43話 人事を尽くして天命を待つ
「ナタリアさん、こんにちは」
「達也さん、こんにちは」
ナタリアさんに挨拶すると、ナタリアさんが爽やかな笑顔で返してくれる。
やっぱり、ナタリアさんは素敵な女性だよね。
こう、存在しているだけで人の心を穏やかにしてくれるというか、とにかく安心する。
「ナタリアだけ挨拶して私には無し?」
ナタリアさんと笑顔で会話していると、隣にいたエミリーさんがブスッとした顔で拗ねたように非難してきた。
仕方ないなあと思いつつ『エミリーさん、こんにちは』と挨拶すると、エミリーさんは『はいはい、忙しいから話しかけないで』と受付の机に突っ伏して寝てしまった。
まったく、この人はしょうがねえな。
まあ、光と闇というかこういう人もいるわけだ。
「今回はどのようなご用件ですか?」
エミリーさんに苦笑しているとナタリアさんが尋ねてきた。
早速、親方の特効薬の話しをする。
「そんなものが……できたのですか?」
ナタリアさんは息を呑むようにして答えると、俺が持ってきた特効薬を驚愕したような表情で丹念に観察し始めた。
ナタリアさんの口から『そんな、この問題はどうやって』と驚いたような声がちらほらと聞こえてくる。
親方の娘さんだもんな。
専門家だけあって特効薬の凄さがわかるのだろう。
それより、ナタリアさんのようすだと今初めて聞いたといった感じだったよな?
ミュルリはナタリアさんに伝えなかったのかな? これでお父さんが帰ってくるかも知れないと。
まあ、これでナタリアさんの旦那さんが戻ってこなかったらショックなだけだろうし、ミュルリならその辺の事を気にして話さなかったのかもしれない。
ミュルリは悲しいくらいに賢い子だからな。
そして、本来の目的であるナタリアさんがギルド員であること(コネクション)を利用して、Bランク以上の冒険者に特効薬を試供して欲しいと伝える。
ついでに、ギルドでも販売できないか聞いてみて欲しいとお願いする。
ここで重要なのは、ナタリアさんがギルド員の中でも信用の高いギルド員だということと、親方が名の知れた有名な薬師だという2点だ。
信用のないどこの誰ともわからんやつが薬を持ってきて、無料だから使ってみてくれと言った所で絶対に相手にされない。
信用と人脈というのはとても大切だ。
「わかりました。すみませんが別の件で応接室が塞がっていまして、ギルド長をここに呼んできます」
ナタリアさんはそう言うと、事務所の奥へと消えた。
まあ、アポイントもなくいきなりだったからしょうがないよな。
そして、お偉いさんがここへ来るとな?
すると、受付で寝ているエミリーさんはきっと怒られるだろう。
う~ん、どうしようか?
この人は、1回怒られた方がいいと思うんだけど。
まあ、武士の情けじゃ、起こしてやるか。
「エミリーさん起きて下さい。今ナタリアさんがお偉いさんを呼びに言ってるので、寝ていると怒られますよ?」
「うるさいなあ、そんな手に引っかかるわけないでしょ」
エミリーさんの肩に手を掛けて揺すりながら話しかけると、エミリーさんはうるさそうに俺の手を払いのけてまた寝てしまった。
まったく、この人はしょうがねえな。
エミリーさんの傍若無人な態度にあきれつつ、義理は果たしたから後は知らんとナタリアさんを待つことにする。
しばらくすると、ナタリアさんが禿げて腹の出た中年のおっさんを連れて戻ってきた。
ナタリアさんが『ギルド長こちらです』と俺を紹介する。
俺が挨拶しようとするとギルド長は『少し待ってくださいね』と言って、寝ているエミリーさんの肩を軽く叩いていた。
「もう、うるさいわねえ。眠れないじゃない!」
エミリーさんがやっと起きたようで、怒りの形相でがばりと顔を上げる。
そして、ギルド長の顔を見ると凍りついたように固まっていた。
ギルド長は『後でお話があります』とエミリーさんに伝えると『お待たせしました』と俺に改めて話しかけてきた。
ギルド長の背後に立っていたエミリーさんが、なんで教えてくれなかったの? と言わんばかりの顔で俺をキッと睨んでくる。
いや、俺は教えたでしょうが?
理不尽な気持ちを持ちつつ、ギルド長と話しをする。
ナタリアさんがあらかじめ詳細を話しておいてくれたようで、ギルド長との話しは結論だけで済んだ。
まず、ギルドでの販売は斡旋になるので絶対に無理だとのこと。
しかし、Bランク以上の冒険者への無料提供は許可するとのことだった。
ギルド長は『ギルドは清廉潔白でなければいけない! コネなど許されんのだよ』と声高々に言うと『特効薬などと言う胡散臭い品だが』と嫌味たらしく前置きをした後に『無料という条件ならBランク以上の冒険者へ渡しても良い』と言っていた。
そして最後に『あくまでもナタリア君の紹介だからだ』と困っているようすのナタリアさんに恩着せがましく伝えていた。
コネは許されんとか言ってたのに、思いっきりナタリアさんの紹介だからと言っているじゃないか! という非難はもちろんしない。
大事の前の小事である。
どうでもいいレベルの小さい事で文句を言って、大切な取引がご破産になってしまっては目も当てられない。
小さい事には目を瞑る。
そして話しが終わると、ギルド長はエミリーさんを連れて事務所の奥へ消えていった。
エミリーさんはこれから怒られるんだろう。
「ご愁傷様です」
両手を合わせて念仏を唱える。
エミリーさんを見送った後、ギルド長からの言動で嫌な思いをさせてしまっただろうナタリアさんに『すいません』と謝る。
ナタリアさんは『気にしないで下さい、私のためでもあるのですから』と言って許してくれた。
やっぱり、ナタリアさんも旦那さんが帰ってくるんじゃないかと気づいているよな。
ナタリアさんにお礼を言うと工房へと戻った。
作戦3 終了
種は蒔いた、後は結果を待つだけだ。




