として一見良い雰囲気なのだが……
俺には1つだけ気になった点があった。
親方が説明してロイドさんが手順通りにやるたびに、ロイドさんがちらちらと親方の顔色を伺っていたのだ。
「親方、その教え方では駄目です」
「むむ、何処がじゃ?」
親方がすぐに聞き返してくる。
今までの親方だと、すぐに癇癪を起こして話しなど聞いてくれなかっただろうが今は違うからね。
おかしな場所があったのなら俺も安心して意見できる。
ふと視線を感じてロイドさんを見ると驚きの眼差しで俺を見ていた。
まあ、そうだよね。
こんな若造が親方に注意してたら普通はおかしいよね。
だが、それはとても狭量で偏見的な物の考え方だ。
なぜなら、正しい事や間違えている事に年齢は関係ないからである。
親方に間違っている部分を説明する。
「親方は前からロイドさんの顔を見て教えてましたよね? 後ろから教えないとだめなんですよ」
「何で駄目なのじゃ? 後ろからでは息子の顔が見れんではないか」
「それは、ロイドさんが自分の行っている行動が正しいのか? を親方の顔色を見て判断してしまっているからです。そしてそれは、ロイドさんが手順をはっきりと理解できていないという事です。わかっていれば、親方の顔色を見て判断する必要なんてないわけですからね。それより、どうしてロイドさんが親方の顔色を伺って確認しようとしているのかわかりますか? 情報伝達の齟齬による認識の誤認なわけですから、本来なら間違えても問題ないですよね? これは、昔の親方がロイドさんが手順を間違った時に怒っていた事が原因なんですよ。怒られたくないから、親方の顔色を伺って判断しようとしたのです。以上の理由から、今回は顔色で判断されないように顔が見えない後ろから教えないといけないんです」
説明を聞くと、親方は『うっ』と苦しそうなうめき声を上げると、すまない息子やと繰り返していた。
少し言いすぎたか?
でも、重要な事だからな。
それにやられたロイドさんの方はもっと苦しかったはずだ。
何が悪かったのかをはっきりとさせて、次からはこうしようと行いを正さなければ同じ失敗を繰り返すだけだ。
もっとも、俺なんかわかっていても忘れてしまって、同じ失敗を繰り返してしまうけどな。
まあ、人間なんてそんなものだ。
だから、少しでも前より良くするために辛くても反省するんだ。
しかし……う~ん、親方はトラウマになってるみたいだな。
親方も理解出来たみたいだから、あまり強く言わないようにしよう。
「気にしないで下さい、お義父さん」
ロイドさんが親方を慰めていた。
そして、毎回2人して涙を流しての感動のドラマになる。
すでにこれを何回もやってるのだ。
やれやれだぜ。
そして、ロイドさんがたった1日で特効薬の作り方をマスターしてしまう。
もともと薬師として修練を積んでいたいただけあって、さすがに覚えは早かった。
しかし、なぜかロイドさんは釈然としないようすである。
どうしたのか聞いてみると、こんなに簡単にできるようになるとは思っていなかったと愕然としたようすで語っていた。
「今までの私は何だったんだ?」
ロイドさんが俯いて打ちひしがれていた。
「ロイドさん、知らなかった事をなぜ自分は知らなかったんだ? と言うのはナンセンスではありませんか? 知らない事を知ってるわけがないのですから、大切なのは知ってからだと思います。これからこそが重要なんですよ」
俺が励ますと、ロイドさんは感心したような顔になって『ああ、そうだな頑張るよ』と前向きな気持ちになってくれたようだった。
ロイドさんが何かを決意したような顔になると、親方に話し掛ける。
「お義父さん、昔ここで働いていた従業員達を呼んでもいいでしょうか?」
「うむ? それは願ったりじゃが……戻ってきてくれるだろうか?」
ロイドさんが懇願するように訊ねると、親方が不安そうに答える。
ロイドさんは工房を出てからも他の従業員達とずっと連絡を取り合っていたそうだ。
そして、ロイドさんも従業員の人達も自分達がもっと頑張るべきだったのでは? とずっと後悔していたそうで、今回の特効薬の件でついに覚悟を決めたという事だった。
レーベンなど近くにいる人達は連絡すれば2~3日もあれば来られるらしい。
そして、親方とロイドさんの話が終わると、俺は親方から秘密の特殊任務を命じられていた。
それは、特効薬に使う原材料を鉱石の出るダンジョンから直接入手する事である。
仕入先の原材料から特効薬の材料を推測されないように、同業者対策としてカモフラージュしなければいけないのだ。
俺と親方は2人して『フヒヒヒ』と悪い笑顔で笑い合っていた。
そして、ロイドさん、ナタリアさん、ミュルリの3人は、少し離れた場所でそんな俺と親方を見ていた。
「お兄ちゃんとお爺ちゃんが悪い顔して笑ってるね。なんだか本当の親子みたい」
「親子というより仲の良い兄弟みたいですね」
ミュルリとナタリアさんがクスクスと笑っていた。
「私もあんな砕けた感じに、お義父さんと悪ぶれたら良かったんだが……」
ロイドさんが悔しそうに吐露する。
「私は貴方のそんな生真面目な所が大好きですよ」
ナタリアさんが慈しむような眼差しをロイドさんに向けて言っていた。
「ナタリア……」
ロイドさんとナタリアさんが愛おしそうに抱き合う。
ミュルリが抱き合う2人を見ると『もう見てられない』と俺の所に駆けて来た。
しかし、そんなミュルリの顔は満面の笑顔だった。




