4話 チキンファイア
逸る気持ちを抑えて、ゴブリンが居るだろう場所へと急いで向かう。
そう、俺が最初に戦闘をした場所だ。
ゴブリンの生態がどうかは知らないが、いくらなんでもたった1匹のゴブリンがナイフ1本で襲撃はしないだろう。
ならあいつは斥候で、近くに仲間がいる可能性はかなり高いはずだ。
現地に到着すると、倒したはずのゴブリンの死体が無くなっていた。
それだけではなくて、ゴブリンの死体があった場所の周囲には複数のゴブリンらしき足跡があった。
ビンゴだ!
やっぱり仲間がいやがったな。
正確に何匹かはわからないがサイズの違う足跡は4~5種類。
あの後に4~5匹の仲間が来て死体を運んだと考えるのが妥当だろう。
そして、足跡から向かった先を調べると獣道へと続いているようだった。
1匹だと追跡は困難だったかもしれないが、集団で獣道を歩いたのなら簡単である。
時間もそれほど経ってない事も大きい。
「よし、追跡開始だ」
へし折れていた枝、踏み砕かれた落ち葉と、盛大に残っていた痕跡から通ったと思しき経路を追跡する。
そして、さして苦労することもなく、あっけないほど簡単にゴブリンの集落へと辿り着いた。
いや、これは集落と呼べるような代物ではないな。
なんせ、見た限り5匹しかゴブリンの姿が見えないのだから。
だが、油断はできない。
この集落とは関係のない別のゴブリンが居るかもしれないから。
油断せずに念入りに調査をする。
ぐるりと円を描くように集落を一回りして周辺を調査するも、ゴブリンはおろか他の動物らしき影も形も見えなかった。
ふむ、ゴブリンの数もクエストと同じ5匹と都合がいい。
なら、やるか。
戦うと決めると、気づかれないように注意してゴブリンの動向を観察する。
ゴブリン達は武器を装備したままだった。
あいつらは、集落にいる時でも武器や防具を装備したまま過ごすのだろうか?
うーん、もしかしたら仲間が殺されて警戒しているのかもしれない。
しばらく身を隠したまま様子を窺うが、一向に装備を手放す気配は無かった。
仕方が無いのでそのまま倒す事にする。
ちなみにゴブリンの位置はこちらから見て、右の方に3匹が固まっていて8mくらい離れて左に2匹いる。
右3匹の装備はロングソード、ナイフと盾、槍を持っていて、左の2匹は片方が棍棒で残りが青銅? の剣と思われる武器を持っていた。
材質の見た目から鉄ではないと思うが少し距離があるので正確にはわからない。
持ってる武器がばらばらだな。
冒険者を殺して奪ったのかな?
まずは盾持ちと危険度の高い右に固まっている3匹を倒すべきだろう。
盾は薄そうな木だから問題なく貫通すると思うが、盾に当たると戦利品が駄目になってしまうので最初に処理する事にする。
方針を決めながら狙撃ポイントへ進む。
できれば、10mくらいまで近づいて狙撃したい。
俺としてはせっかく銃を持っているのだから、もっと遠距離から安全に攻撃したいところなんだ。
しかし、いかんせん弾が無い。
頭を狙わないと1発で仕留められないからね。
20mくらい離れた距離から華麗にヘッドショットを決められたら楽なんだけど、とてもじゃないが俺には当てる自信は無いぞ。
何とか気づかれずに、10mくらい手前の草木まで距離を詰める。
ベレッタを握る手元を見るが、不思議と手の震えは無かった。
前回の戦いではがたがたと震えていたのに、1回戦闘を経験したから胆力が少しはついたのだろうか?
それとも、恐怖心が麻痺してしまっているのか?
わからない。
安全装置を上げてロックを解除してスライドを引きチャンバーへ弾を装填すると、1回だけゆっくりと手を開いてから軽くベレッタのグリップを握る。
手を解すと、トリガーに指を掛けて引き金を引いた。
パンと軽い音を鳴らすと同時に、盾持ちのゴブリンをヘッドショット1発であっけなく仕留める。
隣に居た槍持ちのゴブリンは何が起きたのか判断できていないようで、倒れた盾持ちのゴブリンに視線を向けていた。
そこをすかさずヘッドショットで仕留めると、慌てたように動き出した剣持ちのゴブリンも移動を開始する前に連続してヘッドショットで仕留めていた。
どうだ! 恐怖や緊張さえなければ俺だってこのくらいはできるんだ。
だが、俺の快進撃はここまでだった。
こちらへ向けて走り始めた残り2匹のゴブリンに銃口を向けると、背筋からどっと冷や汗が噴出してきた。
やばい、狙いが定まらない。
動いている的に対しての射撃は非常に困難だ。
縦横と狙いがずれてアイアンサイトに照準を合わせることができないからだ。
怒りの形相で向かって来た残り2匹のゴブリンに3連射するが、放たれた弾丸は無常にも3発連続で外れる。
ゴブリンが刻一刻と迫ってきているのに、弾は一向に当たらなかった。
だめだ……
まったく当たる気がしない。
慌てふためいている間に、3mくらいの距離までゴブリンに肉薄されていた。
そうとは言え、さすがにこの距離である。
剣を持っているゴブリンのどてっ腹に、2発、3発と連続で命中する。
よし、一匹仕留めた。
やったと安心するも束の間、気づけば最後の1匹はすでに目の前で棍棒を振り上げていた。
「うわぁあああ」
パニックになり、絶叫しながら残った弾をゴブリンへ向けて乱射する。
そのうちの1発が棍棒に当たって棍棒は破壊されるが、ゴブリンには1発も当たらない。
スライドストップが作動し、スライドが下がったままのベレッタを握り締めて、俺はゴブリンの前で呆然と立ち尽くす。
なぜなら、俺には戦うための武器が何も無かったからだ。
茫然自失の俺に、ゴブリンは壊れた棍棒を投げ捨てるとすぐに飛び掛ってきた。
俺の方は完全に思考停止したまま棒立ちである。
すぐさまゴブリンに押し倒されると、馬乗りにされて顔面を何度も殴りつけられる。
2発3発と殴られると恐怖と絶望で視界がぐにゃりとなり、死の恐怖が込み上げてきた。
死の恐怖から逃れようと身を捩った時に、ポケットにナイフがある事に気がついた。
無我夢中でポケットからナイフを取り出す。
「うぁああああ!」
倒れたまま叫び声を上げて、ナイフをゴブリンの右側頭部に突き刺した。
ポケットから取り出した時に、偶然鞘が外れて刃が出ていなければ突き刺さらなかっただろう。
ゴブリンは、殴りかかる手を振り上げたまま刺さったナイフの反対側へそのまま倒れた。
殺されそうになった恐怖と怒りが爆発する。
ゴブリンはすでに絶命していたようだが、俺は起き上がると同時に怒りにまかせてめった挿しにする。
「うおおおお」
頭ではわかっていたのだが、それでも恐怖を押し殺すように奇声を上げながら無我夢中で何度も刺し続けた。
どれだけ時間がすぎただろう?
俺はゴブリンの死体の横で、がたがたと震えていた。